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第三十四話 あなただけを思う歌
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暖かいシャワーが、仰向けになった私の頭を流れていく。心地良い温もりと水音に、負けることなく綺麗に響く彼女の鼻歌に包まれて、眠るように瞳を閉じた。彼女の話に緊張が続いていたせいか、顔にかけられた白いガーゼの下で小さく欠伸をしてしまった。
彼女の鼻歌を、私は知っていた。私が小さいころに流行った曲だ、十年前くらいになるだろうか。未だに人気で、人々に歌われている曲でもあった。今にも切れてしまいそうに張り詰めた、バイオリンの美しい音色。そんな例えをされる女性歌手の歌だった。
大事な人が居なくなってしまった。そんな張り裂けるような思いを、気高くもあり、どうしようもなく泣きながら求めるように歌った曲。そんな悲しく美しい歌を、私も好きだった。
「……私も、その歌好きです」
「良いよね、この歌。私は最初あまり好きじゃなかったの。彼とドライブしている時ね、私は美容師になるために、夜遅くまで練習したり、朝も早かったから、たまに寝ちゃってね。そんな時に彼が歌っていたのよ。私を起こさないくらいの小さな声で、とても悲しそうに……」
「そうだったんですね……」
きっと彼は、自分の夢を彼女に伝える日まで、夢を追いかけるか悩み続けていたのだろう。大事な人が居なくなるのは、彼も同じなのだから、もしかしたら彼女以上に寂しかったのかも知れない。どんなに立派なことだとしても、こんな素敵な彼女と別れてまで、自分の夢を追いかけた彼を、やっぱり私は好きになれそうになかった。
「ほら、よく言うじゃない。彼氏の前で寝たふりすると良いよって。その間に彼が何をするかで、どれだけ愛されてるか分かるとか。ふふ、あの頃は私も若かった訳だ。だから、車で寝たふりしたのよ。いつも寝てる間に何をしているのか気になってね。優しく頭を撫でてくれるとか期待していたのに、彼は悲しい歌を歌い出したから、がっかりしちゃってね。前に付き合っていた彼女を、忘れられないのかなって。でも、そうじゃなかった……」
「……その人の夢。ですよね」
「ええ、そうね。きっと、彼もずっと悩んでいたのね。私と夢、どちらを取るか。ううん、彼は夢に行くしか無かったんだと思う、優しいから……。でもそれなら、もっと早くから相談して欲しかったのに。男って相談せずに決心しちゃうところあるわよね。お客さんの相談とかで、彼氏の愚痴とか聞くから尚更そう思っちゃう。相談すると悪いと思っちゃうらしいのよ。相談せずに決められるほうが良くないわよね」
私を美容院に行くように言った彼も、髪を切ってから大分経っていたから、もしかしたらずっと私に相談するか悩んでいたのかも知れない。自分の中だけで考えて、その決定した答えを押し付けるように、お金まで渡された今は、彼女の話も分かるような気がした。
「そうですね……」
「でも、歌い終えた後にね、優しくおでこにキスをしてくれるの。それが楽しみで、どんだけ眠くても頑張って寝たふりをしたりね。ふふ、馬鹿みたいよね」
「……素敵だと思います」
手早く洗われた髪を、タオルで優しく拭かれながら何とか答えた。本当に幸せだったのだろう、だからこそ彼女の空白の十年が、余りに可哀想に感じた。
彼女の鼻歌を、私は知っていた。私が小さいころに流行った曲だ、十年前くらいになるだろうか。未だに人気で、人々に歌われている曲でもあった。今にも切れてしまいそうに張り詰めた、バイオリンの美しい音色。そんな例えをされる女性歌手の歌だった。
大事な人が居なくなってしまった。そんな張り裂けるような思いを、気高くもあり、どうしようもなく泣きながら求めるように歌った曲。そんな悲しく美しい歌を、私も好きだった。
「……私も、その歌好きです」
「良いよね、この歌。私は最初あまり好きじゃなかったの。彼とドライブしている時ね、私は美容師になるために、夜遅くまで練習したり、朝も早かったから、たまに寝ちゃってね。そんな時に彼が歌っていたのよ。私を起こさないくらいの小さな声で、とても悲しそうに……」
「そうだったんですね……」
きっと彼は、自分の夢を彼女に伝える日まで、夢を追いかけるか悩み続けていたのだろう。大事な人が居なくなるのは、彼も同じなのだから、もしかしたら彼女以上に寂しかったのかも知れない。どんなに立派なことだとしても、こんな素敵な彼女と別れてまで、自分の夢を追いかけた彼を、やっぱり私は好きになれそうになかった。
「ほら、よく言うじゃない。彼氏の前で寝たふりすると良いよって。その間に彼が何をするかで、どれだけ愛されてるか分かるとか。ふふ、あの頃は私も若かった訳だ。だから、車で寝たふりしたのよ。いつも寝てる間に何をしているのか気になってね。優しく頭を撫でてくれるとか期待していたのに、彼は悲しい歌を歌い出したから、がっかりしちゃってね。前に付き合っていた彼女を、忘れられないのかなって。でも、そうじゃなかった……」
「……その人の夢。ですよね」
「ええ、そうね。きっと、彼もずっと悩んでいたのね。私と夢、どちらを取るか。ううん、彼は夢に行くしか無かったんだと思う、優しいから……。でもそれなら、もっと早くから相談して欲しかったのに。男って相談せずに決心しちゃうところあるわよね。お客さんの相談とかで、彼氏の愚痴とか聞くから尚更そう思っちゃう。相談すると悪いと思っちゃうらしいのよ。相談せずに決められるほうが良くないわよね」
私を美容院に行くように言った彼も、髪を切ってから大分経っていたから、もしかしたらずっと私に相談するか悩んでいたのかも知れない。自分の中だけで考えて、その決定した答えを押し付けるように、お金まで渡された今は、彼女の話も分かるような気がした。
「そうですね……」
「でも、歌い終えた後にね、優しくおでこにキスをしてくれるの。それが楽しみで、どんだけ眠くても頑張って寝たふりをしたりね。ふふ、馬鹿みたいよね」
「……素敵だと思います」
手早く洗われた髪を、タオルで優しく拭かれながら何とか答えた。本当に幸せだったのだろう、だからこそ彼女の空白の十年が、余りに可哀想に感じた。
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