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「…俺、居なくて平気?」
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慶に言われた通り、ハンバーグを作ってる。
しかも…煮込みだぞ。
俺、マジで天才かも…って仕上がりになりそうだ。
これを見た時の慶の反応が何となく分かる。
「すごーーーい」「侑利くん、天才っ」……だろうな。
窓の外を見ると、もうだいぶ暗くなって来てて、俺の好きな夜の街並みにイルミネーションが映え始める。
もう、そろそろ帰って来る頃だろうか…。
弱火で煮込みながら、ソファでくつろいでると……ガチャガチャと鍵を回す音…。
帰って来た。
ソファから体を起こし、玄関まで迎えに行ってやる。
俺って、どんだけ優しいんだ、全く。
俺がリビングを抜けたのと玄関が開いたのは同時。
「ただいまっ」
「おかえり」
このやり取りも、まだ、何か擽ったい…。
「良いにお~い。ハンバーグ?」
帰宅の挨拶もそこそこに、キラキラした目で聞いて来る。
「リクエストあったからね」
俺がそう言うと、えへへ、と嬉しそうに笑いながら靴を脱ぐ。
「わ~い」などと言いながら、帰宅後恒例の手洗いとうがいに向かった。
一度、キッチンへ来て完成間近の煮込みハンバーグを見、嬉しそうな笑顔を振り撒きながら寝室に消えて行った。
次に出て来た時には、家着用に買った慶のサイズの黒いスウェットに着替えてた。
俺のを着てた時は、腰の辺りがブカくてパンツがずり下がってたけど、慶に合ったのを着ると体の細さが際立って、華奢さがすごく分かる。
「侑利くん、急にLINEして来るから俺超焦ったんだからねっ」
朝のやり取りを思い出して、ちょっと可笑しくなった。
「LINE自体分かんないし、文字の打ち方も分かんないし、漢字に変えようと思っても、何か違うとこ押して送信しちゃうし…」
「あはは、こっちは面白かったけどね」
困らせようと思ってやった訳では決して無い。
むしろ、応援メッセージだ。
「後でちゃんと教えてね」
「オッケ、じゃ、出来たし食うか」
慶はまた嬉しそうに皿を準備し始める。
久しぶりに慶と話した気がする。
朝は俺が寝てて…寝ぼけた状態で送り出したかも知れないけど……
早く、話したかったな、ってのが本音。
天馬と奏太のデレた感じを見せられたからかも知れない。
……って、俺は何を考えてんだっ…。
リクエストされてたハンバーグは、思った通り大好評で、慶の反応も俺の予想を一語一句違えず、後はとにかく「すごい」の連発だった。
「ほんとに、有利くんって何でも作れんね~、すごい尊敬~」
洗い物を終えて、ふぅ、とソファに座る。
俺は、食後のカフェオレを淹れてやる。
食後にソファで何か飲むのが定番になりつつある。
多いのはカフェオレかな。
慶がカフェオレ好きだから、一緒に飲む事になる。
慶は甘め、俺は甘くないやつを。
「あのさぁ、」
「ん?」
慶は、カフェオレの湯気を軽く吹いて、一口飲んだ。
「来週、BIRTHのスタッフらで旅行行く事になってんだ」
「旅行?」
慶こちらを向く。
「あー…前に言ってたね、旅行計画してるって」
そうだ、サラッとさわりだけ言ったよな、俺。
「どこ行くの?」
「…沖縄。3泊4日」
「…へぇ~、良いじゃん」
一瞬、不安な目をしたのが分かった。
平静を装ってるけど。
「…迷ってるわ、行くか」
ほんとに、迷ってる…。
「何で?」
「…お前、1人にして行くのがさ」
俺からカフェオレに目線を戻すと、もう一口飲んだ。
明らかに、動揺してるよね…。
「…来週、家族の命日あるって言ってたじゃん……俺、居なくて平気?」
ゴクゴクとカフェオレを飲む。
少し短く息を吐くと、また俺の方を向いた。
「大丈夫だよっ。せっかくさぁ、皆で計画してるのに行って来なよ」
大丈夫、って……
大丈夫な感じしねぇけど…
