この恋は始まらない

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第二十二話・ふゆお嬢様、奮闘記。二日目

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文化祭二日目の朝。
教室に入ると、半分以上のクラスメートが登校していた。
朝っぱらから準備するのは早い気もするが、女子は女子で化粧したりメイド服に着替えたり、どうしても時間が掛かるのだろう。
クラスの女子もそうだが、毎日のように化粧して準備をするとなると、女性も大変だな。
俺みたいな地味な男子には、女の子の可愛いって言って貰いたいが為の苦労は理解出来そうにないけど。
ただまあ、ファッションイラストの勉強で、洋服やら化粧品の情報を調べていると、化粧品はプチプラで集めてもかなりの金が掛かるものだ。
毎日のように綺麗に着飾り、流行の最先端を行かなければならない。
女の子が毎日綺麗なのは、日々の努力の賜物だろう。

みんな楽しそうにしている。
二日目にして慣れた手つきでメイド服に着替えて準備しているあたり、女子の適応力の高さが伺える。
女子は優秀だし、円滑に回しているため、俺達が手伝う暇もなく、それはそれで寂しいものだ。
「東山くん、おはよう!」
「ああ、おはよう?」
あまり話さないクラスメートが、積極的に話し掛けてきてくれる。
男子も女子も、俺が居るのに気付いて挨拶しに来る。
クラス委員だからかな?
「お? 東山じゃん。今日もよろしくな」
運動部の男子達が挨拶してくれた。
流石、文化祭効果だな。
前までなら朝一の挨拶することもない赤の他人だったのに、仲良くなったものだ。
「ああ。こちらこそよろしく。頼りにしている」
「おう! 任せろ」
運動部特有のテンションか。
バシバシと、肩をめっちゃ叩かれた。


文化祭が始まる前に、裏方の男子達は飲み物の補充を終えて、女子達はメイド服に着替えて待機していた。
昨日の流れから、最初の一時間は比較的落ち着きそうなので、よんいち組と準備組の八人には最初に休憩してもらう。
みんなで文化祭を回りたいだろうからと、他の女子達が気を利かせてくれた。
有難いけど、その分働く人達の負担が多くなるので申し訳ない。

「ごめんなさい。お言葉に甘えますね。……何かあったらラインしてね」
秋月さんはそう言いながら、他の女子達に謝っていた。
申し訳なさそうに頭を下げながら、問題児達を抑えていた。
小日向と萌花は、秒で遊びに行こうとしている。
幼稚園の先生とか向いてそうだな。
お礼を言う必要はないのだが、そこら辺は彼女の性格の良さ。
よんいち組のママの性であろうか。
秋月さんの手に捕まらないように、小日向と萌花は、二人で画策してハの字に逃げるあたり、クソガキだな。
そんな光景を見ていると、流石に心配になってくる。
「俺は仕事しないといけないからアレだけど、秋月さん一人で大丈夫?」
「黒川さんや西野さんがいるから大丈夫かな?」
黒川さんと西野さんの二人とも、自分の親友を止めるのに必死である。
白石さんも真島さんも小日向や萌花に便乗して、はしゃいでいるし。
纏め役が三人居るが、心許なく感じる。
「まあ、何かあったらラインして」
「ええ。ありがとう」
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
笑顔で手を降る秋月さんを見送る。


