この恋は始まらない

こう

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第二十四話・白鷺冬華とポートレートとデート風景と

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十月になってからというもの、身体と精神がボロボロになりながらも、休む暇など存在しない。
身体に鞭を打ちながら、何とかメイド同人誌を完成させる。
小日向。
お前のイラスト本も頑張って纏めておいた。
ファッション関係は、配色がバラバラな既存イラストを同人誌として纏めるだけで細かな調整が必要だった。
小日向本人に似て、時間と労力が掛かる子である。
駄目な子ほど愛おしいのは、同人誌だけだがな。
本として売り出すものは完成した。
あとはツイッター用のハロウィンイラストも、二日に一回くらいでぼちぼち上げているし、順調に投稿出来ているだろう。
あとはイベント用にいつものポスターや看板を作って、空いた時間でグッズでも作る。
白鳥さんに指摘されたこともあり、イラスト本の値段を見直しして、値上げに合わせてイラスト本とグッズをセットにして販売してみようかと思っていた。
壁サークルの人達がよくやっているセット売りである。
同人グッズなら、缶バッジやタオル。手提げ袋などもあるし、パソコンで調べながら考えるだけで楽しいものだ。
「……」
昼休み。
俺が作業をしている目の前で、幸せそうに寝ている眠り姫がいた。
どっちかというとカビゴンだが。
小日向は、お昼ごはんを食べ終えて、直ぐに寝ている。
そんなこんなで、秋になって寒くなってきたからか、小日向は自分用の枕とブランケットまで用意しはじめたので、かなりクレイジーなやつである。
読者モデルの仕事が忙しいし、昼休みに爆睡して仕事に備えたいのは分かるけれど、自由過ぎる。
幸せそうに寝ていた。
幼稚園児みたいな可愛い寝顔をしている。
彼女がこうやって静かに寝ていられるのも、漫研に話を通しているからだ。
部長に平謝りして、枕やブランケットを使っていい許可を貰っているのは俺なんだがなぁ。
しかしながら、小日向にそこまで求めるのは間違いだろう。
読者モデルをやっているだけで偉いのだ。
放課後は仕事で大変だから、昼休みくらいはゆっくりさせておこう。
小日向が起きていると五月蝿いくらいだが、寝ていると静か過ぎて寂しくなるものだ。
「まあ、頑張っているしな」
小日向の仕事が落ち着くまではこんな感じの毎日になる。
読者モデル故に、クリスマスが終わるまでは仕事ばかりの日々になるだろう。
小日向が頑張っている手前、俺も冬コミまで頑張るしかない。
寝ている奴に構うことなく、黙々と作業を進めていく。
「ぐうぐう」
……折角なので、寝ている小日向のイラストでも描いてみるか。
息抜きも兼ねて、新しいイラストをツイッターに載せることにする。
慣れた手つきでペンタブを走らせ、小日向のラフイラストを描いていく。
一々小日向の顔を確認せずともペンタブを描き進めていけるあたり、どれだけ彼女のイラストを描いてきたのか。
数十枚を越えているとは思うが、数なんて忘れてしまったな。
どういう風に描くかなんて、身体が覚えている。
こうして、イラストを描く仕事が出来るのは、小日向が一緒に仕事をしてくれて、俺にファッションの素晴らしさを教えてくれたからだ。
本人は何もしてあげれてないとか言っているが、そんなことはない。
こうして俺が色々な景色を見ているのは、天才である小日向がずっと隣に居てくれているからだ。
俺は、あの日の夕焼けを忘れることはない。
小日向には感謝している。
そんな想いとは裏腹に。
「すぴ~」
やばい。
イラストが少しアホ面になってしまったので、ファンの為にも忖度しておくか。
よだれ出ていやがる。


