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 サラを頼ってきた農奴たちには労いの言葉をかけて、今日のところは帰ってもらった。明言はできなかったが、給金を補償したいとサラは考えていた。

(貴族の見栄などというつまらない理由ではないわ。貴族だろうと平民であろうと、他人を粗末に扱うことなど許されてはいけないのよ。トールも公爵も、きっとガイもいい顔はしないでしょうけれど)
(でも自分には自由にできる金はほとんどない。あてにできるのは慰謝料くらい。ガイに頑張ってもらうしかないわ)
(自分の生活もままならないのに、他人の面倒をみようなんておこがましいってガイはきっと呆れるでしょうね)

 料理人のロンが全員分の用意ができたと知らせに来た。話し合いはディナーの席にもつれこんだ。

「アシュリー様の分はお部屋にお持ちしております」

 ロンは魚の香草焼きが一尾ずつ載った皿を各人にサーブした。とてもおいしそうだ。だが話題に上がるのは、相変わらずしょっぱいネタである。ガイが提案したのは、サラの年金は不要、代わりに慰謝料を増額してくれというものだった。トールが首を振る。

「山地の返還と麦の収穫の一割でいかがですか。これで精一杯だ」

「山地の返還は婚姻解消にともなう自動的なものだ。それに慰謝料の金額と収穫は無関係だ。借金してでもサラ夫人に支払ってほしい」

「きみは、なんて情のない男なんだ。公爵は身重のアシュリー嬢とともに生活をしていかねばならないんだぞ。ふう、仕方ない。では二割でどうだ、破格だぞ。ディナーの後にさっそく契約書を作ろう」

「なぜ急ぐんだ。先に具体的な金額を明示してほしい」

「いい加減にしろ、ふたりとも」たまりかねて公爵が口を出した。「せっかくの魚が、石ころを食べているみたいに味気ない」

「しかし公爵……」

 トールは公爵の耳元でなにか囁いていたが、サラには察しがついた。ガイに目配せをすると、彼も小さく頷く。トールは離婚問題を早急に片づけたい。そして、明日来る予定の男と荘園売買の交渉をしたいのだ。

 公爵が売買に乗り気なら、サラは口を出す権利はない。権限は公爵にある。それに、このままトールにまかせたほうが値段をおおいに引き上げてくれるだろう。

 ガイはおそらく、荘園の売却価格を見込んで慰謝料を請求するだろう。この二人は、タッグを組めば最強なのかもしれない。

(でも、農奴は立ち退きを要求されるのでは……?)

「あら」

 サラのナイフの先が硬いものに当たった。ちょうど魚の腹のあたりだ。

「なにかしら?」

 ナイフの先がきらりと光った。金の指輪だ。シンプルだが幅も厚みもある。

「指輪が出てきたわ。魚のお腹の中から」
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