「あれ? 黒川さん達は?」
一条は、遅れてやってくるが、みんな居なくなった後である。
「行っちゃったぞ」
「そっか。申し訳ないなぁ」
メイド喫茶の予約を纏めてくれていたみたいで、遅れたようだった。
運動部の女子達はそれを見て、話に入ってくる。
「一条くん遅いよ。姫ちゃん行っちゃったよ」
「早く来てあげないと」
「付き合っているんだから、もっと好きな人としての配慮とかさぁ。必要じゃないかなぁ」
非難轟々である。
彼女を大切にしないとダメなのは分かるが、仕事していたら仕方ない気がするんだが。
女性からしたら、些細な気遣いであっても男性に努力をして欲しいのだろう。
でも、俺達は男だからな。
無理な話だ。
「そうだよね。ごめん。気を付けるよ」
一条は頭を下げる。
非はないはずなのに全然怒らないあたり、女の子慣れしている。
強いな、こいつ。
「ああ、そうだ。今日の予約表を纏めたから確認しておいてね」
一条は手書きの予約表を女子に手渡す。
すごいな。
まだ十時前なのに、学生の予約枠は埋まり切っていた。
昨日は予約していない人は入れなかったし、枠が埋まる前に予約してくれたのだろう。
野郎同士で揉めないように、男子の時間は上手く調整しているし、昨日の失敗点を直していた。
一条は付け加えるように話す。
「最初の方は、みんなの友達が来るみたいだからよろしくね」
よくよく見ると、運動部関係の生徒が多い。
予約者が誰と会いたいか確認して、それに合わせて時間を決めているようだ。
女子達の交友関係を熟知している一条だから、上手くやっていた。
誰が誰の友達とか、俺には全然分からないしな。
クラスメートは予約表をじっくり見ていた。
「へー、よくまとめてあるね。東山くんの案?」
「いや、一条が全部やってくれているから、俺は何も手伝ってないよ」
元々優秀な一条がメインで仕事していたし、俺が手伝う部分はなかった。
一条曰く、最初は予約を纏めるのも問題ばかりだったが、やりづらいところは他の男子達が色々意見してくれたので、二日間には改善出来たらしい。
三人寄れば文殊の知恵である。
「みんなで決めたことだから、僕だって何もしてないよ。運動部の友達に予約するか事前に確認してくれたのは、裏方の男子達だからね?」
「へぇ、あのアホっぽい男子達がねぇ……」
クラスの女子達は手厳しい。
意見はごもっともだが、悪いやつじゃないから。
ちゃんとクラスの為に頑張ってくれているし、文化祭を盛り上げようとしている。
何より、大半の男子は、好きな女の子の為にも文化祭は良い思い出にしたいと思っていた。
「あ、もう十時だね。……そうだ、東山くん。クラスの女子で話し合ったんだけど……」
「せっかくなら、文化祭で最優秀賞取りたいよねって」
「ほら、あのバカな男子も頑張ってくれているし?」
いきなり話を切り出したのが恥ずかしいのか、三人ぐらいでフォローしながら話していた。
なるほど。
女子達も同じ考えだったみたいだ。
まあ、みんなで頑張っていれば、記念になるトロフィーは欲しくなるからな。
俺と一条はビックリしたが、そう言ってくれて嬉しかった。
「そうだな。男子連中にも言っておくよ」
「裏方ばかりだし、頼りないかも知れないけど、出来る限りのことはやるよ」
男子は最優秀賞を取る気満々だったけど、女子も同じ気持ちなら有難い。
メイド服を着るのが恥ずかしい人もいるのだから、これ以上目立つことをしていいか迷っていた。
その為、女子から率先して色々提案してくれると動きやすいし、気兼ねなく頑張れるものだ。
ウチのクラスは、草食系男子多いからな。
女子達は自信満々に言う。
「みんな可愛いから最優秀賞取れるよ!」
萌花も顔負けのどや顔である。
自画自賛するのはどうかと思うが。
「そうだな。頼りにしているよ。メイド服も似合っているしな」
まあ、みんな可愛いのは事実だしな。
冗談なんだろうが、この時ばかりは頼りになる言葉である。

女子達はぶち切れていた。
「そうやって他の女にフラグを撒くな」
「メイドキチなのは知ってるけど、秒で褒めるな」
「あーもう、これはあれですわぁ。……本人達に報告するわ」
何で、ボロカスに言われているのか。
そうして文化祭二日目は始まった。


いざ始まると、どんどん人が入ってきて忙しくなってくる。
表はかなり忙しくても、飲み物や焼き菓子は余裕をもって準備してあるため、精神的には余裕があった。
男子は男子で連携して作業しているし、オーダーが入る前に、紙コップとお菓子が用意されていた。
「慣れたわ」
自慢げにしていて可愛い男子連中。
頑張っているだけある。
「まあ、そうだよな。昨日は百人以上お客さんを捌いていたからな」
「東山、紅茶専門の動画を見て、紅茶の淹れ方を変えてみたんだが、味見してくれる?」
「ああ、いいけど。勉強してきたのか?」
「やるからには、最優秀賞を取りたいしな。ほら、紅茶の良さを東山が教えてくれたし頑張りたいじゃん?」
何でか知らんが、本格的に紅茶にハマっているやつもいる。
頑張ったのを褒めて欲しそうな表情をして、妙に頬を赤くして可愛いのやめてくれ。
まあ褒めるけどさ。