昼休みが終わり、教室に戻ると萌花と目が合った。
「お! 女泣かし」
「それ止めてくれるか?」
嬉々として話し掛けてきた。
秋月さんを泣かせたのは俺のせいではあるが、萌花が女泣かしとか言い出したせいで滅茶苦茶に噂になってしまっていて、他の女子も真似してくる。
張本人である萌花は最初の頃とは違い、多少は気を遣ってくれているようだが。
いや、この表情は楽しんでいるな。
「人の噂も七十五日だから。直ぐっしょ」
「……今年終わるやん」
「ほんとだ。なげーな」
やっぱり長いやん。


そんなこんなで。
土曜日の新宿。
改札前の大画面のテレビの前で、白鷺と高橋の三人で集まることになっていた。
白鷺からのお願いで、メイド服以外の写真。
都心の風景を入れたポートレート写真を撮る為に、俺達は電車を乗り継ぎ新宿に向かったわけだ。
白鷺とは地元で集まってから向かったのでよかったが、高橋は家が遠いので現地集合である。
俺達が到着して次の電車くらいで高橋がやってきた。
「お待たせ。二人とも早いね」
「高橋、おはよう。白鷺とは駅で集合してから新宿に来たからな」
「新宿は迷いやすいし、そっちの方が正解だね」
俺も白鷺も新宿は初めてだったので、出口が分からなくなって迷っていた。
流石、都会の迷路とも呼ばれる新宿だけある。
改札出た瞬間、途方にくれていた。
白鷺は訳が分からず半泣きしていた。
まるで山奥で遭難したかのような深刻さだった。
それを慰めながら来ただけあり、二人で行動して正解である。
白鷺は頭を下げて、高橋に挨拶をする。
「いつもすまない。今日はよろしくたのむ」
「こちらこそよろしく。白鷺さんも野外撮影は初めてだろうから、気分悪くなったら早めに言ってね」
「そういうものなのか?」
「白鷺さん、人混み苦手じゃないの?」
「……うむ、そうかもな。早めに伝えるようにする」

挨拶を交わした俺達は、大人の街である新宿を歩きながら、撮影ポイントを探す。
大通りから外れると、色々な店が乱立していて、ゴタゴタした感じがして凄い。
写真撮影という名目ではあったが、白鷺は楽しそうに色々なショップを見ながら回っていて、空いた時間に高橋が勝手に撮影していた。
ポートレートはよく分からんが、こんな感じなんだろうか。
「白鷺が好き勝手回っているだけだが、あれでいいのか?」
「白鷺さん、畏まって撮影すると表情に出るからね。それに、私服姿を写真集にするなら普段の彼女を撮った方が、ファンの人も喜ぶんじゃないかな?」
なるほど。
高橋の言いたいことはよく分かった。
まあ、ふゆお嬢様の熱狂的なファンは、何の写真を渡しても喜ぶとは思うが。
ポートレート含め、新しいことを始めるのだから、本人の持ち味を活かしていくのはいいことだろう。
高橋は、白鷺を撮り続けているカメラマンだけあり、細かい部分も考えてくれているんだな。
「高橋、いつもありがとう」
「いいよ。白鷺さんのお陰で色々なレイヤーさんと交流が増えたし、楽しそうにしている人を撮るのは好きだから」
「そうなのか? 負担になってないか?」
高橋は、顔に出さないから分からない。
文化祭の時みたいに長時間働かせてしまうことも多く、その上、正当な対価も支払えていない。
「写真を撮るのは好きだから問題ないよ。僕としては楽しく過ごさせてもらっているよ。……あ、白鷺さんがスカウトに声掛けられてるから、助けてきなよ」
「まじか。すまない、行ってくる」
スカウトされている白鷺を助けに行く。
スーツ姿の男性と話をして、遊びに来ているのではなく仕事で写真撮影をしているので時間もないため、丁寧に断る。
白鷺が未成年だと分かると驚愕していた。
まあ、そうは見えないよな。
白鷺は新宿の女の子と比べても飛び抜けて美人だから、スカウトマンは名残惜しそうに帰っていく。
「東山、何だったのだ?」
白鷺は理解出来ていなかった。
キャバクラへの勧誘なのでそこまでゲスい話ではないが、男の俺から話すのは躊躇ってしまう。
「あ、いや、デートしているから邪魔しないように断ったんだ」
「なるほど。これがデートなのか。テニス部の後輩がよくしているデートというものはこれなのだな」
変に言葉を濁したせいで、拗れてしまった感が強い。
高橋に上手く説明してもらおう。
そういうの話すの俺よりも上手いし。
「うん、折角だからデートっぽい写真も撮ろうか。東山くんと白鷺さんで一緒に写真撮ったことなかったし、良い写真が撮れると思うんだ」
こっちもこっちで、写真の意欲が熱くなっていた。
「いや、恥ずかしいんだが……」
「でもオタクたるもの、良い写真を撮るためには恥は捨てないといけないからね」
「それを言われたら断れないやつじゃん」


