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学園編・前編
第38話〜癒える心と…〜
しおりを挟む熟した桃の様に顔を赤面させるアンが乗る馬車をバルコニーから見送る私の背後に近付く一つの影、見知っている気配に振り返るとそこには父上が居た。
「……父上、何時から…?」
「そうだな、階層(ヒエラルキー)を壊す、と彼女が言った辺りからか?」
随分前から聞かれてしまっていた様だ、気が動転すると集中力が欠けるのは私の悪癖の一つだな…頬を掻いていると父上が私の頭を抱き寄せてくる。
「…前世がなんだろうとお前は私達の自慢の息子であり腹の子を必死で護ろうとした立派な兄だ、…それにな、例え前世であったとしてもお前が意味も無く暴力を振るう男だとは思えんよ、俺も…ソフィア達もな」
「っ!」
それは、前世でも母親に言われた言葉だった。
『悠希は昔から護る為に戦う子だから…、他の誰が後ろ指を指しても私は貴方を信じているから』
目頭が熱くなるのを覚える…今の私は多分みっともなく泣いているだろう。
「…お前は自分自身を屑(ロクデナシ)と言ったが、確かに力を持たぬ者に怪我をさせたのは罪だ。それはお前が抱えるべきものだ。
…だが、どんな理由や状況があろうと目上の者が逆らえない目下のものを攻撃する事自体が立場に甘えた行為だし、そもそも上司は部下を教え導く者だ。それすらしないで肝心な時に護ってやらなかった者達に今のお前が縛られる事は無い…お前の心は正しい。愚直なまでにな」
正しくなければ、生まれ変わった今も抱えて生きて等いるまいよ、と。父上は私の背中を撫でてくれる…今だけは、この温もりに甘えても良いだろうか。
私は、声を殺して泣いた…本当の意味での正義の味方(ヒーロー)を目指して歩んだ道を、その道に居る者に否定され、…そして今世もそれを目指し最も尊敬出来る英雄(ヒーロー)に認められたのだ、…これ以上の喜びは感じた事は無かった。
----------------
「…なるほどな、つまりお前の世界での軍隊は陸、海、空の三つに大きく別れているのか…そこはこの世界の軍隊と変わらんのだな」
首を縦に振る、更に詳しく言うなら私は陸で大臣直轄部隊に配属された。
当時、身体があまり丈夫では無かった母親と父親が脊柱管狭窄症という病に掛かり、更に二人共家系的な病を前々から患っていた事もあり、一人息子である私が看病をする為に地元に近い駐屯地を希望したらそうなった、というのが真相ではあるが。
「…軍の規則では23時に就寝して6時には起床するんですが、あくまで読書も何もせずに床に着けば良いだけなので薬が無ければ眠れない日々が続きましたね……それは良いんです、私の事情を察してくれる人なんて一人も居ませんでしたから」
そう、ただの一人も、だ。
今はそれを呪うつもりは無いし背負わせるつもりもない、…が、正直あの時は周りが幸せそうでイラついていたのはある。何せ薬が無ければ満足に寝る事も出来なかったし毎日連絡を取っていた事を詰られた事もある。
「……なるほど、な。恨んでいるか?」
「…そうですね、今は恨んではいませんが当時私に関わった人は全員私と同じ立場になってみれば見えるものもあるのではないでしょうかね、夜中に父親が倒れ泣き叫ぶ母親、離れていて指を銜えるしか出来なかった自分…また、急変するかもしれないと、一人息子として怯える日々…それを私と同じ様に抱き続ければ見えるものもあるのでは?」
人間等そういうものだ、対岸の火…自分には関係ない場所での異変など毛ほども感じないのだ。
「…辞めようとは?」
「辞めれるとでも?収入源が私の給金しか無い状態で?…2万ユノ(純銀貨2枚)で洗濯や衣類、その他雑貨を買う金を賄い残りは全て実家に入れていましたよ」
前世での記憶が今でも鮮明に蘇る、貧しくとも大黒柱であった父親が倒れた以上、私が辞めれる状況でも無かったのだ。私が死ぬ前は20万程だったが実際にはもう少し少なかった記憶がある。
あの体験があったからだろうか、私自身異常だと思う程、私が護る事に異常な執着を見せるようになったのは…例え自分が人生の最後の最後迄バカを見たとしても父親にも母親にも生きて欲しかった。
結果は…父親は病気を苦に、母親と別れた上で首を吊り自殺したが。
「……すまんな、…そうか…自害、か…」
「…いえ、感傷的になり過ぎました…兎に角、恨んではいませんよ。そもそも転生した今ではどうでも良い人達ですから」
そう、本当にどうでも良いのだ…桃の様に介入してくるなら問答無用で斬り捨てるだけだ。
今更過去の関係を引き合いに出されても私にとっては苛つくだけなのだから。
「……救って欲しかったのだな、お前は」
「……解りませんね、昔の話は。…ただ、私はこれからも私が誰かを救う事を辞めようとはしませんよ、それすら辞めたら私が立てた誓いは無意味になりますから」