そんなこんなで仕事をしつつ、一時間くらいが経とうとしていた。
「それで良かったのか?」
「え? 何が?」
隣で一緒に作業をしている男子が言ってくる。
「東山と一条も、小日向さん達と回ってくれば良かったじゃん」
「ああ、それか。パワーバランス考えたら、小日向達を一緒の休憩にするのも大変だったし、みんなに迷惑掛けている以上、俺達まで行くわけにもいかなかったしな」
トラブルというトラブルはないけど、詳しく知っている奴が一人はいないとやばいしな。
続けて話す。
「それにまあ、俺は休憩時間は予約している人がいるから、元々時間作れないし。気にしないでくれ」
今日の俺の休憩時間は二回で、白鷺で一時間。秋月さんと一時間文化祭を回る予定になっている。
それで俺の休憩時間は無くなるし、みんなで回る時間は作れなかった。
最優秀賞を狙うからには、出来る限り仕事したかったからそれもあるだろう。
今日に関しては、頑張ってなんぼである。
こうして楽しそうに紅茶を淹れている男子だって、運動部の出し物を手伝いながら時間を作ってメイド喫茶の仕事をしている。
みんなが頑張っている以上、俺達が休むわけにはいかないしな。

「東山くん、男子同士で話してないで注文よろしくね」
「ああ、すまない。直ぐに用意する」
忙しいのに持ち場を離れていたから、普通に怒られる。
女子達は、最優秀賞を取るために、紅茶やお菓子をいっぱい売ってくれていた。
売り上げに貢献してくれているのだから、頭が上がらない。
「知り合いがいないからって、気を抜かないでよ」
「ああ、すまない。ちゃんと頑張るわ」
運動部メンバーは若干うるさいけど、ちゃんと仕事をしてくれているし、連携を取りながら上手く回している。
愚痴は言うものの、裏方の男子とも仲良いし、雰囲気を良くしてくれている。
俺の身内のような問題児とは違い、真面目だから、どうしても目を放してしまう。
「そりゃ、どちゃくそ美人な女の子と比べたら気を抜くのも仕方ないけどさ。まあ、風夏ちゃんは女から見ても可愛いけどさ」
「いや、そんなことは……」
熱量高いな。
小日向達と比べて、対応の違いに不満がるのは分かるが、俺からの評価が上がっても徳はないと思う。
「……」
横の男子は気配を消していた。
気付かれたらボロカスに言われるのが分かっているのか、無になっている。
サッと紅茶とお菓子を用意して、下がる。
いや、助けてくれよ。
「いやいや、男子も褒めてましたよ」
「え? 誰が言ってた?? ワタシのメイド姿がめっちゃ可愛いって??」
ごめん。
話を盛りました。
すみません。
そこまでの熱量で褒めてはいなかったです。
でもまあ、個人名は出してなかったが、女子のメイド姿が可愛いってみんな言っていたから、間違いではないか。
個人名を出してまで女の子を褒めるとなると、かなり勇気がいるからな。
好きな人にしか言えないものだ。
「誰が言っていたとかは、プライバシーがあるし、教えられないよ」
「男子にプライバシーはないでしょ?」
「ええ……」
まあ、ないけどさ。
相変わらず、男子の立場が低いな。
「話は後で聞くからさ。とりあえず、紅茶冷めるから届けてきてよ」
「もう! そうやって邪険にする!」
やめろ。
うざ絡みするなよ。
クラス委員だからか、俺に対して仲良さげに話してくるけど、会話するのだって三回目くらいだぞ。
クラスメートだし、赤の他人ってわけではないが、距離感がガバガバ過ぎる。
「うんうん」
溜め込んでいるものを吐かせておく。
言いたいことは分かった。
女の子だし、せっかくメイド服を着ているわけだから、可愛いって言われて承認欲求を満たしたい気持ちは分かる。
特に綺麗どころが多いクラスだから、その中でも多少なりとも自分は可愛いと認めてもらいたいのだろう。
「可愛いとか綺麗とかは、主観が入るわけだから、他人と比べてもしょうがないだろ? 男子だって適当に可愛いって言ってるだけだし」
「そうなの?」
「一条何かは、みんなに言っているだろう?」
※言っていません。
「そう言われたらそうかも……。そうだよね。結局の話、可愛いと言われても好きな人じゃなきゃ、意味ないしね」
それは知らん。
好きな人知らんし。
「うんうん。ーーでは、話したいことは話したな? はよ行け」
容赦なく背中を蹴り飛ばして、仕事を再開させる。


