この恋は始まらない

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第三十五話・宝石のように煌びやかに。

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十二月三十一日。
世間では大晦日の年越し準備で大忙しだが、オタクは冬コミ三日目である。
俺は、漫研のサークルスペースで売り子を手伝い、時間を潰していた。
夏コミ同様に小日向との待ち合わせは十二時過ぎなので、それまでは部長や後輩と一緒に無になっていた。
宇宙猫みたいな虚無である。
一向に人の流れは途切れないが、漫研のサークルには誰も来なかった。
漫研部の新刊は、十八禁の同人誌だから、俺はまったく関与していないため、アウェイ状態だ。
十八禁故にツイッターでは宣伝していないので、俺の知り合いも知らないレベルだから、サークルスペースは閑古鳥である。
漫研部のOBの人が挨拶に来てくれるくらいだった。
まあ、フォロワーやファンの子に知られるわけにもいかないしな。
ツイッターで宣伝してみろ。
中学生が多いのにエロ画像貼り付けたら、普通に捕まるわ。
「……東山、暇だし抜けていいぞ」
「ありがとうございます」
鞄を手に取り、帰り支度をする。
「まあ、なんだ。今年一年お疲れ様。来年もよろしくな」
「部長……、来年もよろしくお願いします」
「ーーえっ?! 先輩達、BLですか??」
隣の後輩が歓喜していた。
先輩をカップリング扱いするな。
こんな何気ない一言で、性的対象にされとうないわい。
「……」
「……」
無視して帰ることにした。


ビッグサイトの駅前に移動して、小日向と合流する。
駅前に着いて早々、ファンの女の子にサインをしていた。
早くね?
小日向は、夏コミで好き勝手目立っていただけあってか、オタクの皆さんにも顔を覚えられていた。
ツイッターやSNSではジェムプリのコスプレをするって告知していたし、駅前からこの調子だと結構やばくないか?
何で目立っているんだ?
コミケへ向かう人混みの中で、コスプレ会場みたいになっている。
ああ、そうか。
いつも顔を合わせているから忘れていたが、こいつ美人だったわ。
冬の季節に合わせた可愛いコートを着込んでいて、ファッションセンス溢れるコーディネートをしていた。
読者モデルという、ある意味コスプレである。
冬コミはオタクが主役なので、畑が違う小日向にはあんまり目立たないでほしいが、無理な話である。

ファンから解放された小日向と合流する。
「やーやー」
元気だな。
写真撮ったりサインしたり、いつものファンサービスをしていて、普通ならば疲れるものなんだが、慣れているだけあってか気にしていなかった。
体力無限なんじゃないかな。
元々、バグキャラみたいなもんだしな。
「ん? そういえば、今日はネイルしていないんだな」
ネイルは、小日向のチャームポイントだ。
赤いマニキュアが好きな女の子なのと、クリスマスからは限定マニキュアを付けて自慢していたのに、今日は透明なジェルネイルをしている。
自然体な艶やかな爪だった。
「ルビィちゃんの格好するから、赤いネイルはやめたんだよ」
「まあ、あのネイルはコスプレすると目立つもんな」
いつものネイルは小日向だから似合っているが、アニメに出てくる小さな女の子キャラがバキバキの真っ赤なネイルしていたら引くと思うわ。
世界観に合わせておしゃれをするあたりは、ファッションもコスプレも同じなのだろう。
話していたら長くなりそうなので、そろそろ移動する。
小日向の荷物を受け取り、キャリーバッグを転がしていく。
駅前からアニメのポスターが列なる道を歩き、ビッグサイトに向かっていく。
「へぇ、来るのは半年ぶりだけど、やっぱり混んでるねぇ」
ビッグサイト名物のメチャクチャでかい階段を軽快に登りながら、はしゃいでいた。
コミケでわくわくするのはいいが、他の人の迷惑にならないようにしてほしい。
小日向が道の真ん中を通ると、自然と道が開く。
これも半年振りだな。
コミケに参加する人達はオタクだけあってか、陽キャ読者モデルのヒエラルキー上位種には弱いらしい。
オタクっぽくない陽キャの可愛い女の子が通ると、ビビるらしい。
まあ俺は小日向に慣れているから気にしなくなったが、それが正しいオタクの反応なのかも知れない。
「小日向、迷子になるなよ」
「え? 大丈夫だよ~」
はぐれたら死ぬぞ。
ここは、コミケという名の戦場だ。
参加者十数万人のイベントを舐めるなよ。
『ぬ』と『ね』の区別がつかないまま、サークルスペースを延々と迷った過去がある俺の忠告は聞いておいた方がいい。
ビッグサイトで迷ったら戻ってこれないぞ。
「絶対にはぐれるなよ?」
「はぐれたらラインするから大丈夫だよ」
「因みに、人が多過ぎてラインやツイッターは普通に繋がらないからな」
唐突な死。
スマホという人類の叡智を失った人間は、ただのアホになる。
まあ、それは想定の範囲内だし、小日向が迷子になる前に捕らえるけどな。