それから数時間。
色々な場所を巡りながら、普通に新宿の街並みを楽しんでいた。
地下街を観光したり。
ゲームセンターやスイーツ。
キャラクターショップも行った。
買い物目的ではないので特にお金を使うことはしなかったが、白鷺からしたらウィンドウショッピングですらも新鮮らしく、目を輝かせていた。
都会だけあり、最先端の女性が好むブランドやファッションも多くて、俺も勉強になるし楽しかった。
オタク文化とは違うが、可愛いグッズもあるので白鷺も満足していた。
新宿に来て良かった。
俺達は大通りに出て、ぐるりと見回して次に行く場所を見る。
「うむ。次は何処に行くのだ?」
白鷺は元気だな。
テニス部だから、俺達より基礎体力も高いのだろう。
何か普通に遊びに来ているだけになっているし、デート感もない。
いつも通り過ぎる。
秋葉原に来ている時と変わらぬ感じであった。
「こんな感じでいいのか? 新宿で遊んでいるだけにしか見えないんだが」
高橋に耳打ちする。
「結構いいの撮れているけど、写真見る?」
一眼レフカメラの画面を見せてくれる。
「二人とも、どうしたんだ?」
白鷺も入ってきて、三人でこれまで撮った写真を確認する。
高橋の腕前もあるのだろうが、これまた綺麗に写っていた。
ウィンドウショッピングをしている白鷺の姿は、好きなものに夢中な年相応の可愛い女の子だ。
美人とかお嬢様とか称されることが多いけれど、内面を知っている俺達からしたら好きなものに夢中な白鷺の方が、白鷺の良さがよく撮れていると思う。
一緒に写っている俺はキモいけど。
「うむ。よく撮れているな」
白鷺は満足そうである。
それを見て、俺と高橋は少し嬉しかった。
「ああ、そうだな」
喜んでもらえると嬉しいし、やりがいがある。
幾つかの写真を確認しつつ、写真集に使うものを厳選していく。
正直、どれもレベルが高くて選べない。
白鷺に関してはどのアングルでも綺麗だった。
後ろ姿でさえ見返り美人のように儚げであり、写真として映えるのは美人の証である。
その中から写真集に載せるものを絞らないといけないため、白鷺はかなり悩んでいる。
「ポートレート?として選ぶとなると悩ましいものだな。どれも思い出深いからな」
「これとか可愛く写っているからどうだ?」
俺のオススメを指差す。
可愛いグッズを見てはしゃいでいる白鷺は、何だか可愛かった。
「そうか。これも採用しないとな」
顔を赤らめていた。
仲が良いとは言えど、女の子に可愛いって言うのは軽率だったか。
不意に白鷺と目が合い、逸らしていた。
「何か、すまない」
「いや、大丈夫だ」
カシャカシャ
高橋は一眼レフカメラを構え、連写モードにしていた。
「二人とも、シャッターチャンスだから動かないで」
毎秒数十枚で俺達を撮るな。
高橋はブレないな。


