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第3話
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ネールはすぐに気が付き、なんでもいう事を聞く器量の良い子だ。生活に何も問題はなく、突如師としての日々を送り始めたことにも特に苦にもならなかった。
日の出と共に起き、日々の炊事や生活の支度、しかしそんなことばかりしていたら訓練の時間が減るだろうとネールには午後からの稽古の前にも、午前中も基礎トレーニングに励んでもらった。
ネールは、どれだけ厳しい修行を命じても、まったく動じずなんでも成し遂げた。
しかしそれではまだ足りないと欠点を感じている部分があった。
「魔獣はとにかく、巨大だ。だから剣の腕ばかりを磨いてもしょうがない。いいか?あそこに枝があるだろう」
師匠は、小屋の屋根よりも高い位置にある背の高い木の枝を指さすと、すぐさま地面を蹴り、高く飛び上がった。
そして瞬時にバランスをとり、数メートルの高さの枝の上に着地し、仁王立ちでネールへと呼びかけた。
「基礎として。これくらいの脚力とバランス力が必要だ。なるべく頭から狙う必要がある」
「ハイッッ!!」
ネールは背筋を伸ばし、なんでも言われた課題をこなした。
この辺りでよく採れる食物については師匠が熟知しているので、他の家事仕事をネールに任せている間、師匠がよく食材調達にでかけていた。
おかげで時間をかけて、良い食材を採ってくることができていた。身体作りに食事も大切だ。
しかし今日は、ネールには逆に食材調達に行ってもらおうと思う。
「師匠……これは?」
師匠はネールの身体の自由の制限を奪うように縛り、そして両足に重りを結び付けた。
たった一歩、一歩と歩くだけでかなり体力が減る仕方で拘束した。
「その状態で、今日は山の頂に巣をつくる、ダートの卵と肉、それから山頂に生える山菜を採ってきてもらおうと思う。」
「はい……ッ!」
ネールは意気込みよく返事をしたが、かなりキツそうだ。
苦しそうに汗を掻きながら、歯を食いしばっている。
しかし弱音は一切言わず、山道へと歩いていった。
さて師匠は、ネールが食材を採りに行っている間に、炊事の準備にかかった。
綺麗な水を使い、小屋の竈で調味料の下ごしらえを始めた。
少し時間が経ってから、しかしあれはやっぱり心配だという気持ちもしてきた。一応ネールなら大丈夫だと思うのだが。
これを作り終えたら、山の頂に向かって様子を見ようと思う。
山の頂の切り立った崖の近くに、甘味と辛味の両方を感じる香草が群生していた。これが肉や卵と絡めて食べると美味だ。
「よし……。と。」
ネールはなんとかたどり着き、香草を籠に採集していくと、近くを飛び交う鳥の姿が見えた。
そこそこ凶暴で羽を広げた状態では1mほどになるやや大きめの黒い羽をしている、これがダートという鳥だ。
鳥にしては脂身が多くて食べ応えがかなりある。
緊縛されていて身体を動かすことがかなり制限されている。この状態で狩りをするのも難しいが、ネールは実のところ屠殺が苦手だ。これから魔獣を討伐しようというのに、実際に剣術で生き物を殺したことがなかった。
じっと観察していると、岩場の向こうにどうやら巣があることを確認する。
そろそろと忍び寄っていくと、突然、宙を飛びまうダートの悲鳴が聞こえた。
「!!!」
空気を切り裂くような、嫌な感じがする。
まるで空間が裂けたように現れた、ダートの十倍ほどの大きさはある漆黒の鳥のような形をしたものがダートを丸飲みした。
これは――魔物だ。
黒い羽のダートよりも更に黒く、極めつけは目や足や爪なども、すべてが漆黒であることが、鳥ではない証だ。
魔物は、魔亜界に住む別の生命体。
時折時空に亀裂が入り、魔亜界のものがこちらに入り込んできてしまう現象がある。
それは知性を持たない、魔物であるほど頻繁によく起こる。
霊魂のようなものがないので、放っておいても消えてしまうのだが、その前にこちらでひと暴れしてくることがある。
ダートが三体集まってきて、連携して魔物を取り囲み。抵抗を示して戦い始める。だが及ばずに正面からやられた一体のダートがネールの方へと突き飛ばされてきた。
「きゃっ!!」
衝撃で、ネールも一緒に後方へと転がる。
ネールもなんとか応戦しようとしたが、自分の身体の拘束具が邪魔だった。
足の重りだけでも切って外そうとしたいところだがどうやら魔物はターゲットを変えてネールに狙いを定めたようだった。
「くっ」
そこにダートが攻撃をしかけてくれたおかげで、なんとか逃げ出して回避する隙ができた。
この拘束具を外すのに時間がかかりそうだ。
それとも。この状態のまま、戦うべきだろうか?
