えみりちゃんのいぬ

ぬえもと

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そのなな

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「……やっぱり、まだ臭う」

 顔を上げた男が、咲里の耳元で不機嫌な囁きを零す。
 そんなことを言われても、咲里にはさっぱり分からない。
 咲里を抱きしめたまま、まともにシャワーに打たれている男の服は、すっかり水を含んでべたべたになっていた。
 不意に、男が咲里から腕を離す。ちらりと背後を盗み見れば、男はシャンプー片手にシャツの袖をまくり上げていた。まさか、本気でこのまま咲里を洗うつもりなのか。

(無理、絶対無理、無理、死んじゃう)

 あんなことがあった直後なのに、裸まで見られて、その上好き勝手に触られるだなんて、羞恥心で死んでしまいそうだ。
 咲里は腕で胸を必死に覆い隠し、震えを誤魔化すようにして、咄嗟にその場にしゃがみ込んだ。男に背を向けたまま、きつく目を閉じる。

「あ、あの……!」

「咲里」

 まるでこちらが悪いとでも言いたげに、男は静かに咲里を諌めた。

「座ってくれないと、やり辛い」

 いたって平然と言ってのける男に、卒倒しそうになる。
 じっと咲里を射抜く黒い目には、相変わらず妙な威圧感があり、出て行ってくれと言って素直に応じてくれるとは到底思えなかった。
 咲里と眠ることを未だ完全に諦めてくれたわけではないように、仮に一旦は退いてくれたとしても、おそらく抜本的な解決にはならないだろう。
 
(……髪だけ。髪だけ)

 髪くらいなら、後ろからで済むし、それほど見られなくて済むのではないだろうかと、混乱を極めた頭は訳の分からない発想を始める。
 安寧な生活のために、ほんの少し我慢すればいい。

(この人を意識してるのは私だけ、この人にとって私はなんてこともない、ただの小娘。ただ匂いが気になるだけ。私が気になるわけじゃない)

 思い上がるなと、咲里は無理やり自分を納得させると、渋々バスチェアに腰を下ろす。
 咲里の予想通り、男は淡々と少女の髪を洗い始めた。
 噂に聞く美容院ってこんな感じなのかなと、想定外に落ち着きをもたらす男の手腕に、咲里は胸元を押さえたまま静かに息を吐き出していく。薬局でまとめ買いしている安売りのシャンプーが、今ばかりは高級品のように思えた。
 恥ずかしいのは恥ずかしいが、先ほどの車内での行為を思い返せば、これくらいは耐えられないこともないなと、存外咲里は平然としていた。この数時間で随分図太くなったものだと、己の想定外の順応力の高さに溜息を吐く。

(犬にでも、なった気分)

 そういえば、くろのこともこうして洗ってやったっけなと、丁寧に頭皮を弄ってくる男の指先に、愛犬の姿が脳裏を過る。
 くろは風呂が嫌いだったが、咲里が一緒に湯船に浸かってやれば喜んで入ってくれたっけと、昔の思い出に少しだけ気分が穏やかになった気がした。
 シャンプーを洗い流し、男は丁寧に咲里の髪にリンスをつけていく。
 絡まった長い髪を解きほぐす男の指先は、変わらず残酷なまでに優しい。
 こうされていると、余計に分からなくなる。
 この男にとって、咲里は何なのかが。
 咲里を売り飛ばし、バラすつもりもなく、かといって性欲のはけ口にするというわけでもない。
 こうして甲斐甲斐しく世話を焼き、潤沢に金を渡し、他の人間の匂いがつくのは嫌だと言い、手を握り、咲里と同じものが食べたいと口にし、隙あらば抱き寄せ一緒に眠りたがる。
 それは、つまり、やっぱり咲里のことを――?

