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5. 獣人の男の子
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「久しぶりだね、エノーラ。」
「お兄様!」
ここは王宮の別会場。蕾の儀に出席している子供たちの両親が集う広間だ。
「元気にしてたかい?」
「えぇ。」
「今日は僕のところの次男が参加しているんだ。」
「私は娘が二人よ。」
「二人?」
驚いたように目を瞬かせ、聞き返す兄に、ノーラは笑いながら答えた。
「えぇ。二人。娘が娘を連れてきたのよ。」
見目麗しい兄妹の会話は、大変周りの目を引く。もちろん、この僕が黙っているわけがなかった。
「こんにちは、グラシス。うちの妻に、何か用かい?」
「いいや。僕のかわいい妹と話しをしていただけだが。」
「もう、お兄様ったら。」
嬉しそうにはにかむノーラ。グラシスめ、僕のノーラに手をだしたら許さんぞ。
「そうだ。」
グラシスは、美しい青の目を光らせ、周囲を確認する。そして、すっとノーラの耳元に顔を近づけた。
「最近、王都の裏で人身売買が横行していると聞く。中には獣人やエルフなど、他種族を攫って、貴族に売っている輩もいるらしい。」
彼は、極めて自然に顔を上げ、人のよさそうな笑みを浮かべて言った。
「気をつけろよ。」
「お気遣い、感謝する。」
「では、また。」
人身売買。噂には聞いていたが、他種族にまで手を出すようになったか。あいつは好きじゃないが、あいつの情報は信用できる。これは、調べてみる価値がありそうだな。
王都から帰って来て、一月が経とうとしていた。やっぱり落ち着きますね。我が家は。お父さんは王都でもう少し仕事があるとのことで、一足先に私たちだけで帰ってくることにしたんだ。
「お手紙来た!」
「おぉ、まろも読みたい!」
実は私、シオンと文通している。蕾の儀が終わってすぐ領地に戻るって話をしたら、じゃあ文通をしようということになったのだ。王宮の特別な鳩を使うから、返事が来るのがすごく早い。私が何か送ったら、数時間で返事が返ってくる。たまに、金属のしおりとか押し花とかが届くんだけど、どれもセンスがめっちゃよいんだ。
「クノエさんからも来てるよ。」
「本当か!」
うわ~、リアムさん分かりやすい。これは恋する乙女の顔だね!私にはお見通しだよ。キャッキャしながら手紙を読んでいると、あわただしく門が開く音がした。お父さんが帰って来るのって、もっと先だったよね。屋敷に流れる空気に何か異変のようなものを感じ取って、私は玄関まで行ってみることにした。
「旦那様!どうしたんですか?」
「医師をよんで下さい!持ちません。」
「ヴィル?!しっかりして。」
そこには、傷だらけで何かを庇うお父さんの姿があった。
「お父さん!」
駆け寄ろうとすると、リアムに腕を掴まれ、強引に距離を取らされた。
「離して!」
「あれを見ろ。」
門の前には、ズタボロになった我が家の馬車の残骸があった。馬は一匹も繋がれていない。逃げたのか、それとも…。
「何で?」
「ノーラ、この子を。」
お父さんが、胸に抱えていた「何か」をお母さんに渡す。
「じゅ、獣人?どうしたの?」
「奥様。治療が先です。その子をこちらへ。」
白衣を着た数人の医師が二人を運んでいく。私はただ茫然と、それを見ていることしかできなかった。
「お母さん!」
血で汚れた床を掃除するメイドさん達を押しのけて駆け寄る。今ばかりは、人に気を遣う余裕なんてなかった。
「大丈夫、大丈夫よ。あの人は、ヴィルは。絶対に死なない。」
自分自身に言い聞かせるように囁くお母さんに、私は何も言えなかった。
それから三日間。お父さんと獣人の子供は目を覚まさなかった。屋敷にはたくさんの人がやってきて、その間私は、部屋の外に出ることができなかった。ベッドにうずくまって、お父さんが誕生日に買ってくれたぬいぐるみを抱きしめる。荒々しい足音と、たまに聞こえる怒号が私の心を不安に支配させた。そんな私の背を撫でるリアムも不安そうだった。
「エフィニア様。旦那様が目を覚まされましたよ!」
「本当?」
お父さんが回復したという知らせを聞いたときは本当にうれしかった。
「お父さん!」
「えふぃ。」
お母さんは、頭に包帯を巻いていてベッドに横たわるお父さんの隣で静かに涙を流していた。こんな時だけど、絵になるなって思ってしまうほど、二人は美しかった。
「二人に、話さなければならないことがあるの。」
こんなに真剣な顔の両親を見たのは初めてだった。
「蕾の儀の後、僕は王都で騎士団を鍛えつつ、人身売買の組織について追ってたんだ。」
人身売買?