相手が攻撃を仕掛けてきた時に受け流す隙を作るために、木刀を握り構えた。
ダートたちが三匹ともやられ、宙から突き飛ばされるのを見た。
今度はもう一度ネールへ狙いを定めてくる。
覚悟を決めて、正面から木刀での攻防を試みた。
「ぅあっ!!」
やはり身体が思ったように動かせず、失敗し、蹴り撃をもろに食らってしまった。鋭い爪部分は一応木刀でガードしたのだが身体そのものが後方へと飛ばされる。
その身体は、地面に叩きつけられる前に受け止められた。
「ふう。だいじょうぶか。」
「あ……、師匠……。」
ああ危ないところだった。
魔物発生はそこまで頻繁に起こるものでもないので、油断していた。
師匠は、手持ちのナイフで即座にネールの拘束をすべて搔っ切って解いた。
「動けるか。」
「ハ、ハイ……!問題ないです!」
よろけながら、なんとか体勢を取り戻したネールに、師匠は細身の剣を手渡した。
持ってみると、木刀より少し重いが問題なく扱えそうだ。
拘束具がとれた身体がずいぶんと軽くなったことに気が付く。これが訓練の効果だろうか。
「では……、ネール。倒せるか?」
「ハイ!行きます!」
師匠が助けに来てくれて、剣を渡してくれた。気持ちが高揚してくる。
今ならより素早く動くことができる。そう確信したネールは、魔物と真っ向から対峙した。
魔物が、ネールに向かってくる。
ネールはタイミングを見計らい、魔物の頭上へと思ったよりも軽く高く宙を飛び上がることができた。
バランスをとり、そして剣を、重力も乗せて振り降ろした。
「ぎゅわぁぁぁぁぅ!!」
正確に見定められた渾身の力が効いたようで、魔物は大きな悲鳴を上げてもだえ苦しみ始めた。
魔物と戦うのは初めてだ。動物の殺生もほとんどない。
冷や汗をかきながら、しかし手加減なく最後までとどめを刺した。
魔物が、瘴気のようなものと化してそしてやがて消えて行く。
「よくやった。……間に合ってよかった。」
「師匠……私、私魔物を倒せました!初めてです……戦うの。」
ネールがは師匠に駆け寄り、その胸にしがみついた。
「ああ。お前は才能がある。」
師匠はネールの肩を抱き留めてやった。
さあ、夕食のためにダートを狩ろうじゃないか。
その時だった。宙にまた、嫌な感じが走り、空間に歪が生まれ始めた。
頭上に二か所、亀裂が入り始める。
「!!!」
咆哮が轟く。
先ほどとほとんど同じ形をした魔物が、今度は二体現われた。
どうなっているんだ?この辺りでそこまで魔物の発生は今までなかったのだが。
魔獣が現れたことで、魔物が発生しやすくなっているのだろうか。
「まずいな……。」
そして二体の魔物が、前後から挟み撃ちにするようにネールを狙い始める。
狙うのはネールか。師匠とネールが、どちらが強いのかわかっているようだ。
ネールが一体の攻撃を防いでいる間、向けられた後方からの攻撃を、師匠が援護し、ネールをガードする。
その時だった、師匠が魔物の攻撃を防いだ木刀との間に文様のようなものが浮かび上がり、宙全体を包み込んだ。
「くっ……」
「師匠?」
師匠は苦々しい様子でネールに告げた。
「ネール……二体を一人で戦うのは難しいだろう?俺は、もう魔物と戦うことができないんだ。」
「え……?」
ネールはどういう意味かと訝し気な顔をしたが、今は説明を聞く余裕はない。
「どうする。逃げるか。」
「やります!!」
しかし返事は即答だった。
「わかった。可能な限り援護する。」
今魔物からネールへの攻撃を防いだ時に現われた文様は、とある制約を受けているからだ。どうやらこちらからは魔物を攻撃していないため、なんともないようだが。
魔物二体が前後から挟み撃ちでネールへの敵意が向かう。どうやらやはり、狡猾にも上手な師匠には向かわないらしい。
