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女神様? 降臨
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『どうか、どうか、お父様をお助けください!』
聖なる泉に浮かぶ、神殿を模した白い祠に向かって、私は必死に祈りを捧げます。
ここは城の中にある林の中。ここには神々の世界へと通じていると伝えられる神聖な泉があります。
私たち一族の祖先は、元々この泉を守ためにここに城を建て、街を作ったと言われています。
都市国家ラモス。複数の都市国家が乱立する西国では、中堅に位置する平均的な国。
領主であるお父様は武勇に優れ、周辺国にもその力はよく知られている。
魔物討伐時、兵の先頭に立って戦う姿は、我が父ながら大変勇ましく、尊敬と憧れを持って眺めていたものです。
そう、あの時までは……。
『お父様!!』
領地に現れたというヒドラ討伐に向かったお父様は、ヒドラの吐く猛毒に当てられ、瀕死の状態で城に帰還しました。
今までに見たことのない父の姿に、頭の中が真っ白になります。
お父様が……死ぬ?
あの父が?
数多の敵兵も魔物も、ものともせず薙ぎ払ってきたあの父が?
愚かにも私は、お父様は強いから死ぬことはないと、そんな風に考えていました。
人は、死ぬものなのに……。
ヒドラの毒は猛毒で、錬金術師のポーションも、魔術師の治癒魔法も、どれも効果はないと言われました。
今も生死の境にいる父に対して、私にできることなど何もありません。
私にできることなど、ただこうして祈ることだけ……。
『ああ、どうか、あの優しいお父様をお救いください!!』
ポチャーーーーン
必死で祈る私の耳に、泉に小石でも投げ入れたような小さな水音が響きます。
固く閉じていた目を開いてみると、そこには見知らぬ少女が佇んでいて……。
彼女のつま先を中心に静かに波紋は広がり、水面を軽く震わせています。
…………えっ?
水の上に、立っている?
神聖な泉に入るなんて! でも、ここ、そんなに浅かったかしら?
いえ、どう見ても水の上に立ってるわよねぇ?
なら深さは問題ではなくて……って、違う!
アメンボじゃないんだから、人が水の上に立てる訳がないでしょ!
だったら、人じゃない? アメンボ? いやいや、そんなものであるはずがない!
こんな清浄で神々しい雰囲気……女神様!!??
『ああ、うん、ボクは女神じゃないよ。もちろん、アメンボでもないけどね』
えっ、でも、水の上に立つなんて普通の人間には無理ですし、ここは聖なる泉だし!
『ああ、少し落ち着いて。まずは呼吸を……ゆっくりと息を吐いて……そう、その調子』
呼吸を整えると、少し落ち着いてきました。
女神様の御前で取り乱すなど、なんたる失態!
こんなことでは、お父様に叱られてしまいます……!!
そうでした。せっかくこうして女神様が降臨下さったのですから、早くお父様の件をお願いしなくては!
『だから! ボクは女神なんかじゃないよ。ボクは仙……じゃなくて、東方の道士。たまたま龍脈がここに繋がっていてお邪魔しちゃったけど、君が信仰するオリンポスの神々とは無関係だから!』
ここははっきりさせとかないと。
タオは語気を強めます。
東方の仙人が西方の神々を詐称なんてなったら、下手したら国際問題だからね。
そこまで大事にならなくても、ただ西方の神々から東方の天帝様のところに苦情がいっただけでも、師匠が怒り狂って(実際に)雷落としてくるところが容易に想像できる。
西方に来て早々に連れ戻されるわけにもいかないからね。
「わ、わかりました。申し訳ございませ……ん? えっ? 私、口に出しちゃってた?」
『いや、君は何も言ってないよ。ただ、君の心から溢れた言葉が聞こえてきただけ』
えっと、それってつまり、私の思ったことが全て筒抜けになってるってこと?
『いや、それは違うかな。あくまで聴こえるのは意識の表層に出てきた言葉だけで、それ以上の記憶や知識は術をかけてしっかりと読み取らないとわからないよ。
……ところで、君、お父さんを助けたいんだよねぇ?』
女神様……ではなく、道士様の言葉で大切なことを思い出します。
あまりにも不思議なことが起きすぎて、すっかり混乱してしまいました。
「はい、そうです。どうか、ヒドラの毒に侵され死生を彷徨う父をお救いくださいませ」
今更ながらその場に首を垂れて跪く私。
女神様の許可なく顔を上げて、まじまじとそのお顔を見てしまうなど、不敬以外の何ものでもありません。
あっ、でも、この方は女神様ではなく道士様ですから、大丈夫でしょうか?
『そうそう、ボクは女神なんかじゃないからね。気にしなくていいよ』
そう言いながら水の上を歩いて来る少女は、どう考えても女神様としか思えません。
いや、はい、勿論わかってます! 道士様ですよね!
