トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル SEASON1

HIDEHIKO HANADA

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第2話

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 辿り着いた部屋で、誰にも自分の姿を見られないようにカーテンを引き、電気も付けず、真っ暗な部屋で頭までシーツにくるまった。久米は木之本からひっきりなしに届くメッセージを無視して、学校の掲示板を恐る恐る見た。



 「やっぱり久米はホモだ」

 「あそこで逃げたらゲイだって言ってるのと同じじゃん」

 「木之本さん可哀そう」

 「縄手のモッコリ画像ばっかりやん」

 「前からそうじゃないかと思ってたんだ」

 「授業中に縄手を見る目が違ってたの知ってる」・・・



 一気にスクロールを速めて画面を流したあと、見なくてもよかったものを見てしまった後悔に残り少ない力を奪われ、再度木之本から届くメッセージを素早くスワイプして消去し、スマホをベットの脇に投げるように置いた。





「ああああーーーーーーー!!!!!!!」



 久米は断末魔のような声を上げ、シーツの上から頭を押さえた。



 「明日から学校へはもういけない」

 「いじめの対象になってしまった」

 「野球はどうする、今年で引退なのに」・・・・



 考えれば考えるほど、さらに大気は重くのしかかり、胸をこれでもかと押しつぶしていく。呼吸がうまくできない、体温がうまく調整できない、頭の中を流れる血液が蛇のように不快に這い、こめかみをつたう。



 ミュートにしたスマホにメッセージが届くたびに、画面が光り続ける。

 

 その光にせかされるように、なんとかこの苦しみから逃れるため、どんな言い訳したらみんなが納得してくれるのか、どうすれば元の毎日に戻れるのか、頭の中の蛇を追い払うように、スマホに背を向けた。



 「あれは縄手のことが好きな女子に頼まれて撮ったんだよ」

 「早く走る技術を参考にしようと撮ったんだよ」

 「わけのわからない悪霊に体を乗っ取られて…」

 「自由研究の資料として…」

 「内緒でタレントオーディションに…」・・・・・





 「だめだ。終わった。人生詰んだ…」



 深く大きくため息をついた久米は、逃げ出す選択しか考えられず、明日、学校を休む理由がないか探し始めた。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 下校後のクーラーの効いた職員室のミーティングテーブルでは、久米が無断で早退したことの対応が、担任の教師と生徒指導部のミーティングが行われていた。



「久米君、なんで急に飛び出したの?」

「木之本さんと、もめてたって話ですね。」

「それでも、今までルールを破るような子じゃなかったのに。」

「この歳の恋愛のいざこざは、一大事ですからねぇ。」

「確かに!大人になったらスルー出来ることでも、心臓をえぐってしまいますからね。」

「メンタル弱いんっすよ、最近の若い奴ら。」

「でも、久米くん野球部の主将でしょ?」

「こんな学校の野球部なんて、しれてますって。」

「まあ、監督も廃部にはしたくないから、みんなに優しいんですよね、俺らの時代と違って。」

「はぁーやりずらい時代っすねー。」

「体ばっかり発達して、心は小学生のままですからね。」

「そりゃ、女にちょっと言われたら、逃げ出しますわ。wwww」

「久米くんそんなことで、エスケイプするような子しゃないと思うんですけど…」

「いや,あーゆう奴に限って、女々しいですわ。wwwww」

「そうなんですかね…」

「期末テスト前ってのもあって、ピリピリしてたんだとおもいますよ。久米、進路まだなんとなくしか決まってなかったんじゃなかったでしたっけ。」



 テーブルに置かれたそれぞれのメモ帳は閉じたままの状態で、緊迫した雰囲気はなく、雑談の延長線上で話が進んだ。



「そういえば、縄手先生は?」

「下校指導ですわ。」

「久米のこと、大丈夫やと思ってるんですかね。」

「いつでも熱血パワー全開の副担やし、我々はあんまりすることないんちゃいますか。」

「先生はどう思います?」

 一人が、テーブルの端に座っていた全く何も言わない、物静かな担任教師に声をかけた。



 久米の担任教師は、静かにパソコンの画面を全員に見えるように向けた。

「これが、原因じゃないですか?」



 一斉に黙り、パソコン画面に集まる。



 そこには縄手と一緒に走る久米の姿や、縄手の姿が映し出された久米のスマホが表示され、「キモイ久米は縄手のことが好きだ」「ホモ・ゲイ・おかま」など差別用語や中傷誹謗が乱立していた。