「あのさ………一緒に行かねぇ?」
「えっ?」
俺も、我ながら大胆な事を言ったと思った。
「知らねぇ奴ばっかかも知れないけどさ…ちゃんと紹介するし、」
言ってる事に無理がある、って自分でも思うよ。
「それは…ダメだよ。…そもそも沖縄旅行なんてお金無いし無理だよぉ」
「金の事は…お前が心配しなくても、」
「侑利くん、」
遮られた。
「ダメだよ、それは出来ない」
……だよな…。
そんな案にお前が乗って来るとは思って無いけどさ…
「それに、バイトだってもうシフト決まってるから休めないし」
「…そうかも知んないけどさ…」
慶は、最後はボソボソと言った俺を覗き込むようにして見ると、にっこり笑った。
「ありがとう、心配してくれて。ほんとに大丈夫だからさ、みんなと楽しんで来なよ。みんなで行く機会なんて無いんでしょ?……それに……侑利くんに、無理して欲しくないし」
そんな顔で言うなよ。
笑顔作ってさ。
「無理なんかじゃねぇよ」
置いて行く方が、なんなら無理だわ。
「携帯あるしさっ、連絡取れるじゃん。LINEも使いこなせるようにしとくからさっ」
何か……俺の方が、慰められてる感じがするのは何でだ…
俺が駄々こねてるみたいになってんじゃねぇか。
「そのために、ちょっと早く教えてよ~」
…何となく……慶に押し切られた感じ。
慶は、すごく気を遣う奴だから……俺に居て欲しいと思っても、きっと言わないんだろうな…。
その日は……朝まで慶は起きなかった。
俺の方が気になって何回か目を覚ましたけど……その度に慶はぐっすり寝てた。
単純に、安堵する。
それから……旅行当日まで、慶は、特にうなされる事も無く割と朝まで寝れてた…と思う。
まぁ、俺もずっと見てた訳じゃないから正直なところは分からないけど。
だけど、少なくとも、夢のせいで飛び起きるなどという事は1度も無かった。
早い時間の飛行機だから、けっこう早く起きる事になったけど……慶はそれに付き合って、自分は休みなのに早く起きてくれた。
後ろを付いて来ては「忘れ物無いの?」と何度も聞かれたけど…。
お前よりは旅慣れしてると思うわ、俺。
「…じゃあ、行って来る」
玄関で慶を振り返る。
「うん、行ってらっしゃい」
今まで、慶を送る事ばかりで、自分が送られる事なんて無かったから……何か、ソワソワしてしまった。
靴を履き終わり、もう一度慶に向かい合う。
「何かあったら直ぐ連絡しろよ」
「うん」
「何も無くても…連絡」
「分かった。侑利くんも」
「…おぅ」
ドアを開けて外へ出る。
…何と言うか……
「鍵、ちゃんとしろよ」
「うん」
……別れ難い。
「じゃあ、な」
「うん。あ、お土産買って来てね」
「…分かった」
定番のセリフ。
さて……そろそろ行かないとな……天馬が空港まで乗せて行ってくれる事になってる。
「気を付けて。無事に帰って来てね」
「お前もな」
「うん」
そう言って、隙間から俺に手を振った。
俺は慶に向かって微笑んで、ドアを閉めた。
今、もう一度ドアを開けたら………………このドアの向こうに居るアイツは、どんな顔してんだろうか…。
……今日まで、悪夢にうなされて無い事だけが、救いだった。
そこだけ…なんとか、4日間だけ持ち越してくれたら…。
慶が、ちゃんと眠れたら……それで良い。
「奏太は?一緒に来なかったのかよ」
天馬の車に乗り込むと、居ると思ってた奏太が乗ってなくて助手席が寂しそうに空いていた。
「旅行となると持って行くもんが沢山あるから、って、家から自分で来るってさ」
「ふ~ん。じゃあ、隣座ってやろうか?」
意味深ににんまり笑ってやると「うっせー、早く乗れよ」と急かされる。
「奏太と上手く行ってんだな」
「あぁ、まぁな」
この前、付き合ってます宣言をしてから、仲間内では2人の馴れ初め的なのを聞いて盛り上がってる。
「奏太、幸せそうじゃん」
「…だな」
「お前は?」
「あぁ、う~ん…良い感じにハマってるわ」
付き合うとなったら一気に好きになったパターン?
