転生令嬢は旅がしたい!

京 えい

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7.炎の精霊王

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 今日は、いよいよ旅立ちの日。 
 
「エフィ~。寂しくなったらいつでも帰ってきていいんだよ。」 
「何かあったら必ず連絡するのよ。約束だからね!」 
 
 めそめそしながら別れを惜しむお父さんと、心配そうに見つめてくるお母さん。二人に、うちの領地で生産された最高級の天馬を二匹、貰った。 
 私の子は、白い毛並みに緑がかった薄茶色の目、カイトの子は、白い毛並みに青がかった灰色の目の、とても美しい馬だった。普通の馬より一回りくらい大きくて、鞍も翼が出せるように特殊な形になっていた。天馬は、ぱっと見は普通の馬と変わらないけど、魔力をおびてうなじに触ると、翼を生やす。 
 荷物も、それに合わせて私が大きさを改良した。馬車に使われている空間魔法を応用して、無限にものが入るバックを作った。簡単に言えば、ド〇〇もんの四次〇ポケットのような感じだ。
 私のは緑と茶色を基調に、カイトのは青と灰色を基調に作った。うん。馬の雰囲気にもぴったり。リアムには、基本私の馬に乗ってもらうことにしている。 
 
「じゃあ、またね。神休日には帰るから。手紙も、ちゃんと送る。」 
「またな、二人とも。」 
「今までありがとうございました。姉さんのことは、俺が責任をもって監視します。」 

 監視?まぁいいや。

「カイくんもよ。必ず無事で帰ってきて。」 
「御意。」 
 
 そろそろ行くか。分かれの挨拶が長いと、さよならが辛くなる。 
 
「二人とも。そろそろ行くね。」 
「えぇ。」 
 
 私はカイトに合図をだすと、馬のうなじに触れた。背からバサッと大きな翼が生えて、軽やかに跳躍する。 
 
「ばいばい!」 
「「エフィニア様、カイト様、リアム様。行ってらっしゃいませ。」 」
 
 家の使用人さんたちが、声を揃えて私たちに礼をした。私は、振り返らなかった。あんなに嬉しかったけど、今はやっぱり、寂しい気持ちが強かった。貴族の暮らしからの門出。協力してくれた人たちのために、私には旅を楽しむ義務がある。必死で涙をこらえて前を見つめる私の顔に、向かい風が強く吹き付けた。 
 
「二人は、これからどこに行きたい?」 
 
 ちょこちょこ休みつつ数時間飛ぶと、国境までたどり着いた。 
 
「今日は、ここでキャンプしよっか。」 
 
 森の中に降りて、馬を木につなぐ。 
 
「キャンプとは何だ?」 
「テントを張って、そこで寝ることだよ。」 
 
 馬につけていたポシェットの中からテントを取り出す。私が作った道具は、魔力を帯びて触ることで起動するようになっているから、防犯面もばっちしだ。 
 
「テント?」 
「見てて。えいっ!」 
 
 小さな魔法陣に触れると、圧縮されていたテントがボンっと広がった。 
 
「こ、これは?」 
「テントだよ。」 
 
 底面が1m四方の、丈夫な布で作られたテント。この中で3人が寝るわけだから…。このくらいかな。手に小さなテントのホログラムを浮かび上がらせて、スマホで画像を拡大するようにテントを大きくする。 
 
「これ、姉さんが作ったのか?」 
「うん!この鞍も、私が作ったんだよ。他にも、色々。」 
 
 思い出せる限りの便利そうなアウトドア用品を片っ端から作った。洋服も、デザインを自分で書いて、それをクラリスさんに作って貰ったんだ。あ、ちなみに私に天馬ちゃんの名前はメレンゲにしたんだ。白くてふわふわしてて、とにかく色がそっくりだったから。 
 
「よし、カイト。私は焚火をしようと思う。いい感じの枝を集めてきて。」 
「ん。分かった。」 
 
 気付いたら、もう夕方だった。そろそろ暗くなる。さっさと火を起こさないと危ない。 
 
「リアム、一緒に寝袋並べよう!」 
「ね、ねぶくろ?」 
「この中に入って寝るんだよ。」 
 
 私はリュックの中から3つの寝袋を取り出した。小さなリュックの中から長い寝袋がずろ~って出てくるのはちょっと面白い。 
 
「狭くないか?」 
「あ、中は魔法で広くしたから、大の字になれるし、寝返りも普通にうてるよ。」 
「姉さん。拾ってきたよ。」 
 
 ひょこっとテントの中に顔を覗かせるカイト。 
 
「ありがと!行くよリアム。」 
 
 お!いい感じの量だ。ランタンから移した炎を手に浮かべて、それを木の山に向かって投げた。 
 
「よし、ちょっと行ってくる。」 
「どこに?」 
「クーラーボックス。」 
「はぁ?」 
 
 私はリュックの中からクーラーボックスを取り出すと、その中に入った。空間魔法のおかげで、クーラーボックスの中は食糧庫のようになっていた。空間魔法まじ便利。ご飯を食べながらこれからについて話す。 
 