「ひどすぎる…」

 ある程度、画面をスクロールした後、

「どうやら、久米くんは縄手先生の姿を隠し撮りしていたことが、バレたみたいですね。」

 担任教師は、つぶやきながら眼鏡をかけなおした。



「え?この掲示板…これは本当?ひどい…」

「マジでこれは…むごいですよ。」



 驚きの言葉が飛び交う中、目を皿のようにする教員の一人が、「あいつ、ホモなのか?」と発言した。

「先生‼発言に気をつけてください‼」

 担任は眉間にしわをよせ、大きめの声で注意をした。

「あ・・・・・すいません。」



「これは正直、大問題になりかねません。もし、ここに書かれていることが事実なら、アウティング行為となり、立派な犯罪行為となります。」

 そして担任教師は瞬きせずに、黙り込んだ他の教員を見回した。



「我々が指導してきた、人権教育の成果がこの掲示板に現れているんです。もっと危機感を持つべきだと思います。」





 それぞれが大きくため息をつき、席に戻る。

「早急に人権教育、特にLGBTQ+に関して、テスト明けに実施するべきではないでしょうか。」

 担任教師の表情を変えずに淡々と話す姿に、その場にいた全員が目を合わせ、口を閉じたまま何度か頷いた。

「では、まず本人に事実確認を…」

 一人の教員が言いかけた言葉を遮るように

「それも禁止事項です。教師という立場を利用した強制カミングアウトにつながります。」

「では、どうすれば。」

「難しい問題に発展するかもしれませんので、まずはスクールカウンセラに相談してみましょう。」

「わかりました。生徒指導部としては、人権教育部とスクールカウンセラに相談することから始めます。」

「はい。ミーティングは今後随時行うようにしましょう。」





 全員が予想外の展開に、重い空気に包まれてしまい、それぞれの飲み物に手を伸ばした。

「んーでも、木之本と長く付き合ってたんじゃ…わからん…」

「バイセクシャルだったんじゃないですか?」

「この年齢は、性が揺れ動きやすいし、迷いが生まれてもおかしくないですよ。」



 おのおの薄っぺらい知識で無意味な会話を広げていく。担任教師は小さくため息をつき、パソコンを閉じようと手をかけた。同時に下校指導を終えた縄手が、職員室のドアを開けた。



「縄手先生‼」

 その姿が目に入った教師が、手を挙げ声をかけた。縄手はその方向に目を向け、同じように手を挙げて、足早にミーティングテーブルに近づいた。



「久米でしょー‼今、生徒に聞きましたよ。掲示板、大変なことになってるって。」

 担任教師のパソコンを「失礼します」と広げて、表示されてある画像を見た。



「これこれ。」

 と確認するように、内容を確認しながら



「あいつは俺に憧れてるんですよ‼大丈夫です!大丈夫です!」

 平然と頷き、パソコンを担任教師に戻した。



「いや、先生これは…」

 担任教師の言葉を遮るように

「久米のことは、俺が一番よく知ってます‼入学式の時から俺に懐いてますから。そんな深刻な話じゃないですって!最近また朝は一緒に走ってますし‼」



「それが危険だったんじゃないですか!」

 腕を組んだ別の教師が縄手をきつく睨む。

「一緒に走って、汗をかくって、言葉にできないくらい素晴らしいことなんですよ‼先生もたまには体動かしたほうがいいですよ!ハハハハハ!」

 声をあげて笑顔で応える。

「特定の生徒だけ仲良くするのは問題じゃないんですか?」

「俺は、久米を特別扱いなんてしてませんよ。みんな一緒です。そりゃ、なかなか信頼関係を結べない生徒はいますよ。人として合う、合わないはありますからね。それはみなさん誰でも一緒でしょう。」 

 「みなさん」と席に着く全員に手を広げる。



「いや、やはり生徒との関わりには細心の注意を…」

 再び言葉を遮るように

「まあまあ!久米のことは俺に任せてください!あいつの良き兄貴として、導いてやりますよ‼」

「いや!あかんやろ!今、自分との仲を疑うような雰囲気になってるやん。」

 お腹の出っ張りのため、ずれたシャツの裾を直しながら、肘を机に置いた教師が縄手を見る。

「あいつには木之本がいるし、俺には婚約者がいる。大丈夫ですって先生。」

 縄手は眉を上下に動かして答えた。



「絶対にややこしくなるで…不安しかない…」

「それだけじゃないですよ、アウティングや中傷誹謗をどうしますか?この掲示板…」

 腕を上げ、脇をうちわで扇ぎながら、別の教師がため息をつく。

「明日の朝礼で、注意喚起はしたほうがいいですよね。」

 隣の教師が横に椅子をずらし、咳払いをしながら言った。

「いじめに対してのペナルティーと、人権教育の強化は必要ですが、あいつは今、孤独のどん底にいるはずなので、味方がいることを教えてやらないといけないんですよ。まずはどん底から救い出してやるんが先決ですよ。」

