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02. 婚約者の妹と留学生
「随分と元気になったな」
俺が最終学年、フィオンとディアドラが三年に進級した秋にリリアスが入学した。制服の紺色のドレスとボレロがよく似合っている。もっとも大人しい色味とシンプルなデザインだから、似合わない人間を探す方が難しい。錆色のディアドラだって似合っているのだから。
フィオンとディアドラの妹は、寝込んでばかりだった幼少期が嘘みたいに元気になって、嬉しそうに制服姿を披露している。
「お転婆が過ぎて困るくらいだよ。子供の頃にできなかったことを、今やり直そうとしているみたいだ。正直、見ていてハラハラする」
「それは兄として心配になるな」
「お兄様もエイン様も、いつまで私を小さな子供扱いしますの!」
もうっ! とはしたなくない程度に声を上げて、ぺしんと俺たちを叩く。と言っても羽根が当たるような軽いものだった。王家の兄妹と違ってマクウィラン家の兄妹は仲が良くて、それだけは羨ましい。
同母妹がいたら、これほど仲が良くなれるのだろうか。
いや、そんなことはあり得ない。
正妃の生んだ王子二人と王女一人はフィオンとリリアスのような慣れ合いを見たことがない。父である国王陛下とただ一人の弟である公爵も、不仲ではなさそうだが良いという話も聞かない。父と叔父は歳が離れているから、話が合わないだろうというのもあるだろうが。
「いただいた羽根ペンが似合うような、知的な令嬢になるって決めたんですから! お二人ともちゃんと私を淑女として扱ってくださいませ」
わざわざ宣言するところが可愛い。
贈ったのは俺だ。この国ではみかけない美しいピンク色でふわふわの羽根が、可憐なリリアスにぴったりだと思って買ったのだ。
王宮には異国の珍しい品を持参する商人が多く出入りする。お陰で誰とも被らないものを贈れるので重宝している。無論、商人たちが扱うのが、単純な『物』だけでなく『情報』も売り買いしているのは承知の上での、浅い付き合いでしかない。
「そういえばお姉さまがいらっしゃらないわ」
「在校生は生徒会役員以外、出席しないからな」
俺が生徒会長でフィオンが副会長だ。最高学年の中で一番身分が高い生徒が会長を務めるという不文律があるからで、俺が首席だからという理由ではない。フィオンも同じく、身分の高さで副会長に選ばれた。もう一人の副会長は公爵家出身だ。
とはいえ副会長は二人とも首席と次席。成績から選ばれたとして、立場は変わらなかっただろう。俺の幼馴染や親友だから、というのも理由に上がる。
ほかは成績で選んだ書記と会計、この二人は下位貴族の出身だが人当たりも良く、難なく仕事をこなす。兄上の時代は全員高位貴族かつ母方の派閥に所属する家の者で固めたらしい。同じことをしては実家の太さで負けるからこそ、万遍なく優秀な人材を求めた。
結果、悪くない構成で上手く回り始めた。
「君の姉上は、部屋でのんびりお茶でも楽しんでるんじゃないか」
「そうなのね……だったら私もお茶をしたいわ。街にはお洒落なお店がいくつもあるのでしょう、連れて行ってくれる?」
上目づかいで――身長差を考えると、あざとさを演出しなくても下から見上げることになる――お願いされると、つい頷いてしまう。
あの女もこれくらい可愛く振舞えれば、多少は見られるのに、まったく……。
――リリアスが入学して二か月。
放課後はフィオンに付いてきて雑用を手伝ってくれている。
お陰で些事に手を取られることがなく、仕事を早めに終わらせて街でお茶を楽しむ時間もできた。
そんな中、幾つもの注進が入った。
ディアドラが図書館で男子生徒とデートしている、と。
面倒臭い。
という気持ちしか湧かなかった。
正直な所、ディアドラなんかどうでも良いのだ。
しかし婚約者という立場では、釘を刺さない訳にはいかない。フィオンに任せても良かったが、同い年の義妹を必要以上に責めるきらいがある彼のことだから、論点がズレる可能性を考えた。
そんな訳で面倒だと思いつつも一人で足を運ぶ。
ディアドラは言葉通り男子生徒二人を侍らせていた。
しかも図書室の目立つ席で。
「君の不貞は俺の醜聞になる。慎みを持った交際を心がけろ」
「お言葉ですが、彼らとの交流は先生の指示によるものです」
「言うに事欠いて……! 教師が不純異性行為を勧めたりするものか!!」
あまりの言い草に、ついカッと声を荒げる。
「彼女の言う事は本当だ。私たちは留学生でね」
「――!!」