そういう時、あるよ。
「奏太の勝ちだな」
「…そうかもな」
認めたし。
「何かさ、やってる事とか、俺に対する発言とか行動とか、そう言うのがいちいち可愛く見えてさ」
ベタ惚れか。
「聞いてんの恥ずいわ」
「俺も言ってて恥ずい」
ははっ、と2人で笑った。
「すごいな、何か、好きになるってさ」
「何なに、侑利、そんな改まって」
いや、ほんとに思ったんだよ。
天馬なんか、黙っといてもいくらでも、女の子が寄って来る。
彼女作るなんて、きっと簡単だろう。
なのに、奏太を選ぶんだからさ…。
それはもう、男だ女だ言ってるんじゃなくて……その人全部を見てるって事だよ。
天馬は昔からそうだった。
ブレてない。
「すごいよ、天馬は」
前を見たまま言った俺の視界の端で、天馬かチラッとこっちを見たのが分かった。
「侑利に褒められると、気分良いわ」
「そう言って貰えると、俺も気分良いよ」
また、2人でフッと笑う。
「侑利は?」
「何」
「慶ちゃん」
慶の名前が出て……今はどうしてるんだろうか、と、まだ家を出て来て30分も経って無いのに心配になって来る。
「留守番してんの?」
「あー、うん」
無意識にため息が出てたみたいで……天馬に突っ込まれた。
「何だよ、上手く行ってねぇの?」
「上手く行くとかそういうんじゃないよ、こっちは」
「でも、一緒に住んでんだし」
まぁ、それはそうだけど……
「アイツ、昔、いっぺんに家族亡くしてるみたいでさ……今週のどっかがちょうど命日なんだって」
天馬が、「そうか」と小さく呟いた。
「相当辛い出来事だったみたいでさ、」
「そりゃ…一気に家族が居なくなったら誰だって辛いよ」
アイツは、大きな闇を抱えてる。
きっと……俺には想像も出来ないような、真っ暗の闇を。
その中で、もがいてもがいて、誰かの手を掴みたくて仕方無いんだ。
「夢に、苦しめられてんだ」
「夢?」
「命日が近付いて来たら……毎日、同じ夢見るんだって」
俺の車で飛び起きた時の……怯えた顔見たら………内容は分からないけど、酷い夢なんだって事は分かる。
「…だから、寝るのが怖くなるって」
アイツはすごく繊細で……一度ダメになると……きっと、どこまでも落ちる。
「連れて来たら良かったのに」
天馬が言う。
「…金の心配はいいから、って一応…誘ってみたよ。…でも、ダメだって言われた」
「あー……でも、なんか分かるわ。…100円でさえも、貰うの嫌がるような子だもんな。人に金出させてまで旅行行くなんて言わねぇだろうな」
当たってる。
「旅行終わったらさぁ、慶ちゃん、会わせてよ」
不意に、天馬がそう言った。
……そう言えば、俺が話すばかりで実際に慶を会わせた事無かったな…。
「お前がそんなにやられてる相手、見てみたいし」
天馬がニヤリと不敵な笑みを浮かべて俺を見る。
「別にやられてねぇよ」
完全に否定はしない。
正直、どうなのか分からない。
分かってるのは……もう、慶には辛い思いをして欲しくない、って俺が漠然と思ってるって事。
それが、どういう感情からなのかは分からない。
だけど………慶に、笑っていて欲しい。
しかも…煮込みだぞ。
俺、マジで天才かも…って仕上がりになりそうだ。
これを見た時の慶の反応が何となく分かる。
「すごーーーい」「侑利くん、天才っ」……だろうな。
窓の外を見ると、もうだいぶ暗くなって来てて、俺の好きな夜の街並みにイルミネーションが映え始める。
もう、そろそろ帰って来る頃だろうか…。
弱火で煮込みながら、ソファでくつろいでると……ガチャガチャと鍵を回す音…。
帰って来た。