「では、教員全員が一丸となって…」

「いや!それはそれでうさん臭くなるので、俺がやりますって!任せてください!ね!先生!」

 縄手は笑顔でガッツポーズをし、担任教師に頷いた。担任教師は縄手と目を合わせた後、ため息をついて、眼鏡を外し何かを考えこむように腕を組んだ。





 ーーーーーーーーーーーーーーーー





 翌朝、重く這うように流れる梅雨空は、太陽の光を遮り、薄暗い世界を作り出し、久米の気持ちをさらに失意の底に追いやった。



 結局、学校を休む理由が見つからず、いつもの駅まで来てしまった久米は、改札前でこのまま学校に行くことができず、足がすくんでしまった。顔を隠すようにベースボールキャップを深く被り、イヤフォンから流れる音楽で雑踏をかき消しながら、スマホを操作するふりで、駅の柱の陰で一歩も動けなくなり隠れていた。「絶対、みんな俺のこと見ながら、指さしていろいろ言ってんに決まってんだ。あー無理だ、キツイ。」心のつぶやきが微かに唇に伝わり、口元が動いてしまう。母親が仕事に出かけた後を見計らって家に戻るか、どこかで下校時刻まで時間を潰すか、どの道、学校には行けない。久米は「どこかで」の場所を頭の中に、可能な限り描き出していた。





「おはよう!!!」

 突然、イヤフォンの音楽を突き破り、木之本の声が久米を我に返らせた。驚いて視線だけをあげ、帽子の隙間から木之本の姿を見た久米は、咄嗟に背を向けた。

「おはよう!香月!」

 駅の店舗が並んだエリアの柱の陰に、久米を見つけた木之本は、何もなかったようにいつも通りに挨拶をすれば、いつも通りに久米が挨拶を返してくれ、いつも通りの日が始まることを期待して、躊躇を振り切り、声をかけた。しかし、木之本に瞬時に背を向け、逃げるように歩き出した久米の背中は、そんな淡い期待は、いとも簡単に吹き飛ばした。

「香月!待って!」

 急いで追いかけた木之本は、通勤ラッシュの人波に紛れそうになる久米に追いつき、

「私がいるから!心配しないで!」

 腕を組もうと肘を回そうとした。

 そんな木之本の腕を振り払い、久米はできるだけ自分の存在が周りにバレないように、素早く改札口を出た。なるべく人通りの少ない方へ、木之本と距離をとる様に足早につま先を進める。



「あーもう!ビクつき過ぎ‼」

 駆け寄る木之本は、追いついた久米を見た。帽子のつばで目を隠した横顔は、まるでキャッチセールスを無視するかのように、まっすぐ向いたままだった。構わずに木之本は言葉を投げる。

「てか、なんでメール返してくれないの?」

 何かが変わるかもしれない思いを込めながら続ける。

「めちゃくちゃ心配したんだからね!」

 そんな思いを破り捨てるように、久米はさらにスピードをあげた。意図的につくられる距離に、少し苛立ちを覚えながら

「私はどんなことになっても、香月の味方だからね‼」

 木之本は、久米のバックパックに揺れる二人のマスコット人形を見ながら叫んだ。









 何故ここに来てしまったのか。久米は後悔と緊張と不安と否定の計り知れない錘を足首に絡みつかせながら、下駄箱の前に立っていた。無意識に上履きに手を伸ばし、履き替えクラスに向かっていた普段通りの行為を拒絶する体に、息が詰まる。きっと周りの奴らは、自分のことを見ながら「気持ち悪い、同性愛者だ。今まで嘘を付いてだましてやがった。」と思っているに違いない。周囲に神経を敏感にすればするほど、背中に集まっているだろう視線の数が増える。数が増えれば増えるほど、ここにいられない思いで、逃げ出したくなる。「無理だ…無理だ…無理だ!」