そういえば新年度から、二年と三年に一人ずつ留学生が来るという話を聞いている。詳細は本人からということで知らなかった。去年までは生徒会長である俺のところに来ていたが……。
今年は……そういえばまだだった。
「私はルードヴィヒ・フォン・グリムヴォルフ、エルフィニア王国から来た」
――珍しい国から来たな。
意外過ぎる国名に、正直なところ驚いた。
海の向こうの大陸にある国の名だ。遠方すぎて交流があまりない。
ほかにも主要産業がこの国とほぼ同じことも挙げられる。輸出で競合するために取引をする旨味が少なく、積極的に交流しようとは思わないのだ。
せいぜい不作の時に作物を融通し合う程度の仲であり、どちらかと言えば他国に同じ物を輸出するライバル的存在だ。
先方も同様に考えているのか、俺の知る限り留学生が来たという話を聞いたことがない。
あまりにエルフィニア王国についての情報が少なすぎる。「フォン」というミドルネームが貴族に付くものだと知っていても、グリムヴォルフ家の爵位はわからない。
不躾にならない程度に留学生の顔を見た。
柔らかな光を湛えた淡い緑の瞳は、ややタレ目で人の好さそうな雰囲気を醸し出している。口元は柔らかく、口調は穏やかだった。物腰の柔らかさも含めて好感度は高そうだ。
だが本質まで見た目と同じとは限らない。貴族は腹芸の一つもできなくては社交界を渡っていけないのだから。
読めない奴、という印象を心の内に書き留めつつ握手を交わした。
ルードヴィヒとの挨拶から一拍置いて、もう一人の留学生が名乗る。
「レオナールだ。ドゥラルディーア帝国から来た。ディアドラとは互いの母親が友人でね。遠縁でもあるから、わからないことは彼女を頼ることにしている」
隣国から来たという留学生は、ややもすると尊大ともとれる態度だったが、不快に思うほどではなかった。
――母親の友人であり親戚なのか。
同じマクウィラン家の子弟とはいえ、同性のフィオンではなく妹を頼る理由としては十分だった。
家名を名乗らないのはなぜなのか少し引っ掛かったものの、言いたくないのなら聞く気はない。必要になったときに調べれば済む。王宮で調査させるなり、学長に確認する程度の労力しかかからないのだ。
「そういう事情なら……。しかしなぜ女子生徒一人で男子生徒に対応したのだ?」
「適任者が私一人だったからです。でも人目につく場所でしか会いませんし一対一ではありませんから、醜聞にはなりませんでしょう?」
自分は頭が良いと言いたいのか……。
そう思いながら彼女の手にしている本に目を止めた。
「ディアドラ、君がフィラール語を話せるなんてしらなかったな」
ルードヴィヒの出身大陸で使われている言葉だった。
「聞かれませんでしたもの。話す機会もございませんでしたでしょう?」
エルフィニア王国の公用語は、この国で使われている大陸公用語とは違う。元々、付き合いが浅い国であり、文化的な交流も乏しいから、外交官か学者、よほどの物好き以外に使える者は少ない。俺も教養として挨拶程度はできるが、日常会話は無理だ。多分、兄上も同程度の能力だろう。王族教育でさえ、その程度なのだ。
――なのに何故ディアドラは習得している?
疑問が頭を過った。
子爵家出身の母が、公爵家出身の母よりも良い学習環境を与えられるのかと。
「フィオンやリリアスとは教育が違いますの。暇に飽かせて図書室で読書に勤しんだ結果ですわ」
普段通りの、愛想笑いをしているようで笑っていない微妙な表情を浮かべる。
「君が勉強から逃げていると、フィオンから聞いているが?」
「まあ、異なことを。母が違いますもの、家庭教師が違っていて当然でございましょう? 私の場合は母が早逝しておりますから、父が代わりに手配しておりますが」
「それは……」
子の教育は奥向きの仕事であり、屋敷の女主人の役目である。生さぬ仲の子であっても。
王族と違って貴族家は母によって教育が違うなんてことはない。一夫一婦制だからだ。二人以上の妻を持つのは離婚か死別によるもので、同時並行的なものではない。
本来なら先妻の子のために、後妻が家庭教師の手配をするものが当然なのだが……。「自分の生んだ子ではないから、ディアドラの教育を怠った」というハナシなのか?
フィオンが侮るのは、夫人の教育の賜物か。
ディアドラはもしかして目立たないように成績を下げているのかもしれない。或いは卒業後を見据えた学びに主眼を置いているため、学院の授業に特化しているほかの生徒より成績が良くないだけなのかも。
これは認識を改める必要があるか?
