君のスーツを脱がせたい

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2 君の体温

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   大きな目がずっとコンプレックスだった。小さい頃はそれが原因でからかわれた。丸くて大きな目は自分にとって邪魔で中学高校では前髪で隠していた。
 でも、モデルの仕事でこの目は武器になった。自分の目を綺麗だと言ってくれる人がいる。
 初めて自分が載った雑誌を見た時驚いた。前髪を上げ、大きな目をさらしたカメラ目線の自分。
 自分の目を、自分のことを初めて好きになれた気がした。

 そして今、自分だけを見つめてくれる人に出会えた。


 「僕、蘭くんの目好きだな」


 「な、なんですか急に」


 キッチンカウンターを挟んで向かいにいる加瀬に蘭は言った。
 今日は一日一緒にいられることになった。だけどいざ、二人になると行きたい場所が思いつかず、蘭は思いっきって「加瀬さんのお家に行きたいです」と言った。

 「じゃあ、今日の夕飯は僕が作ろうかな」
と加瀬は蘭よりも内心はしゃぎ、スーパーに寄り、現在加瀬の家である。


 「もともと蘭くんの顔は好きなんだけどね。だって初めて会った時、顔ちっさ、肌白、って衝撃だったもん。でも一番、目が綺麗だなって思って」


 蘭の顔はみるみる赤く染まる。加瀬の顔が見れない。
 加瀬のすごいところはこういうところだ。好きだと思うことを恥ずかしげもなくまっすぐ伝える。こちらの方が恥ずかしくて、でも嬉しくてたまらない。
 自分だって加瀬をどれだけ好きかちゃんと伝えたい。

 「か、加瀬さんだって、お顔が美しいです。鼻筋も通ってて、目も綺麗で。身長が高くて、スーツが誰よりも似合って、あと、それから…」

 「それから?」

 加瀬は普段見ない意地悪な表情を浮かべている。
 蘭は言っている最中から恥ずかしすぎて運動なんてしていないのに軽く息が上がっていた。

 「えっと、それから…、と、とにかく加瀬さんがすごくかっこよくて、好きだってことです」

 半ば無理やりにまとめてしまったが加瀬は満足そうに、そして嬉しそうに笑みをこぼす。
 加瀬はカウンターの向こうから手を伸ばしてくしゃっと蘭の頭を撫でた。

 「僕も好きだよ」

 
 ーー 優勝。加瀬さんの笑顔と頭撫で、本当に優勝だ。ああ、好きすぎてしんどい。

 「じゃあ、そろそろ作ろうかな。蘭くんはリビングでゆっくりしてて。テレビも勝手にみていいよ」


 「え?手伝いますよ、俺」


 「ダメだよ。今日は蘭くんの誕生日だから、今日は存分に甘やかされて、ね?」


 もう十分過ぎるほど甘やかされているが、加瀬は一度言うとよほどのことがない限り曲げない。それに自分のために張り切ってくれている。任せよう。

 「ありがとうございます、じゃあ、待ってます」


 「うん、楽しみにしてて」




 想像の10倍はすごかった。加瀬は料理までできるらしい。逆に何ができないんだろうと疑問に思った。
 蘭が好きなハンバーグをはじめ、パエリアやアクアパッツァが並んだときは驚いた。店でしか食べたことなかった。
 そして一つ一つがすごくおいしい。

 
 「どれもめちゃくちゃおいしいです」


 「それはよかった。いっぱい食べて」


 おいしいものをたくさん食べて、好きな人が隣にいる誕生日。これまでの誕生日で一番幸せかもしれない。


 

 「加瀬さん、本当にありがとうございます」

 時間は夜の9時。ソファに二人で並びながら改めて加瀬に礼を言った。


 「ここまでしてもらえるなんて、本当に本当に感謝しかないです。今日すごく楽しくて幸せで」


 「僕も楽しかったよ。蘭くんの誕生日を祝えて嬉しかった」

 加瀬の手が触れる。温かい、蘭をいつでも優しく撫でる手。自然に指が絡まって恋人繋ぎになる。

 「スーツもすごく嬉しかったです。それに加瀬さんが作るスーツって本当に人を幸せにするんだなって思いました」

 加瀬はすごい。テーラーとしての力はもちろん、スーツにかける愛情と熱がスーツを着る人間を幸せにする。加瀬の仕事に対する誠実さは尊敬する。


 「そう言ってもらえて嬉しいよ。この仕事が好きだから。テーラーとして好きな人のスーツを作れるなんて本当に幸せな時間だったよ」


 加瀬と繋がっている指先が熱い。
 加瀬とずっと触れ合っていたい。二人の間に沈黙が生まれる。お互いが示し合わせたかのように顔を寄せ合う。
 唇が触れ合う。1回目は触れ合うだけのキス。2回目は少し口を開けて舌先だけを絡め合った。蘭の耳に加瀬が手を添える。
 慣れていくと加瀬が舌を大胆に蘭の舌と絡めて音が立つキスをした。部屋は静かでその音がやけに響く。
 加瀬と触れ合うたび、キスをするたびに加瀬を好きになる。今でも十分好きなのにもっと好きになっていく。
 唇が離れる。蘭の息は少し上がっている。苦しい。でもこれは甘い苦しみだ。だからもっと触ってほしい。キスだけじゃなくてもっと深くまで。
 蘭から顔を寄せると加瀬は蘭を抱き込むようにした。蘭の肩に顔を埋める。

 
 「今日はここまでにしよう。君が思ってるほど僕は大人じゃないんだよ。余裕なんてなくて、なさ過ぎて情けない」


 苦しくて何も言えなかった。もっと触ってほしい。けど、まだ加瀬はそこまで踏み込んでこない。加瀬は自分のことが好きだとわかる。でも、最後の一線は越えない。大切にされているのもわかる。でも、加瀬とキスのその先もしたい。それはわがままだろうか。

 蘭は次の日、朝から撮影があるので帰ることにした。帰り道、駅までの道を加瀬と歩いた。
 一人で帰るといっても心配だからとこうして送ってくれている。
 加瀬は優しい。そして、優しすぎる。
 帰りはあまり話さなかった。帰り際もお互い、また連絡する、うん、じゃあ、と口数少なめに別れた。
 加瀬に抱きしめられた時の体温がまだ残っている。その体温が消えてしまいそうで、消えてしまったら他のものまでなくしそうな気がして、自分の腕を抱きしめた。

 
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