小日向達がいないまま、ドタバタの一時間が経過し、やっとのこと落ち着いていた。
次のお客さんを入れる為に、入れ替えの準備をしていた。
「ただいま!」
タイミングよく小日向達が帰ってきて、昨日と同じようにいっぱいの食べ物を買っていた。
「はいはい。これみんなで食べてね」
親戚のおばちゃんかよ。
買ってきたものを準備用のテーブルにどんどん置いていくが、テーブルに並びきらない。
「小日向、楽しかったか?」
「うん。みんなで回る文化祭って楽しいね」
「そりゃ、良かった」
他のメンツも満足そうだし、楽しかったようだな。
秋月さんは虚ろな眼をして若干燃え尽きているけど、触れないでおこう。
どうせ小日向と萌花が迷惑を掛けたんだろう。
「そっちは大変じゃなかった? みんな休んじゃったし」
「ああ、こっちは……」

「小日向ちゃん達がいないからって、めっちゃ気楽そうに仕事してたよ」

「は?」
反逆者現る。
さっき、恋バナを蔑ろにした報いだった。
逆恨みもいいところだろ、これは。
爆弾抱えたまま自爆特攻してくるとか、決死隊かよ。
「へぇ」
こっわ。
小日向風夏は、本気のオーラを出していた。
「いや、違うからな?」
「東山くん。私達がいないと楽しいんだ……」
冷静でありつつ、鋭い眼光で睨まれていた。
目のハイライトが消えている。
小日向は、怒らせたらやばい。
ファッションで意見を言い合う時でも、熱くなると滅茶苦茶に恐いやつなのに。
いつもの笑顔からの急降下が、ジェットコースターだ。
威圧感がやばすぎて、心臓が痛くなる。
問題発言をし始めた張本人を、俺と小日向の間に挟む。
「ぴえ」
いつもと雰囲気が違う、小日向を見てビビるなよ。
ガチで怒っているのに気付き、直ぐに謝罪をする。
「……すみません。ワタシが嘘つきました」
「うん。そうなんだ。理由はどうあれ、嘘はよくないよ? 自分からしたら他愛ない嘘でも、傷付く人がいるかもしれないでしょ?」
小日向が恐い。
いつもとは違い、饒舌に話している。
「……はい。反省しています」
本気で説教されていた。
まあ、嘘はよくないよな。
運動部のノリでディスりながら仲良くしたい気持ちは分かるが、見た目や肩書きとは真逆なくらい真面目なやつが相手だと、地雷になる場合もある。
小日向の言い分は間違っていない為、自分のせいだとちゃんと反省しており、チワワくらいしゅんとしている。
「分かってくれたらいいよ。叱らないといけないから言っているだけで、怒ってないから」
小日向は笑って許してくれる。
「小日向ちゃん……」
叱られたとはいえど、小日向の純粋な優しさあってのものだったし、切り替えが早い。
小日向は、根に持たない竹を割ったような性格故に、笑顔を見せられたら異性でも惚れてしまうだろう。
それが小日向の魅力だな。
「一緒にごはん食べよ?」
「うん!」
一悶着あったが、仲良さげにご飯を食べるのであった。

「チラッ」
すれ違い様、一瞬だけ小日向と目が合う。
口ではああ言っているが、ちょっとはモヤモヤしているな。
あいつの性格的に、身内や友達大好きっ子だし。
読者モデルという立場上、怒ることも出来ないし、内心思うこともあるのだろう。
仕方ない。
紅茶でも淹れてあげるか。
多少なりとも、俺の為に怒っていそうだからな。