ネールは、意気揚々と立ち向かった。2匹の攻撃はよく見えた。師匠との稽古の成果かもしれない。
そして鳥型の魔物のため、羽ばたく羽の風が間合いを掴みやすくしていた。
「やあああ!」
ネールは、風を読むのが上手い。相手が動きで起こした風をもエネルギーに換え、相手へと叩き込む。
やはり、良い剣筋だ。
もう一体の攻撃を食らわないように、一体の方に集中し、剣撃を見舞わせた。
どうやら、俺の援護は必要ないらしい。
風を巻き込んだ剣撃は殺傷力が強く、一撃で一体の魔物を瘴気にさせ散らさせた。
既に自分の勘で風を使った技を習得しているとは。今度、応用を効かせた必殺技を教えてやろうと思う。
一体を倒せば、あともう一体と向き合うだけだ。
魔物は追い詰められ、猛攻な姿勢を見せて来るが、ネールは確実に仕留められるという自信に満ちていた。
「はあっ――!」
その鋭い嘴の攻撃をかわし、頭上をとり、渾身の力で剣撃を見舞わせる。
やった。相手の頭を切り伏せ、魔物が瘴気へ戻って行く。
剣が、そのまま地面に突き刺さる。その時だった。
ズンッ――!
崖の切り立ったところで激しい戦闘を繰り広げていたため、足場が崩れ、倒壊し始めた。
「え、うそ、きゃっ――」
バランスを崩し、足場と一緒に落下し始めたネールに対して、透かさず師匠は跳躍し、ネールを抱きかかえ、安全な場所へと飛び降りた。
今居た場所の数メートル下の岩場だった。
「し、師匠、ありがとうございます……。」
ネールは師匠の胸の中でお礼を言うと、師匠はその場にゆっくりとネールの足を降ろした。
2人並ぶとギリギリしか足場のない場所で、2人はほぼ密着している。
そこから見えるのは絶景だった。山の頂にいるだけあって、山と谷、森が存分に見渡せる。ずいぶんと良い見晴らしだ。
「よくやった。あれで初めての戦闘というのは、素晴らしい戦いっぷりだった。ネール、お前なら、魔獣も倒せる。」
師匠はネールの肩に手を添え力強く言及した。
「ハ、ハイッ!」
ネールは克を入れて師匠に頭を下げる。
そしてバランスを崩さないように師匠の身体へと手を添えた。
「あの……師匠、さっきのお話なんですが……、」
「うん?」
「魔物と戦うことができないというのは、どういう意味でしょうか?」
「ああ……、そうだな、一度話をしようか。」
まだ夕刻には遠いが、はるか先まで見渡せるこの場所からは遠くに夕日が見えていた。
「俺は、五年前に魔神を封印した時。代償として、魔物と戦うことができない呪いをかけられた。」
「それで……さっきの。」
「俺はもう、戦うことができない。そういうことだ。」
「なるほど……、そうだったんですね。納得しました、魔神を倒したあなたが。何故魔獣が現れたのに、討伐に向かわないのかと疑問を抱いていました。」
「ああ。それもあって、人里から離れたこうした場所で生活をすることを望んだんだ。都心部なんかにいて英雄として崇められたって、俺はもう戦えない。」
「おひとりでいる理由は……?それもあって……って、それだけではないのですか?」
ネールは鋭く聞いてくる。
「まあ……、英雄が王都なんかにいるのは邪魔なものらしい。実際、暗殺者から狙われたこともある。大臣や貴族達からすれば、新たに権力を握りそうな勢力を潰したいやつらもいるんだろうな。」
「そんな……お国の役に立ったのに、たった一人きりでの山小屋への生活に追いやられてしまうだなんて……ひどすぎます。」
「ん……しかし俺自身が、ひとりが気に入ってるのでな。この辺りは温泉も湧くし、上手い食材も採れる。けっこう快適だ。」
「……さみしくはならないんですか?」
「……、……たまには。」
「師匠……。」
ネールは、師匠の長い髪の中に隠れた端正な顔立ちとその暗い瞳をはっきりと見つめていた。