更衣室へと向かうエスカレーター前で、待ち合わせしていたアマネさん達と合流する。
「あら、ハジメさん。おはようございます」
「おいっす~」
「や」
昨日も会った面々である。
三人揃っているあたり、本当に仲良しだな。
「みなさん、今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
ぺこりーぬ。
深々と頭を下げる。
「あまり気にしないでいいですよ」
「ありがとうございます。そういえば、皆さんは着替えてないんですね」
普通に私服で出迎えてくれていた。
待ち合わせ時間が十二時過ぎだったから、朝からコスプレしていると思っていたんだが。
「あ、さっきまでメイド服だったんで」
明らかにでかいキャリーバッグを指差す。
からくり人形が入ってそうなくらい大きかった。
この人達、何着コスプレ衣裳を持ってきているんだよ……。
俺ですら小日向のバッグを持ち運びするのも大変なのに。
メイド服って、コスプレ衣裳の中でもかなり重い方である。
……レイヤーさんって野外でのイベントも多いし、ビッグサイトで三日間コスプレするのはかなりの体力勝負だ。
ある意味体育会系だな。
「じゃあ行って来るね」
「ああ」
小日向達を見送る。
更衣室へ向かう為に、エスカレーターで上の階に上がっていく。
小日向は、ずっと手を振っていた。
別にこの場所で待っているし、エスカレーターで動き回るのは危ないから止めてほしい。
相変わらず、子供みたいなやつだな。