「俺も交流に付き合おう。面倒臭いかもしれないが、醜聞が校内に広がっている。君は目立つからな」
「私が目立つのではなく、殿下が目立つからでしょう」
面倒臭そうな雰囲気だったが、拒絶の言葉は出なかった。
俺が最終学年、フィオンとディアドラが三年に進級した秋にリリアスが入学した。制服の紺色のドレスとボレロがよく似合っている。もっとも大人しい色味とシンプルなデザインだから、似合わない人間を探す方が難しい。錆色のディアドラだって似合っているのだから。
フィオンとディアドラの妹は、寝込んでばかりだった幼少期が嘘みたいに元気になって、嬉しそうに制服姿を披露している。
「お転婆が過ぎて困るくらいだよ。子供の頃にできなかったことを、今やり直そうとしているみたいだ。正直、見ていてハラハラする」
「それは兄として心配になるな」
「お兄様もエイン様も、いつまで私を小さな子供扱いしますの!」
もうっ! とはしたなくない程度に声を上げて、ぺしんと俺たちを叩く。と言っても羽根が当たるような軽いものだった。王家の兄妹と違ってマクウィラン家の兄妹は仲が良くて、それだけは羨ましい。
同母妹がいたら、これほど仲が良くなれるのだろうか。
いや、そんなことはあり得ない。
正妃の生んだ王子二人と王女一人はフィオンとリリアスのような慣れ合いを見たことがない。父である国王陛下とただ一人の弟である公爵も、不仲ではなさそうだが良いという話も聞かない。父と叔父は歳が離れているから、話が合わないだろうというのもあるだろうが。
「いただいた羽根ペンが似合うような、知的な令嬢になるって決めたんですから! お二人ともちゃんと私を淑女として扱ってくださいませ」
わざわざ宣言するところが可愛い。
贈ったのは俺だ。この国ではみかけない美しいピンク色でふわふわの羽根が、可憐なリリアスにぴったりだと思って買ったのだ。
王宮には異国の珍しい品を持参する商人が多く出入りする。お陰で誰とも被らないものを贈れるので重宝している。無論、商人たちが扱うのが、単純な『物』だけでなく『情報』も売り買いしているのは承知の上での、浅い付き合いでしかない。
「そういえばお姉さまがいらっしゃらないわ」
「在校生は生徒会役員以外、出席しないからな」
俺が生徒会長でフィオンが副会長だ。最高学年の中で一番身分が高い生徒が会長を務めるという不文律があるからで、俺が首席だからという理由ではない。フィオンも同じく、身分の高さで副会長に選ばれた。もう一人の副会長は公爵家出身だ。
とはいえ副会長は二人とも首席と次席。成績から選ばれたとして、立場は変わらなかっただろう。俺の幼馴染や親友だから、というのも理由に上がる。
ほかは成績で選んだ書記と会計、この二人は下位貴族の出身だが人当たりも良く、難なく仕事をこなす。兄上の時代は全員高位貴族かつ母方の派閥に所属する家の者で固めたらしい。同じことをしては実家の太さで負けるからこそ、万遍なく優秀な人材を求めた。
結果、悪くない構成で上手く回り始めた。
「君の姉上は、部屋でのんびりお茶でも楽しんでるんじゃないか」
「そうなのね……だったら私もお茶をしたいわ。街にはお洒落なお店がいくつもあるのでしょう、連れて行ってくれる?」
上目づかいで――身長差を考えると、あざとさを演出しなくても下から見上げることになる――お願いされると、つい頷いてしまう。
あの女もこれくらい可愛く振舞えれば、多少は見られるのに、まったく……。
――リリアスが入学して二か月。
放課後はフィオンに付いてきて雑用を手伝ってくれている。
お陰で些事に手を取られることがなく、仕事を早めに終わらせて街でお茶を楽しむ時間もできた。
そんな中、幾つもの注進が入った。
ディアドラが図書館で男子生徒とデートしている、と。
面倒臭い。
という気持ちしか湧かなかった。
正直な所、ディアドラなんかどうでも良いのだ。
しかし婚約者という立場では、釘を刺さない訳にはいかない。フィオンに任せても良かったが、同い年の義妹を必要以上に責めるきらいがある彼のことだから、論点がズレる可能性を考えた。
そんな訳で面倒だと思いつつも一人で足を運ぶ。
ディアドラは言葉通り男子生徒二人を侍らせていた。
しかも図書室の目立つ席で。
「君の不貞は俺の醜聞になる。慎みを持った交際を心がけろ」
「お言葉ですが、彼らとの交流は先生の指示によるものです」
「言うに事欠いて……! 教師が不純異性行為を勧めたりするものか!!」
あまりの言い草に、ついカッと声を荒げる。
「彼女の言う事は本当だ。私たちは留学生でね」
「――!!」
そういえば新年度から、二年と三年に一人ずつ留学生が来るという話を聞いている。詳細は本人からということで知らなかった。去年までは生徒会長である俺のところに来ていたが……。