胸元に抱き着いてきたネールを制す様に、師匠は短く告げた。
「……もどるか。」
ダートの肉を狩り、卵もとってきた。肉の解体と夕食作りは師匠がほとんどひとりで作った。
今日は、俺のせいでもう少しで危ないところだったかもしれない。
苦労をしてとってきた肉だ。疲れただろう。誠意を尽くして作った調味料で味付けをして調理してやった。
「どうだ?」
「……私、これあんまり好きじゃないです。」
ダートの肉はかなり食べ応えがあり、脂身の多い上手い肉なのだが。
「……そうか。」
~あとがき~
2008年どうやら私がセブンティーンの頃に「師匠とネリリ」というタイトルでメモしていたものを見つけました。
そちらではネリリがもう一度復活した魔神を英雄に倒してもらおうと頼み込んだところ断られ、弟子にしてやるからお前が倒せと言われる話だったらしい。
そっちの方がこの3話の内容と話しが繋がってて、納得がいきますね。
なるほど忘れていたけれどかなり昔に考えていたものを掘り起こしたのだなぁとしみじみ思う。
思い出してみると、男の師匠と女の子の弟子という真剣なファンタジーでえっちな内容のものが世の中に見つけられず、(シチュエーション的には乙女向けっぽいのだけど、でも乙女向けだと戦闘がない。そして乙女向けで師弟とか戦いが関係ありそうなものだとなぜかBLが多い。世の中への不満が爆発!!)
このネールと師匠では、師匠がネールを制し続けてますがそっちでは師匠がドSだったらしい。作者が17歳だった頃の方がむしろどうやらかなりの過激めな内容で考えたくなるらしく師匠が弟子入りしてきたネリリに襲い掛かっちゃう話でした。
初案が17歳だっただけに、セブンティーンに読んで欲しい欲があったりして…。
アルファポリスではR15作品としましたがエロ濃厚なのでミッドナイトノベルズの方では先にR18で公開しています。レーディングのラインにまだ悩みながらですが、第6話の完全版を見たい人はミッドナイトノベルズの方でよろしくおねがいします。
日の出と共に起き、日々の炊事や生活の支度、しかしそんなことばかりしていたら訓練の時間が減るだろうとネールには午後からの稽古の前にも、午前中も基礎トレーニングに励んでもらった。
ネールは、どれだけ厳しい修行を命じても、まったく動じずなんでも成し遂げた。
しかしそれではまだ足りないと欠点を感じている部分があった。
「魔獣はとにかく、巨大だ。だから剣の腕ばかりを磨いてもしょうがない。いいか?あそこに枝があるだろう」
師匠は、小屋の屋根よりも高い位置にある背の高い木の枝を指さすと、すぐさま地面を蹴り、高く飛び上がった。
そして瞬時にバランスをとり、数メートルの高さの枝の上に着地し、仁王立ちでネールへと呼びかけた。
「基礎として。これくらいの脚力とバランス力が必要だ。なるべく頭から狙う必要がある」
「ハイッッ!!」
ネールは背筋を伸ばし、なんでも言われた課題をこなした。
この辺りでよく採れる食物については師匠が熟知しているので、他の家事仕事をネールに任せている間、師匠がよく食材調達にでかけていた。
おかげで時間をかけて、良い食材を採ってくることができていた。身体作りに食事も大切だ。
しかし今日は、ネールには逆に食材調達に行ってもらおうと思う。
「師匠……これは?」
師匠はネールの身体の自由の制限を奪うように縛り、そして両足に重りを結び付けた。
たった一歩、一歩と歩くだけでかなり体力が減る仕方で拘束した。
「その状態で、今日は山の頂に巣をつくる、ダートの卵と肉、それから山頂に生える山菜を採ってきてもらおうと思う。」
「はい……ッ!」
ネールは意気込みよく返事をしたが、かなりキツそうだ。
苦しそうに汗を掻きながら、歯を食いしばっている。