「二人は、どっか行きたいとことかある?」 
「ここ、山脈の手前だし、近場だと、エルフの里とか?」 

 リセル王国の西側には、ものすごく険しい山脈があって、その向こうに、エルフや妖精が暮らす里がある。でも、山脈を超えられた人間は、今までにいないらしい。向こうから来ることはあるけどね。前にシオンから貰ったハーブティーの産地も、この先にある。
 
「そうだね。え~、楽しみ。」 
 
 エルフは、あまり外部との接触を好まないらしく、他種族との交流が薄い。だから、私も見たことないんだよね。 
 
「あ。」 
 
 カイトが急に立ち上がると、リュックの中から何かを取り出した。それ、魔道具? 
 
「どした?」 
「いや、ヴィル様から頂いたんだけど。なんか結界張るらしい。」 
 
 結界?でも、確かに。ここは異世界。こんな深い森の中じゃあ、何があるか分かんないもんね。お父さん、ナイス! 
 
「じゃあ、テントの入り口につるしといて。」 
「了解。」 
 
 ランタンつけようと思ってたけど、かわいいからいいや。 
 
「あ!そうだ。私が作ったものの使い方、一通り教えるからこっち来て。」 
 
 私が作った道具には、全部小さな魔法陣がついてる。私とリアム、カイトの魔力以外では起動しないようになってるんだ。危ないから。 
 
「家具系は馬のポシェットに、小物系はリュックに入ってるよ。」 
 
 中身を全部出して、一つ一つ名称と用途を説明する。 
 
「理解した?」 
「完璧。」「うむ!」 
 
 よし。 
 
「エフィニア~。まろ、風呂に入りたい。」 
 
 ん?風呂? 
 
「あ、俺も。どこで入るの?」 
 
 やばい、しくった。お風呂のことまったく考えてなかった。 
 
「大変申し上げにくいんだけど…。お風呂、忘れてた。」 
 
 実は私、お風呂に入らないと寝られないんだよ。気持ち悪くない?べたべたして。 わ~、どうしよう。
 
「どうするの?」 
「あ!まろいいこと思いついたぞ!」 
 
 何? 近くに川ないから、私頼りにならないよ。
 この世界では、水とか火とか、そういうものを扱う魔法を属性魔法っていうんだけど、元手がないと使えない。何もないところから水を出したりとかができないんだ。空気中の水蒸気を使って霧とか、流れてる風を操って竜巻とかはできるんだけどね。魔力量に比例して、操れる物質の量が決まるんだ。
 
「水のに頼めばよい。」 
「あぁ!ラピスさん。」 
 
 いつか池に落下した私を助けてくれた、水の精霊王さん。でも、どうやって呼ぶのかわからんよ。私。 
 
「念じればくるんじゃないか?」 
「そんな軽いの?」 
 
 ラピスさん。来て。ぎゅっと目をつむると耳元に水のせせらぎが聞こえた。 
 
「久しぶりね。お姫様。」 
「ラピスさん!」 
 
 相変わらずお綺麗ですね。 
 
「あのね。お風呂を作ってほしいの。」 
 
 水、あんまり持ってきてない。 
 
「分かったわ。」

 ラピスさんが両手をお椀のように合わせると、頭上に大きな水の塊が浮かんだ。浴槽どうしよう。ていうか、外で裸になるのはさすがにちょっと犯罪的じゃない?とりあえず、その辺にあった岩を高速で加工する。

「この中に入れてください。」

 ドッと落ちる水の塊。そこに、リアムが服を着たまま飛び込んだ。神獣には服が濡れるという感覚がないらしい。服ごと人の姿に変化してるから、一度獣の姿に戻れば乾くんだとか。

「冷たっ。」

 慌てて水から飛び出すリアム。

「めっちゃ冷たかったぞ!どういうことだ?」
「ごめんなさい。私、水の温度を変えることはできないの。あくまで水を出せるだけで。」
「じゃあ、私の炎魔法で温めましょうか?」
「精霊の魔法で生まれたものには、人間の魔法で干渉できないの。」
「じゃあ…。」
「炎の精霊を呼べば温められると思うわ。」

 炎の精霊さんかぁ。私、契約してないから呼びようがない。

「大丈夫、私の知り合いに、炎のが一人いるわ。呼んでくるから、少しまっていて頂戴。」

 行っちゃった…。

「姉さん、どうする?」
「うん。流れに身を任せるしかないよ。」

 私はとりあえず、お風呂のプライバシー確保を。

「連れて来たわよ~。」

 いや、早くない?

