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第二部 恐竜母胎カツヤマ
三十、籠城戦
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朝焼けに色づいた空は、またたく間に鈍色の雲で覆いつくされようとしていた。
まるで、血腥い抗争の音が招き寄せた魔物のように。
間断なく響きわたる銃声が。
屋上を転がる薬莢が。
破滅的な音色を奏でるたび、暗雲は空を握りつぶし、赤い稲妻を閃かせて笑う。
だが、どうして引金にかけた指を、ボルトを引く腕を止めることができようか。
「クソがッ。キリがないね」
照準器の中に押しよせる軍勢を見ながら、ハツは毒づいた。
撃てども撃てども敵の勢いが衰えることはなかった。
如何せん、数が多すぎる。
隊列に乱れを生じても、ほんの一瞬で修正されてしまうのだ。
これでは、水面に延々と石を投げ込んでいるような気になってくる。
「金髪リーゼント、アンプル所持! 角度修正――!」
その時、銃声でひりついた鼓膜を、隣の狙撃メガネイターの声が叩きつけた。市街に潜伏した観測手からの情報が伝えられたのだ。
ハツは即座に息を殺し、雑音を切り捨て、視覚と指先の感触だけに意識の糸を張り渡した。
照準十字線に、アンプルを呷るリーゼントチンピラが重なった。
銃撃。
「ッ!」
反動とともにハツの意識の糸は解れた。
照準器の中の命の糸もまた断ち切られていた。
スナイパーライフルの貫通力をもってすれば、カニ人間の甲羅も脱皮したてのズワイガニのように脆かった。
とはいえ、カニ人間を倒すことができても殲滅にはほど遠い。戦況にほとんど変化はなかった。
「ったく。年寄りにはきついね。こちとら肩もあがりゃしないのにさ」
ハツは額の汗を拭った。
空の魔物は、その行為を嘲笑うかのように一滴のしずくを落とした。
深いしわの隙間に冷たい感触が沁み、薬莢のうえを新たなしずくが流れた。
間もなく、葉を、油揚げの実を、雨粒が揺らし始めた。
「チッ、いよいよ降ってきやがったね……」
すぐさま後衛部隊が屋上にまろび出、菜園の支柱に雨除けの幌を架け渡したものの、狙撃手にとって恨めしい環境であることに変わりはない。
一方、照準器の向こうでは、チンピラたちが天に拳を突きあげていた。
「ヒエアアアアアアアアアアア!」
「ホオオオオオオオオオオオオ!」
「ピュキイイイイイイイイイイ!」
わずかに遅れて快哉が届いた。
次の瞬間、狭隘な視界に、錆色の残像が駆けぬけた。
カニ人間だった。
まるで水を得た魚。
否、水を得たカニである!
「ブジュウウウウウウウウウッ!」
数瞬の後、平屋の陰からカニ人間がとび出した!
屋根瓦を蹴れば、高々と跳んだ!
その距離、およそ五十!
狙撃手たちは、ただちにアサルトライフルに武器を持ち替え、屋上の縁から身をのり出した!
ダダダダダダダダダ!
「ブジュアアア!」
空中でくるくると回りながら、カニ人間墜落!
「ヒエアアアアアアアアアアア!」
「ホオオオオオオオオオオオオ!」
「ピュキイイイイイイイイイイ!」
しかし狙撃の手数が減れば、当然、敵はその間隙を縫って距離を縮めてくる!
「奴ら、もうグラウンドにまで来やがった!」
早速、南で狼狽の声があがる!
「チッ! 平地を攻められるのはまずいね……ッ」
ハツはすぐに事態の深刻さを理解し、南に持ち場を移した。
「ヒエアアアアアアアアアアア!」
茂みをかき分け、チンピラたちが迫りくる!
その手には釘バット、バールのようなもの――そして案の定、梯子が見てとれた!
梯子チンピラは凄まじい膂力を駆使し、単身壁に梯子を立てかけようとする!
「キュロオオオオオオオオンッ!」
「オゴッ!」
その横っ腹に、プシッタコサウルスが強烈な跳び蹴りをかました!
勇敢な姿にハツたちは奮い立った。
「「「うおああああああああああッ!」」」
屋上から身をのり出し、アサルトライフルを斉射した!
飛び散る血液が雨と混じり、グラウンドの茂みを濡らす!