しかし弱音は一切言わず、山道へと歩いていった。
さて師匠は、ネールが食材を採りに行っている間に、炊事の準備にかかった。
綺麗な水を使い、小屋の竈で調味料の下ごしらえを始めた。
少し時間が経ってから、しかしあれはやっぱり心配だという気持ちもしてきた。一応ネールなら大丈夫だと思うのだが。
これを作り終えたら、山の頂に向かって様子を見ようと思う。
山の頂の切り立った崖の近くに、甘味と辛味の両方を感じる香草が群生していた。これが肉や卵と絡めて食べると美味だ。
「よし……。と。」
ネールはなんとかたどり着き、香草を籠に採集していくと、近くを飛び交う鳥の姿が見えた。
そこそこ凶暴で羽を広げた状態では1mほどになるやや大きめの黒い羽をしている、これがダートという鳥だ。
鳥にしては脂身が多くて食べ応えがかなりある。
緊縛されていて身体を動かすことがかなり制限されている。この状態で狩りをするのも難しいが、ネールは実のところ屠殺が苦手だ。これから魔獣を討伐しようというのに、実際に剣術で生き物を殺したことがなかった。
じっと観察していると、岩場の向こうにどうやら巣があることを確認する。
そろそろと忍び寄っていくと、突然、宙を飛びまうダートの悲鳴が聞こえた。
「!!!」
空気を切り裂くような、嫌な感じがする。
まるで空間が裂けたように現れた、ダートの十倍ほどの大きさはある漆黒の鳥のような形をしたものがダートを丸飲みした。
これは――魔物だ。
黒い羽のダートよりも更に黒く、極めつけは目や足や爪なども、すべてが漆黒であることが、鳥ではない証だ。
魔物は、魔亜界に住む別の生命体。
時折時空に亀裂が入り、魔亜界のものがこちらに入り込んできてしまう現象がある。
それは知性を持たない、魔物であるほど頻繁によく起こる。
霊魂のようなものがないので、放っておいても消えてしまうのだが、その前にこちらでひと暴れしてくることがある。
ダートが三体集まってきて、連携して魔物を取り囲み。抵抗を示して戦い始める。だが及ばずに正面からやられた一体のダートがネールの方へと突き飛ばされてきた。
「きゃっ!!」
衝撃で、ネールも一緒に後方へと転がる。
ネールもなんとか応戦しようとしたが、自分の身体の拘束具が邪魔だった。
足の重りだけでも切って外そうとしたいところだがどうやら魔物はターゲットを変えてネールに狙いを定めたようだった。
「くっ」
そこにダートが攻撃をしかけてくれたおかげで、なんとか逃げ出して回避する隙ができた。
この拘束具を外すのに時間がかかりそうだ。
それとも。この状態のまま、戦うべきだろうか?
相手が攻撃を仕掛けてきた時に受け流す隙を作るために、木刀を握り構えた。
ダートたちが三匹ともやられ、宙から突き飛ばされるのを見た。
今度はもう一度ネールへ狙いを定めてくる。
覚悟を決めて、正面から木刀での攻防を試みた。
「ぅあっ!!」
やはり身体が思ったように動かせず、失敗し、蹴り撃をもろに食らってしまった。鋭い爪部分は一応木刀でガードしたのだが身体そのものが後方へと飛ばされる。
その身体は、地面に叩きつけられる前に受け止められた。
「ふう。だいじょうぶか。」
「あ……、師匠……。」
ああ危ないところだった。
魔物発生はそこまで頻繁に起こるものでもないので、油断していた。
師匠は、手持ちのナイフで即座にネールの拘束をすべて搔っ切って解いた。
「動けるか。」
「ハ、ハイ……!問題ないです!」
よろけながら、なんとか体勢を取り戻したネールに、師匠は細身の剣を手渡した。
持ってみると、木刀より少し重いが問題なく扱えそうだ。
拘束具がとれた身体がずいぶんと軽くなったことに気が付く。これが訓練の効果だろうか。