「最近、王都で獣人やエルフなど、珍しい容姿の種族を貴族に売っている者がいるという噂を聞いてね。丁度取引現場を見かけて、捕まえにいこうとしたら、返り討ちにあってこの様だ。不幸中の幸いというべきか、売られそうになっていた少年は保護できたんだけど、彼の身体的、精神的ストレスは計り知れないから、今は別室に隔離してもらってる。」
「それでね。その子を、うちで引き取ろうという話になったのよ。二人が嫌なら、無理にとはいわないけど、仲良くしてほしいな。と思っているの。」
想像を遥かに超える重い話題に、思考がついていかなかった。お父さんがボロボロになって帰って来てから、私の中の時間は止まったままだった。
一週間近く部屋の中に引きこもって、リアム以外のすべての人との接触を拒否した。心が死んだように、まともに機能しなかった。自分のメンタルが情けない。ボロボロになったお父さんが、前世で事故にあった時の記憶と重なる。
「エフィニア。獣人の子供が目を覚ましたそうだぞ。」
答える余裕がない私は完全無視。話しかけてもまったく反応せず、窓の外を眺めている私を見かねてか、リアムが急に腕を掴んできた。
「今日は、獣人の子供も食卓に着くそうだ。いいから来い。」
そう言って、無理矢理連れ出された。行きたくない心とは反対に、足は驚くほどスムーズに動いた。お父さんとお母さんは生気のない私の顔を見ても、特に追及せず、そっとしておいてくれた。
「旦那様、奥様。連れてまいりました。」
「ありがとう。そこに、座らせてあげてくれるかい?」
セルジュに連れられて入って来たのは、美しい真っ白の髪と、青い瞳を持つ、頭に狼の耳のようなものが生えた少年だった。
「気分はどうだい?」
お父さんの言葉に答える様子はない。やせ細った手首と足首には、枷の痕がくっきりと残っていた。それを見た瞬間、私の中で、足りなかった何かが埋められた気がした。止まっていた時間が動き出す。
男の子は、目の前に食事が出されても、手を出す様子はない。ただ、戸惑ったように給仕さんを見るだけだった。
「食べていいのよ。」
お母さんに促されても、彼が料理に手をつける様子はない。もしかしてこの子、フォークの使い方がわからないのかもしれない。私は、静かに男の子に歩み寄る。私は前世、孤児院の人たちに救われた。今度は私が、救う番だ。傲慢かもしれない。でも、彼は私よりももっと辛い思いをしていると思うから。助けたいと思った。
「この、銀色の棒は、フォークというのよ。」
「ふぉーく?」
「そう。三つに分かれてるところで、料理を刺して食べるの。」
「お、おいしい。」
「良かった。これはスプーンと言ってね、スープみたいにフォークでは刺せないものに使うのよ。」
男の子にご飯の食べ方を教えつつ、久しぶりに家族との食事を満喫して部屋に戻ろうとした時だった。
「あの、ありがと。」
獣人の男の子が私の服の袖を掴んで言ったのだ。
「いいえ。家族だもの、気にしないで。」
精一杯の背伸びをして、男の子の頭をポンポンっと撫でる。昔、おかあさんにしてもらったように。
「じゃあ、また明日ね。」
手を振って、別れる。久しぶりに人と関わって、生きる力が湧いてくるのを感じた。
「心配したんだぞ。ろくに食事もとらず、何を言っても完全無視。ずっと布団の中で蹲り続けて、生気はどんどん漏れ出していくんだから。」
ぽろぽろと涙を流しながら、続ける。
「死んでしまうかと、思った。」
私の腰に顔をうずめて泣くリアムに、私は今更ながら罪悪感を覚えた。
「ごめんね、リアム。ごめん、ごめんね。」
部屋の床に座り込んで、私たちは声をあげて泣いた。その涙のおかげで、私の心の中にくすぶっていたトラウマと不安の炎は、すっかり消えて、流されてしまったのだった。
次の日の朝、私は清々しい気持ちで目を覚ました。伸びをして辺りを見回すと、机の上にたくさんの手紙があることに気づいた。嫌な予感がして窓を開けると、そこにはもう少しで力つきそうになっている鳩がいた。その首には、王家の紋章。しまった。シオンからの手紙、返すの忘れてた。慌てて封筒をひらくと、そこには、おびただしいほどの文字で、私を気遣う内容の手紙が書かれていた。
「最近返事がないが、大丈夫か?」
「体調が優れないのか?病気に効く魔法薬を同封した。無理はするなよ。」
「鳩が手ぶらで帰ってくるのだが、どうしたんだ?まさか、監禁されているのか?そちらに至急使者を送ろう。」
「リアムから話は聞いた。相談事があれば、遠慮なく頼れ。余裕がある時でいいから、返事をくれると嬉しい。」
「心の疲れに効くハーブティーをとりよせた。気が向いたら飲んでみてくれ。」
手紙の横に分けられて、薄い紫の液体が入った小瓶と、高級そうな紙袋が置いてある。
王宮魔法薬 製作者:ルセア=ラクティス
妖精ハーブティー セットS 地の精霊の加護の強い北西の地で、妖精の手によって育てられた最高級ハーブをブレンドしました。…
両方超高級品っていうね…。王宮魔法薬って、王家しか口にできないほど高価なんだよね。ラクティスさんってどこっで聞いたことあるような。あ!シオンの魔法の師匠だ。宮廷魔術師の中で一番偉い人って聞いたけど。そんな人が作ったものを私なんかにほいほい渡して大丈夫なの?
