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 翌朝、ガイは来なかった。代わりに迎えの貸馬車がやってきた。
 公爵邸で最後の話し合いをするので来い、という公爵からの伝言を馭者が伝えた。
 サラがダチョウとモアを連れて訪れたときには、全員が居間に参集していた。
 深刻な顔の公爵、憮然としたガイ、真顔のトール、憔悴したポール、眠そうなレインの面々である。

「おはようございます。殿方の皆様、どうなさいましたの。まるで一睡もせずにカードゲームでもなさっていたようなお顔ですわね」

 重い空気を振り払おうと、全員の前でモアを紹介したが、ガイが微笑んだだけで、他は一顧だにしなかった。

「それどころではない」とサラの軽快な口調を公爵は断じた。

「おまえの意見をききたくて呼んだのだ。ピクニックにでも行くようなバスケットなど見たくない。イライラする」

 執事のカーンが持ってきた紅茶は真っ黒に見えるほど水色が濃い。ミルクを足しても苦みが舌を刺す。公爵によるいやがらせかと思ったが、全員が同じものを飲んでいた。
 これは嫌な予感がする。

「わたくしの意見など。これまでに尋ねられたことなどありましたかしら」

「レオノール氏から新たな申し出があったのだ」

「レオノール氏……荘園を買い上げて工場を建てたいとおっしゃっていた新大陸のお金持ちね。どういったお申し出なの」

 取引が不首尾に終わったのかしら。この場に居ないレオノールの人の好さそうな顔を思い出した。

「屋敷ごと買い取りたいという申し出だ」

「まあ」

「それだけじゃないんだ!」ポールが叫んだ。「新大陸にいる息子を呼び寄せるから、公爵の養子にしてくれと言ってきたんだ。乗っ取りだよ!」

「あらあら、まあまあ」

 サラは思わず紅茶を一気飲みした。苦さなど感じる余裕などなくなっていた。

(頭を覚醒させなくては……!)

「足もとを見てきたんだ。公爵が資金難なのを知ったからだろうね。まるで善人のように笑顔で言ったんだ。素晴らしい案だろうって。歴史ある公爵邸は綺麗に修繕されるし、借金はなくなるし、工場は軌道に乗るだろう。息子が公爵になってくれたら自分の夢がかなうって。ごめんよ、おじさん。あんな奴を紹介してしまって」

 ポールはいままで見たことがないほど萎れていた。

「あの方、最初から乗っ取りを計画していたのかしら。そうでないのならポールが落ち込むことはないのよ」

「きっと最初からだよ。僕と知り合ったときから計画していたんだ。僕は騙されたんだ」

 ポールは自身を責める口調をやめない。

「でも公爵は断るのでしょう?」

 サラの問いに公爵はもごもごと答えた。

「そうすると、すべてが白紙だそうだ。荘園を買い取って貰えない。そしたら今まで以上に借金を抱えて、屋敷がボロボロになっても見て見ぬふりをするしかない。衰弱して死ぬだけだ。若ければ……頑張る気も起きただろうが……わしはもう」

 公爵は上目遣いにサラを見上げてくる。サラは困惑した。
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