「ホオオオオオオオオオオオオ!」
にもかかわらず、後続がすぐさま茂みを踏みちらす!
倒れた梯子を立てかけようと足掻く!
ベニヤ板ごと窓を叩き割る!
「死にくされ、クソどもがァ!」
ハツは悪罵の叫びで同志たちを鼓舞しながら、引金をひき続けた!
――
とおく窓が割れ、板の砕ける音が聞こえてくる。
ここは保健室の天井裏。
板張りの通路の只中。
正規ルートからやって来る敵を迎え撃つ、最前線。
蟻の巣のごとく設けられた無数の横道には今、侵入者を一網打尽にするべく兵士たちが息を潜めている。
その最奥、二階にいたる小階段の前で、マスナガは拳銃のスライドを引いた。
「……」
戦いの予感は、マスナガを冷静にさせた。
汚い汁を吐きだすスポンジのような不安は、次第に乾きつつあった。
俺はなんのために戦う?
マスナガは自問した。
俺として生きるためだ。
マスナガは自答した。
『もう誰も失いたくねぇんだ』
そして、星空のもとで過ごした、あの時間の貴さを想った。
あの時、俺は間違いなくあいつらとの繋がりを感じた。
ずっと望まず敷かれたレールの上で、孤独を生きてきた。
マスナガには信じられるものがなかった。
教育係の期待した力は身に付かなかったし、暴力で切り拓きたい目標もなかった。メガネを埋めこまれると、漠然とした未来を思い描く気力さえ失せてしまった。
けれど、終わりが近いからと足掻いて。
あのふたりに出会って。
ともに進むことを選んで。
俺は、独りではなくなった。
マスナガは静かに目を伏せ、やがて笑った。
「……ふっ」
「げ、なに笑ってんだよ」
すると、隣のバンダナ少年が顔をしかめた。
「てか、あんた笑えたんだな。ずっと人形みてぇな顔してたけど」
「心の中ではそれなりに笑う」
「真顔にもどって言うことじゃねぇよ」
バンダナは呆れつつも笑った。
こいつもなかなか気持ちの好い奴だと思った。
だが、悠長に親睦を深めている時間はなかった。
足許で物音がした。
「……来るぜ」
ふたりは表情を引き締め、暗視ゴーグルで不自然に色づいた闇の奥を見据えた。
バコンと天井が開け放たれた。懐中電灯の人工的な光がノイズを発した。モヒカンが這いあがってきた。
「ま、とりあえず、お互い生きようぜ……!」
真っ先に発砲したのは、バンダナだった。
相槌代わりに、マスナガも引金をひいた。モヒカンに続いて現れた三人を、狙い過たず撃破した。
「なんだよ。心強いな、おい」
闇が呟きを呑み込んだ。
早くも、ぴたりと侵攻が止まった。
しかし敵が絶えたわけではなさそうだった。
「――」
何事かを話す声が聞こえるのだ。
マスナガは構えを維持し続けた。
一時は弛緩した様子を見せたバンダナも、声に気付いて小銃を担ぎ直した。
そのこめかみから汗が流れた。
バンダナが肩で首の汗を拭った。
その時、凍裂した樹木のような破砕音が轟いた。
「マジかよ!」
またぞろ破砕音が響きわたり、床に穴があいた!
銃口を向けると、飛び出したバールのようなものが床下に引っこんだ!
「クソッ!」
伏兵たちがすぐさま反撃に出るも、敵はいまだ死角だった。
無暗な発砲は、むしろ穴の拡大を助けてしまう。
たちまち倍にまで拡がった穴に、新たな梯子が架けられた。
姿を現すチンピラの数もまた倍!
とはいえ、まだ十分に迎え撃てる数だ!
「ぐえあッ!」
「いん……っ」
たちどころに浴びせかけられる弾雨!
チンピラたちが蜂の巣と化す!
ところが、ゴルフクラブチンピラが崩れ落ちる瞬間、得物が弧をえがいて通路の一部を叩き割った!
「木だ!」
階下から声!
通路の脆さに気付かれたのだ!
チンピラはさらに穴を拡げ、新たな梯子をかけ、銃撃を受けないギリギリの位置から通路を破壊しはじめた!
「ちくしょうッ!」
マズルフラッシュが闇をなぎ払うも!