そして妖精ハーブティー。これは、一番低ランクのものでも、人さじ金貨30枚は下らないほど高い。(金貨一枚を円に換算すると、だいたい一万円くらい)確かSは最高級ランクのはずだ。王宮、おそるべし。
貰いっぱなしなのも申し訳ないし、今度、何か送ろう。そう思いつつ部屋を出ると、ドアの前にあの獣人の男の子が座り込んでいた。
「どうしたの?」
声をかけても、返事なし。顔を覗き込むと、真っ赤だった。熱があるみたい。お医者さんを呼ばなきゃ。でも、この子をここで一人にしておくわけには。そうだ!
「ちょっと待っててね。」
私は一言声をかけると、ダッシュで机の上から、魔法薬をとる。シオンには悪いけどこれが最前だと思う。
「これ、飲んで。」
口元に瓶を近づける。男の子の足に、ポタっと雫が一滴、こぼれた。瞬間、彼の体を紫の光が覆った。光が引いて男の子の体を確認してみると、怪我やあざは跡形もなく消えていた。
「ん。」
薄っすらと目を開けた男の子は、不思議そうに自分の体を見つめる。そういえば私、この子の名前知らないな。
「お名前は?」
首を傾げる男の子。
「うん。とりあえず、私の部屋においで。」
いきなり知らない屋敷に連れてこられて、朝起きたら体中の傷全部治ってたら、そりゃ混乱するわ。ソファに座ってもらって、もう一度聞く。
「あなた、お名前は?」
「わ、からない。でも、これ。」
ペンダントのようなものを私に差し出してきた。青い宝石に刻まれていたのは、異国の文字。でも私は、すんなりと読めた。そういえば、こっちに転生してから、言葉に困ったことはなかった。まぁ、読めたしいっか。(軽い)
「カイト。あなた、カイトっていうのね。」
「かいと。」
「私はエフィニアよ。よろしくね。カイト。」
背は大きいけど種族差があるし、もしかしたら私より年下かもな。とか考えていると。
「少年!まろの名はリアム!今度、ドーナツを食べさせてやろう。ここのドーナツはとてもうまい。」
ふんぞり返ってリアム登場。あなたの謎テンションのせいでびっくりしてるじゃん。
「とりあえず、朝食を摂ろう。そなたはもっと太ったほうが良いぞ。」
戸惑ったように私の方をみるカイト。上目遣いかよかわいいなくそ。
「大丈夫、私も一緒に行くよ。」
三人で手を繋いで食堂へ向かうと。
「きゃあああああああああああ!ちょっとヴィル?見て!三人が、三人が手を繋いで歩いてるわ!」
「何あれ尊いんですけど。」
両親が発狂した。
「お母さん。私、カイトの隣座るね。」
「カイト?もしかして、君の名前、カイトっていうのかい?」
「まぁ!可愛い名前ね。私はエノーラっていうの。お母さんって呼んでもいいのよ。」
「僕はヴィル。カイトか。いい名前じゃないか。」
ちょ、いっぺんに喋らないの。混乱してるじゃん。
「え、のーら。う゛ぃる?」
「かわいいわぁ!」
「僕の中で目覚めてはいけない何かが目覚めようとしてるんだが。」
「コホン。料理の準備ができました。」
セルジュが咳ばらいをして、我に返る二人。
「ごめんなさい。取り乱してしまって。」
「僕としたことが、情けない。」
しょぼんと落ち込む両親を慰める私。セルジュは、優しい笑顔でそれを見ていた。
「お兄様!」
ここは王宮の別会場。蕾の儀に出席している子供たちの両親が集う広間だ。
「元気にしてたかい?」
「えぇ。」
「今日は僕のところの次男が参加しているんだ。」
「私は娘が二人よ。」
「二人?」
驚いたように目を瞬かせ、聞き返す兄に、ノーラは笑いながら答えた。
「えぇ。二人。娘が娘を連れてきたのよ。」
見目麗しい兄妹の会話は、大変周りの目を引く。もちろん、この僕が黙っているわけがなかった。
「こんにちは、グラシス。うちの妻に、何か用かい?」
「いいや。僕のかわいい妹と話しをしていただけだが。」