ソファから体を起こし、玄関まで迎えに行ってやる。
俺って、どんだけ優しいんだ、全く。
俺がリビングを抜けたのと玄関が開いたのは同時。
「ただいまっ」
「おかえり」
このやり取りも、まだ、何か擽ったい…。
「良いにお~い。ハンバーグ?」
帰宅の挨拶もそこそこに、キラキラした目で聞いて来る。
「リクエストあったからね」
俺がそう言うと、えへへ、と嬉しそうに笑いながら靴を脱ぐ。
「わ~い」などと言いながら、帰宅後恒例の手洗いとうがいに向かった。
一度、キッチンへ来て完成間近の煮込みハンバーグを見、嬉しそうな笑顔を振り撒きながら寝室に消えて行った。
次に出て来た時には、家着用に買った慶のサイズの黒いスウェットに着替えてた。
俺のを着てた時は、腰の辺りがブカくてパンツがずり下がってたけど、慶に合ったのを着ると体の細さが際立って、華奢さがすごく分かる。
「侑利くん、急にLINEして来るから俺超焦ったんだからねっ」
朝のやり取りを思い出して、ちょっと可笑しくなった。
「LINE自体分かんないし、文字の打ち方も分かんないし、漢字に変えようと思っても、何か違うとこ押して送信しちゃうし…」
「あはは、こっちは面白かったけどね」
困らせようと思ってやった訳では決して無い。
むしろ、応援メッセージだ。
「後でちゃんと教えてね」
「オッケ、じゃ、出来たし食うか」
慶はまた嬉しそうに皿を準備し始める。
久しぶりに慶と話した気がする。
朝は俺が寝てて…寝ぼけた状態で送り出したかも知れないけど……
早く、話したかったな、ってのが本音。
天馬と奏太のデレた感じを見せられたからかも知れない。
……って、俺は何を考えてんだっ…。
リクエストされてたハンバーグは、思った通り大好評で、慶の反応も俺の予想を一語一句違えず、後はとにかく「すごい」の連発だった。
「ほんとに、有利くんって何でも作れんね~、すごい尊敬~」
洗い物を終えて、ふぅ、とソファに座る。
俺は、食後のカフェオレを淹れてやる。
食後にソファで何か飲むのが定番になりつつある。
多いのはカフェオレかな。
慶がカフェオレ好きだから、一緒に飲む事になる。
慶は甘め、俺は甘くないやつを。
「あのさぁ、」
「ん?」
慶は、カフェオレの湯気を軽く吹いて、一口飲んだ。
「来週、BIRTHのスタッフらで旅行行く事になってんだ」
「旅行?」
慶こちらを向く。
「あー…前に言ってたね、旅行計画してるって」
そうだ、サラッとさわりだけ言ったよな、俺。
「どこ行くの?」
「…沖縄。3泊4日」
「…へぇ~、良いじゃん」
一瞬、不安な目をしたのが分かった。
平静を装ってるけど。
「…迷ってるわ、行くか」
ほんとに、迷ってる…。
「何で?」
「…お前、1人にして行くのがさ」
俺からカフェオレに目線を戻すと、もう一口飲んだ。
明らかに、動揺してるよね…。
「…来週、家族の命日あるって言ってたじゃん……俺、居なくて平気?」
ゴクゴクとカフェオレを飲む。
少し短く息を吐くと、また俺の方を向いた。
「大丈夫だよっ。せっかくさぁ、皆で計画してるのに行って来なよ」
大丈夫、って……
大丈夫な感じしねぇけど…
「あのさ………一緒に行かねぇ?」
「えっ?」
俺も、我ながら大胆な事を言ったと思った。
「知らねぇ奴ばっかかも知れないけどさ…ちゃんと紹介するし、」
言ってる事に無理がある、って自分でも思うよ。
「それは…ダメだよ。…そもそも沖縄旅行なんてお金無いし無理だよぉ」
「金の事は…お前が心配しなくても、」
「侑利くん、」
遮られた。
「ダメだよ、それは出来ない」