(ありえない。……そんなこと)

 全部勘違いだと、咲里は浮かび上がってきた可能性を全否定するかのようにきつく目を閉じた。こんなに綺麗な人が、咲里なんぞに好意を抱くはずがない。
 だって、咲里は誰かに無償の愛を与えてもらったことなんてない。咲里を受け入れ愛してくれたのは、あの片耳の黒い犬だけだった。
 あんたには不釣り合いだという上野の台詞が、深々と咲里の心へと突き刺さる。
 そんなこと、言われるまでもなく知っている。
 でも、これはなんなんだ。どうして咲里に優しくする。
 そんなことをして、この男に何の得がある。
 この男が家にやってきてから、咲里は同じことを何度も何度も考えている。
 考えたところで、答えは出ない。悩めば悩むほど、回答が遠ざかっていくような気がした。
 シャンプーと同じように、男は慎重にリンスを洗い流していく。排水溝に水が吸い込まれていくのを呆然と見守る視界の端で、男がスポンジを手にするのが見て取れた。 

「あ、あの、体は、自分で――」

「嫌だ」

 明確な、拒絶だった。
 これまで黙って咲里に従っていた男が初めて見せる明確な反抗に、咲里はたまらず気を取られてしまう。その一瞬の隙をつき、男は有無を言わさず咲里の体を洗い始めた。

「っ……!!」

 背中に柔らかく触れるスポンジの感触に、咲里はぞわりと鳥肌が立つのを実感する。
 髪はまだ耐えられた。
 でも、これは、あまりにも。
 きつく胸の前で両腕を握りしめながら、咲里は必死に前かがみになり、口の端を噛み締める。
 背に触れる男の手の感触が、妙に生々しかった。
 水の底でもないのに、窒息してしまいそうになる。どうして、なんで、こんなことになってしまったのだろう。ぐるぐると、視界がひどく揺れていた。息が上がる。胸が締め付けられる。耳まで赤く染まり、体は酷く火照っていた。
 泡が背を覆い尽くし、石鹸でぬるついた男の手は愛撫するかのようにやせ細ったボロボロの肌を撫でる。

「咲里」

 自身の服に泡が付着するのを気にもとめず、男は背後から、抱きしめるようにして咲里の体を包み込む。
 耳元で囁かれた溶けそうなほどに甘やかな自身の名に、咲里はたまらず震え上がった。
 耳を食みながら肩をなぞる男の腕に、もはやスポンジは握られてはいない。
 
「……前、洗いたい」

「……っ、じ、自分で、やる……から」

「……嫌だ」

 振り払おうともがく咲里の腕の隙をつき、男の腕が咲里のささやかなふくらみに触れる。手についた泡を塗りこむようにして、咲里の平坦な胸に触れては、時折誘うようにして、わざとらしく先端を刺激する。
 羞恥心に目を閉ざせば、余計まざまざと男に触れられる感触を実感する羽目になり、咲里は逃れようと咄嗟に身をよじった。だが、そう簡単に逃がしてくれるほど、背後の男は甘くない。咲里の体を片腕でしっかりと抱きとめ、男は決して咲里を逃さなかった。
 
「咲里」

「っ……ぅ、ぁ」
 
「……あんたの、匂いがする」

 すんすんと咲里の耳の裏で鼻を鳴らす男の息は、次第に明確な興奮に苛まれていく。
 言葉通り、咲里の匂いに酔い惑わされるようにして、男の手は明確に情欲を帯びた動きに変化していった。両方の乳房をすくい上げるようにして揉みしだきながら、男は咲里の耳に舌を差し込む。

「ひっ……!?」

 咄嗟に浮かび上がった腰を、男の腕が抑え込んだ。
 抜き差しされるたびに、じゅぶじゅぶという淫猥な水音が咲里の頭を犯していく。
 
「咲里。……俺の、ご主人」

 脇の下を丁寧に擦り、左右の腕に潤沢に泡を塗りたくり終えると、男の腕は咲里の腹部へと向かって伸びていく。その奥にあるものを求めるようにして、ゆっくりと男の手のひらが咲里の腹を撫であげた。次第に位置を下げていく男の腕に、咲里は咄嗟に目を見開く。

「そ、そこは、自分で……っ!!」

 抗議の声が、途中で声なき悲鳴へと変わる。
 喉元をのけぞらせ、咲里はただもたらされる羞恥に打ち震えていた。
 男の手のひらが、咲里の秘められた場所をゆっくりと撫であげていく。
 これまで以上に優しく、緩やかに。反対の腕で胸を揉み、咲里の耳を犯し続けたまま、男は少女の秘所を手のひら全体で擦りあげていった。