「では……、ネール。倒せるか?」
「ハイ!行きます!」
師匠が助けに来てくれて、剣を渡してくれた。気持ちが高揚してくる。
今ならより素早く動くことができる。そう確信したネールは、魔物と真っ向から対峙した。
魔物が、ネールに向かってくる。
ネールはタイミングを見計らい、魔物の頭上へと思ったよりも軽く高く宙を飛び上がることができた。
バランスをとり、そして剣を、重力も乗せて振り降ろした。
「ぎゅわぁぁぁぁぅ!!」
正確に見定められた渾身の力が効いたようで、魔物は大きな悲鳴を上げてもだえ苦しみ始めた。
魔物と戦うのは初めてだ。動物の殺生もほとんどない。
冷や汗をかきながら、しかし手加減なく最後までとどめを刺した。
魔物が、瘴気のようなものと化してそしてやがて消えて行く。
「よくやった。……間に合ってよかった。」
「師匠……私、私魔物を倒せました!初めてです……戦うの。」
ネールがは師匠に駆け寄り、その胸にしがみついた。
「ああ。お前は才能がある。」
師匠はネールの肩を抱き留めてやった。
さあ、夕食のためにダートを狩ろうじゃないか。
その時だった。宙にまた、嫌な感じが走り、空間に歪が生まれ始めた。
頭上に二か所、亀裂が入り始める。
「!!!」
咆哮が轟く。
先ほどとほとんど同じ形をした魔物が、今度は二体現われた。
どうなっているんだ?この辺りでそこまで魔物の発生は今までなかったのだが。
魔獣が現れたことで、魔物が発生しやすくなっているのだろうか。
「まずいな……。」
そして二体の魔物が、前後から挟み撃ちにするようにネールを狙い始める。
狙うのはネールか。師匠とネールが、どちらが強いのかわかっているようだ。
ネールが一体の攻撃を防いでいる間、向けられた後方からの攻撃を、師匠が援護し、ネールをガードする。
その時だった、師匠が魔物の攻撃を防いだ木刀との間に文様のようなものが浮かび上がり、宙全体を包み込んだ。
「くっ……」
「師匠?」
師匠は苦々しい様子でネールに告げた。
「ネール……二体を一人で戦うのは難しいだろう?俺は、もう魔物と戦うことができないんだ。」
「え……?」
ネールはどういう意味かと訝し気な顔をしたが、今は説明を聞く余裕はない。
「どうする。逃げるか。」
「やります!!」
しかし返事は即答だった。
「わかった。可能な限り援護する。」
今魔物からネールへの攻撃を防いだ時に現われた文様は、とある制約を受けているからだ。どうやらこちらからは魔物を攻撃していないため、なんともないようだが。
魔物二体が前後から挟み撃ちでネールへの敵意が向かう。どうやらやはり、狡猾にも上手な師匠には向かわないらしい。
ネールは、意気揚々と立ち向かった。2匹の攻撃はよく見えた。師匠との稽古の成果かもしれない。
そして鳥型の魔物のため、羽ばたく羽の風が間合いを掴みやすくしていた。
「やあああ!」
ネールは、風を読むのが上手い。相手が動きで起こした風をもエネルギーに換え、相手へと叩き込む。
やはり、良い剣筋だ。
もう一体の攻撃を食らわないように、一体の方に集中し、剣撃を見舞わせた。
どうやら、俺の援護は必要ないらしい。
風を巻き込んだ剣撃は殺傷力が強く、一撃で一体の魔物を瘴気にさせ散らさせた。
既に自分の勘で風を使った技を習得しているとは。今度、応用を効かせた必殺技を教えてやろうと思う。
一体を倒せば、あともう一体と向き合うだけだ。
魔物は追い詰められ、猛攻な姿勢を見せて来るが、ネールは確実に仕留められるという自信に満ちていた。
「はあっ――!」
その鋭い嘴の攻撃をかわし、頭上をとり、渾身の力で剣撃を見舞わせる。
やった。相手の頭を切り伏せ、魔物が瘴気へ戻って行く。
剣が、そのまま地面に突き刺さる。その時だった。
ズンッ――!