「ヒエッハァ!」
依然として敵は天井の下だ! 撃ち抜くことはできない!
得物だけが現れては消え、現れては消え――板壁を叩き壊す!
そして、新たな梯子を架けわたす!
「……!」
マスナガは恐るべき集中力で、露出した梯子の一部を狙撃!
だが、それも一時しのぎにしかならない。
梯子はすぐに架け直されてしまう。
「行けェ!」
穴の下から怒号が響いた。
すべての梯子がガタガタと音をたて始めた。
「ヒエアアアアアアアアアアア!」
「ホオオオオオオオオオオオオ!」
「ピュキイイイイイイイイイイ!」
幾人ものチンピラが天井裏にまろび出た!
「撃てェ!」
ふたたび銃撃が迎え撃つ!
チンピラたちは無様なダンスを踊る!
血煙があたりにたちこめる!
「チッ! 裏に入られた!」
しかし敵の数が増えれば、当然、打ち洩らしもでてくる。
破壊された壁にチンピラが侵入するのを、マスナガも認めた。だからと言って、無暗に引金をひけば、仲間を撃つ恐れがあった。
己の射線に入った敵だけをポイントしていくしかなかった。
無論、それは仲間たちも同じで。
「ヒエアアアアアアアアア!」
壁の裏に侵入されれば、なす術がない!
「うおあッ! 南通路崩壊!」
同志の狼狽が響きわたると同時、通路に粉塵と木っ端が乱れとんだ!
ダダダッ! ダダダッ! ダダッ!
視界にノイズがはしり、銃撃のリズムが狂い始める。
間もなく、北通路でも木っ端が舞った!
「ちっくしょ……ッ!」
マスナガとバンダナの狙いも次第に狂っていった。
徐々に、じょじょに敵の息遣いが迫る!
「くっそ! くたばりやがれぇ!」
その時、マスナガたちの両脇に延びた通路からマズルフラッシュが閃いた。
伏兵を務めていた男が駆け込んできたのだ。
「あっぶね……ッ!」
その肩をアイロン台がかすめた。
パン!
マスナガの正確無比な一撃が、アイロン台チンピラの額を撃ち抜いた。
「ここはもうダメだ! 後退する! 後退!」
そして、マスナガは男の指示に従った。
「ホオオオオオオオオオオ!」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
追手を撃ち殺しつつ、バンダナとともに小階段をのぼった。
倉庫のような場所に出た。拘束された際にも通った、人体模型などが放置された小教室だった。
「急げ! 急げェ!」
伏兵たちが腕を回し、後続を引きあげる。
マスナガはバンダナとともにざっと同志を数え、逃げ遅れたものがいないことを確認。それをリーダー格の同志に告げた。すると、すぐさま号令が出された。
「次の作戦に移るぞ!」
作戦の概要はバンダナから聞かされていた。
マスナガは、人体模型を抱えあげる同志の中に混ざって、それを運んだ。
「ピュキイイイイイイイイ!」
「せーのっ!」
そして、階段を駆け上がるチンピラに向けて、投げつけた!
「うおあああああああああああ!」
不気味なボディアタックが決まった!
内臓を鉛に取り換えられた人体模型は、チンピラたちを階段の下へ叩き落としていく!
その口に咥えられているのは破片手榴弾である!
間もなく爆散!
「「「うぎゃあああああああああ!」」」
無数の破片が飛び散り、チンピラの肉を切り裂いた!
血煙が湧き立ち、饐えた臭いが鼻をつく!
マスナガたちは心を鬼にし、学習机や椅子を放りこみ敵の進路を塞いでいった。
ギィンッ!