みんな、コスプレ衣裳に着替え終えて、コスプレ会場まで移動する。
ジェムプリのコスプレをしている四人組が歩くだけで、すれ違う人達が振り返る。

小日向が、ルビィちゃん。
アマネさんが、ダイヤちゃん。
肩パンしていた人が、アクアちゃん。
進行役していた人が、真珠ちゃん。
である。
宝石を模した魔法少女なので、見た目とキャラ名が分かりやすくて助かる。
ジェムプリの魔法少女は、胸元に宝石の装飾品があり、それで簡単に区別が出来る。
一般的なアニメの魔法少女はステッキから攻撃するが、ジェムプリの魔法少女は胸元の宝石からビームを放つし、宝石魔法を使う。
話数が進むに連れて、ジェムプリはドレスアップで強くなった衣裳を身に纏い素手で敵を倒すし、地面を叩き割る。
衣裳の派手さが強さに直結している。
プリンセスフォームになると、最初の衣裳より数倍強くなる。
宝石のように煌びやかに光輝き、衣裳が豪華なほど強い。
女児にも分かりやすい作りである。
そういった意味では、ジェムプリはコスプレ受けがいいアニメといえる。
好きな推しキャラの衣裳違いのコスプレを延々と出来るのは、それだけで有難い。
今回は初期衣裳で合わせていて、可愛いフリルの衣裳を着込んでいた。
みんな、衣裳だけでも原作再現度が高いのに、ウィッグを被り髪型を変えてキャラになりきっていた。
メイドリストは、地毛のままでメイド服を着ている人達ばかりだからずっと分からなかったが、アニメキャラのコスプレも滅茶苦茶似合っている。
何でメイド服に固執しているのか謎なくらいだ。
彼女達がちゃんとコスプレイベント開いたら、もっとファンが増えるだろう。
レイヤーさんとして目立たないのは勿体ないけど、メイド服が好きな根っからの人種だから、メイド界隈に居るのが一番似合うと思うし仕方ないのか。
それでもまあ、全国から集まるレイヤーさんの中でも群を抜いて綺麗である。
その可愛いレイヤーさんの頂点に君臨する小日向風夏。
だから、お前は目立つな。
読者モデル界隈から来た、外来種だろうが。
アメリカザリガニみたいなものだぞ。
生態系を壊している。
一般人ではないので、衣裳を着ると雰囲気が変わる。
全身から、読者モデル特有のオーラを出していた。
「小日向、オーラが漏れてる漏れてる」
「え、出てた?」
雰囲気がオフになる。
そうすると、小日向の顔面の作画レベルが下がる。
すまんが、ギャグキャラしか出来ない芸当だぞ、それ。
どうなっているんだよ。
読者モデルって能力者なのか?
メイドリストのみんなは、小日向の雰囲気に気圧されていた。
「……読者モデルって可愛いだけじゃなくて、雰囲気が違うのね」
「流石、風夏ちゃんだわ。モデルって感じのオーラビンビンだね」
「やはり、持って生まれたか」
ボソッと言っていた。
覇王色の覇気みたいに言うなよ。
実際に小日向が綺麗過ぎて、倒れそうになっている女の子はいるけどさ。
存在感以外は、ただのアホだぞ。
読者モデルのオーラが全開だと、ルビィちゃんの可愛いイメージに似合わないので、抑えてもらう。
最終決戦時ならまだしも、可愛い女の子がする顔と雰囲気ではない。
ファッション雑誌の一面ならそれが正解だが、コスプレにはカリスマ性はいらない。
ルビィちゃんの可愛いキャラから外れないようにするのが重要であり。
キャラクターに敬意を払い、なりきるわけだ。
それさえ守っていたら文句は言われないだろう。
モデル立ちとかしそうだから注意しておく。
「え~、駄目なの? む~、コスプレって難しいね」
「コミケだから緊張するのは分かるが、変に頑張るから目立つんだよ。ほら、昼休みの時くらいの緩さでいけばいいだろう?」
「ゆるゆる?」
学校で昼寝している時の表情をしていた。
まあ、ちょっとアホ度は増したが、先ほどよりかはルビィちゃんっぽくなっていた。
「……それくらいでいいんじゃないか? 表情がくだけた方が可愛いと思うし」
「そうかな?」
よく分かってない小日向だった。
我が強いせいか、ルビィちゃんらしくするっていうのがやっぱり難しいようである。
暴力は全てを解決する。
そんな感じで、持ち前のカリスマ性で読者モデルをしているからな。
小日向風夏の雰囲気を抑えつつ、撮影するのは苦手そうであった。
だが、仕事の経験とセンスを活かしつつ、撮影しながら調整してくれそうだから安心している。
そこはプロだからな。
信頼出来るだろう。


