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レインの同情を引くためなのだろう。トールの入れ知恵かもしれない。
「申し訳ありませんね、サラ夫人」トールはサラの耳元で囁く。「優秀すぎる私のせいでご迷惑をおかけすることになってしまって。忠告しておきますが早めに降参したほうがいいですよ」
「慰謝料請求権を放棄しろとおっしゃるの」
「一身専属の財産権をもすべて放棄してください」
「……身一つでわたくしを放り出す気なの」
「抗わなければ公爵家のこれまでの損害については不問にします。最低限の年金を死ぬまで支払ってもいい、公爵は寛大にもそうおっしゃっておられる。いやなら一生借金を背負うことになりますよ。どちらが賢明でしょうね」
サラは目を閉じて、深呼吸をした。
自分の半分にも満たなそうな年若い弁護士は、自分よりはるかに老獪だった。そして残酷で傲慢で冷徹だ。サラが敵う相手ではない。
「では失礼。私は公爵邸に行かなくてはなりませんのでね。あなたがあると断言している帳簿を探さないといけませんから」
「ご勝手にどうぞ」
「たしか貴女の書き物机には鍵がかかった引出しがひとつありましたね。鍵はどこです」
「なくしました」
「では力づくで開けさせてもらいます。明日は帳簿を持参できそうですね。貴女が嘘を言っていなければ、ですが。ごきげんよう、サラ夫人」
トールの机の上に灰皿があった。中には灰燼が溜まっている。なにか書類を燃やしたのだろう。
(わたくしがサインした契約書かもしれない)
サラはダチョウに乗る元気もなく、徒歩で町の中を歩き回った。他の法律事務所を訪ねるためだ。だがどこもサラの弁護を引き受けてはくれなかった。
町一番の法律家、トールを相手にするのはお断りだというのだ。あえて負け戦をしたがる者はいない。法律家は戦歴を競うからだ。
(孤立無援ね……)
サラはベンチに腰掛けた。いつのまにか例の公園に来ていた。砂浴びをするダチョウを見て、サラはぼんやりと考えた。抗うか、屈するかを。
だがその前に復讐のひとつもしたいものだ。有り金をはたいて復讐の天使に依頼するのはどうかしら。
(誰に復讐すればいい。夫? アシュリー? トール?)
溜息をついて、かぶりを振る。彼らにとっては、サラをひねりつぶすのは赤子の手を捻るより容易だろう。復讐したところで、一時の慰めにしかならない。それに、復讐するなら自らの手でやりたい。正式に離婚が成立するまでは簡単に屈してなるものか。
「申し訳ありませんね、サラ夫人」トールはサラの耳元で囁く。「優秀すぎる私のせいでご迷惑をおかけすることになってしまって。忠告しておきますが早めに降参したほうがいいですよ」
「慰謝料請求権を放棄しろとおっしゃるの」
「一身専属の財産権をもすべて放棄してください」
「……身一つでわたくしを放り出す気なの」
「抗わなければ公爵家のこれまでの損害については不問にします。最低限の年金を死ぬまで支払ってもいい、公爵は寛大にもそうおっしゃっておられる。いやなら一生借金を背負うことになりますよ。どちらが賢明でしょうね」
サラは目を閉じて、深呼吸をした。
自分の半分にも満たなそうな年若い弁護士は、自分よりはるかに老獪だった。そして残酷で傲慢で冷徹だ。サラが敵う相手ではない。
「では失礼。私は公爵邸に行かなくてはなりませんのでね。あなたがあると断言している帳簿を探さないといけませんから」
「ご勝手にどうぞ」
「たしか貴女の書き物机には鍵がかかった引出しがひとつありましたね。鍵はどこです」
「なくしました」
「では力づくで開けさせてもらいます。明日は帳簿を持参できそうですね。貴女が嘘を言っていなければ、ですが。ごきげんよう、サラ夫人」
トールの机の上に灰皿があった。中には灰燼が溜まっている。なにか書類を燃やしたのだろう。
(わたくしがサインした契約書かもしれない)
サラはダチョウに乗る元気もなく、徒歩で町の中を歩き回った。他の法律事務所を訪ねるためだ。だがどこもサラの弁護を引き受けてはくれなかった。
町一番の法律家、トールを相手にするのはお断りだというのだ。あえて負け戦をしたがる者はいない。法律家は戦歴を競うからだ。
(孤立無援ね……)
サラはベンチに腰掛けた。いつのまにか例の公園に来ていた。砂浴びをするダチョウを見て、サラはぼんやりと考えた。抗うか、屈するかを。
だがその前に復讐のひとつもしたいものだ。有り金をはたいて復讐の天使に依頼するのはどうかしら。
(誰に復讐すればいい。夫? アシュリー? トール?)
溜息をついて、かぶりを振る。彼らにとっては、サラをひねりつぶすのは赤子の手を捻るより容易だろう。復讐したところで、一時の慰めにしかならない。それに、復讐するなら自らの手でやりたい。正式に離婚が成立するまでは簡単に屈してなるものか。
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