十二時過ぎ。
外部のお客さんが入ってくる時間になると、俺や白鷺の知り合いであるレイヤーさん達が遊びに来てくれていた。
二日間連続で売り上げに貢献してくれるのは有難いが、お土産を渡されると困る。
そもそも二十代の大人の女性が、俺達に敬語を使っているのでさえ不自然なものなのに、オタクの形式染みた丁寧な挨拶をするから、端から見たらよく分からないことになっている。
「学生さんの好きなものとか、よく分からなかったから、白い恋人にしちゃった。クラスのみんなで食べてね」
「え? 白い恋人って。北海道ですよね」
「北海道からわざわざ来られたのですか?」
白鷺ですらもドン引きしていた。
一人だけ除け者にされていて、来るとは言っていたけど。
飛行機に乗って来たのか?
いやでも、コミケとかじゃなく、ただの文化祭だぞ?
行動力がやばすぎる。
「飛行機ってことですから、交通費とかやばいですよね?」
「ふっ、野暮な質問しないでよ。推し活とイベントはプライスレスだよ」
「この子、アホだから許して」
他のメンツもうんうんと頷き、全員同意していた。
北海道から来るやつはアホだ。
「ちょっと待ってよ! みんなの分のお土産も買ってきたのに、何でそんなこと言うのよ?!」
「昨日今日のやり取りで、北海道から秒で東京に来るのは、アンタだけだから」
「行動力に神様宿っているんかい」
煽っているけど。
「因みに、皆さんの出身どこですか?」
「名古屋」
「大阪」
「九州」
全員、新幹線組じゃねぇか。
他の人は埼玉とかだったけど、かなり遠い方である。
「……みんな、人のこと言えないだろ」
オタク活動が長過ぎて、移動距離の感覚がガバガバである。
高校生の俺からしたら、電車代が高いと普通に躊躇するからな。
大人故の資金力あっての行動力だ。
レイヤーさんだけあってか、やっぱりみんな色々な場所を練り歩いているのだろう。
「ハジメさん、新幹線一本で行けるところは近いから」
「そうそう。ホテル込みで新幹線を予約したら結構安いんだよ」
地方イベントの話を始める。
コスプレイベントの情報交流をしていて、話している内容はとても貴重なものである。
しかし、メイド喫茶という限られた時間を雑談で終わらせていいものなのか。

「……昨日言われたんで、チェキの準備をしましたけど、撮影しなくていいんですか?」
「あ、忘れてた……」
話に花を咲かせていたし、そうだろうと思っていた。
カメラマンの高橋は、事前に準備を終えており、直ぐにでもチェキを撮ることが出来るようだ。
高橋の動きが慣れてやがる。
撮影になると俺は部外者だ。
いつも通り、遠巻きに見ているだけだ。
撮影に関してのノウハウはないので、そこは高橋とメイドリスト達で擦り合わせをする。
フィルム代金の支払いの受け持ちや、一人頭の撮影枚数など。
普段なら数時間撮影会をするのだが、文化祭故に短い時間で撮影をやらないといけないので、手短に話し合いをしていた。
「へぇ。文化祭だから、金銭の受け渡しは出来ないのね。……このまま交渉していたら、長々と話すことになりそうだし、じゃあ、次のイベント時にでも話し合いましょうか」
毎回のように顔合わせする人は多いので、その時にフィルム代金のやり取りすればいい。
あとは撮影の段取りを決めて、一人五枚くらいのペースでチェキを撮り出す。
コスプレ慣れしたレイヤーさん達での撮影なので、スムーズに進めていく。
メイド姿のふゆお嬢様の隣に座り、身体を寄せて二人でハートを作る。
最推しのふゆお嬢様と顔が近い状況に堪えきれず。
「尊死……」
ハートマーク作っておいて、自分の魂が抜けている人もいる。
まあ、あの人に関しては平常運転だな。
他の人もそうだが、元々のスペックは高いのに、残念な部分を全面に出してくるのは何故なのか。
「いや、死ぬの早いから」
「ソウルロストしているわ」
時間がないので、昇天している仲間を横の角に捨てる。
ちゃんと、撮影に写らないようにしているあたり、冷静な対応である。
メイド好きはやばいやつしかいないな。
俺もそうだけど、慣れ親しんだこの空気感よ。