コスプレ会場。
昨日と同じ屋外の開けた場所で、今日は昨日以上にアニメ系のコスプレが多い。
最終日は三大有名なアニメやゲームの衣裳をよく見掛けるし、冬に流行ったアニメなども多い。
マイナー作品や流行から廃れた作品は見掛けることは少ないが、熱烈なファンに支えられている作品もある。
ジェムプリだってそちら側だ。
歩いている最中にも、ジェムプリの名前を呼んでいる人がいた。
最終日は来場者の人数がやばいので、コスプレするスペースはあまり確保出来ないが、小さいスペースで抱き合う感じで撮影すれば四人で合わせるには十分である。
「合法ハグ」
パワーワードやめろ。
いや、コスプレ会場が狭いから仕方ないとはいえ、女子高生に抱き付いたら普通に犯罪である。
小日向の匂い嗅いでいた。
ド変態だ。
さすがメイドリストだ。
汚い大人である。
撮影を開始すると、レイヤー知り合い含めて、カメラマンの人達が集まってくる。
俺の知り合いも結構居て、やっぱりみんなコミケが楽しみなんだよな。
小日向が目立つとはいえ、レイヤーさんの人気は一辺倒ではなく、カップリングキャラ同士での撮影が多い。
ルビィちゃんとダイヤちゃんは、特に人気があるコンビなので小日向とアマネさんの需要が高かった。
ルビィちゃんは、主人公らしく太陽のように明るく元気な女の子で。
ダイヤちゃんは、冷静沈着だがどっか抜けている天然な女の子。
二人とも、ジェムプリが好きなだけあってか、そのキャラの表情を表現しながら撮影している。
カメラマンの要望を受けて、スマホでポージングを確認しつつ、まったりと撮影を進めていく。
俺はみんなが楽しそうにしているのを眺めつつ、撮影時間を管理する役をしていた。
スケッチブックに注意事項を書いた看板を掲げながら人が集まり過ぎないようにする。
コミケスタッフに怒られないように、ちゃんと管理しないといけない。
列が広がると他のレイヤーさんの迷惑にもなるからな。
最近こんな役割ばっかりしている気がする。
「ハジメさん、看板持ち代わるよ」
他のカメラマンの人が話し掛けてくれた。
「いいんですか?」
「まだ撮影していないでしょ? 少しくらい撮ってきなよ」
「ありがとうございます」
お言葉に甘えて、少しだけ代わってもらう。
知り合いに看板を手渡し、一眼レフカメラを構える。
撮影待ちをしているこちらに気付いてか、四人共にイキイキとしていた。
あんまり写真を取るタイプじゃないから並んでいてビックリしたのだろうか。
……技術力低いんだから、過度な期待はしないでほしい。
順番が回ってくると、くっそ笑顔で出迎えてくれた。
小日向のファンなら推しの笑顔が見れたら泣いて喜ぶだろうが、ルビィちゃんのキャラが崩壊している。
他の人に注意してもらうべきなんだけれども、レイヤーさんとカメラマンとの距離が空いているので話し掛けられない。
アイコンタクトをする。
流石、小日向。
こちらの意図に気付いてくれた。
「ピースピース」
全然違う。
ピースすんな。
こいつに意図を汲み取ってくれっていうのは間違いだった。
……仕方ない。
撮影時間は限られている。
好き勝手やっている小日向に構ってられないので、カメラでの撮影を続ける。
小日向は、アホみたいなことをしている割には、まったくポージングは崩さない。
カメラ慣れしているのもあるが、根深い部分でモデルの仕事が日常化しているのかも知れない。
カメラが目の前にあれば、誰よりも目立つことが出来る。

天賦の才だ。

それを無意識にやってのける。
神が与えた才能だ。
それでも突き進むことが出来きたのは、並々ならぬ努力をしていたからだ。
誰よりもファッションを愛していて、ファンが好きだから成り立つ。
その中では、自分を犠牲にせねばならないことの方が多い。
読者モデルとして小日向の人気が出ることは喜ばしいが、負担は増すばかりである。
小日向の性格的に仕事ばかりで過度なストレスを与えると泣き叫ぶ。
その前に、適度にガス抜きをしてあげないといけない。
大体の時は、お菓子を投げ付けておけば、機嫌が良くなるけど。
……いくら小日向と言えど、そんなに簡単なものではない。
モデルだからこその悩みだってあるだろう。
よく分からんことばかりするやつだが、分かることだってある。
コスプレしている小日向は楽しそうだった。
ずっと笑っていた方が幸せなやつなのだ。


