公爵夫人(55歳)はタダでは死なない

あかいかかぽ

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「わざわざ写真を返しにきたの? 嬉しいけど、お礼は出せそうにないわ。許して下さる?」

「許すわ。ただし……」

 サラの皮肉はアシュリーには効果がなかった。

「教えてちょうだい。あの人は何者なの?!」

「あの人?」

 アシュリーの切迫した声音にサラは圧倒された。

「あの人って誰のこと?」

「子供の父親よ」

 アシュリーは手でお腹をおさえる仕草をした。

「何を言っているのかわからないわ。わたくしが知るはずないでしょう」

「貴女の弁護士でしょ」

「ガイ……? まさか」

「あの人は事実上の私の夫です。急にいなくなったと思ったら、弁護士として現れるなんて……しかも私を無視して。ううん、無視しただけじゃない。公爵邸で侮辱されたわ。金をやるから屋敷から出て行けって」

 あまりの衝撃でサラの頭の中は真っ白になった。

「嘘でしょう。信じられないわ」

「二股かけた私が悪いのはわかってるけど、でも、まるで私のことを知らない人間みたいに扱うなんて」

 ガイにたいしてアシュリーは憤慨している。
 サラは深呼吸をした。三回ほど。息を吸い込むのがつらいと感じるほど、胸が痛かった。
 だが腑に落ちない。ガイの言動を思い起こしてみたが、始めからノースを騙すために仕組んでいたとは考えにくい。

「……ここへ来たのは、ガイのことを知りたいから? 貴女のほうがよく知ってるんじゃないの?」

「彼は、私にはテオと名乗っていた。どちらが本名かわからないわ。仕事も知らなかった。でも、いつか一緒に暮らそうと約束してた。そのためにはお金がいると言ってたの。だから……公爵から手切れ金をふんだくれば、たくさん稼げばいいんだと思ったのよ」

「気がかわってノースと結婚するつもりだったんじゃないの?」

「だってテオがいなくなったんだもの。急に姿を消したのよ。公爵を頼るしかないでしょ。それなのに浮浪者の格好で現れて、邪魔をするなんて。きっと嫉妬ね」

 アシュリーの口調は相変わらず強気だった。

「貴女は、テオを愛しているのね。だから公爵邸からいなくなった。ノースと結婚するのが嫌になったのね」

「……公爵が貧乏だったからよ。同じ貧乏ならテオといるほうがいいもの」

「でもテオ……というかガイ……とよりを戻してはいないんでしょう」

「よりなんかすぐに戻してみせるわ。彼の住んでいる場所を教えて」

「はあ……」

(写真を返すのは口実だったのね。情熱がほとばしっているわ。まるでピーちゃんの砂浴びの砂を間近で浴びているみたい。若さってすごいのね)

「でもね、アシュリー。私が思うに多分、そのテオという男は……」

(ガイとは別人じゃないかしら)

 続く言葉を、サラは口には出来なかった。
 アシュリーの手の甲にきらりと光るものが落ちたからだ。なぜ涙を流したのか、彼女自身わからなかったのだろう。一瞬だけ瞠目し、すぐに拭い去ったのは、彼女の矜持ゆえか。サラは見なかったことにした。

「さっきから好き勝手なこと言いやがって。名誉棄損だぞ」

 ドアが勢いよく開いて、卵を抱えたガイとダチョウが部屋に入ってきた。
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