「ひっ……、やだ、……っ、はず、か……っ! ……んっ」

「咲里。……えみ、り、ぁ、咲里、えみり、……えみ、り」

 はぁはぁと、耳元で名を呼ぶ男の息が荒げられていく。
 男の手が蕾を擦れるたび、ぬるりとした何かが奥底から漏れ出していった。じんじんと、全身が酷く疼く。次第にぬちゃぬちゃという粘着質な音を立て始めるそこに、咲里は男の胸に背を預け、ただもたらされる異次元の快楽に打ち震えることしか出来ない。

「やら……っ、ひ、うっ、こわ……っ、んぁっ、ひっ!? うぁっ、あっ、あぁっ!?」

 こんなの、知らない。知りたくなかった。抗議の声を上げようにも、最早喋り方を忘れてしまったかのように、間抜けな声が溢れ出るだけ。
 咲里の声に焚き付けられたかのように、秘所をまさぐる男の動きが早まっていく。強すぎる刺激に、咲里は腰を大きく震わせた。瞬間、どろりと奥処から大量の蜜がこぼれ出す。男の腕が退けられるとともに、それは体を伝い落ちていった。つぅと伝う得体の知れぬ液体の感触すら、今の咲里には刺激が強すぎる代物だった。

「……な、に……っ、ぁ、こ、……れ」

 男に体を預け、胸で息をしながら、咲里は焦点の合わない瞳で呆然と呟きだけを漏らす。背後から咲里を抱く男の腕が、一際強まったような気がした。咲里に口付けを落としながら、男は心底嬉しそうに笑う。作り物のような顔に浮かぶ明確な情欲に、咲里は無意識のうちに魅入られていた。
 
「心配ない。……気持ちいい、か?」

「わか……な……、っ」

「……濡れてる」

 咲里の言葉を遮るようにして、男の指が再び咲里の秘所に触れる。
 とろとろと蜜をこぼすそこは、いとも簡単に男の指を飲み込んでいった。
 男の指がずぷりと一本埋め込まれると同時に、咲里は訳が分からず泣き出してしまう。

「ごめ、なさ……っ、ひぅっ! ……っ、ぁっ」

「謝るようなことじゃない。気持ちよければ濡れる。それだけのことだ」

 溢れた涙を嬉しそうに舌で拭いながら、男は咲里の秘所に差し込んだ指をいたずらに曲げては、溢れ出す蜜を掻き出そうと弄ってくる。抜いてはまた差し込み、何度もそれを繰り返されるうちに、秘所はますますぬめりを強めていった。しとどに蜜を滴らせるそこに、背後で咲里を抱く男の喉が上機嫌に低い笑いをこぼす。
 男が言う通り、濡れているということは気持ちいいのだろうかと、ほわほわする頭で咲里は妙なことを考え出す。

「出しても出しても、溢れてくる」

「は、ぁ……っ、うっ、ぁ……っ」

「気持ちいい?」

 同じことを尋ねながら、男は咲里の中に差し込む指をもう一本増やした。
 体は熱を帯び、咲里から正常な思考を奪い去っていく。
 何が何だか、分からなくなっていた。意識はふわふわと宙を舞い、ただ抜き差しされるたびに響く淫靡な水音だけが、咲里を現実へと繋ぎとめている。
 
「うん……ぁっ、うん……っ、ひっ、ぁっ、あっ!」

「……そうか」

 頷いた咲里にうっとりと口角を吊り上げ、男は更にもう一本中に埋め込む指を増やした。
 蜜路を広げるようにしてわざとらしくゆっくりと膣壁をなぞり、好き勝手に弄んでいく。愛欲にまみれた顔をして、男は間違いなく咲里に対し溺れていた。

「咲里、嬉しい。俺で、気持ちよくなってくれて」

「ぁっ、……っ、うぁ……っ、ひ、……や、ぁ、……っ」

 訳が分からずされるがままになっている咲里の唇を奪い、舌を吸い扱く。
 深く差し込み、何度も絡め、咲里の全てを飲み込もうとする激しい求愛に、咲里はただ翻弄されていた。どうして、こんなことになっているのだろう。この男にとって、自分は何なのだろう。朦朧とする頭の中で、ぐるぐると答えのない問いが回り始める。
 上からも下からも犯され、背後からすがるように強く腰を抱かれてしまえば、もうどこにも逃げ道はなかった。