泣き疲れた子供をあやすように背中を撫でる掌が心地好くて思わず口にしてしまった過去、その話は…どうやら父上以外にも聞かれていたようだ。
「……私では前世でのお前を救うまでには至らなかったが、お前が救ったものは決して少なくないのも事実だ。…過去のしがらみに囚われていたエリスを救ったのも」
私が今世で赤子だった頃から見知った燃えるように紅い髪が揺れ頬には涙が伝う。
「王女という寄る辺を失い勇者としての責務を背負ったアリシアを救ったのも」
私のファーストキスを奪った唇を噛みながらも、涙の跡に指先を這わせる金糸の様な髪を揺らす少女と目が合う…父上は私から離れると髪をくしゃくしゃと撫でる。
「救うという目的に囚われていたファラを救ったのも」
普段は気難しそうな大魔王は、今夜は女神の様に優しい笑みを浮かべている。薄紫色の髪は月に照らされ幻想的だ。
「自らの心の闇に呑まれ掛けていたセチアを救ったのも」
元々はアリシアより明るめの金の髪は月明かりの様に優しい銀髪に変わり、背中に回る腕はぎゅ…と、全てを包む様に優しく絡む。
「…先代大魔王の忘れ形見として世界という鳥籠に囚われていたシオンを救ったのも」
ファラ陛下を多少幼くした様な顔立ちを涙でぐしゃぐしゃにしながらも、視線が合えば微笑む顔が言葉はなくとも私を肯定してくれているのが解る。
「全部お前の功績だ、功績にはそれに相応しい報酬を与えるのがこの世界での常識だと知るが良い」
気付けば5人の見知った顔が傍らに寄り添ってくれていた、何も言わずに…ただ私が吐き出した無念とも怒りとも、…或いは、哀しみともつかぬ感情を抱き締める様に。
「…それが、お前が歩いた道の証であり救ったもの達だ…明日、私の元を尋ねてこい。お前が異邦人(ストレイジャー)だというなら当代の剣王として渡さねばならない最後の試練がある」
そう言うと父上はバルコニーから去っていった、…剣王として課す最後の試練というものは勿論気にはなるが…今は、この愛しい女性(ひと)達を大事にしたいという気持ちが勝っていた。
----------------
「…ユーくん、どうだった?レオ兄」
私は私とソフィアに宛てがわれた部屋に戻るべく歩いていたがその最中、頭上からリリスに声を掛けられ目を瞑る。
「……盗み聞きは感心せんが、…奴には乗り越えねばならない課題が多いな…それは奴を見てきたお前も気付いてはいるんだろう?」
「まーね~…で、やるの?初代剣王が定めていた古臭すぎてカビが生えてそうな試練を」
天井から私の背後に降り立つリリスに私は首を縦に振る。
「…それが、私達歴代の剣王が守り通していた役目だからな…──約定(やくそく)は護る為にするものだ、息子(ユウキ)の言葉であり私自身そうだと思っている」
「…この親にしてこの子あり、だねぇ…本当の親子並にそっくり、レオ兄も、ユーくんも……はぁ、仕方ない…か…」
やれやれとばかりに肩を竦めるリリスは大戦時に使っていた手甲を懐から取り出すと拳を前に突き立て背に触れる。
「──拳王の血を以て御身に預り賜りし力を返還致す、…御武運を、レオニダス殿」
…久方振りに戻ってきた力の一部を取り込む。
意図せずして、魔身流と魔心流を修め極めつつあるユウキに伝えるべき事を伝えるべく、私も短刀を取り出し振り返る。
「──剣王の心を以て御身に預かり賜りし力を返還しよう、……まさか、生きている間にこの儀式をまたするとは思わなかったな」
「…それでもするんでしょ?…あーあ、漸くエリスとユーくんが結ばれたのに、孫の顔が見れるかなぁ…」
何時もの様に軽口を叩くリリスにすまんな、とだけ返す。
それに対し肩を竦めながらも戻ってきた力を確かめる様に両手を開いては閉じを繰り返すリリス。
恐らくユウキは気付いているが、私とリリス、そして残りの五英雄はエリスの中に転生したアジ・ダハーカに備える為に力の一部を互いの身体に宿す事で力を蓄えていた、互いの力、互いの能力を分け与える秘術の一つを用いる事で。
結果は、ユウキという予想外の存在が終止符を打つ形でアジ・ダハーカとは和解したが有事の際に備えて蓄えていた力は起爆剤となり全身の魔力が跳ね上がりリリスの能力が付随したのを感じる。
(…赦せよ、ユウキ……この戦いで私達がどうなろうとお前の歩むべき道とは関係無いものとしろ…)
明日、私は全身全霊を以てユウキと戦う。
奴が拒もうと拒むまいと…それが王国1000年の歴史以上の歴史を持つ魔神流の心を伝える者の役目だからだ。
そして、奴は至るだろう…初代剣王と同じ剣神と同じ域に。
───それが、奴を救えなかった私が最後に奴にしてやれる事だ。
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