「香月!早いって‼」

 追いついた木之本が、昇降口に姿を現した。

 逃げ口をふさがれた気分に追いやられてしまった久米は、どうすればいいかわからなくなり、体が混乱してしまい、バスケットのピポットをするように左右に動いた。



「私と一緒に教室に行こ!」

 香月のバックを捕まえて、俯き何も話さない久米を正面に向き直らせて、木之本は力なく垂れ下がった、久米の両腕をさすった。

「ほら、靴履き替えよ。」

 木之本は「こんな香月は見たことない、本当にこのままで大丈夫なのか?」不安に頭が占拠されていく中、無理矢理に笑顔を作りながら、久米の上履きを下駄箱から取り出した。



 ひらりと紙が落ちる。

 久米は落ちた紙に目を落とし「ほら、やっぱり…」大きくため息をついた。

 全裸の海外ボディービルダーの体に、縄手の顔がコラで編集され「縄手先生!好きっす!」と大きなフォントで文字が入っていた。

「はあ?何これ?幼稚過ぎー!ここは小学校か!てか、紙って、あほ過ぎ!」

 木之本は拾い上げて、びりびりに破ろうとした。



「もう本当に人生詰んだ。終わった。もう無理だ。俺はもう無理だ。」頭の中がぐちゃぐちゃになり、今にも大声で叫びだしたくなる気持ちを必死に抑えながら、久米は昇降口へと足を向け、足を踏み出そうと体重を前に移動させた。







「ほぉー!俺はこんなマッチョじゃないぞ‼」





 突然、木之本の頭上から手が伸び、破り捨てられようとしていた紙を奪い取った。



 縄手の大声に、思いもしなかった人物の登場に驚いた二人は勢いよく振り返った。



「よお!久米!おはよう‼」



 さらに大声を出した縄手は、大きく腕を広げそのまま久米を抱きしめた。







 あまりにも突然過ぎ、予想不可能過ぎ、力強過ぎて、久米は「今自分に何が起こっているのか理解不可能で困惑する」という域を更に超えてしまい、一瞬にして思考が完璧に停止してしまった。



 息が止まり、目を思いっきり見開いたままの状態で硬直状態の久米を抱きしまたまま縄手は声を張り上げる。



「みーんな、よく聞け‼こいつはただ俺に憧れてるんだよ!俺がかっこすぎて、俺みたいになりたいんだよ!なあ!」

 一度抱きしめた腕を離し、久米の顔を見た縄手はおもいっきり笑顔で目を合わせた。



 指先まで微動だにできない久米は、顔はもちろんのこと耳先まで、高熱になった血液が激流となり、容量を超える勢いで流れ込んでくるのがわかった。



 登校してきた生徒が続々と、スマホを手に集まってくる。



「俺のことが好きなんだって?俺も久米のことが好きやで!マジで」

 ざわつきが増えていく中、縄手は久米の目を見ながら、何度か頷き再び抱き寄せた。



「だから‼もし全校生徒が久米をいじめるようなことになったとしても、俺は最後の最後の一人になっても久米を守り抜くからな‼」



「いいか‼今後、差別発言やいじめにつながるようなことがあったら、俺が相手になってやるからな‼」

 集まってきた生徒全員を指さし向けられたスマホを気にもせず叫んだ。



「いいか!わかったか!以上だ‼」



 腕をほどいた縄手は、久米の深く被った帽子を取り、頭をくしゃくしゃと撫で、軽く帽子を頭に乗せた。



「おっけ!久米、教室に行け!」



 そして背中を軽く押した。







 先ほどまでと打って変わり、全身脱力状態となり、階段の手すりに助けられながら、教室に向かう久米の横で、ただ見ていることしかできなかった木之本は

「は?何なんあいつ?熱血教師?は?意味わからんし?」



 まだ耳まで赤くしたままの久米に「ね?大丈夫?」と横顔をのぞき込んだ。







 直接的な縄手の効果と、遠回しに差別発言やネットへの中傷誹謗の書き込み等の注意喚起が朝礼で行われたためなのか、学校全体が、久米を腫れもののように気遣う空気のまま、昼休みをむかえた。





 久米と一緒に昼食をとった木之本は、久米がトイレに席を外している間、スマホを手に取り掲示板を見た。相変わらず中傷誹謗ばかりの書き込みで、「絶対に香月には見せられない」と、画面をスクロールする。

 