「かわいい。……あぁ、咲里。……俺の、ご主人。……咲里、好きだ。あんた、だけなんだ」

「っ……! ぁ……っ!!」

 ぎうと、男の指を咥えこんでいた膣が締め付けを強めた。腹の裏を掻くようにして貫いてくる異物の感触をまざまざと実感して、咲里はたまらず震え上がる。

「好きだよ、あんたが」

 ぐりんと一際強く膣壁をまさぐってきた男の指先に、瞬間咲里の頭の中は真っ白になった。背をのけぞらせ、未知の刺激に激しく何度も痙攣を繰り返す咲里を、男は不気味に瞳を輝かせ、心底愛おしげに見つめている。
 ぐったりと完全に男に体を預けている咲里の体の中から指を抜き取り、男は躊躇いなくそれを舐め上げた。濃厚な雌の香りは、ますます男をたぎらせていく。浴室中に、むせ返るほどの淫靡な香りが満ちていた。栓を失えば、無防備に晒された花園からはとめどなく愛液が流れ落ちていく。
 おもむろに、男の腕がシャワーノズルをひねった。
 思い出したかのように咲里の体についた泡を何食わぬ顔で洗い流していきながら、男は上機嫌に咲里の体に触れていく。ただ体を清めていくだけのそれに、ますます頭は混乱を極めていく。わけが、わからなかった。
 今、この男は何と言った。好きだと、明確にそう言ったのか。

「……そ、な、わけ……っ、な、い」

「どうして」

 力なく絶頂の余韻に震える咲里を宥めるようにして、腰を抱く男の腕が強まった。
 問いかける男の声は、酷く優しく、それでいて色気に満ちている。今まで幾度となく聞いてきた疑問符が、今だけは心底恨めしいと思えた。
 降り注ぐ飛沫の感覚が、ただひたすらにもどかしい。すんすんと満足そうに鼻を鳴らし、男はただ艶やかに笑んでいた。

「俺は、あんたが好きだよ」

「……う、そ」

「嘘じゃない」

 普段の無表情が嘘のように、にこにこと微笑みながら、男は戯れに咲里に触れるだけの口付けを落とす。完全に泡が流れ切ったのを確認してから、男はシャワーの水を止めた。
 咲里の腰を浮かせ無理やり椅子を引き抜き、その場に咲里を押し倒す。風呂場のタイルの冷たい感触が、咲里の火照った背を襲った。そんな些細なことにすら、体は敏感に反応する。小さく震え上がった咲里に、頭上の男はただ柔らかく微笑むだけだ。

「あんたは?」

 言いながらシャツを脱ぎ捨てる男を呆然と見上げながら、咲里はぱくぱくと口を動かすだけで、何も話すことが出来なかった。
 信じられなかった。恥ずかしさよりも、嬉しさよりも、猜疑心が咲里の心を蝕んでいく。けれど頭上で艶やかに微笑む男は、女に困っているようには到底思えなかった。
 わざわざ睦言を吐かなくとも、女のほうから寄ってくる。先ほどの、上野のように。
 どうして、なんで、頭の中は同じ言葉を繰り返す。だって、愛される理由がない。そんな資格、ない。勘違いだと思わせて欲しい。だって、どうすればいいのか分からない。今すぐに、無様に泣いて、叫び出してしまいたかった。
 
「な……んで」

 恐ろしかった。そんな風に、誰かに求められたことなんてない。
 好きだなんて、誰も咲里にそんなこと言ってくれなかった。

「なんで、私、……なん、ですか」

 質問に答えることもできず、歯を食いしばり、咲里はただ漠然と心に浮かんだ疑問を吐き出していた。
 男は特に気にしたそぶりも見せず、震える咲里の体を強く抱きしめる。
 直接伝わる自分ではない肌の温かさに、咲里は怯える事しかできない。 

「あんただから」

 耳元で囁かれた言葉に、絶句する。
 なんだ、それは。全く答えになっていない。
 動揺する咲里を尻目に、男はちうと咲里の耳を食む。

「……あんたが、篠塚咲里だから」

 うっとりと恍惚に吐き出される想いが、咲里をますますおかしくさせる。
 幸せになることを、心の底から肯定するように。
 無償でもたらされる愛に、湧き上がってくる未知の感情に、咲里はただ震えていた。
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