怖い話2 日常

雨間一晴

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愛のために

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「こんなところで何やってるの?」
 
「遊んでるの」

「うそだ、泣いてたじゃん」
 
「泣いてない」

「なんで泣いてたの?」

「……泣いてない」

「ナイトなのに?おひめ様を守るんじゃないの?」

「ぼくは、ナイトって名前がきらい」

「ふーん、そうなんだ。私もね、愛って名前が嫌いなの」

「どうして?」

「テレビとかで、愛してるとか、かっこいいイケメンが言ってぎゅーってしたり、やさしくしてくれるでしょ、私は全然愛されてないもん」

「そうなんだ、テレビあまり見ないから分からないや」

「うん、お母さんも、お父さんも、私が寝た後に帰ってくるから、ずーっと、おばあちゃんと二人なの。きっと、私のことを、きらいなんだと思う。帰ったってつまらない」

「ぼくも帰ってもつまらないから、ここで遊んでる」

「泣いてたじゃん」

「泣いてない」

「ナイトも、お母さんとか帰ってくるの遅いの?」

「ううん、お母さんはいない。帰ってこなくなっちゃった」

「そうなんだ。それで泣いてたんだね」

「……ちがう」

「ちょっと待ってて!」

「……うん」

 愛ちゃんは、ドームを出て、すぐ戻ってきた。

「これ、泣き虫ナイトにあげる。友達になってくれるって」

「なにこれ?」

「石だよ、この前見つけて、隠しておいたの。まん丸でかわいいでしょ」

「……うん。ありがとう。たていしさんって、やさしいんだね」

「でしょ。そんなんじゃ、愛する人を守れないもん。男なら強くなくちゃ」

「ぼくは、別に強くなりたくない……」

「じゃあ、好きな子が、強い人が好きで、守ってほしいって言ったら?」

「……強くなる」

「ふーん、じゃあ、強くなってね、ナイト。じゃあね」



 ぼくが初めて、たていしさんと、ちゃんと話した日、そして石をもらった日。それは、二年前の、お母さんが帰って来なくなった後、公園のドームの中での出来事。今でも、はっきりと覚えている、ぼくは、たていしさんのことを好きになったんだ。

 でも、ぼくは変われなくて、強くなれなくて、六年生なのに泣いてるところを、一緒のクラスになったとおるくんに見つかって、いじめられるようになった。

 愛ちゃんも、とおるくんに、いじめられていたことは、ぼくは知らなかった。ぼくは、愛ちゃんを守れなかった。ぼくがとおるくんより強かったら、愛ちゃんを守れたかもしれない。

 おじさんが、愛ちゃんのお父さんなのも、知らなかった。お父さんが居ない時に、ニュースで見て知ったんだ、愛ちゃんが死んじゃったことも、おじさんも死んじゃったことも。ぼくは何も出来なかった。

 小学校では、何か校長先生が話してたけど、覚えてない。ぼくは愛ちゃんを守れなかった。

 お母さんが帰って来なくなって、お父さんになぐられて、ぼくは泣いてばかりだった。
 お母さんが出て行かなければ。お父さんが、お酒を飲まなければ、ぼくは泣かずに、愛ちゃんを守れたんじゃないのかな。愛ちゃんを守れなかったのは、ぼくの、お父さんのせいじゃないのかな。

 ずーっと同じ内容のテレビが流れるなか、おじさんをバカにするお父さんを、ぼくは、包丁で殺しちゃおうかとも思った。全部、お父さんが悪いんだ。でも、おじさんが人を殺すなと言ったから、ぼくはがまんした。分かってる。お父さんが全部悪い訳じゃない、弱いぼくが悪いんだ。

「愛ちゃん、ごめんね……。君を守れなかったよ。君は、おじさんに書いた手紙に、ぼくのことを書いてくれたの?どうして、おじさんは、とおるくんを殺した後に、ぼくに会いに来てくれたの?なんで、ぼくに生きてほしいって言ってくれたの?」

「……」

 愛ちゃんのくれた石は、何も答えてくれない。

「ぼくは、どうしたらいいんだろう……。死んだら愛ちゃんに会えるのかな」

「……」

「愛ちゃんと、おじさんに会いたい……」

「ナイトくん!」

「先生?」

「よかった、ここにいたのね、ナイトくん。本当にごめんなさい……」

「どうしたの?」

 先生は、ドームの中で泣いてるぼくを、だきしめてくれた。お母さんのことを思い出して、ぼくは苦しくなった。

「私は、愛ちゃんを守れなかった。君がいじめられていたのに、気付けなかった……。今更、謝って済む話じゃないのは分かってる、それでも、私は自分が許せない。あなたに謝りにきたの」

「愛ちゃんが死んじゃったのは、ぼくのせいだよ……」

「ううん、ナイトくん、自分を責めないで。あなたが悲しんでいるのは、私のせいなのよ。あなた、体の傷は、お父さんだけが原因じゃなかったのね、ごめんなさい気付けなくて。お父さんに話を聞いたこともあったんだけど、上手くいかなかった、あなたを虐待してるだろうと知ってても、私には何も出来なかった……」

