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近くて遠い存在
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春はまだ遠い。一月の後半、風の冷たさは容赦なく頬を刺す。キャリーケースを持つ手が冷たい。
俺はマフラーに顔を埋めた。俺と同じ格好をした人が駅前にはたくさんいる。キャリーケースを持ったビジネスマンはきっと出張だろう。
俺は違う。季節外れの引越し、しかもちょっと訳ありの親友の家にお世話になるのだ。
「荷物それだけでいいのか?」
「うん。もともとそんなにないから」
キャリーケース一つとビジネスバッグを一つ持った俺をみてガンちゃんは言った。
新しい家が見つかるまでガンちゃんの家で一緒に住むことになった。今日は俺の荷物をガンちゃんの家に運び込む。
もともと趣味がない俺は驚くほど荷物が少ない。何着かの服とスーツ。数冊の本。家具や食器はガンちゃんのものを使うことで落ち着いた。
「ガンちゃんの家が俺の会社に近くて助かったよ」
一番の決め手はそこだった。もともと住んでいたアパートも乗り換えなしの電車一本で行ける距離にあった。
ガンちゃんの家はもともと俺のアパートと近かったけどなぜか一回も行ったことがなかった。
「ほんとに良かったの?俺、大学時代とかもガンちゃんの家に一回も行ったことなかったし、もしかして自分の家に人が入るの嫌だったりしない?」
ガンちゃんは一瞬考え込むようなそぶりをしてやがて口を開いた。
「別にそういうわけじゃない。大学の時、お前を呼ばなかったのはただ俺が自分を抑えられる自信がなかったからだ」
「抑える?」
「ああ、俺はあの頃からお前のことが好きだったから自分の家にいるお前を見たら我慢できずに襲っちまうと思った」
「お、襲う!?」
ガンちゃんの言葉に俺は呆然とする。思わず立ち止まってしまった俺をガンちゃんは振り返り、笑った。
「若い頃の話だ。今はそんなこと絶対しない。お前が嫌がることはしないから」
優しい声色に俺はほっとする。俺はガンちゃんと並んで歩き出す。
「それにしても最近のガンちゃんって容赦ないよね。さっきもサラッと好きとか言っちゃって」
「ずっと抑えてた気持ちが今頃になって溢れてきてるのかもな。それに、ちゃんと気持ちを言葉にしないと相手には伝わらないからな」
ガンちゃんが言葉を発するたびに空気を震わせ、白い息が溶けていく。
誰よりも言葉を大切にしているガンちゃんの言葉が俺の胸に落ちてくる。好きという言葉だけじゃない、最近はガンちゃんの何気ない言葉や声の温度から痛いほどに気持ちが伝わってくる。
この親友がどれだけ俺のことが好きなのか。その気持ちに戸惑い、でも嬉しいと思ったり切なくなったりする。
俺たちは親友なのに、たまにもうこのままガンちゃんを受け入れてしまってもいいのではないかと思ってしまう。
ガンちゃんと恋人になる、家族になる。
家族……
小さくて無力な子供の俺が叫ぶ。そんなのは幻想だ。傷つくのはお前だ。だからダメだと引き留める。
いつまで経っても俺はあの頃から進めていない。
二人の間に沈黙ができる。俺は無意識のうちに暗い顔になっていたのだろう。ガンちゃんが顔を覗き込んで「樹」と声をかける。
「着いたらまず引越しそばを食べよう。麺から作ったんだ」
「麺から?!」
俺は驚いて声を上げた。
「そう、麺から。俺の自信作だから楽しみにしてろ」
胸を張るガンちゃんに俺は思わず噴き出した。
「ガンちゃん、すごっ」
顔を見合わせて笑う。
俺とガンちゃんがこれからどうなるのかわからない。でも俺はガンちゃんといる時間が好きだ。この時間がずっと続けばいい。今はそれだけでいい気がした。
俺の吐く息とガンちゃんの息が白く絡まって溶けていった。それを俺はずっと見つめていた。
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