それからもう少し回り、写真集に載せるノルマは稼いだので、今日の撮影は終わりである。
「今日はありがとう」
高橋は早めに解散して、レイヤーさんの撮影会に行くらしい。
「いや、ギリギリまで手伝ってくれてすまない」
「今度お礼をする」
俺と白鷺は頭を下げて、一日付き合ってくれた高橋に感謝をする。
後半は高橋の撮れ高のために振り回された感があったが、楽しかったしな。
やはり、この三人でサークル活動をするのは楽しい。
「そうだ」
高橋はそう言って、鞄からチケットを取り出す。
「百貨店でキャラクター展やっているらしいから、見てきたら?」
「え? いいのか?」
百貨店でやっている催し物とはいえ、普通に高そうなチケットをくれた。
可愛いキャラクター。
くまくま体操のくまのキャラクター展だった。
「いいのか!? 新作のイラストも展示されているのだぞ??」
白鷺が好きなやつだから、テンション上がっている。
「うん。カメラ仲間からタダで貰ったやつだから行ってきなよ」
「ありがとう。高橋って気が利くよな」
「……学校で付き合い悪くても気にしないでいてくれるから、これくらいはしないとね。僕はもう行くから、白鷺さんのことを頼むよ。ちゃんとエスコートしてあげてね」
「ん? ああ、ありがとう」
高橋と別れて。
くまくま体操のチケット片手に嬉々としている白鷺を見つつ、ちょっとだけ心配だった。
「では私達はデートに行くか」
「白鷺、デートの意味分かってないだろ」
「違うのか?」
「いや、違わないけど」
学生が新宿の百貨店でデートは何か場違い感はあるけれど、白鷺は嬉しそうだし、まあいいか。
「東山。では、早く行くぞ」
「はいはい。急ぐ必要ないんだがなぁ」
先を進む白鷺に追い付くように、俺は早足で進むのであった。
後ろ姿も可愛い。
それからも白鷺のシャッターチャンスは何度もあったが、俺の腕前では綺麗に撮ることが出来なくて残念だった。
高橋がいないと困るものだ。

「うむ! 可愛かった!」
白鷺はとてもご機嫌である。
くまくま体操のキャラクター展を見終え、白鷺は大きなキャラクターの看板で写真撮影したり、どのグッズを買おうか悩んだり、他のお客さんより満喫していた。
休憩がてら、壁際で少し休む。
俺はスマホのアルバムを見ながら撮った写真を確認していた。
高橋の代わりに写真撮影を受け持っていたけど、俺の旧式のスマホでは駄目だった。
画質も色合いも含めて、性能の低さを痛感していた。
「う~ん。やっぱりスマホ撮影だと微妙だな。画質的に、一眼レフカメラじゃないと綺麗に撮れないのかもな」
「そうか? よく撮れていると思うぞ?」
「写真集では使えないだろう? シャッターチャンスを活かせなくて悪いな」
「……そんなことはないさ。私は気に入ったから、後で貰っていいか?」
「ああ、ラインで送るよ」
一応、高橋にも送っておこうかな。
高橋なら有効活用してくれそうだし。
「東山、次は何処に行こうか? 行きたい場所はあるか?」
「白鷺が行きたい場所でいいよ」
「では、すまないが、行きにあった洋服店に行ってもいいか?」
「ゴスロリっぽいところか」
「よく覚えていたな」
白鷺が気になっていたからな。
先に回っても全然良かったんだが、ポートレート撮影の主旨から外れるので、白鷺なりに我慢していたのかもな。
「白鷺、回りたいところは全部回ろうぜ」
まだまだ時間はあるので、新宿を楽しむことにした。
時間も忘れるまで楽しみ、夕暮れと共に帰路に着くのであった。




