30歳の誕生日、親友にプロポーズされました。

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近くて遠い存在

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 朝起きて誰かがいる。おはよう、行ってきます、いってらっしゃいを言う。そんな生活はいつぶりだろうか。何気ない日常の言葉がこんなにも心を温かくするとは思わなかった。


 ガンちゃんと一緒に生活を始めて二週間が経った。自分でも驚くほどこの生活に馴染んでいる。不便や不満は全くと言っていいほどない。


 
 初めて同じベッドで眠った日。ガンちゃんの気配を強く感じてなかなか眠りにつけなかった。
 ガンちゃんは背中を向けて、一切俺には触れなかった。俺とガンちゃんの間には空間があってガンちゃんは絶対に俺の領域に踏み込まない。
 しばらくすると聞こえてくる規則正しいガンちゃんの寝息にいつしか俺も眠ってしまった。今ではもうベッドに入ったらすぐに睡魔がやってくるようになった。



 ガンちゃんと生活して変わったことは結構ある。
 まず食生活が改善された。朝はご飯に味噌汁という健康的な食事。リビングに入れば、お味噌汁のいい匂いが立ち込めていて俺は寝ぼけ目でその匂いを嗅ぐ。




 「早く顔、洗ってこい」




 「んー」




 二人でいただきますをしてご飯を食べて今日の予定を聞き合ったりする。




 「今日は会議があるから少し帰りが遅くなる」




 「分かった。飯は食うんだよな?」




 「うん。食べる」




 「何食べたい?」




 俺はしばらく考える。



 
 「魚。魚が食べたい」



 
 「分かった。今日は焼き魚にしようか」
 



 会社員と小説家。ガンちゃんは編集者の人と打ち合わせをしたり、小説を書いたり、資料集めに行ったりする。生活習慣は全く違うのに朝と夜のご飯は一緒に食べる。おかえり、ただいま、おやすみは言う。
 この生活が俺はなかなか気に入っている。むしろ心地好い。


 家族ってこんな感じなのかな。なんでもない日常が幸せでガンちゃんとの日々は穏やかに流れる。


 でも……



 
 ガンちゃんはいつも玄関まで来て俺を送り出してくれる。




 「じゃあ、行ってくる」




 「いってらっしゃい」




 背中を向けて扉を開ける。




 「樹」




 ガンちゃんの声に振り返る。ガンちゃんの手が伸びて、俺の頭に触れる。




 「髪、跳ねてる」




 ガンちゃんの指が俺の髪を流す。そのまま、ポンと大きな手が乗りゆっくりと撫でる。優しい手つきに俺はなぜか心臓の動きを早くした。



 
 「頑張れよ」



 
 大きな手が俺から離れていく。頭を撫でる手がなくなってほんの一瞬寂しく思ってしまった。そんな自分を誤魔化すように「じゃ、じゃあ」と言って俺は玄関扉を閉めた。


 外の冷たい外気が熱を持った頬を冷やす。痛いほどの冷たさが今はちょうどいい。

 
 ガンちゃんといると安心する。でも最近はそれだけじゃない。たまに見せる熱い視線が俺の胸を騒がしくさせる。早い心臓の動きがガンちゃんに聞こえてしまうのではないかと心配になるほどに落ち着かなくなる。


 ガンちゃんは俺に不用意に触れない。でも時々触れる手や視線は温かくて切実で俺はまっすぐに受け止められない。



 

 ガンちゃんは親友だ。最近は自分にそう言い聞かせている。
 時々触れるガンちゃんの手に物足りなく感じている自分がいる。さっきもそうだ。もっと撫でて欲しい。そう思ってしまった。
 

 ガンちゃんに触れるとおかしくなる。自分が自分じゃなくなる。


 この気持ちをどうしたらいいのか俺は分からなかった。ただ目をそむけるしかできない。
 
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