「いいよ別に。お母さんが出ていったのも、もしかしたら、ぼくのせいかもしれないし」

「ううん、ナイトくん、よく聞いてね。私は、あなたを救いたい。どうにかしてあげたい。今更都合が良いのも分かってる、それでも、私はもう、何も出来ずに後悔したくない」

 先生が泣いているのを、ぼくは初めて見た。先生も泣き虫なのかもしれない。先生と二人で話したことは、あまりないから、ぼくは夢を見てるみたいだと思った。

「この新品のボイスレコーダーをあなたに渡すわ。あなたのお父さんが、あなたを殴ったりしたり、何か言われそうだったら、このボタンを押して。これが、録音してくれる。お父さんには、バレないようにするのよ。録音出来たら、それを持って、私と一緒に、お父さんのお父さん。おじいちゃんの家に行って、聞かせて相談しましょ。それで、あなたは、おじいちゃんの家で暮らすの。ナイト君は、おじいちゃんとおばあちゃんとは、仲良い?」

「うん、おじいちゃんとおばあちゃんは好きだよ。でも……」

「大丈夫、先生に任せて。必ず上手くいかせる。先生は、ナイト君が、おじいちゃんの家に暮らせるようになったら、先生を辞めるわ。そして、愛ちゃんと、愛ちゃんのお父さん、お母さんのために、何が出来るのか、どうしたら償えるのか、考えていく。愛ちゃんのいじめを認めたがらなかった学校も許せない、私は戦うわ。そして、いじめで死んでしまう子を一人でも救いたい」

「先生は強いんだね……」

「違うわ、私は弱いの。だから、愛ちゃんとあなたを守れなかった。とおるくんの間違いも正せなかった。誰も死なずに済んだはず。とおるくんが、他の子もいじめてたのは気付けなかった。動画で、とおるくんは、いじめてたのは三人と言ってたから、もう一人探して謝りたい、私は教師失格よ」

「……先生は死なないでね」

「……ナイト君もよ、先生と約束しましょ」

「うん。ぼくね、愛ちゃんのお父さんとも、約束したんだ。愛ちゃんの分まで幸せになれって。でも、どうしたら良いのか分からないから、あきらめようとしてた……」

「愛ちゃんのお父さんは、あなたに、そんなことを言ったのね……。ごめんなさい……」

「ううん、先生、泣かないで、ぼくは、先生を恨んでないよ、愛ちゃんを守れなかったのはぼくなんだ。それに、先生は、あきらめようとしてたぼくに、どうすれば良いのか教えてくれた。だから、ぼく、がんばろうと思う。ぼくも、いじめられる子を助けたい、だれかを守れるように、強くなりたい」

「ナイト君……。あなたは、本当に優しい子なのね。そうね、私もいじめを無くすために、何をすれば良いのか考えていきたい。とにかく、まずは、ナイト君を救いたい。ボイスレコーダー、よろしくお願いね。必ずあなたを守るわ」

「うん……。先生、ありがとう」

「ううん、先生は、感謝なんてされる立場じゃないわ、でも。ありがとう、ナイト君」



 それから、僕は、先生の協力もあって、おじいちゃんの家に住むことになった。おじいちゃんの家から中学校に通い、バイトをしながら高校に通って、大学も卒業できた。
 今は、先生の作った、児童養護施設で働いている。親が居ない子や、虐待を受けた子を、預かり自立するまで支援する施設だ。

 先生は、あれからテレビに出たり、世間に叩かれながらも、学校での校長と愛ちゃん両親との対応を、録音したボイスレコーダーを発表して、校長も辞任した後も、いじめを無くすための活動を今も続けている。

 小学校の校長は、二三年で他校に転任するので、運が悪かったくらいにしか感じていない、もっと根本的に、いじめを無くす流れを作り直さないといけないと、先生はよく話していた。未だに答えは出ていないが、僕も考えていこうと思う。

 愛ちゃん、僕は少しは強くなれただろうか。

 おじさん、僕は、愛ちゃんの分まで、幸せになって良いのか分かりません。それでも、おじさんと先生のおかげで、今も生きれています。おじさんが人を殺してしまった事は、許される事では無いけれど、おじさんを人殺しにするのを防げたかもしれない、それが、僕は悔しいから。誰かが、同じような事になるのを、防げるように頑張りたいと思います。

 ここには、僕と同じような経験をして、同じような経験をする子供を、救いたいと思う仲間がいます。
 他に好きな人を作ったら、愛ちゃんに怒られてしまうかもしれませんが、きっと、愛ちゃんは許してくれると思います。この石をくれた時の愛ちゃんは、本当に優しい顔をしていたから。

 愛ちゃん、僕は誰かを守れる騎士になるよ。君を守れなかったことを忘れない。君が僕のことを、どう思ってたのかは、今も分からないけど。僕は、君が好きだった。君は、こんな僕に、強くなってねと言った。だから、君のくれた、この石と一緒に、今度こそ、誰かを守りたいと思うんだ。

「ナイトー!なに、ぼーっとしてるんだー!」

「ごめんごめん、ちょっと昔を思い出しててね」

「なになにー、昔の女のことー?」

「ちがうよ、なんだよ、やきもちか?」

「そんなんじゃない!」

「はは。かわいいやつめ。よし、先生のところに行こうか」

「うん、その丸い石は?」

「この石はね……。僕の大切な友達だよ」
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