おまけ。

朝のホームルーム前に、女子達が集まっていた。
一条が話し掛けてきた。
「東山、おはよう」
先に登校してきていた一条に聞く。
「あれなに? バーゲンセールに群がるおばさんみたいな勢いだけど」
「そうかもしれないけど、聞かれたら確実に殺されるから止めといた方がいいよ」
そういうものなのか。
でも否定はしないんだな。
一条から詳しく話を聞くと、高橋が文化祭に撮った写真を持ってきてくれたらしく、女子達で奪い合いをしているらしい。
「いや、仲良く分けているからさ?」
間違えた。
仲良く分けているようだ。
ちゃんとしていて、えらいな。
文化祭の最優秀賞で貰った賞金は、写真を印刷する費用に全額充てたので、ちゃんと分けあっているなら良かった。
些少の金額でみんなの分まで足りるか不安だったが、そこら辺は高橋だから上手く配分してくれている。
「一条は貰いに行かなくていいのか?」
「うん……、さっきエルボー喰らったからいいや」
「暴力ありの無法地帯やん」
誰がやったか分かるのがやばい。
本気と書いて、マジと読むほどの形相をしていたので、草食系男子は睨まれないように距離を取って静観していた。
何歳でも女子は怖い。
彼女の有無に関わらず、クラスの男子は全員、身に染みて理解していた。
アレの中に入っていったら殺されると。


女子サイド。
高橋が渡した写真は女子達が仲良く文化祭の準備をしているものから、メイド服を着て仕事をしている風景まで多岐に渡り、数百枚以上の写真からの選りすぐりを持ってきていた。
だから、文化祭から数週間も掛かってしまったわけだ。
その分、どの写真もみんな可愛く写っていて、満足いくクオリティに仕上がっている。
ハジメや西野さんら金勘定の人間が、最優秀賞の賞金の中でやりくりするように決めていたからか、お金の関係で同じ写真は数枚しか現像していないため、女子同士でじゃんけんして公平に分けていた。
可愛く見えるが、事実はそうではない。
ーー、ちなみに男子の取り分はない。
文化祭を頑張り、皆勤賞であるハジメや一条ですら一枚も写真を分けて貰っていないくらいに、女子達が写真を独占していた。
汚いやり口である。
「ねえねえ、男子の写真ってあんまりないよね?」
「まあ、裏方だったし撮る機会がなかったんじゃないの? メイド喫茶だったからね」
口々に語り出す。
エプロンを付けてピシッとした格好をしていたとはいえ、男子が表舞台で活躍する場面はほぼなく、写真を撮る余裕があったとは言い難い。
特に二日目は高橋がチェキを頑張っていたので、野郎を優先する場面はなかった。
「いや、男子も少しあるけど、欲しがってそうな人の分しか現像していないんだ」
女子に囲まれても我関せずの表情をしている高橋は、写真が入っている茶封筒を取り出す。
黒川さんや、一部の運動部の女子だけに渡し、もらった女子は意図が分からないまま徐に開封する。
「……あ、あざっす」
「なるほど」
ピンポイントで好きな人がバレているのだった。
好きな人や彼氏の写真を渡された人は、即座に高橋に頭を下げる。
足を向けて寝られないレベルである。
「ねえ? ワタシのは? ワタシの」
「あんたはアホだからないの!」
「何で!?」
一喝して黙らせる。
イケメン好きなミーハーには、写真すらない厳しい世界であった。
それこそ、ちゃんとした恋愛をしている女子しか貰っていない証だ。
リア充と非リア充をぶったぎってしまうものではあるが、誰も文句は言わない。
有難いと同時に、高橋に好きな人を把握されている関係で、下手に動くと想い人に好きなのがバレてしまうからだ。
被写体の価値を写真として最大限に表現出来るプロだけあり、異性に向ける眼差しだけでも、好きな人が余裕で分かっていたのだ。
女子達は高橋を畏怖しながらも感謝していた。
「気を利かせてくれるのは有難いけど、空気読めたり、勘が鋭いのもアレだね。好きな人を見ている様子が、女の顔をしているとか思っているのかな……?」
「あんたは餓えた狼だけどね」
「なしてぇ?!」
辛辣な言葉が飛んでくる。