崖の切り立ったところで激しい戦闘を繰り広げていたため、足場が崩れ、倒壊し始めた。
「え、うそ、きゃっ――」
バランスを崩し、足場と一緒に落下し始めたネールに対して、透かさず師匠は跳躍し、ネールを抱きかかえ、安全な場所へと飛び降りた。
今居た場所の数メートル下の岩場だった。
「し、師匠、ありがとうございます……。」
ネールは師匠の胸の中でお礼を言うと、師匠はその場にゆっくりとネールの足を降ろした。
2人並ぶとギリギリしか足場のない場所で、2人はほぼ密着している。
そこから見えるのは絶景だった。山の頂にいるだけあって、山と谷、森が存分に見渡せる。ずいぶんと良い見晴らしだ。
「よくやった。あれで初めての戦闘というのは、素晴らしい戦いっぷりだった。ネール、お前なら、魔獣も倒せる。」
師匠はネールの肩に手を添え力強く言及した。
「ハ、ハイッ!」
ネールは克を入れて師匠に頭を下げる。
そしてバランスを崩さないように師匠の身体へと手を添えた。
「あの……師匠、さっきのお話なんですが……、」
「うん?」
「魔物と戦うことができないというのは、どういう意味でしょうか?」
「ああ……、そうだな、一度話をしようか。」
まだ夕刻には遠いが、はるか先まで見渡せるこの場所からは遠くに夕日が見えていた。
「俺は、五年前に魔神を封印した時。代償として、魔物と戦うことができない呪いをかけられた。」
「それで……さっきの。」
「俺はもう、戦うことができない。そういうことだ。」
「なるほど……、そうだったんですね。納得しました、魔神を倒したあなたが。何故魔獣が現れたのに、討伐に向かわないのかと疑問を抱いていました。」
「ああ。それもあって、人里から離れたこうした場所で生活をすることを望んだんだ。都心部なんかにいて英雄として崇められたって、俺はもう戦えない。」
「おひとりでいる理由は……?それもあって……って、それだけではないのですか?」
ネールは鋭く聞いてくる。
「まあ……、英雄が王都なんかにいるのは邪魔なものらしい。実際、暗殺者から狙われたこともある。大臣や貴族達からすれば、新たに権力を握りそうな勢力を潰したいやつらもいるんだろうな。」
「そんな……お国の役に立ったのに、たった一人きりでの山小屋への生活に追いやられてしまうだなんて……ひどすぎます。」
「ん……しかし俺自身が、ひとりが気に入ってるのでな。この辺りは温泉も湧くし、上手い食材も採れる。けっこう快適だ。」
「……さみしくはならないんですか?」
「……、……たまには。」
「師匠……。」
ネールは、師匠の長い髪の中に隠れた端正な顔立ちとその暗い瞳をはっきりと見つめていた。
胸元に抱き着いてきたネールを制す様に、師匠は短く告げた。
「……もどるか。」
ダートの肉を狩り、卵もとってきた。肉の解体と夕食作りは師匠がほとんどひとりで作った。
今日は、俺のせいでもう少しで危ないところだったかもしれない。
苦労をしてとってきた肉だ。疲れただろう。誠意を尽くして作った調味料で味付けをして調理してやった。
「どうだ?」
「……私、これあんまり好きじゃないです。」
ダートの肉はかなり食べ応えがあり、脂身の多い上手い肉なのだが。
「……そうか。」
~あとがき~
2008年どうやら私がセブンティーンの頃に「師匠とネリリ」というタイトルでメモしていたものを見つけました。
そちらではネリリがもう一度復活した魔神を英雄に倒してもらおうと頼み込んだところ断られ、弟子にしてやるからお前が倒せと言われる話だったらしい。
そっちの方がこの3話の内容と話しが繋がってて、納得がいきますね。
なるほど忘れていたけれどかなり昔に考えていたものを掘り起こしたのだなぁとしみじみ思う。
思い出してみると、男の師匠と女の子の弟子という真剣なファンタジーでえっちな内容のものが世の中に見つけられず、(シチュエーション的には乙女向けっぽいのだけど、でも乙女向けだと戦闘がない。そして乙女向けで師弟とか戦いが関係ありそうなものだとなぜかBLが多い。世の中への不満が爆発!!)
このネールと師匠では、師匠がネールを制し続けてますがそっちでは師匠がドSだったらしい。作者が17歳だった頃の方がむしろどうやらかなりの過激めな内容で考えたくなるらしく師匠が弟子入りしてきたネリリに襲い掛かっちゃう話でした。
初案が17歳だっただけに、セブンティーンに読んで欲しい欲があったりして…。
アルファポリスではR15作品としましたがエロ濃厚なのでミッドナイトノベルズの方では先にR18で公開しています。レーディングのラインにまだ悩みながらですが、第6話の完全版を見たい人はミッドナイトノベルズの方でよろしくおねがいします。
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✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
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