家出仙女は西側世界で無双する

Ryoko

文字の大きさ
3 / 6

女神様? 降臨

しおりを挟む
『どうか、どうか、お父様をお助けください!』


 聖なる泉に浮かぶ、神殿を模した白いほこらに向かって、私は必死に祈りを捧げます。

 ここは城の中にある林の中。ここには神々の世界へと通じていると伝えられる神聖な泉があります。

 私たち一族の祖先は、元々この泉を守ためにここに城を建て、街を作ったと言われています。

 都市国家ラモス。複数の都市国家が乱立する西国では、中堅に位置する平均的な国。

 領主であるお父様は武勇に優れ、周辺国にもその力はよく知られている。

 魔物討伐時、兵の先頭に立って戦う姿は、我が父ながら大変勇ましく、尊敬と憧れを持って眺めていたものです。

 そう、あの時までは……。


『お父様!!』


 領地に現れたというヒドラ討伐に向かったお父様は、ヒドラの吐く猛毒に当てられ、瀕死の状態で城に帰還しました。

 今までに見たことのない父の姿に、頭の中が真っ白になります。

 お父様が……死ぬ?

 あの父が?

 数多の敵兵も魔物も、ものともせず薙ぎ払ってきたあの父が?

 愚かにも私は、お父様は強いから死ぬことはないと、そんな風に考えていました。

 人は、死ぬものなのに……。

 ヒドラの毒は猛毒で、錬金術師のポーションも、魔術師の治癒魔法も、どれも効果はないと言われました。

 今も生死の境にいる父に対して、私にできることなど何もありません。

 私にできることなど、ただこうして祈ることだけ……。


『ああ、どうか、あの優しいお父様をお救いください!!』


 ポチャーーーーン


 必死で祈る私の耳に、泉に小石でも投げ入れたような小さな水音が響きます。

 固く閉じていた目を開いてみると、そこには見知らぬ少女が佇んでいて……。

 彼女のつま先を中心に静かに波紋は広がり、水面を軽く震わせています。

 …………えっ?

 水の上に、立っている?

 神聖な泉に入るなんて! でも、ここ、そんなに浅かったかしら?

 いえ、どう見ても水の上に立ってるわよねぇ?

 なら深さは問題ではなくて……って、違う!

 アメンボじゃないんだから、人が水の上に立てる訳がないでしょ!

 だったら、人じゃない? アメンボ? いやいや、そんなものであるはずがない!

 こんな清浄で神々しい雰囲気……女神様!!??


『ああ、うん、ボクは女神じゃないよ。もちろん、アメンボでもないけどね』


 えっ、でも、水の上に立つなんて普通の人間には無理ですし、ここは聖なる泉だし!


『ああ、少し落ち着いて。まずは呼吸を……ゆっくりと息を吐いて……そう、その調子』


 呼吸を整えると、少し落ち着いてきました。

 女神様の御前で取り乱すなど、なんたる失態!

 こんなことでは、お父様に叱られてしまいます……!!

 そうでした。せっかくこうして女神様が降臨下さったのですから、早くお父様の件をお願いしなくては!


『だから! ボクは女神なんかじゃないよ。ボクは仙……じゃなくて、東方の道士。たまたま龍脈がここに繋がっていてお邪魔しちゃったけど、君が信仰するオリンポスの神々とは無関係だから!』


 ここははっきりさせとかないと。

 タオは語気を強めます。

 東方の仙人が西方の神々を詐称なんてなったら、下手したら国際問題だからね。

 そこまで大事にならなくても、ただ西方の神々から東方の天帝様のところに苦情がいっただけでも、師匠が怒り狂って(実際に)雷落としてくるところが容易に想像できる。

 西方に来て早々に連れ戻されるわけにもいかないからね。


「わ、わかりました。申し訳ございませ……ん? えっ? 私、口に出しちゃってた?」

『いや、君は何も言ってないよ。ただ、君の心から溢れた言葉が聞こえてきただけ』


 えっと、それってつまり、私の思ったことが全て筒抜けになってるってこと?


『いや、それは違うかな。あくまで聴こえるのは意識の表層に出てきた言葉だけで、それ以上の記憶や知識は術をかけてしっかりと読み取らないとわからないよ。
 ……ところで、君、お父さんを助けたいんだよねぇ?』


 女神様……ではなく、道士様の言葉で大切なことを思い出します。

 あまりにも不思議なことが起きすぎて、すっかり混乱してしまいました。


「はい、そうです。どうか、ヒドラの毒に侵され死生を彷徨う父をお救いくださいませ」


 今更ながらその場にこうべを垂れて跪く私。

 女神様の許可なく顔を上げて、まじまじとそのお顔を見てしまうなど、不敬以外の何ものでもありません。

 あっ、でも、この方は女神様ではなく道士様ですから、大丈夫でしょうか?


『そうそう、ボクは女神なんかじゃないからね。気にしなくていいよ』


 そう言いながら水の上を歩いて来る少女は、どう考えても女神様としか思えません。

 いや、はい、勿論わかってます! 道士様ですよね!

 ちょっとだけ不機嫌そうな顔をする少女に、慌てて心の中で言い直します。

 そうして、跪く私のすぐ目の前までやって来た少女は、


『ちょっと、取引しよう』


 清浄な気を纏った笑顔で、そうおっしゃいました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

なほ
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模るな子。新入社員として入った会社でるなを待ち受ける運命とは....。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...