その音が闇を慄かせたのは、最後の机を押し込んだときだった。
マスナガの側にいた男の頬と歯が、ばらばらと床にこぼれ落ちた。
机の天板を、鉄の物入れを穿って、カニのハサミがとび出していた。
「ジジッ!」
次の瞬間、ハサミが横に振りぬかれた。男の鼻から上が切り飛ばされ、血が天井まで噴きあがった。
「まずい!」
マスナガたちは慌てて、その場からとび退った。
倉庫をとび出し、扉を閉めた。
即座にフォーメーションを組み、各々の火器を構えた。
倉庫の中から奇怪な声が聞こえてきた。
「……ブジュウウウ」
扉にはめ込まれたすりガラスに、カニのシルエットが浮かび上がった。
まるで、血腥い抗争の音が招き寄せた魔物のように。
間断なく響きわたる銃声が。
屋上を転がる薬莢が。
破滅的な音色を奏でるたび、暗雲は空を握りつぶし、赤い稲妻を閃かせて笑う。
だが、どうして引金にかけた指を、ボルトを引く腕を止めることができようか。
「クソがッ。キリがないね」
照準器の中に押しよせる軍勢を見ながら、ハツは毒づいた。
撃てども撃てども敵の勢いが衰えることはなかった。
如何せん、数が多すぎる。
隊列に乱れを生じても、ほんの一瞬で修正されてしまうのだ。
これでは、水面に延々と石を投げ込んでいるような気になってくる。
「金髪リーゼント、アンプル所持! 角度修正――!」
その時、銃声でひりついた鼓膜を、隣の狙撃メガネイターの声が叩きつけた。市街に潜伏した観測手からの情報が伝えられたのだ。
ハツは即座に息を殺し、雑音を切り捨て、視覚と指先の感触だけに意識の糸を張り渡した。
照準十字線に、アンプルを呷るリーゼントチンピラが重なった。
銃撃。
「ッ!」
反動とともにハツの意識の糸は解れた。
照準器の中の命の糸もまた断ち切られていた。
スナイパーライフルの貫通力をもってすれば、カニ人間の甲羅も脱皮したてのズワイガニのように脆かった。
とはいえ、カニ人間を倒すことができても殲滅にはほど遠い。戦況にほとんど変化はなかった。
「ったく。年寄りにはきついね。こちとら肩もあがりゃしないのにさ」
ハツは額の汗を拭った。
空の魔物は、その行為を嘲笑うかのように一滴のしずくを落とした。
深いしわの隙間に冷たい感触が沁み、薬莢のうえを新たなしずくが流れた。
間もなく、葉を、油揚げの実を、雨粒が揺らし始めた。
「チッ、いよいよ降ってきやがったね……」
すぐさま後衛部隊が屋上にまろび出、菜園の支柱に雨除けの幌を架け渡したものの、狙撃手にとって恨めしい環境であることに変わりはない。
一方、照準器の向こうでは、チンピラたちが天に拳を突きあげていた。
「ヒエアアアアアアアアアアア!」
「ホオオオオオオオオオオオオ!」
「ピュキイイイイイイイイイイ!」
わずかに遅れて快哉が届いた。
次の瞬間、狭隘な視界に、錆色の残像が駆けぬけた。
カニ人間だった。
まるで水を得た魚。
否、水を得たカニである!
「ブジュウウウウウウウウウッ!」
数瞬の後、平屋の陰からカニ人間がとび出した!
屋根瓦を蹴れば、高々と跳んだ!
その距離、およそ五十!
狙撃手たちは、ただちにアサルトライフルに武器を持ち替え、屋上の縁から身をのり出した!
ダダダダダダダダダ!
「ブジュアアア!」
空中でくるくると回りながら、カニ人間墜落!
「ヒエアアアアアアアアアアア!」
「ホオオオオオオオオオオオオ!」
「ピュキイイイイイイイイイイ!」
しかし狙撃の手数が減れば、当然、敵はその間隙を縫って距離を縮めてくる!
「奴ら、もうグラウンドにまで来やがった!」
早速、南で狼狽の声があがる!
「チッ! 平地を攻められるのはまずいね……ッ」
ハツはすぐに事態の深刻さを理解し、南に持ち場を移した。
「ヒエアアアアアアアアアアア!」
茂みをかき分け、チンピラたちが迫りくる!
その手には釘バット、バールのようなもの――そして案の定、梯子が見てとれた!
梯子チンピラは凄まじい膂力を駆使し、単身壁に梯子を立てかけようとする!
「キュロオオオオオオオオンッ!」
「オゴッ!」
その横っ腹に、プシッタコサウルスが強烈な跳び蹴りをかました!
勇敢な姿にハツたちは奮い立った。
「「「うおああああああああああッ!」」」
屋上から身をのり出し、アサルトライフルを斉射した!
飛び散る血液が雨と混じり、グラウンドの茂みを濡らす!
「ホオオオオオオオオオオオオ!」
にもかかわらず、後続がすぐさま茂みを踏みちらす!