チェキが物珍しいからか、クラスメートも興味を示していた。
チェキはオタク文化みたいなものだが、女子ならば多少なりとも知っていそうだけども。
そうじゃないみたいだ。
レイヤーさん達は、他の人も撮影に誘ってくれていて、一緒に列に並んでいく。
初見の人にも優しく接してくれていて、助かる。
小日向が俺に話し掛けてくる。
「ねえねえ、私も冬華とチェキ撮りたい。列に並んでいい?」
「まあ、いいんじゃないか? あの人が列を纏めているから、詳しく聞いてみて」
「うん。分かった」
小日向まで撮影に参加するものだから、テンションが爆上がりする人もいた。
白鷺もかなりの美人だが、読者モデルで名が売れている人とツーショットしたくなるものだ。
ワイワイ。
ガヤガヤ。
前半は整列された静かな撮影会だったが、後半は好きな人達で勝手に撮影していた。
小日向と白鷺がくっついて写真を撮る。
身内同士でチェキを撮る必要性はよく分からないけれど、楽しそうにしていた。
数十枚とバンバン写真を撮り続けているのに、表情が変わらない高橋は凄いな。
疲れを一切見せなかった。
「ハジメさん、ハジメさん」
いきなり俺の名前を呼ばれたからビビったが、ツイッターの名前がハジメだからそう呼んだのか。
列を纏めていた人が小声で話してきた。
「チェキ撮りすぎて枚数がなくなるから、近場にカメラ屋さんとかないかな?」
「駅前にありますけど……」
「ごめんなさい。私の代わりに列をまとめてくれないかな? ちょっと買ってくる」
「それは構いませんが、そろそろ時間が終わりますし、これ以上はフィルムはいらないんじゃないですか?」
「他の人もチェキを撮りたいでしょ? 私達だけ勝手に撮影して、はい終了ってわけにもいかないのよ」
自由にオタク活動するのも、ちゃんと責任を取ってからやるのが、大人の流儀なのだろう。
だから、これからメイド喫茶に来る人もチェキで撮影が出来るようにしてくれるのだ。
「そうですね。すみませんが、手持ちがないので、代金の話はまた今度でいいですか?」
「お金のことは気にしなくていいわよ。ハジメさんは、まだ子供だし? それに、撮影をお願いしたのは私達のわがままだもの」
「そう言ってもらえると助かります。ありがとうございます。いつか恩返ししますね」
「ええ。楽しみにしているわ。せっかくだし、倍返ししてくださいね」
そう言って、ニッコリと微笑むのだった。
冗談混じりで話すその姿は、大人の女性の余裕があって頼もしい限りである。


メイドリスト達とは暫しの別れをして、知り合いが居なくなったら裏方に戻って自分の仕事を進めていく。
裏方から、チェキを延々と撮り続ける機械と化した高橋を見つつ、大丈夫そうか確認していた。
高橋は好きなことをやっているので、かなり満足そうだが、流石に仕事し過ぎである。
そのため、撮影ペースや列に並ぶ人数は他の女子が上手く調整しつつゆっくり撮影をしていた。
陽キャの小日向や運動部が率先して、撮りたいけど勇気が出ない女の子も誘ってくれている。
西野さんは、相変わらず小日向にグイグイこられて巻き添え喰らっているが。
ともあれ、楽しく仕事していて、メイド喫茶の雰囲気が良ければ問題ないか。
喫茶店と撮影の仕事を両立させ、みんな頑張ってくれていた。
文化祭で最優秀賞を取る為なんだろうが、無茶しないように気を付けないとな。
みんなで楽しくやるのが一番であり、賞金やトロフィーなど二の次だ。

