公爵夫人(55歳)はタダでは死なない

あかいかかぽ

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 ガイが用意した一枚の紙。
 それを覗き込んだレオノールとトールの顔色がみるみるうちに変わった。

「これはなんだ……!?」

「川の水の使用権に関する契約書」

「……使用権だと」

 トールは意味がわからないと言ってガイを睨みつけた。
 ガイは淡々と説明を続ける。

「川の水を大量に工場に引き入れて、使用後に川に戻すのなら、使用権を設定しましょう」

「な、なにを言ってるだ」レオノールはイライラしている。「川は誰の物でもないという話だったろう」

 公爵の領地と国有地は川を挟んで接しているが、水の使用に関する取り決めはとくにない。昔からの不文律で、とくに問題になることもなく、川の周囲に暮らす人々が自由に使っているのが現状である。
 川の下流には公爵の領土ではない農地もあるし、人々が農業用水としてはもちろん生活用水として使っている。
 領地がレオノールのものになれば、川の水をどう使おうが彼の自由である。少なくとも半分までは。

 トールは「話にならない」と言って笑おうとしたが、ガイの顔を見て、笑みを引っ込めた。

「今まではそれでよかったでしょうが、ビジネスというものはシビアなんですよ」ガイは抑揚のない声音で続けた。「水源地の権利者が第三者となってしまいましたので」

 ここでガイはサラに視線を向けた。つられるようにして、レオノールも公爵もトールもポールも、サラの顔を見た。

「そちらの第三者、サラと契約をしてください。契約をしていただけないなら川の水を別のところに回すそうです」

 全員の鋭い視線を受けて、サラは反射的に笑みを浮かべた。

(まるでわたくしが提案したみたいになってるわね。ここはガイを信じて、笑っておくしかないわ)

 離婚によって、山地の権利は公爵家から離れ、サラの手に戻った。
 山に生えたリンゴの木からリンゴを収穫したら、サラのものだ。山から湧きだす水をどう処分しようとサラの自由だとガイは言う。
 かなり強引だ。強引だが、ここは押し通すしかない。

「権利の濫用じゃないか。無効だ」

「金額を見てください。濫用と言われるほどではありません。もし法廷に出ることになっても金額の多寡が焦点になるでしょう」

「むむ」

「わずかな金額ですよ」

 レオノールは金額を見つめて難色を示した。

「わずかであっても継続的に支払い続けるとなると気分が悪い。……よし、この山ごと買い取ろう!」

「どうする、サラ?」

 ここでガイは初めてサラの意向を訊いてきた。
 山を売るのもいい、まとまった金が入る。その金で、町に家でも買ってはどうか。ガイはそう勧めてくる。
 だが、サラはきっぱりと断った。

「売る気はありません」
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