倒れた梯子を立てかけようと足掻く!
ベニヤ板ごと窓を叩き割る!
「死にくされ、クソどもがァ!」
ハツは悪罵の叫びで同志たちを鼓舞しながら、引金をひき続けた!
――
とおく窓が割れ、板の砕ける音が聞こえてくる。
ここは保健室の天井裏。
板張りの通路の只中。
正規ルートからやって来る敵を迎え撃つ、最前線。
蟻の巣のごとく設けられた無数の横道には今、侵入者を一網打尽にするべく兵士たちが息を潜めている。
その最奥、二階にいたる小階段の前で、マスナガは拳銃のスライドを引いた。
「……」
戦いの予感は、マスナガを冷静にさせた。
汚い汁を吐きだすスポンジのような不安は、次第に乾きつつあった。
俺はなんのために戦う?
マスナガは自問した。
俺として生きるためだ。
マスナガは自答した。
『もう誰も失いたくねぇんだ』
そして、星空のもとで過ごした、あの時間の貴さを想った。
あの時、俺は間違いなくあいつらとの繋がりを感じた。
ずっと望まず敷かれたレールの上で、孤独を生きてきた。
マスナガには信じられるものがなかった。
教育係の期待した力は身に付かなかったし、暴力で切り拓きたい目標もなかった。メガネを埋めこまれると、漠然とした未来を思い描く気力さえ失せてしまった。
けれど、終わりが近いからと足掻いて。
あのふたりに出会って。
ともに進むことを選んで。
俺は、独りではなくなった。
マスナガは静かに目を伏せ、やがて笑った。
「……ふっ」
「げ、なに笑ってんだよ」
すると、隣のバンダナ少年が顔をしかめた。
「てか、あんた笑えたんだな。ずっと人形みてぇな顔してたけど」
「心の中ではそれなりに笑う」
「真顔にもどって言うことじゃねぇよ」
バンダナは呆れつつも笑った。
こいつもなかなか気持ちの好い奴だと思った。
だが、悠長に親睦を深めている時間はなかった。
足許で物音がした。
「……来るぜ」
ふたりは表情を引き締め、暗視ゴーグルで不自然に色づいた闇の奥を見据えた。
バコンと天井が開け放たれた。懐中電灯の人工的な光がノイズを発した。モヒカンが這いあがってきた。
「ま、とりあえず、お互い生きようぜ……!」
真っ先に発砲したのは、バンダナだった。
相槌代わりに、マスナガも引金をひいた。モヒカンに続いて現れた三人を、狙い過たず撃破した。
「なんだよ。心強いな、おい」
闇が呟きを呑み込んだ。
早くも、ぴたりと侵攻が止まった。
しかし敵が絶えたわけではなさそうだった。
「――」
何事かを話す声が聞こえるのだ。
マスナガは構えを維持し続けた。
一時は弛緩した様子を見せたバンダナも、声に気付いて小銃を担ぎ直した。
そのこめかみから汗が流れた。
バンダナが肩で首の汗を拭った。
その時、凍裂した樹木のような破砕音が轟いた。
「マジかよ!」
またぞろ破砕音が響きわたり、床に穴があいた!
銃口を向けると、飛び出したバールのようなものが床下に引っこんだ!
「クソッ!」
伏兵たちがすぐさま反撃に出るも、敵はいまだ死角だった。
無暗な発砲は、むしろ穴の拡大を助けてしまう。
たちまち倍にまで拡がった穴に、新たな梯子が架けられた。
姿を現すチンピラの数もまた倍!
とはいえ、まだ十分に迎え撃てる数だ!
「ぐえあッ!」
「いん……っ」
たちどころに浴びせかけられる弾雨!
チンピラたちが蜂の巣と化す!
ところが、ゴルフクラブチンピラが崩れ落ちる瞬間、得物が弧をえがいて通路の一部を叩き割った!
「木だ!」
階下から声!
通路の脆さに気付かれたのだ!
チンピラはさらに穴を拡げ、新たな梯子をかけ、銃撃を受けないギリギリの位置から通路を破壊しはじめた!
「ちくしょうッ!」
マズルフラッシュが闇をなぎ払うも!
「ヒエッハァ!」
依然として敵は天井の下だ! 撃ち抜くことはできない!
