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「あったりまえでしょう!!」

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「もちろんです」

 しばらく休め、と言われなくてよかった。ほっと安堵の息を吐く。野田が抜けた穴は、所長のほかに荒川と下村がフォローしたと聞いていた。ふたりには迷惑をかけたことを謝らねば。

『荒川くんには明日は休んでもらうことになったよ。忙しくなればなるほどギラギラ燃えてくるからね、彼は。怖くて……。でね、伝達事項なんだけど、例の藤田さんの荷物、また来てるよ。今日も無理だと思うんで、よろしく頼む』

「まかせてください」客のなかには訳ありの面倒な人もいる。所長に丸投げするつもりなどない。

『なにかあったらすぐに電話しなさい。遠慮しなくていい。私は困っている人がいたら助けてあげたくなるんだ』

 そうだったかな、と首を傾げつつ、野田はとりあえず礼を言った。

『いきなり警察が来たから私も動揺しちゃったんだよ。野田くんのことは気にかけてるんだ、いつも頑張ってくれてるからね。ね、わかってるよね。今度の人事評価、よろしくね。同僚評価はどうでもいいから上司評価は全項目満点でお願いね』

「……はい、もちろんです」

『警察から何か言ってきたら連絡するから、携帯は切らないでね。私はきみを信じているからね。言うべきことがあったら早めにね。……ね、やってないよね、犯罪?』

 恐る恐る問う所長に怒鳴り返した。

「あったりまえでしょう!!」



「いっそ辞めてしまえばいいのに。探偵の仕事の方が面白いぞ」

 丹野は露骨なほど不機嫌だ。

「辞めるわけないだろ。ブラック企業でもかまわない。平凡でもいいから、穏やかに暮らしたい。明日をも知れない稼業に身を投じる勇気は持ち合わせていないよ」

 ホームレスに仕事を勧誘されても魅力を感じるわけがない。並んで駅に向かいながら、肩をすくめて見せた。

「説得の続きをしてもいいか」

「説得? 助手は無理だよ。他を探してくれ。そもそも助手なんて必要ある?」

「助手の件はひとまず置いておこう。拙速だった。おれの探偵業が順調であることをもっときみに知ってもらわなくては。こうしよう、取引だ。三か月、居候させてくれるなら、橋本夫人の事件を最優先する。きみに罪をかぶせることはしない。そのほか、面白そうな依頼には同行してくれてかまわない。自慰行為の邪魔はしない。ただし女性の連れ込みは事前申告制にしてくれ。風呂で背中を流せと要求しない。ファッションセンスを罵倒しない、……なるべくな。食費、家賃、光熱費など生活費は折半する。必要に応じて奉仕をしよう。皿を洗ったりとか、肩を揉んだりとか……どうだ?」

「わかったよ、わかったわかった!」ぼくの頭は途中で思考停止した。まともに聞いていたら気が狂いそうだ。「三か月だけだぞ。三か月過ぎたら本当に出て行ってもらうからな!」

「よろしく、わが友よ」

「もう自分で持てよ、このダーツ。召使みたいにずっと持ってやってたの、腹立つな」

 先に駅の改札を潜り、丹野がゲートを潜ったら手渡そうとしたら、彼は改札のバーの向こうでくるりとUターンすると、「用事ができた。あとで連絡する」と言いおいて駆けていった。ぼくは改札ゲートに阻まれる。

「え、おい?」

スマホが鳴った。

『先に帰ってくれ。おれはカラフルドーナツを食べたい。そのあと警察に協力してから帰ることに決めた』

 丹野からのLINE。ぼく本人の知らない間に勝手にお友達登録されている。電話帳にも丹野の登録を発見した。ぼくが寝ている間に指紋認証を外したのだろうか。

「なんて勝手な奴だ。ダーツ持って電車に乗るのが恥かしいからだな」

 どう返事をしたらいいか悩んだあげくに書いたのは「夕飯は何がいい?」だった。

『すき焼き、あるいはサーロインステーキ』
 丹野は名探偵なのかもしれないが、同時に浪費家でもある、間違いない。彼の言う通りに、依頼がそれなりにあって、そこそこ収入があったのだと仮定したら、破綻したのは財布のひもがブチ切れているせいだろう。財布にはデカい穴もあいているだろう。収支の見直しが必要だ。

「ざけんな」

『ハンバーグ。またはオムライス』

 譲歩し始めた。選択肢が子供っぽい。

「他に好きな食べ物は?」

 純粋に好奇心で訊ねると、

『カップラーメンでもいい』

 と拗ねだしたので、周囲の耳目を忘れて思わず噴き出した。
 一度自宅に戻り、邪魔なダーツを置いてから食材の買い出しに行こうと決めた。

 集合ポストが自然と目についた。そういえば、部屋番号特定の経緯を聞いていなかったことを思い出す。いや、正しくは、聞いたけれど答えなかった、だ。法的にグレーゾーンなのだろうか。そんなことで口を閉ざす性格には思えないが。

 橋本夫人殺人事件の解決が最優先事項になったことは素直に歓迎すべきことだ。おかげで気分は少しだけ持ち直した。
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