「えと…、この人は?」

 ラピスが連れてきたのは、浅黒い肌の美丈夫。体中に銀のピアスを開けているのが印象的な男性だった。

「水の、彼女が?」
「えぇ、お姫様よ。」

 いきなり跪く男性。彼は、童話の王子様のようなポーズで私の手をとり、口づけをした。薬指が熱を帯びた。見ると、雫のマークの下の円に、赤い炎のマークがついていた。

「え?」
「我は炎の精霊王、アベリアル。何か用があれば、何なりとお申し付けを。」

 怖いんだけど。私何かした?

「じ、じゃあ。この水を、温めてください。」
「承知した。」

 温風が吹く。浴槽に手を入れると、とても丁度いい温度だった。

「ありがとうございます。」
「姫。我のような者に、敬語は不要。」

 でも、王様なんでしょ?いきなりタメ口はハードル高い。

「善処するわ。」
「きゃっほ~い。お風呂~。」

 リアム。はっちゃけすぎ。

「うむ。いい湯加減だ。そうだ!エフィニア。そこの二人も、旅に同行して貰おう。そうずれば、風呂の心配はいらないし、何より心強い。」

 確かに。

「いい?」
「もちろん。」「姫の望みとあらば。」

 それじゃあ、お言葉に甘えて。これからよろしくお願いします。

「姉さん。お湯はいいんだけど、どうやって隠すの?」

 あ、忘れてた。

「とりま今日は、私が土魔法でなんとかするわ。」
「分かった。」

 地面に掌をつけて、浴槽を正方形の壁で囲む。

「はい、完成。リアム~?」
「なんだ?」

 いきなり周りに壁が生えたのに平然としてられるの強いんだけど。

「私も入るよ?」
「あぁ。」

 入口作るの忘れたから、跳躍して壁を飛び越える。

「湯加減はいかが?」
「うむ。そこそこだな。」

 なんてふざけつつ服を脱ぐと、湯船につかる。あったか~い。10分ほどつかって外に出る。体洗うとこないやん。浴槽をさらに加工して足場を作る。

「まろにもやって!シャワー。」
「はいはい。」

 手からブシャ~って水を出した。

「出るよ。」

 ささっと持ってきたパジャマに着替える。

「カイト、入っていいよ~。」

 声をかけたあと、テントに直行した。

「あ~、肩凝った。眠い。」
「まろがマッサージしてやろう。」
「お願い。」

 ぐてっと寝っ転がると、肩に重みが乗る。

「もちょっと左。うん、そこ。」

 ずっとペガサス乗ってたら体ガチガチだよ。

「ん?なんか熱い…。いや、冷たい?」

 上を向くと、精霊王さん二人が私の肩をもんでいた。

「え?あの、二人とも?」
「あら、もういいの?」
「いや、恐れ多いな、と。」

 慌てて跳ね起きると、微笑みながらこっちを見るラピス。

「気にするな。我が勝手にやっているだけだ。」
「そうよ。やらせて頂戴な。」

 そ、そういうことなら。もう一度寝っ転がると、左右から違う温度で圧迫される。

「め、めちゃくちゃ、きもちい。」
「何やってんの?」

 カイトが冷ややかな目でこっちを見てる。

「肩凝ったから、マッサージを。」
「そう。風呂の始末、どうするの?」

 忘れてた。

「ちょっと行ってくる。」

 外に出ると、明らかに不自然な立方体が。

「解除。」

 壁は土に、浴槽は岩の塊に戻った。

「ラピスさん、水。」

 いつのまにか隣にいたラピスさんが指をパチっと鳴らすと、水は一瞬で消えた。

「すご…。」
「そんなことないわ。」

 テントに戻ると、リアムは寝袋の上でうとうとしていた。

「あ。二人は、どこで寝るの?」
「精霊は、睡眠が必要ないの。だから気にしないで。」

 そうなんだ。

「そろそろ寝ましょうか。」

 部屋のランタンの火を消そうと立ち上がる。手をかざすと、中の火が伸び縮みした。ぎゅっと拳を握ると、ふわっと火が消えて、テントの中は闇に包まれた。その中で、青と赤の光がぽわーんと浮かんでいる。

「綺麗…。」

 やわらかい光に包まれたような感覚を覚えつつ、私は静かに眠りについた。



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