得物だけが現れては消え、現れては消え――板壁を叩き壊す!
そして、新たな梯子を架けわたす!
「……!」
マスナガは恐るべき集中力で、露出した梯子の一部を狙撃!
だが、それも一時しのぎにしかならない。
梯子はすぐに架け直されてしまう。
「行けェ!」
穴の下から怒号が響いた。
すべての梯子がガタガタと音をたて始めた。
「ヒエアアアアアアアアアアア!」
「ホオオオオオオオオオオオオ!」
「ピュキイイイイイイイイイイ!」
幾人ものチンピラが天井裏にまろび出た!
「撃てェ!」
ふたたび銃撃が迎え撃つ!
チンピラたちは無様なダンスを踊る!
血煙があたりにたちこめる!
「チッ! 裏に入られた!」
しかし敵の数が増えれば、当然、打ち洩らしもでてくる。
破壊された壁にチンピラが侵入するのを、マスナガも認めた。だからと言って、無暗に引金をひけば、仲間を撃つ恐れがあった。
己の射線に入った敵だけをポイントしていくしかなかった。
無論、それは仲間たちも同じで。
「ヒエアアアアアアアアア!」
壁の裏に侵入されれば、なす術がない!
「うおあッ! 南通路崩壊!」
同志の狼狽が響きわたると同時、通路に粉塵と木っ端が乱れとんだ!
ダダダッ! ダダダッ! ダダッ!
視界にノイズがはしり、銃撃のリズムが狂い始める。
間もなく、北通路でも木っ端が舞った!
「ちっくしょ……ッ!」
マスナガとバンダナの狙いも次第に狂っていった。
徐々に、じょじょに敵の息遣いが迫る!
「くっそ! くたばりやがれぇ!」
その時、マスナガたちの両脇に延びた通路からマズルフラッシュが閃いた。
伏兵を務めていた男が駆け込んできたのだ。
「あっぶね……ッ!」
その肩をアイロン台がかすめた。
パン!
マスナガの正確無比な一撃が、アイロン台チンピラの額を撃ち抜いた。
「ここはもうダメだ! 後退する! 後退!」
そして、マスナガは男の指示に従った。
「ホオオオオオオオオオオ!」
「うるせぇ! 黙ってろ!」
追手を撃ち殺しつつ、バンダナとともに小階段をのぼった。
倉庫のような場所に出た。拘束された際にも通った、人体模型などが放置された小教室だった。
「急げ! 急げェ!」
伏兵たちが腕を回し、後続を引きあげる。
マスナガはバンダナとともにざっと同志を数え、逃げ遅れたものがいないことを確認。それをリーダー格の同志に告げた。すると、すぐさま号令が出された。
「次の作戦に移るぞ!」
作戦の概要はバンダナから聞かされていた。
マスナガは、人体模型を抱えあげる同志の中に混ざって、それを運んだ。
「ピュキイイイイイイイイ!」
「せーのっ!」
そして、階段を駆け上がるチンピラに向けて、投げつけた!
「うおあああああああああああ!」
不気味なボディアタックが決まった!
内臓を鉛に取り換えられた人体模型は、チンピラたちを階段の下へ叩き落としていく!
その口に咥えられているのは破片手榴弾である!
間もなく爆散!
「「「うぎゃあああああああああ!」」」
無数の破片が飛び散り、チンピラの肉を切り裂いた!
血煙が湧き立ち、饐えた臭いが鼻をつく!
マスナガたちは心を鬼にし、学習机や椅子を放りこみ敵の進路を塞いでいった。
ギィンッ!
その音が闇を慄かせたのは、最後の机を押し込んだときだった。
マスナガの側にいた男の頬と歯が、ばらばらと床にこぼれ落ちた。
机の天板を、鉄の物入れを穿って、カニのハサミがとび出していた。
「ジジッ!」
次の瞬間、ハサミが横に振りぬかれた。男の鼻から上が切り飛ばされ、血が天井まで噴きあがった。
「まずい!」
マスナガたちは慌てて、その場からとび退った。
倉庫をとび出し、扉を閉めた。
即座にフォーメーションを組み、各々の火器を構えた。
倉庫の中から奇怪な声が聞こえてきた。
「……ブジュウウウ」
扉にはめ込まれたすりガラスに、カニのシルエットが浮かび上がった。
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