博士は魔法使い

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第一部 祈りなき業

十一話

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 小休憩を終えた三人は、目的地へとたどり着いた。
 森奥の小さな広場。
 苔むした地面にミレーヌが膝をつき、白い指先をそっと地へ当てる。
 魔力を流し込むと、土の奥に隠されていた紋様が淡い光を帯びて浮かび上がった。
 絡み合う線は円を形作り、魔法陣が現れる。

「博士、私の手を握ってください」
「い、いいんですか」
「はい。触れておかないと、術の対象外となってしまいます」

 差し出された手は雪のように白く、細い指が揺れていた。マイはためらいながらも、その手に自分の手を重ねる。ユウもミレーヌの左肩に手を添えた。
 準備が整うと、ミレーヌは再び魔力を注ぎ込む。魔法陣が唸るように輝きを増し、回転を始めた。
 光の輪が立ち上がり、三人の身体を包み込んでいく。

「では、参ります」

 声を合図に、眩い光が一気に広がった。
 瞬く間に、三人の姿は掻き消える。地面に刻まれた魔法陣もまた痕跡を残さず消滅した。

 ◇

 光が収まると、そこは山の麓だった。
 背後に切り立つ峰が影のようにそびえ、前方には街道が西へと伸びている。
 空はすでに朱から群青へと変わりつつあり、山の稜線に沈みかけた陽が最後の光を放っていた。
 ひんやりとした風が頬を撫で、遠くからは夜鳥の声がかすかに響いてくる。

「ご気分はいかがですか」

 マイは握っている彼女の手を軽く握り返した。

「お茶の効果もあって問題ありません!」

 ミレーヌの表情が和らぐ。彼女は西の空を指差した。

「ここから一つ町を越えれば、セントラルに到着します。今日はその町で宿を探しましょう」

 山の斜面を下る道はすでに薄闇に沈みかけていた。
 街道沿いの木々は黒い影となり、風に揺れる枝葉がかさりと音を立てる。
 足元を照らすのは、消え残った夕焼けの赤と、徐々に輝きを増す星明かり。
 三人は足並みをそろえ、暮れゆく道を急ぐ。
 山道を抜けてしばらく歩くと、暗がりの向こうに灯りが見え、次第に町が見えてきた。
 門をくぐると、夜の賑わいは活気に満ちている。
 通りの両脇には酒場や居酒屋が並び、軒先の提灯が赤や橙に揺れていた。
 焼いた肉や揚げ物の匂いが風に乗り、杯を掲げる声や笑い声が途切れなく響く。労働を終えた男たちが豪快に笑えば、女たちも肩を寄せ合い、軽やかに盃を交わしていた。

「労働後の一杯は格別ですよねー」
「はい。さすがに賑わっていますね」

 マイは周囲を見渡した。
 ミレーヌも視線を巡らせる。
 ユウは人波の中を歩きながら、思案するように口を開いた。

「宿なら、この通りを少し奥へ進んだところにあったはずです。以前、立ち寄った記憶がありますので、探してみましょう」
「ええ。お願いします」

 三人は宿屋へ向けて歩き出す。
 すると、通りの脇から、酔いの回った若い娘たちの笑い声が近づいてきた。
 手に盃を持ったままの娘が、ユウを見つけて目を丸くする。

「ちょっと、見て! あの人、かっこいい!」
「ほんとだ。素敵!」
「ねえ、ちょっとお話ししません?」

 娘たちは左右からユウに寄ってくる。
 提灯の明かりに照らされた彼女たちの頬は赤く染まり、陽気な酒の勢いも手伝って声はやけに大きい。酔いの回った娘たちが、笑いながらユウの前に立ちふさがった。

「お兄さん一杯どう?」
「旅の人 ?」

 袖を引かれても、ユウの表情は変わらない。
 提灯の灯りに照らされた横顔は冷ややかで、静かな声音が落ちた。

「……他を当たってくれ」

 突き放すような言葉に、娘たちは一瞬ぽかんとし、かえって面白がったように顔を寄せ合った。

「せめて一杯だけでも! ほら、ほら!」

 杯が勢いよく目の前に突き出された。
 ユウが返答に迷うよりも早く、マイが横から手を伸ばして杯を受け取った。
 驚いた娘たちの視線の中、迷いもなく口をつけ、一息で飲み干す。喉を鳴らす音がはっきりと響き、杯の底が空を向いた。

「ぷはっ……おいしい!」

 屈託のない笑顔に、娘たちからどっと笑いが起こった。

「やるじゃない!」
「いい飲みっぷり!」

 マイは杯を丁寧に返すと、すぐ傍らのユウとミレーヌの手を取って、二人を引いて通りを抜ける。

「なんだ、女連れかー」
「残念~!」

 後ろからはまだ陽気な笑い声が響いていたが、三人の足取りは軽やかにその場を後にした。
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