「もう、お兄様ったら。」
嬉しそうにはにかむノーラ。グラシスめ、僕のノーラに手をだしたら許さんぞ。
「そうだ。」
グラシスは、美しい青の目を光らせ、周囲を確認する。そして、すっとノーラの耳元に顔を近づけた。
「最近、王都の裏で人身売買が横行していると聞く。中には獣人やエルフなど、他種族を攫って、貴族に売っている輩もいるらしい。」
彼は、極めて自然に顔を上げ、人のよさそうな笑みを浮かべて言った。
「気をつけろよ。」
「お気遣い、感謝する。」
「では、また。」
人身売買。噂には聞いていたが、他種族にまで手を出すようになったか。あいつは好きじゃないが、あいつの情報は信用できる。これは、調べてみる価値がありそうだな。
王都から帰って来て、一月が経とうとしていた。やっぱり落ち着きますね。我が家は。お父さんは王都でもう少し仕事があるとのことで、一足先に私たちだけで帰ってくることにしたんだ。
「お手紙来た!」
「おぉ、まろも読みたい!」
実は私、シオンと文通している。蕾の儀が終わってすぐ領地に戻るって話をしたら、じゃあ文通をしようということになったのだ。王宮の特別な鳩を使うから、返事が来るのがすごく早い。私が何か送ったら、数時間で返事が返ってくる。たまに、金属のしおりとか押し花とかが届くんだけど、どれもセンスがめっちゃよいんだ。
「クノエさんからも来てるよ。」
「本当か!」
うわ~、リアムさん分かりやすい。これは恋する乙女の顔だね!私にはお見通しだよ。キャッキャしながら手紙を読んでいると、あわただしく門が開く音がした。お父さんが帰って来るのって、もっと先だったよね。屋敷に流れる空気に何か異変のようなものを感じ取って、私は玄関まで行ってみることにした。
「旦那様!どうしたんですか?」
「医師をよんで下さい!持ちません。」
「ヴィル?!しっかりして。」
そこには、傷だらけで何かを庇うお父さんの姿があった。
「お父さん!」
駆け寄ろうとすると、リアムに腕を掴まれ、強引に距離を取らされた。
「離して!」
「あれを見ろ。」
門の前には、ズタボロになった我が家の馬車の残骸があった。馬は一匹も繋がれていない。逃げたのか、それとも…。
「何で?」
「ノーラ、この子を。」
お父さんが、胸に抱えていた「何か」をお母さんに渡す。
「じゅ、獣人?どうしたの?」
「奥様。治療が先です。その子をこちらへ。」
白衣を着た数人の医師が二人を運んでいく。私はただ茫然と、それを見ていることしかできなかった。
「お母さん!」
血で汚れた床を掃除するメイドさん達を押しのけて駆け寄る。今ばかりは、人に気を遣う余裕なんてなかった。
「大丈夫、大丈夫よ。あの人は、ヴィルは。絶対に死なない。」
自分自身に言い聞かせるように囁くお母さんに、私は何も言えなかった。
それから三日間。お父さんと獣人の子供は目を覚まさなかった。屋敷にはたくさんの人がやってきて、その間私は、部屋の外に出ることができなかった。ベッドにうずくまって、お父さんが誕生日に買ってくれたぬいぐるみを抱きしめる。荒々しい足音と、たまに聞こえる怒号が私の心を不安に支配させた。そんな私の背を撫でるリアムも不安そうだった。
「エフィニア様。旦那様が目を覚まされましたよ!」
「本当?」
お父さんが回復したという知らせを聞いたときは本当にうれしかった。
「お父さん!」
「えふぃ。」
お母さんは、頭に包帯を巻いていてベッドに横たわるお父さんの隣で静かに涙を流していた。こんな時だけど、絵になるなって思ってしまうほど、二人は美しかった。
「二人に、話さなければならないことがあるの。」
こんなに真剣な顔の両親を見たのは初めてだった。
「蕾の儀の後、僕は王都で騎士団を鍛えつつ、人身売買の組織について追ってたんだ。」
人身売買?