今年は……そういえばまだだった。
「私はルードヴィヒ・フォン・グリムヴォルフ、エルフィニア王国から来た」
――珍しい国から来たな。
意外過ぎる国名に、正直なところ驚いた。
海の向こうの大陸にある国の名だ。遠方すぎて交流があまりない。
ほかにも主要産業がこの国とほぼ同じことも挙げられる。輸出で競合するために取引をする旨味が少なく、積極的に交流しようとは思わないのだ。
せいぜい不作の時に作物を融通し合う程度の仲であり、どちらかと言えば他国に同じ物を輸出するライバル的存在だ。
先方も同様に考えているのか、俺の知る限り留学生が来たという話を聞いたことがない。
あまりにエルフィニア王国についての情報が少なすぎる。「フォン」というミドルネームが貴族に付くものだと知っていても、グリムヴォルフ家の爵位はわからない。
不躾にならない程度に留学生の顔を見た。
柔らかな光を湛えた淡い緑の瞳は、ややタレ目で人の好さそうな雰囲気を醸し出している。口元は柔らかく、口調は穏やかだった。物腰の柔らかさも含めて好感度は高そうだ。
だが本質まで見た目と同じとは限らない。貴族は腹芸の一つもできなくては社交界を渡っていけないのだから。
読めない奴、という印象を心の内に書き留めつつ握手を交わした。
ルードヴィヒとの挨拶から一拍置いて、もう一人の留学生が名乗る。
「レオナールだ。ドゥラルディーア帝国から来た。ディアドラとは互いの母親が友人でね。遠縁でもあるから、わからないことは彼女を頼ることにしている」
隣国から来たという留学生は、ややもすると尊大ともとれる態度だったが、不快に思うほどではなかった。
――母親の友人であり親戚なのか。
同じマクウィラン家の子弟とはいえ、同性のフィオンではなく妹を頼る理由としては十分だった。
家名を名乗らないのはなぜなのか少し引っ掛かったものの、言いたくないのなら聞く気はない。必要になったときに調べれば済む。王宮で調査させるなり、学長に確認する程度の労力しかかからないのだ。
「そういう事情なら……。しかしなぜ女子生徒一人で男子生徒に対応したのだ?」
「適任者が私一人だったからです。でも人目につく場所でしか会いませんし一対一ではありませんから、醜聞にはなりませんでしょう?」
自分は頭が良いと言いたいのか……。
そう思いながら彼女の手にしている本に目を止めた。
「ディアドラ、君がフィラール語を話せるなんてしらなかったな」
ルードヴィヒの出身大陸で使われている言葉だった。
「聞かれませんでしたもの。話す機会もございませんでしたでしょう?」
エルフィニア王国の公用語は、この国で使われている大陸公用語とは違う。元々、付き合いが浅い国であり、文化的な交流も乏しいから、外交官か学者、よほどの物好き以外に使える者は少ない。俺も教養として挨拶程度はできるが、日常会話は無理だ。多分、兄上も同程度の能力だろう。王族教育でさえ、その程度なのだ。
――なのに何故ディアドラは習得している?
疑問が頭を過った。
子爵家出身の母が、公爵家出身の母よりも良い学習環境を与えられるのかと。
「フィオンやリリアスとは教育が違いますの。暇に飽かせて図書室で読書に勤しんだ結果ですわ」
普段通りの、愛想笑いをしているようで笑っていない微妙な表情を浮かべる。
「君が勉強から逃げていると、フィオンから聞いているが?」
「まあ、異なことを。母が違いますもの、家庭教師が違っていて当然でございましょう? 私の場合は母が早逝しておりますから、父が代わりに手配しておりますが」
「それは……」
子の教育は奥向きの仕事であり、屋敷の女主人の役目である。生さぬ仲の子であっても。
王族と違って貴族家は母によって教育が違うなんてことはない。一夫一婦制だからだ。二人以上の妻を持つのは離婚か死別によるもので、同時並行的なものではない。
本来なら先妻の子のために、後妻が家庭教師の手配をするものが当然なのだが……。「自分の生んだ子ではないから、ディアドラの教育を怠った」というハナシなのか?
フィオンが侮るのは、夫人の教育の賜物か。
ディアドラはもしかして目立たないように成績を下げているのかもしれない。或いは卒業後を見据えた学びに主眼を置いているため、学院の授業に特化しているほかの生徒より成績が良くないだけなのかも。
これは認識を改める必要があるか?
「俺も交流に付き合おう。面倒臭いかもしれないが、醜聞が校内に広がっている。君は目立つからな」
「私が目立つのではなく、殿下が目立つからでしょう」
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