「すまない。ちょっとだけ休ませてくれ」
疲れたご様子の白鷺が、裏方に入ってきた。
撮影疲れからか、溜め息混じりである。
最初はレイヤーさん達との撮影ばかりだったが、後半は撮影に参加せずに、列の整理や、チェキに慣れていない女の子にポージングなどの説明をしていた。
教えるのが一人や二人ならいいが、数十人に一時間や二時間も説明をしていたら、頭も喉も酷使する。
白鷺でもまあ、疲れるよな。
「はい。紅茶と、のど飴」
他の男子が淹れてくれた紅茶と飴玉を渡す。
「気が利くな」
「まあ、咳き込んでいたしな。少しばかしだが休んでくれ」
数分前くらいか。
白鷺は度重なる説明のし過ぎで、喉を痛めたのか咳払いをしていた。
その為、白鷺が水分補給がてら裏方に来たタイミングで、のど飴を渡せるように用意しておいたのだ。
はちみつきんかんのど飴だ。
のど飴には色々種類はあるが、これが一番美味しい。
「あむ」
白鷺がのど飴を頬張り、コロコロさせている。
「そうだ。白鷺……」
「ーー!?」
白鷺は、お嬢様なので食べ物中は会話が出来ないのを忘れていた。
「あ、いや、白鷺。すまない」
罰が悪そうにしているが、俺のせいだから気にしないでくれ。
あと、いくら会話を優先するためとはいえ、口に入れたのど飴を出すのはマナー違反だからやめて。
白鷺まで、小日向みたいなことをしないでくれ。
「いや、待つからゆっくりしててくれ。何なら白鷺は聞き専でいいし」
俺が話す内容的には全然急ぎの用事でもないので、白鷺が落ち着くまで仕事をしている。
紅茶は他の男子が淹れてくれるが、コーヒーは俺が全部淹れたいので、時間がある限りは自分で用意をやっていた。
美味いコーヒーは、飲み慣れている人間にしか分からないのだ。
そもそもメイド喫茶でコーヒーを嗜む客層は少なくて、美味しいコーヒーを知ってもらうのは難しい。
大人の女性でも来ない限りは、苦いながらも透き通る豊潤な香りと、飲んだ瞬間から口の中に広がる風味の良さを理解して楽しんでくれる人はいないだろう。

運動部の女子が話し掛けてくる。
「やーやー、東山くんの知り合いっぽい人がきたよ」
「俺の知り合い? 何で分かるん? どんな人だった??」
「大人の女性。美人。礼儀正しい。めっちゃいい匂いがした」
「ああ、なら俺の知り合いか」
軽く頷いてしまったが。
正直、俺の知り合いで頭の中に浮かんだ人達は、礼儀など知らない破壊神ばかりだったが。
悲しいことにな。
だから、誰のことを指しているのかは、表に出て見ないと分からない。
ちょうど白鷺がのど飴を舐め終えたので、一緒に覗いてみる。
優雅にティータイムを堪能している女性が居た。
まあ、知っている人だな。
シルフィードのメイドさんである、ダージリンさんとアールグレイさんだった。
ダージリンさんは、地味な黒色の私服ながら、シックで格好良い。大人の女性らしい綺麗な服装をしていた。
カフェ姿が似合うイケメンである。
逆に妹系ドジメイドが売りなアールグレイさんは、私服も可愛いフリフリの付いたピンクのワンピースを着ている。
クレイジーサイコメイドで、俺達専属のメイドさんよりはアクというか、やばいやつではないのでメイド喫茶では目立たないが、お二人ともかなりの美人だし、可愛いのであった。
それはまあ、秋葉原で一番有名なメイド喫茶を支える優秀なメイドさんだし、文化祭でやる学生のメイドとはまた違う貫禄があるわけだ。
二人とも落ち着いた様子で、メイド喫茶を楽しんでくれていた。
「挨拶遅れてすみません。ダージリンさん。アールグレイさん。ありがとうございます」
俺と白鷺は二人に挨拶をして、少しばかし雑談をする。
この町まで駅を使って初めて来た。
学校の場所が分からず迷子になりそうだったなど。
山も谷もない他愛ない話ではあるが、他の人達とは違って、ちゃんとした平常時のテンションで会話してくれているのが逆に不安になってくる。
メイドさんのやばさに毒されているな。
ダージリンさんも同じ気持ちらしく、静かで落ち着いた雰囲気で会話しているのに違和感を覚えていた。
「ねえねえ。お嬢様、落ち着いた時に一緒に撮影しましょうよ」
アールグレイさんは、白鷺とチェキを撮りたいらしく、提案していた。
「ええ。私でよかったらよろしくお願い致します」
「やった! だーちゃんも撮るよね?」
「はあ、アールグレイ。少しは遠慮しなさいよ」
「えー、ここはシルフィードじゃないんだからいいじゃないですかぁ」
「私達は招待された立場なのですから、学生みたく、両手広げてはしゃいでどうするのですか」
「わたし、まだ十八歳で学生ですよ?」
「若い…じゃなく。年齢の話ではなく、世間一般的な常識として話しているのですよ……」
二人とも、プライベートでもメイド名で呼びあっているのか。
仲がいいなぁ。
……次の同人誌のネタに出来そうなので覚えておこう。
白鷺はお二人とよく会話をするので、仲良しである。
プライベートの交遊はないだろうけど、この前聞いた話だと、ラインで会話するくらいには打ち解けているようだった。
白鷺が笑っているの珍しい。
「いつもとは逆の立場ではありますが、こういうのも楽しいですね」
「そうですね。お嬢様がメイド服を着ているのは新鮮です」
白鷺がメイド服を着て給仕をして、精鋭のメイド二人がプライベート全開の私服で紅茶を飲んでいるのだ。
頭がバグるのも間違ってない。
俺だって、メイド服でシルフィードの人を判別しているから、私服で居られるとよく分からなくなる。
白鷺は嬉しそうに言う。
「でも、やはり、お二人はメイド服を着ている姿が一番綺麗で似合っています。とても羨ましいです」
「そう言って頂き、光栄です」
「お嬢様、ありがと」
互いの口調がシルフィードのままで違和感ありありだが、逆にそれが楽しくなってきたみたいで、吹き笑いをしていた。
三人で仲良く会話しているので、男の俺が立ち入るのも不粋だ。
会話の邪魔をしない程度に見守っていた。