「最近、王都で獣人やエルフなど、珍しい容姿の種族を貴族に売っている者がいるという噂を聞いてね。丁度取引現場を見かけて、捕まえにいこうとしたら、返り討ちにあってこの様だ。不幸中の幸いというべきか、売られそうになっていた少年は保護できたんだけど、彼の身体的、精神的ストレスは計り知れないから、今は別室に隔離してもらってる。」
「それでね。その子を、うちで引き取ろうという話になったのよ。二人が嫌なら、無理にとはいわないけど、仲良くしてほしいな。と思っているの。」
想像を遥かに超える重い話題に、思考がついていかなかった。お父さんがボロボロになって帰って来てから、私の中の時間は止まったままだった。
一週間近く部屋の中に引きこもって、リアム以外のすべての人との接触を拒否した。心が死んだように、まともに機能しなかった。自分のメンタルが情けない。ボロボロになったお父さんが、前世で事故にあった時の記憶と重なる。
「エフィニア。獣人の子供が目を覚ましたそうだぞ。」
答える余裕がない私は完全無視。話しかけてもまったく反応せず、窓の外を眺めている私を見かねてか、リアムが急に腕を掴んできた。
「今日は、獣人の子供も食卓に着くそうだ。いいから来い。」
そう言って、無理矢理連れ出された。行きたくない心とは反対に、足は驚くほどスムーズに動いた。お父さんとお母さんは生気のない私の顔を見ても、特に追及せず、そっとしておいてくれた。
「旦那様、奥様。連れてまいりました。」
「ありがとう。そこに、座らせてあげてくれるかい?」
セルジュに連れられて入って来たのは、美しい真っ白の髪と、青い瞳を持つ、頭に狼の耳のようなものが生えた少年だった。
「気分はどうだい?」
お父さんの言葉に答える様子はない。やせ細った手首と足首には、枷の痕がくっきりと残っていた。それを見た瞬間、私の中で、足りなかった何かが埋められた気がした。止まっていた時間が動き出す。
男の子は、目の前に食事が出されても、手を出す様子はない。ただ、戸惑ったように給仕さんを見るだけだった。
「食べていいのよ。」
お母さんに促されても、彼が料理に手をつける様子はない。もしかしてこの子、フォークの使い方がわからないのかもしれない。私は、静かに男の子に歩み寄る。私は前世、孤児院の人たちに救われた。今度は私が、救う番だ。傲慢かもしれない。でも、彼は私よりももっと辛い思いをしていると思うから。助けたいと思った。
「この、銀色の棒は、フォークというのよ。」
「ふぉーく?」
「そう。三つに分かれてるところで、料理を刺して食べるの。」
「お、おいしい。」
「良かった。これはスプーンと言ってね、スープみたいにフォークでは刺せないものに使うのよ。」
男の子にご飯の食べ方を教えつつ、久しぶりに家族との食事を満喫して部屋に戻ろうとした時だった。
「あの、ありがと。」
獣人の男の子が私の服の袖を掴んで言ったのだ。
「いいえ。家族だもの、気にしないで。」
精一杯の背伸びをして、男の子の頭をポンポンっと撫でる。昔、おかあさんにしてもらったように。
「じゃあ、また明日ね。」
手を振って、別れる。久しぶりに人と関わって、生きる力が湧いてくるのを感じた。
「心配したんだぞ。ろくに食事もとらず、何を言っても完全無視。ずっと布団の中で蹲り続けて、生気はどんどん漏れ出していくんだから。」
ぽろぽろと涙を流しながら、続ける。
「死んでしまうかと、思った。」
私の腰に顔をうずめて泣くリアムに、私は今更ながら罪悪感を覚えた。
「ごめんね、リアム。ごめん、ごめんね。」
部屋の床に座り込んで、私たちは声をあげて泣いた。その涙のおかげで、私の心の中にくすぶっていたトラウマと不安の炎は、すっかり消えて、流されてしまったのだった。
次の日の朝、私は清々しい気持ちで目を覚ました。伸びをして辺りを見回すと、机の上にたくさんの手紙があることに気づいた。嫌な予感がして窓を開けると、そこにはもう少しで力つきそうになっている鳩がいた。その首には、王家の紋章。しまった。シオンからの手紙、返すの忘れてた。慌てて封筒をひらくと、そこには、おびただしいほどの文字で、私を気遣う内容の手紙が書かれていた。
