魔王ちゃんと勇者くん

あーる

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魔王ちゃんと勇者くん

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 薄暗い廊下に足音が響き渡る。

 不気味なまでに人の気配がない廊下を駆けているのは、齢16の少年だった。

 背中に携えた背丈に似合わぬ大きさの剣が青白く輝いている。

 それに対して体を覆っているものは鎧でもなく、魔術的な強化も施されていない、そこらの少年が着ているような一般的な洋服にすぎない。

 剣がなければ街中を駆け回っている少年と大差ないものの、背中に背負った剣がその異様さを際立たせている。

 長い廊下を渡った先に、ようやく終着点が見えてくる。

 少年の数倍の大きさの扉が設置されており、開くのも閉じるのも一苦労であろうと想像できる。

 その扉を少年は


「おらぁっ!」


 ジャンプで蹴破る。

 バキッと扉から鈍い音がなるが、少年が気に留める様子はない。

 ようやく足を止めた少年が目を向けた先には、一人の少女が不釣り合いなまでに大きな玉座に腰をかけていた。


「よく来たな、勇者よ」


 出迎えの言葉とは裏腹に、その言の葉には強い魔力が乗っている。

 並の戦士では、その言葉を耳にするだけでその身の震えが止まらなくなってもおかしくない。

 しかし、少年はその魔力の波動を受けつつもその覇気を崩すことはない。


「ふっ、単身で乗り込んでくるとは、勇敢だな」
「……」


 背中の剣を抜き、剣先を少女に向け構える。その構えに一切の隙は無い。

 少女はニヤリと笑い、立ち上がる。

 その一挙手一投足に魔力の波動が乗り、黒色のマントをばさりと羽ばたく。

 二人の殺気にも似た視線が絡み合い、空気がゆらめく。


「さあ、来い勇し……」
「ライトニングブレードッ!!」
「ぎゃぁあああっ!!」


 早撃ちにも似た稲光の斬撃が少女に襲いかかる。

 意表を突かれた少女はなす術もなく、吹き飛ばされる。

 辺りに轟音と砂埃が舞い上がり、少しして静寂に包まれる。


「……」


 先程まで少女がいた玉座の周りを睨みつけ、油断なく様子を伺う。

 先程の少女が只者でないのは事実だが、それはこの少年も同じ。

 無造作に放たれたように見えた先の斬撃も、並の猛者では避けるどころか反応することさえ敵わない。

 それは少女に放てば生きては帰れないのは火を見るよりも明らか。


「い……痛っ~~~~ッッ!! 何をする!!」


 にも関わらず、少女は大した怪我さえ負わずに、「痛い」の一言で済ませる。


「何をする、じゃねぇよ! 今月何度目だと思ってる!?」
「えぇっと……」
「十度目だ! 二日に一回のペースだぞ!」
「それは、その……」


 先程まで無言を貫いていた少年に詰め寄られ、少女は萎縮する。


「週三ペースで魔王に宣戦布告されてる人類の気持ちも考えてくれよ」
「う……」
「国王様ストレスで最近胃に穴空いたらしいぞ」
「それ本当か?」
「本気と書いてマジだ」
「そろそろ慣れてくれると思ってたのだが……」
「魔王に宣戦布告されるのに慣れてる人類嫌だろ」
「それはそうだが……。毎回毎回ここまで来る俺の気持ちも考えてくれよ」
「暇なのじゃ」
「お前この間魔王に就任したばっかだろ、よく分からないけど、書類とか色々あるんじゃないのか?」
「あんなもん、とうに終わったのじゃ」
「やることはちゃんとやってるのな……」


 中途半端に職務は全うしているらしく、思わず頭を抱える。


「はぁ、はいこれ、お土産」
「これはこれはどうも……」


 道中で買ってきたケーキを少女に渡す。走りながらやってきたというのに、形が崩れていないあたり、少年の体の動かし方の巧さが分かる。


「机出すのじゃ」
「おーう」


 奥から宙に浮かんだ丸机がふわふわとやってくる。

 魔法によって運ばれた机は二人の間に着地し、その上にケーキを箱ごと置く。


「ショートケーキとチョコケーキだけど良かった?」
「相変わらず好みが子供じゃな」
「嫌なら食わなくて良いぞー」
「じょ、冗談じゃ……」
「じゃあどっちが良い?」
「ショートケーキ!」
「あいよ」


 机と同じ要領で持ってきたクッションに座り、ケーキを取り分ける。
 
 少年はショートケーキを少女に、そして残ったチョコケーキを自分に取り分ける。


「しかもこれ、今大人気のア・ラ・モードのケーキじゃないか!?」
「あー、なんか結構混んでたなそいえば」
「嘘、知らんのか!?」
「知らん」
「次行く時はモンブランを買ってくるのじゃ! あそこはモンブランが一番人気なのじゃ!」
「それが人にものを頼む態度か? ん?」
「お忙しい中大変恐縮ですが、もしお時間頂けるのでしたら是非ともモンブランを購入していただけると嬉しいのじゃ」
「ふむ、くるしゅうない」


 そんな冗談を交えつつ、二人でケーキを頬張る。

 口いっぱいに広がる甘味。

 これが職人の手によって作られたことは、あまりスイーツを口にしない少年でも理解できた。


「うむ、美味じゃな」
「確かに美味しいな。人気店ってのも頷けるわ」
「しかし、高かったんじゃないのか?」
「これでも勇者ですから」
「なるほど、酒池肉林ということじゃな」
「合ってるけど間違ってる」


 これは、少年勇者と魔王少女の日常の一部を切り抜いた物語である。
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