社畜は今日もアニソンに酔う〜路地裏に生きる歌姫たちと俺の人生再生譚〜

ただの酒呑み

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7.アムリタが沁みる夜ーー社畜、孤独と向き合う

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 ある水曜日の夜。
 手厳しい上司に加え、事務職のおば様にもチクチクと小言を言われた俺は、やるせない気持ちで一杯だった。
 自身の処理能力が不十分なのは確かだが、日々サビ残して必死にやっている中で「責任感がない」と言われるのは、それなりに堪える。

 気づけば来ていた「Rhapsody」。入口には、黒板に白いチョークでこう記されていた。

 《今夜は――孤独を抱えた一人客だけが入れます》

 孤独を抱えた一人客?集客には相応しくない痛烈な言葉だ。しかし不思議と足が吸い寄せられていく。
 ドアを押した先に、銀髪ロングの眼鏡美女、神楽セリカが立っていた。雪のように肌が白く、美しいという表現がよく似合う。

 「……圭介さん。今夜は“孤独を感じている人”だけが参加できます。あなたは、孤独ですか?」

 心臓がぎゅっと縮む。
 否定したいのに、言葉が喉に詰まる。答えられないでいると、セリカが静かに優しく頷いた。
 「その沈黙が答え、ですね。ようこそ」 

 最初に立ったのは、中年の男だった。
 「家に帰っても、真っ暗な部屋しかない。女房も子どもも去って、残ってるのは空っぽのベッドと俺だけだ……」
 かすれた声で吐き出し、選んだのは『誰がために』(1979/成田賢/サイボーグ009 OP)。
 「誰がために戦う――」
 その声は拙くとも切実で、孤独な戦士の姿と重なって響いた。

 次に若い女性が立つ。
 「私……友達といても孤独なんです。SNSに写真をあげても、“いいね”の数字を見て、余計に虚しくなる。笑ってるのに、心がどんどん凍っていく」
 彼女が選んだのは『命に嫌われている。』(2018/カンザキイオリ)。
 若さと痛みがにじむ声に、店内は息を呑んだ。
 彼女が歌うたび、数字に押し潰されそうな現代の孤独がむき出しになっていく。

 沈黙のあと、セリカが前に出た。
 眼鏡の奥の瞳は真剣で、背筋はいつもより真っ直ぐだった。

 「……孤独を受け止めて“強く生きろ”。そう言うのは簡単です。でも、人間はそんなに強くない」
 静かな声は、逆にずしりと胸に響く。
 「私だって、強くなんかありません。誰とも話せず、一人きりで夜を越えるたびに、気が狂いそうになった。……だから正気を失わないように、アニメにすがりました」

 客たちをひとりひとり見渡す。
 「弱いままでも、生きていていいんです。何かに救いを求めることは、恥じゃない。……孤独は消えない。でも寄り添ってくれるものはある。私にとっては、アニメであり、アニソンでした」

 静かに選曲ボタンを押す。流れ出したのは、『アムリタ』(2006/牧野由依/劇場版ツバサ・クロニクルED)。

 “そばにいれない その代わりに"
 彼女の声は派手でも力強くもない。けれど、透明で、静かで、深く沁み渡る歌声。
 むしろ孤独を肯定し、その痛みをそのまま抱きしめるような響きだった。
 
 (孤独……俺もだ。毎晩、部屋に帰って缶ビールをひとりで開ける。何も変わらない。誰にも必要とされてない気がして、朝が来るのが怖い。……俺は一体、何のために働いているんだ?)
 歌声は、その痛みを真っ直ぐすくい上げる。孤独はなくならない。だが、確かに寄り添ってくれる。

 歌が終わると、セリカは深く息を吐いた。
 視界の端で、スーツ姿の男が声を殺して泣いていた。若い女性も、手で顔を覆っている。誰も笑わない。誰も強がらない。
 数秒の静寂の後、次第に拍手が広がっていった。

 店内が落ち着くと、セリカは小さな封筒を取り出し、カウンターに置いた。

 「これは“あなたのためのアニソンリスト”です」
 ひとりひとりの前に置いていく。
 「今日ここに来てくれたあなたが、明日も生きていけるように。もし孤独に押し潰されそうになったら、このリストの曲を聴いてください。そして――またいつか、ここに来て感想を聞かせてほしい。……それが、私にとっての救いになるから」
 彼女は優しく微笑んだ。

 「……ありがとう、セリカ」
 言葉がぽつりと出る。胸に溜まっていたモヤが、少しだけ薄まったのを感じる。

 配られたアニソンリストに目を落とすと、端に小さなメモがあることに気づいた。『圭介さんへ。明日も、生きてみてください』——それだけが淡々と添えられている。読んだ瞬間、胸の奥がぎゅっとなる。あまりにも、あまりにも簡素で、でも真実だった。
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