 思っていた通り、朝の状況が動画であげられている。久米を抱きしめた縄手の横で、ボーっと突っ立ってるだけの自分の姿が映し出されていた。



「もう!こーゆうのやだ‼」

 思わず声に出してしまう。





 「これ現場にいた‼」

 「キターーーーーーーーーー」

 「ホモ無理」

 「朝からキモいの見せられた」

 「4ネ」

 「この学校の終焉の時がきた」

 「強制わいせつ」中傷誹謗が続く・・・・



 「私はお似合いだと思うな。木之本さんには悪いけど縄手先生と久米君の教師と野球部のエースのカップルって見てみたい!しかも禁断じゃん!絶対に付き合ってほしい。」

 



「は?」

 思わず前のめりに待ってしまう木之本。





 「無理!キモイって」

 「ゲイは列ね」

 「縄手うざすぎ」



 「実は私もそうだったらいいなーって思っていました!付き合った方がイイを支持します!」



 

 「え‼ちょっと待って!」

  スマホが手から落ちる



 「そっちの方が面白そうじゃん!」

 「お前もホモか!」

 「ホモ野球部万歳!」

 「確かに今後の展開、どうなるか見てみたい!」

 慌ててスマホを拾い上げた木之本は中傷誹謗の中、応援するコメントが一つ、二つ、三つと増えていく現在進行形を目の当たりにした。



 「いやいやいやいや、これはこれでまずいって‼」

 縄手に抱きしめられたまま、顔を真っ赤にしたままになっていた久米の姿を思い出し、思いもよらない展開に、木之本は焦りを感じ始めていた。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 心が宙に浮いたままの状態で、自宅に戻った久米は少し落ち着いたのか、急に腹が減り始めた。母親の久米香織【くめ かおり】(47)が晩御飯の支度をしているキッチンのドアを開け

「ただいま。」

「おかえり。」

 普段と変わらない挨拶をかわし、バックパックからランチボックスを取り出した。学校にいる間、頭が混乱し過ぎて、訳の分からない状態であったため、昼食を半分も食べられなかった。

 残りを食べようとテーブルに着き、カバーを外した。香織はそんな香月の様子を見て、IHのスイッチを切り、冷えた麦茶を差し出しながら、向かい合うようにテーブルに着いた。





 午前中に学校から連絡が入り、香月がいじめにあっている可能性があることを告げられていた。現在、学校全体で問題解決に尽力を尽くしているとのこと。いじめの原因となっていると思われる、仲の良い教員との噂話など包み隠さずに報告してくれる学校の方針に半分は安心しながら、不安は消えずにいた。



 何をどう切り出してよいのかわからずに無言の時間が過ぎるのは気まずいと感じた香織は、目の前にある半分残していた弁当について話を振った。

「あら、珍しいわね。お弁当食べきれなかったなんて。バタバタしてて食べる時間無かったの?」

 弁当の残りを一気にかき込んでいる、香月の姿をぎこちない笑顔で見た。

 

「・・・・・まあいろいろあって。」

 口いっぱいに詰め込み、頬がパンパンに膨らんでいたため、飲み込めずに、顔をしかめながら麦茶で流し込んだ。



「もうすぐ期末テストでしょ?勉強がんばってね。」

 ランチボックスの最後に取っておいた、大好物のエビフライを一口で頬張りながら、

「うん。たぶん大丈夫。」

 尻尾を噛み切った。まだ満たされない香月は、冷蔵庫を開けて魚肉ソーセージの束を取り出した。

「木之本さんと一緒に勉強してるの?マクドで見かけたって高田さんが言ってたし。」

「高田さんって誰?」

「マクドでパートしてる人。」

「わからん…」



 香織は何げない会話をしながら、いじめの原因の一つではないかと、報告を受けていた同性愛についてはやはり聞き出せずにいた。



 ソーセージの包みを向き、それを咥える香月の姿に咳払いを一つし

「そう言えば、もう希望受験校のアンケート、提出したの?オープンキャンパスもあるじゃなかったっけ?」

 テーブルの上で手を組んだ。

「うんー。もうちょい期限あるし、どうしょっかな…」

 香月は二本目のソーセージをほおばりながら、椅子の背もたれにもたれかかった。

「野球の夏大会もすぐだし、ちょっとのんきにできないんじゃないの?」

「たしかに…」

 会話の流れから、香月の様子が普段と変わらないと安心した香織は席を立ち、IHのスイッチを入れた。



「縄手先生に相談しようかな?」



 ポロっとつぶやいた香月の言葉に、香織はドキッと動揺し



「あなたまで、やめて‼」



 思わず大声になり、ハッと香月に背を向けるようにIHに向き直った。



「…そりゃ…知ってるか・・・・・でも、俺は…」

 香月は小さくつぶやき口をつぐんだ。







 今、口にできる言葉がお互いに選べないまま、二人の間を沈黙が包み込む。

「勉強してくる。」

 おもむろに立ち上がり、香月は香織の背に、なんとか言葉をひねり出した。

「うん。頑張って!」

 話しかけてくれたことに、少し安心した香織は笑顔で振り返った。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 ソファーに深く沈むように腰を下ろしながら、タブレットで世界情勢リポートを読む斎部に