……だよな…。
そんな案にお前が乗って来るとは思って無いけどさ…
「それに、バイトだってもうシフト決まってるから休めないし」
「…そうかも知んないけどさ…」
慶は、最後はボソボソと言った俺を覗き込むようにして見ると、にっこり笑った。
「ありがとう、心配してくれて。ほんとに大丈夫だからさ、みんなと楽しんで来なよ。みんなで行く機会なんて無いんでしょ?……それに……侑利くんに、無理して欲しくないし」
そんな顔で言うなよ。
笑顔作ってさ。
「無理なんかじゃねぇよ」
置いて行く方が、なんなら無理だわ。
「携帯あるしさっ、連絡取れるじゃん。LINEも使いこなせるようにしとくからさっ」
何か……俺の方が、慰められてる感じがするのは何でだ…
俺が駄々こねてるみたいになってんじゃねぇか。
「そのために、ちょっと早く教えてよ~」
…何となく……慶に押し切られた感じ。
慶は、すごく気を遣う奴だから……俺に居て欲しいと思っても、きっと言わないんだろうな…。
その日は……朝まで慶は起きなかった。
俺の方が気になって何回か目を覚ましたけど……その度に慶はぐっすり寝てた。
単純に、安堵する。
それから……旅行当日まで、慶は、特にうなされる事も無く割と朝まで寝れてた…と思う。
まぁ、俺もずっと見てた訳じゃないから正直なところは分からないけど。
だけど、少なくとも、夢のせいで飛び起きるなどという事は1度も無かった。
早い時間の飛行機だから、けっこう早く起きる事になったけど……慶はそれに付き合って、自分は休みなのに早く起きてくれた。
後ろを付いて来ては「忘れ物無いの?」と何度も聞かれたけど…。
お前よりは旅慣れしてると思うわ、俺。
「…じゃあ、行って来る」
玄関で慶を振り返る。
「うん、行ってらっしゃい」
今まで、慶を送る事ばかりで、自分が送られる事なんて無かったから……何か、ソワソワしてしまった。
靴を履き終わり、もう一度慶に向かい合う。
「何かあったら直ぐ連絡しろよ」
「うん」
「何も無くても…連絡」
「分かった。侑利くんも」
「…おぅ」
ドアを開けて外へ出る。
…何と言うか……
「鍵、ちゃんとしろよ」
「うん」
……別れ難い。
「じゃあ、な」
「うん。あ、お土産買って来てね」
「…分かった」
定番のセリフ。
さて……そろそろ行かないとな……天馬が空港まで乗せて行ってくれる事になってる。
「気を付けて。無事に帰って来てね」
「お前もな」
「うん」
そう言って、隙間から俺に手を振った。
俺は慶に向かって微笑んで、ドアを閉めた。
今、もう一度ドアを開けたら………………このドアの向こうに居るアイツは、どんな顔してんだろうか…。
……今日まで、悪夢にうなされて無い事だけが、救いだった。
そこだけ…なんとか、4日間だけ持ち越してくれたら…。
慶が、ちゃんと眠れたら……それで良い。
「奏太は?一緒に来なかったのかよ」
天馬の車に乗り込むと、居ると思ってた奏太が乗ってなくて助手席が寂しそうに空いていた。
「旅行となると持って行くもんが沢山あるから、って、家から自分で来るってさ」
「ふ~ん。じゃあ、隣座ってやろうか?」
意味深ににんまり笑ってやると「うっせー、早く乗れよ」と急かされる。
「奏太と上手く行ってんだな」
「あぁ、まぁな」
この前、付き合ってます宣言をしてから、仲間内では2人の馴れ初め的なのを聞いて盛り上がってる。
「奏太、幸せそうじゃん」
「…だな」
「お前は?」
「あぁ、う~ん…良い感じにハマってるわ」
付き合うとなったら一気に好きになったパターン?