「はい。小日向さん達にも」
「わあ、ありがと!」
風夏は、みんなと同じように茶封筒を貰い喜んでいた。
よんいち組に関しては、ハジメが写っている写真はさほど入っておらず、仕事仲間であったり、メイドリストのみんなであったり、各々が大切にしている人が写っていた。
いつの間に撮影したのか分からないけど、高橋なりに選んでくれたのだろう。
クラスで一丸となって頑張った文化祭は楽しかったけれど、ただそれだけではなく、喜んでくれた色々な人がいたから、大切な思い出になっているのだ。
勿論、出逢いの架け橋になってくれたのはハジメのお陰でもあるので、感謝をしつつも文化祭が終わった寂しさも味わっていた。
「ふっ」
萌花は珍しく小さく笑い。
一枚の写真を見ながら、文化祭の思い出に浸っていた。
それに気付いた麗奈は近寄り。
「萌花、どうしたの? 誰が写っていた写真なの? ねえねえ」
女の子らしい仕草をする萌花をからかうために、麗奈は写真を見せるように強引にせがむ。
断る理由もないが、一応説明だけしておく。
「好きピに発情するメスネコの写真だけど見たいん?」
「そんなことしてないからね!?」
やぶ蛇だった。
秋月麗奈が子守萌花に勝てる日は来るのだろうか。


ハジメちゃんサイド。
「え? 俺達もいいのか?」
俺と一条も茶封筒を貰う。
嬉しそうにしている女子とは違い、中身が怖く感じるのは、俺達が男子だからだろう。
入っているのは女子の写真であり。
それは正しく、パンドラの箱である。
「一条、じゃんけん」
「こういうのじゃんけんで決めるものじゃないからね?!」
それでも素直にじゃんけんする一条が好きである。
一条が負けたので、先に確認する。
ゆっくり封筒を開けて、隙間から写真を確認する。
不審者だな。
薄目で覗き見る姿は秀逸だ。
イケメンじゃなかったら捕まっているレベルだ。
「セーフ」
「大丈夫だったのか?」
「黒川さんの可愛いメイド姿の写真だから大丈夫!」
他のやつらも普通に聞いているけどいいのか?
黒川さんは恥ずかしがっている。
一条は彼女のことになるとリミッター機能壊れるからな。
恋は盲目なのかね。
「まじか。じゃあ俺も開けるわ」
他のやつも気になっているみたいだけど、俺だけしか見えないように中身を見る。
これは、セーフなのか?
いや、うん。
「東山、見せてくれよ」
「ああうん」
一条の写真も見せてもらったので、こちらの写真も見せる。
文化祭とはまったく関係ない。
この前新宿で撮影した、白鷺のポートレート写真だった。
白鷺の可愛い姿を写したものばかりで、写真集用のリストアップも兼ねてで現像してくれたのだろう。
デート風景っぽく撮れていて、かなりいい出来である。
「うん。これは。他の女の子に見せたらアウトだね」
「そうなのか?」
やましい写真なんてないし。
三人で新宿を色々見ながら、白鷺の綺麗な姿を撮っただけなんだが。
パラパラとめくっていくと、俺がスマホで撮った写真が出てきた。
スマホなのが悔やまれるけれど、この写真の白鷺が一番可愛く思えてしまう。
不意にこの写真が出てきたので、思わずにやけてしまう。
「いや、これはアウトだな」
「見てもいい? ……あ、察し」
「色ボケ男子ども、もえぴ警察だ。写真をあらためさせろ」
世紀末の警察みたいなやつが、問答無用で写真を奪っていった。
……女子グループ全員で写真を確認して。
「うん、アウト」
十数人全員が満場一致である。
やっぱりアウトだった。

白鷺だけは写真を見ながら、満足そうであった。
楽しい思い出ばかりなのだろう。
あと、デートって言ったらあかん。
やめて。
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