「今日は俺、大活躍だったんだぜ!」

 縄手が声をかける

「よく頑張ったね!」

 内容を聞く前に適当に褒める斎部。

「いじめの芽を撲滅してやったんだよ。」

 食後のテーブルの上を片付けながら、久米のことを熱く語り始める。



「いじめている奴がいるかもしれない集団の中で、俺はこいつの味方だって、ぎゅーって抱きしめてやったんだ。文句ある奴は俺が相手してやるって。」

 シンクに運んだ皿を洗いながら

「そしたら、あいつ、それまで思いつめた表情でがちがちだったのに、一瞬でリラックスできたんだぜ。俺ってセラピストの才能あるかも!」

 自信満々の笑顔で、縄手は斎部を見た。





 タブレットから目を離した斎部は、サイドテーブルのワイングラスを手に取り、一口飲んだ。

「それはマズいんじゃないの?」

「何が?」

「あなたのことが好きかもしれない生徒を守るためとは言え、それは近づき過ぎだ。」

 ワイングラスのふちを指で拭い、サイドテーブルに戻す。

「そうかな?」

 食器を洗い終えた縄手は、ボトルを手に取り、斎部に「入れるよ」と差し出した。ワイングラスを手に取る斎部。

「それ、彼の心に確信を持たせてしまったんじゃないか?」

 ワインを注ぐ縄手

「まあ、そうだとしたら、俺が全部受け止めてやるよ。ハハハ」

「受け止めてどーすんだよ。」



 笑ってごまかす縄手を愛おしく思う斎部は「お前のそうゆうとこ可愛い」と一口ワインを飲み、グラスを置き「おいで」と両手を広げた。

 縄手はボトルを置き、斎部の膝にまたがる様に向かい合いキスをした。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 机に向かいいつになく真剣に教科書と参考書を広げながら、過去問にペンを走らせる久米の脳裏に、朝の下駄箱での出来事がフラッシュバックする。力強く抱きしめられた暖かさ、触れ合い感じた胸板や腕の質感、頬と頬の距離と首筋にかかる息、伝わる縄手の物理的な厚みと心情的な思い。

 少しずつ息が荒くなる久米はスマホを開き、股間に手を伸ばした。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 重なり合う体と体が、ソファーの上にうごめく。間接照明に浮かび上がる斎部のシルエット。縄手にまたがり揺れ動く影は、遠くのビル群をバックに踊る様に絡み合う。斎部の胸にうずめる縄手の頭を、貪るように腕をまわし抱きしめる。縄手の腰の動きが激しくなる度、大きく揺れる。お互いにキスをせがみ合い、獣のような声が漏れる。



 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 スマホ画面の縄手のスパッツ姿を見つめながら、ほてった顔が、右手が激しく上下する度に揺れる。目を閉じ顎を上げ、声が漏れる久米。時折、手のひらに唾を吐き出し、ペニスを握る。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





 縄手の顔を両手で包み込み何度も何度もキスをしながら、斎部は縄手の上で絶頂の声を吐き出しながら腰を激しく上下する。縄手の腰の動きが強く激しくリズムを刻み、イカロスのように天高く上り詰める。突然現れた成層圏で、果てしないその先を見つめながら一気に力が抜けた二つの影は、ゆっくりと重なりおちていった。





 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「先生!先生!先生!」

 スマホ画面を自分のペニスに押し付け、激しく手を動かす。寄生獣に体を乗っ取られたかのように、止められなくなった唾で濡れた右手は、快楽と愛と独占をごちゃまぜにしながら懺悔を歌い開放へと導く。



「いく!いく!いく!あああああああああーーーーーーー」



 これでもかと体を大きく波打たせながら、スマホにかかる自分の多量の精液を見つめ、久米は全身の力を思いっきり抜き、

 

 目を閉じて、



 そして、

 

 泣いた。



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