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「ちょっとがめついぜ」

「ガイは黙ってな」

「仕方ないな。じゃあダチョウは教会で預かるしかないか」

 ガイはダチョウの首を撫でた。サラと視線があうと、ガイは肩をすくめた。それも一案かもしれないとサラはしばし考えた。

(ピーちゃんはガイを気に入っているみたいだから、それでもいいのだけど……)

 もう一度、ガイを見る。サラの視線が鋭かったのか、ガイははっと息を飲み、

「売らないよ、サラ。約束する」

 と断言した。ふっと体が軽くなった。炊き出しのボランティアをして、神のみもとで眠る人間は信用していいだろう。だがこの判断も、警戒心がなさすぎるだろうか。そもそも判断をするには経験則が足りなすぎる。公爵夫人歴の35年間は無為だと思い知らされたばかりなのだ。
 それに今日一日、自分は他人に頼りすぎていた。
 サラは自分でできるだけのことはしてみたいと思い始めていた。最初の一歩だ。

「ペットがいると二倍……というのは、ガイが言うように、少しお高い気がしますわ」

「部屋を汚されちまうだろ」

 これ以上ないほどすでに汚れているのだが。

「三階に住んでらっしゃるという、先ほどの男性も、二倍の料金を支払っていらっしゃるのかしら」

「あいつは違うよ。ペットは飼ってない」

「あら、おかしいですわね。そうは見えませんでした。生きた魚を持ち込んでましたわ」

「あれはペットじゃない」

「ならば私も違いますわ。ペットは飼っていません」

「じゃあ、そのデカい気持ち悪い鳥はなんだい」

 サラは一瞬だけ言葉を失った。胸中に湧きあがったのは憐憫に近い感情。ピーちゃんが『デカい気持ち悪い鳥』に見えるとしたら、大家さんは心を病んでいるのかもしれない。
 ガイが目配せしてきた。何を伝えたいのかはサラにはわかっていた。ここで『ピーちゃんは家族ですからペットではありません』と言っても通用しないと言いいたいのだろう。あるいは第三者を巻き込むな、という善意の忠告だろうか。

「このダチョウは──」

(ピーちゃん、ごめんなさいね)

「食材です!」

「「は?」」

 大家とガイがハモった。

「三階に住む男性が食材として生きた魚を持ち込んだように、私は食材として生きたダチョウを持ち込むだけですわ。非常食です。ちょっとイキがいいけど、今すぐ調理するつもりがないだけよ。まさか食べ物にまで課金なさいますの?」

(本当に本当に心からごめんなさいね、ピーちゃん!)

「あは」

 すぐに反応したのはガイのほうだった。

「一本取られたね。ここは16ジェニーの儲けで満足しておくべきだよ」
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