それから二人は白鷺と一緒にチェキを撮って、文化祭を満喫してくれたようだ。
アールグレイさんがグイグイと行動しながら、消極的なダージリンさんを引っ張っていたのが面白かった。
姉と妹みたいな関係である。
ダージリンさんは写真慣れしていないせいか、ぎこちない表情でピースしている姿は可愛かったし、誘ってよかった。
アールグレイさんは、時間いっぱいまで遊び、とても満足そうな笑顔である。
最後の挨拶の時に、聞いてくる。
「ご主人様、お嬢様。このあと、休憩時間ですよね? もしよかったら……」
「アールグレイ。私達が邪魔したら悪いでしょう?」
強めに止めていた。
「あ、そっかぁ……。ごめんね。今のは聞かなかったことにしてね?」
「??」
俺と白鷺はよく分かってないけど、取り敢えず頷いておく。
四人で文化祭を見て回るのは全然構わないが。
何か意図がありそうだったので、流しておく。
何か我慢しているみたいだし。
ダージリンさんがアールグレイさんの頭をなでなでしていた。
「今日はお招き頂きありがとうございます。またの機会が御座いましたら、お誘い下さい」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
「ありがとうございました」
俺達は深々とお辞儀をした。
「すっごく楽しかったけど、お別れはちょっと寂しいです……。二人とも、すぐシルフィードに来てくださいね?」
アールグレイさんは、白鷺の手を握っている。
「ええ、次の休みにでもお伺い致しますね」
「やった!約束ですよ??」
俺達より年上のはずなのに、嬉しそうにはしゃぐ。
まあ、同じ気持ちで嬉しいからいいけどさ。
「ほら、アールグレイ。いつまでも話し掛けていたら仕事の邪魔になるでしょう? 帰りますよ」
「ご主人様。お嬢様。バイバイ」
子供かな?
手を振りながら引き摺られていくアールグレイさんを見送りながら、もう一度お辞儀をする。
シルフィードに、また遊びに行かないと。
白鷺と一緒に遊ぶのは楽しいしな。
目が合う。
「東山、どうしたんだ?」
「いや、何でもない」
少し驚いてしまった。
いつものように、メイド服を着て清楚でシックな格好をしている白鷺はとても綺麗だが、友達と好きなことをして楽しそうに微笑む白鷺も可愛いかった。
まあ、本人には言えないけど。
これから一緒に文化祭を回るわけだしな。
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