公爵夫人(55歳)はタダでは死なない

あかいかかぽ

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「答えていただきましょうか。そろそろ次の話し合いに進まないといけませんからね。35年間の結婚生活を値段に換算しないといけない。だが財産がなければどうにもならないんですよ。それに、俺もトールもタダ働きになってしまう。おっと、トール弁護士、気分でも悪いのかな。顔が青白いぞ」

「いや、まさか、そんな。廊下には絵画がありましたし、それらを売れば……」

 トールの提案にレインが反駁した。

「いやあ無理でしょう。公爵家のご先祖とおぼしき肖像画ばかりでした。有名画家の手によるものではなさそうでしたし、さすがにそれを売るのはきっと……世間体が……ねえ」

「ならば、荘園を売るのがよさそうですね。近隣の領主に声をかけてみては?」

 トールの提案を聞いて、公爵が首をふった。

「荘園を失ったら収入がまったくなくなってしまうではないか」

 トールは周囲を見回して深刻な面持ちで何か考えている。まさか公爵家がここまで貧乏だなんて思ってもみなかったのだろう。公爵自身が知らなかったのだから、トールが皮算用していたとしても仕方ないし、サラとしては敵ながら気の毒に思えてきた。

「ドレスや帽子とかはどうです。調度品やカーペット……そうだ、このタペストリーは由緒のあるものなのでは」

「あのねえ」アシュリーが溜息とともに口を開いた。「ドレスや帽子は、あるにはあるけど、どれも古いのよ。サラ夫人は、ここ数年は新調していないと思うわ。どのドレスもほつれや破れを上手く繕ってごまかしてあるの。刺繍で穴をふさいであるものもあったわ。その分、公爵の装いには手抜きをしていなかったみたいね。貴族の見栄っ張りに呆れるわよ」

 すっかり騙されたわ、とアシュリーが拗ねた口調でそっぽを向いた。
 アシュリーは意外と細かいところを観察しているようだ。サラは感心した。

「わたくしからも答えるわ。調度品にめぼしいものはもう残ってないと思うの。タペストリーも安物よ。壁を隠したかっただけだもの。あとあるとしたら……」

 サラはちらりと公爵を見た。

「なんじゃ、わしを見て」

「ああ」トールが手をポンと叩いた。「公爵家に代々伝わるお宝はどこにあるんですか。王家から賜った宝剣とか金杯とかないんですか。歴史的価値のある甲冑とか、東洋伝来の壺とか、宝石のついたベルトとか、数百年にわたる公爵家の歴史的至宝はどこですか。好事家なら高く買ってくれますよ」

「誰が売るものか。家宝を売るなど外聞にかかわる。売るなら屋敷ごと売ることになるだろう。そしたら、わしは丸裸だ」
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