「最近返事がないが、大丈夫か?」
「体調が優れないのか?病気に効く魔法薬を同封した。無理はするなよ。」
「鳩が手ぶらで帰ってくるのだが、どうしたんだ?まさか、監禁されているのか?そちらに至急使者を送ろう。」
「リアムから話は聞いた。相談事があれば、遠慮なく頼れ。余裕がある時でいいから、返事をくれると嬉しい。」
「心の疲れに効くハーブティーをとりよせた。気が向いたら飲んでみてくれ。」
手紙の横に分けられて、薄い紫の液体が入った小瓶と、高級そうな紙袋が置いてある。
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そして妖精ハーブティー。これは、一番低ランクのものでも、人さじ金貨30枚は下らないほど高い。(金貨一枚を円に換算すると、だいたい一万円くらい)確かSは最高級ランクのはずだ。王宮、おそるべし。
貰いっぱなしなのも申し訳ないし、今度、何か送ろう。そう思いつつ部屋を出ると、ドアの前にあの獣人の男の子が座り込んでいた。
「どうしたの?」
声をかけても、返事なし。顔を覗き込むと、真っ赤だった。熱があるみたい。お医者さんを呼ばなきゃ。でも、この子をここで一人にしておくわけには。そうだ!
「ちょっと待っててね。」
私は一言声をかけると、ダッシュで机の上から、魔法薬をとる。シオンには悪いけどこれが最前だと思う。
「これ、飲んで。」
口元に瓶を近づける。男の子の足に、ポタっと雫が一滴、こぼれた。瞬間、彼の体を紫の光が覆った。光が引いて男の子の体を確認してみると、怪我やあざは跡形もなく消えていた。
「ん。」
薄っすらと目を開けた男の子は、不思議そうに自分の体を見つめる。そういえば私、この子の名前知らないな。
「お名前は?」
首を傾げる男の子。
「うん。とりあえず、私の部屋においで。」
いきなり知らない屋敷に連れてこられて、朝起きたら体中の傷全部治ってたら、そりゃ混乱するわ。ソファに座ってもらって、もう一度聞く。
「あなた、お名前は?」
「わ、からない。でも、これ。」
ペンダントのようなものを私に差し出してきた。青い宝石に刻まれていたのは、異国の文字。でも私は、すんなりと読めた。そういえば、こっちに転生してから、言葉に困ったことはなかった。まぁ、読めたしいっか。(軽い)
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「かいと。」
「私はエフィニアよ。よろしくね。カイト。」
背は大きいけど種族差があるし、もしかしたら私より年下かもな。とか考えていると。
「少年!まろの名はリアム!今度、ドーナツを食べさせてやろう。ここのドーナツはとてもうまい。」
ふんぞり返ってリアム登場。あなたの謎テンションのせいでびっくりしてるじゃん。
「とりあえず、朝食を摂ろう。そなたはもっと太ったほうが良いぞ。」
戸惑ったように私の方をみるカイト。上目遣いかよかわいいなくそ。
「大丈夫、私も一緒に行くよ。」
三人で手を繋いで食堂へ向かうと。
「きゃあああああああああああ!ちょっとヴィル?見て!三人が、三人が手を繋いで歩いてるわ!」
「何あれ尊いんですけど。」
両親が発狂した。
「お母さん。私、カイトの隣座るね。」
「カイト?もしかして、君の名前、カイトっていうのかい?」
「まぁ!可愛い名前ね。私はエノーラっていうの。お母さんって呼んでもいいのよ。」
「僕はヴィル。カイトか。いい名前じゃないか。」
ちょ、いっぺんに喋らないの。混乱してるじゃん。
「え、のーら。う゛ぃる?」
「かわいいわぁ!」
「僕の中で目覚めてはいけない何かが目覚めようとしてるんだが。」
「コホン。料理の準備ができました。」
セルジュが咳ばらいをして、我に返る二人。
「ごめんなさい。取り乱してしまって。」
「僕としたことが、情けない。」
しょぼんと落ち込む両親を慰める私。セルジュは、優しい笑顔でそれを見ていた。
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