そういう時、あるよ。
「奏太の勝ちだな」
「…そうかもな」
認めたし。
「何かさ、やってる事とか、俺に対する発言とか行動とか、そう言うのがいちいち可愛く見えてさ」
ベタ惚れか。
「聞いてんの恥ずいわ」
「俺も言ってて恥ずい」
ははっ、と2人で笑った。
「すごいな、何か、好きになるってさ」
「何なに、侑利、そんな改まって」
いや、ほんとに思ったんだよ。
天馬なんか、黙っといてもいくらでも、女の子が寄って来る。
彼女作るなんて、きっと簡単だろう。
なのに、奏太を選ぶんだからさ…。
それはもう、男だ女だ言ってるんじゃなくて……その人全部を見てるって事だよ。
天馬は昔からそうだった。
ブレてない。
「すごいよ、天馬は」
前を見たまま言った俺の視界の端で、天馬かチラッとこっちを見たのが分かった。
「侑利に褒められると、気分良いわ」
「そう言って貰えると、俺も気分良いよ」
また、2人でフッと笑う。
「侑利は?」
「何」
「慶ちゃん」
慶の名前が出て……今はどうしてるんだろうか、と、まだ家を出て来て30分も経って無いのに心配になって来る。
「留守番してんの?」
「あー、うん」
無意識にため息が出てたみたいで……天馬に突っ込まれた。
「何だよ、上手く行ってねぇの?」
「上手く行くとかそういうんじゃないよ、こっちは」
「でも、一緒に住んでんだし」
まぁ、それはそうだけど……
「アイツ、昔、いっぺんに家族亡くしてるみたいでさ……今週のどっかがちょうど命日なんだって」
天馬が、「そうか」と小さく呟いた。
「相当辛い出来事だったみたいでさ、」
「そりゃ…一気に家族が居なくなったら誰だって辛いよ」
アイツは、大きな闇を抱えてる。
きっと……俺には想像も出来ないような、真っ暗の闇を。
その中で、もがいてもがいて、誰かの手を掴みたくて仕方無いんだ。
「夢に、苦しめられてんだ」
「夢?」
「命日が近付いて来たら……毎日、同じ夢見るんだって」
俺の車で飛び起きた時の……怯えた顔見たら………内容は分からないけど、酷い夢なんだって事は分かる。
「…だから、寝るのが怖くなるって」
アイツはすごく繊細で……一度ダメになると……きっと、どこまでも落ちる。
「連れて来たら良かったのに」
天馬が言う。
「…金の心配はいいから、って一応…誘ってみたよ。…でも、ダメだって言われた」
「あー……でも、なんか分かるわ。…100円でさえも、貰うの嫌がるような子だもんな。人に金出させてまで旅行行くなんて言わねぇだろうな」
当たってる。
「旅行終わったらさぁ、慶ちゃん、会わせてよ」
不意に、天馬がそう言った。
……そう言えば、俺が話すばかりで実際に慶を会わせた事無かったな…。
「お前がそんなにやられてる相手、見てみたいし」
天馬がニヤリと不敵な笑みを浮かべて俺を見る。
「別にやられてねぇよ」
完全に否定はしない。
正直、どうなのか分からない。
分かってるのは……もう、慶には辛い思いをして欲しくない、って俺が漠然と思ってるって事。
それが、どういう感情からなのかは分からない。
だけど………慶に、笑っていて欲しい。
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