ちょっとだけ不機嫌そうな顔をする少女に、慌てて心の中で言い直します。
そうして、跪く私のすぐ目の前までやって来た少女は、
『ちょっと、取引しよう』
清浄な気を纏った笑顔で、そうおっしゃいました。
聖なる泉に浮かぶ、神殿を模した白い祠に向かって、私は必死に祈りを捧げます。
ここは城の中にある林の中。ここには神々の世界へと通じていると伝えられる神聖な泉があります。
私たち一族の祖先は、元々この泉を守ためにここに城を建て、街を作ったと言われています。
都市国家ラモス。複数の都市国家が乱立する西国では、中堅に位置する平均的な国。
領主であるお父様は武勇に優れ、周辺国にもその力はよく知られている。
魔物討伐時、兵の先頭に立って戦う姿は、我が父ながら大変勇ましく、尊敬と憧れを持って眺めていたものです。
そう、あの時までは……。
『お父様!!』
領地に現れたというヒドラ討伐に向かったお父様は、ヒドラの吐く猛毒に当てられ、瀕死の状態で城に帰還しました。
今までに見たことのない父の姿に、頭の中が真っ白になります。
お父様が……死ぬ?
あの父が?
数多の敵兵も魔物も、ものともせず薙ぎ払ってきたあの父が?
愚かにも私は、お父様は強いから死ぬことはないと、そんな風に考えていました。
人は、死ぬものなのに……。
ヒドラの毒は猛毒で、錬金術師のポーションも、魔術師の治癒魔法も、どれも効果はないと言われました。
今も生死の境にいる父に対して、私にできることなど何もありません。
私にできることなど、ただこうして祈ることだけ……。
『ああ、どうか、あの優しいお父様をお救いください!!』
ポチャーーーーン
必死で祈る私の耳に、泉に小石でも投げ入れたような小さな水音が響きます。
固く閉じていた目を開いてみると、そこには見知らぬ少女が佇んでいて……。
彼女のつま先を中心に静かに波紋は広がり、水面を軽く震わせています。
…………えっ?
水の上に、立っている?
神聖な泉に入るなんて! でも、ここ、そんなに浅かったかしら?
いえ、どう見ても水の上に立ってるわよねぇ?
なら深さは問題ではなくて……って、違う!
アメンボじゃないんだから、人が水の上に立てる訳がないでしょ!
だったら、人じゃない? アメンボ? いやいや、そんなものであるはずがない!
こんな清浄で神々しい雰囲気……女神様!!??
『ああ、うん、ボクは女神じゃないよ。もちろん、アメンボでもないけどね』
えっ、でも、水の上に立つなんて普通の人間には無理ですし、ここは聖なる泉だし!
『ああ、少し落ち着いて。まずは呼吸を……ゆっくりと息を吐いて……そう、その調子』
呼吸を整えると、少し落ち着いてきました。
女神様の御前で取り乱すなど、なんたる失態!
こんなことでは、お父様に叱られてしまいます……!!
そうでした。せっかくこうして女神様が降臨下さったのですから、早くお父様の件をお願いしなくては!
『だから! ボクは女神なんかじゃないよ。ボクは仙……じゃなくて、東方の道士。たまたま龍脈がここに繋がっていてお邪魔しちゃったけど、君が信仰するオリンポスの神々とは無関係だから!』
ここははっきりさせとかないと。
タオは語気を強めます。
東方の仙人が西方の神々を詐称なんてなったら、下手したら国際問題だからね。
そこまで大事にならなくても、ただ西方の神々から東方の天帝様のところに苦情がいっただけでも、師匠が怒り狂って(実際に)雷落としてくるところが容易に想像できる。
西方に来て早々に連れ戻されるわけにもいかないからね。
「わ、わかりました。申し訳ございませ……ん? えっ? 私、口に出しちゃってた?」
『いや、君は何も言ってないよ。ただ、君の心から溢れた言葉が聞こえてきただけ』
えっと、それってつまり、私の思ったことが全て筒抜けになってるってこと?
『いや、それは違うかな。あくまで聴こえるのは意識の表層に出てきた言葉だけで、それ以上の記憶や知識は術をかけてしっかりと読み取らないとわからないよ。
……ところで、君、お父さんを助けたいんだよねぇ?』
女神様……ではなく、道士様の言葉で大切なことを思い出します。
あまりにも不思議なことが起きすぎて、すっかり混乱してしまいました。
「はい、そうです。どうか、ヒドラの毒に侵され死生を彷徨う父をお救いくださいませ」
今更ながらその場に首を垂れて跪く私。
女神様の許可なく顔を上げて、まじまじとそのお顔を見てしまうなど、不敬以外の何ものでもありません。
あっ、でも、この方は女神様ではなく道士様ですから、大丈夫でしょうか?
『そうそう、ボクは女神なんかじゃないからね。気にしなくていいよ』
そう言いながら水の上を歩いて来る少女は、どう考えても女神様としか思えません。
いや、はい、勿論わかってます! 道士様ですよね!
ちょっとだけ不機嫌そうな顔をする少女に、慌てて心の中で言い直します。
そうして、跪く私のすぐ目の前までやって来た少女は、
『ちょっと、取引しよう』
清浄な気を纏った笑顔で、そうおっしゃいました。
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