この恋は始まらない

こう

文字の大きさ
上 下
6 / 111

第4.5話・愛の夢

しおりを挟む
同日、一限目。
秋月麗奈は不安だった。
東山と小日向が不在のまま授業が始まり、教師も席が空白なのが気掛かりだったけれども、授業を優先することにした。
他のクラスメートも授業を受ける雰囲気ではなかったが、まったく状況が把握出来ないので待つしかなかった。
詳しい話を知っている人もいなかったため、風夏が帰ってきたら話を聞くことにする。
「風夏、大丈夫かな……」
秋月麗奈はそう呟きながら、シャープペンシルをカチカチと押す。
彼女も、まったく授業が頭に入らず。
状況を整理していた。
親友である小日向風夏があそこまで意気消沈しているのもそうだし、教室では静かな東山ハジメとの交友関係があるのも不思議でたまらなかった。
読者モデルであり学校一の美人が、冴えないオタク……ピアスも付けていなくて髪も染めていない地味な男子に靡くものなのだろうかと思っていた。
東山ハジメは、一年生の時から同じクラスだけれどもかなり影が薄いし、話しているのを聞いたこともない。
まあ、風夏の方が自由奔放な性格をしているため、誰とでも仲良くなりそうではあるが。
親友の麗奈ですら風夏の行動は予測不可能であった。
不意に思い出す。
風夏がツイで仲良くしている人がいることを。
そこに真相がある気がして、まったく開いていなかったツイを起動する。
風夏のアカウントを探し出し、一つずつチェックしていく。
親友のツイートや、RTしている洋服などはかなり可愛い。身近な存在だからあまり気にしなくなったけれど、風夏は読者モデルとしての才能がありセンスがある。
毎日朝早く起きて髪型をヘアアイロンで整えて、化粧をしている自分よりも華があって、少し嫉妬してしまう。
でも、素直に応援したくなるのは小日向風夏の美徳なのである。
秋月麗奈も小守萌花も、八方美人な女子は好きじゃなかったが、風夏のような分け隔てなく人と接するタイプは珍しかったし、自分の美貌を誇ることもなかった。
だから嫌いにはなれなかった。
休日のオフの日であろうとも、ファンの為にサインを全部受けるような人間だ。
天然過ぎて抜けていることも多いけど、自慢の親友であった。
……そんな親友が悲しんでいたら支えてあげたいが、直ぐに行動が出来ない。
冬華みたいに直接言いに行ったり、萌花みたいに先生に適当な理由を付けて助けてあげたり出来ない。
どこかで心のブレーキが掛かってしまう。
尊敬できる親友と一緒に行動し、髪を染めて女子っぽさを出しても、人間の本質は変えようがない。
幸せからは程遠く。
ヒロインにはなれない側なのだ。
みんなに尊敬され、華やかな道を歩むことは出来ないのだろう。
そんなことを思いつつ風夏のアカウントをスクロールしていき、風夏が描かれたイラストを見付けた。
綺麗にイラストとして描かれているが、写真や実物の可愛さには程遠い。
でも、絵の中の彼女には、学校で見せるような優しい彼女の雰囲気があった。読者モデルとして切り取られた一部ではなく、美人だけど天然で友達思いの親友がいた。
麗奈は、漫画やアニメのようなオタク文化は好きではなかったし、流行りものを見ても良さを理解出来なかった。
それでも、カラフルな衣裳を着込み、表情豊かに描かれている小日向風夏のイラストは、実物でも写真でも見せない魅力を表現していた。
彼女が好きなものをいっぱい知っていたからこそ、イラストに色々な要素があることに気付いた。
親友である風夏は。
マニキュアはこの色が好き。
アクセントに持ちたがる小物。
差し色で好むもの。
似合わないけど挑戦したい洋服。
ちょっとした決めポーズ。
オフの日の髪型。
全てが小日向風夏の素晴らしさを内包していて、まるでそこにいるようにさえ思えてしまう。
楽しそうにしている彼女には、雑誌でよく見る読者モデルとしての部分など一割もない。
甘い恋をする乙女のように、自分をさらけ出している。
好きなものを好きといえる。
生きていることを楽しんでいる。
読者モデルとしてやファンに見せるではなく、ただ一人の人間の可愛さがそこにはあった。
それが恋なのか、愛なのか。
尊敬なのかはわからないけど。
この絵を描いた人は、東山ハジメなのだろうと。
イラストの中の彼女は、昼休みを楽しみにしている時と同じ表情をしていたのだから。
彼女の幸せを切に祈っていた。
好きな人には悲しい顔を見せて欲しくない。
「ちゃんと仲直りしているといいなぁ」
チクッと痛い。
でもこれは嫉妬ではないだろう。
しおりを挟む

処理中です...