それから一時間後。
全然、引かねぇな。
自分の撮影が終わってから、ずっと看板を持っていた。
クソ寒い十二月の年末に、延々と一人で列の整備をしていたら死ぬわ。
冷静に考えたら、レイヤーさんに相方がいることが多いのは、こういうことなのか。
撮影している間は身動き取れないので、フォローしてくれる相方は必要である。
オタク同士の暗黙の了解で、撮影して手が空いた人が撮影時間を上手く回してくれていても、数十人規模の取り巻きはやばい。
カメラマンが増え過ぎである。
こんなん、一人で回せるか。
撮影が終わったメイドリストの知り合いが手伝ってくれていても限界がある。
アマネさんは察してくれたのか、切り上げてくれる。
「ハジメさん、あと三十分で終了で」
「はい。分かりました」
女神だ。
スケッチブックに終了時間を記載して、並んでいる人達に伝えておく。
これ以上、後ろに人が並ばないよう手伝ってもらうわけだ。
急に決まったのに、誰も文句を言わないで従ってくれる。
小日向含め、美人ばかりの集まりで撮影するのは楽しいとはいえ、グダグダな上に数分の撮影時間の為に並んで待ってくれているのは申し訳なかった。
逆に、みんなは感謝の言葉と共に、名刺を渡してくれる。
カメラマンの皆さんは、コミケで撮影した写真はSNSに上げてくれる。
名刺のアカウント名で検索して、あとでお礼を言わないといけないだろう。
みんなからの名刺は、傷が付かないように名刺入れに仕舞ってちゃんと管理する。
「へえ。ハジメさん、名刺入れ良いやつ使っているんだね。センスいいね」
萌花から貰ったやつ。
知り合いから、急に褒められたからビックリしてしまった。
「ありがとうございます。まあ、プレゼントで頂いた物なんですが、褒められると自分のことのように嬉しいですね」
「彼女さん?」
「いえ、そういうわけでは……」
萌花からのプレゼントだから、色恋沙汰は関係ないと思う。
友達って感じでもないけど。
悪友か……?
あまり関係性を意識したことなかったし、分からん。
「あれ、違うの? 名刺入れをプレゼントしてくれる人なんて、よほど出来た女性じゃなければ考え付かないしさ」
「そうなんですかね?」
名刺入れを見る。
まあ、萌花が出来た女性なのは確かだろうが。
正直、何の意図があって名刺入れをプレゼントしてくれたのかは分からなかった。
萌花に聞いても教えてくれないし、自分で考えて察しろって言われるだろう。
そんなんだから、萌花にアホって怒られるのだ。
陰キャのオタクに、女の子の気持ちを分かれってのは無理な話だが。
最近は特にイベント続きで忙しくて時間に追われていて。
冬休みに入ると、話す機会も全くなくなる。
……やばいな。
くっそ放置していた。
仕事が忙しいからと、彼女を放置して会話しないようなもの。
普通のカップルなら、余裕でブチギレられる案件だ。
全速力で殴り飛ばされるレベルだ。
まあ、えっと、コミケが終わったらちゃんと連絡しよう。
名刺入れ褒められたから、感謝しておくべきだ。
……それに、萌花と本屋に行く約束もしていたしな。


ジェムプリの合わせを終えて、俺と小日向は一緒にアクセサリー制作のサークルを回ることにした。
アマネさん達は、また着替えて他のコスプレ合わせをするらしく、途中で別れる。
体力やばすぎである。
何着もコスプレするのは、プロじゃないと無理だ。
撮影慣れしている小日向でも、コミケの撮影は勝手が違うのもあり、流石に疲れたみたいだった。
「どっか休むか?」
水分補給がてら、通路の端で少しだけ休む。
コンビニで飲み物を買ってきて、小日向に手渡す。
温かいミルクティーである。
「好きなやつ!」
「そうか」
別に言わなくても分かっているけど。
よく飲んでいるやつをチョイスした。
休みながら小日向は楽しそうに撮影の話をしだして、俺はそれを聞きながら一眼レフカメラで撮った画像を見せる。
「これこれ。ルビィちゃんの決めポーズ。家で練習したんだよ」
めっちゃ近い。
感覚バグってんのか。
一眼レフカメラの画面は小さいので、身を乗り出して確認しないと分からない。
だとしても、男女の距離感じゃない。
寄りかかってくる。
「ほら、このボタンで写真見れるからやってみろよ」
小日向に一眼レフカメラを手渡して、自分で見てもらう。
これなら俺に近付かなくてもいいはずだ。
駄目だ、一度詰められた距離は変わらない。
「おーおー」
感動していた。
ルビィちゃんのコスプレしながら吠えていると、ルビィちゃんが馬鹿みたいに見えるからやめろ。
端から見たら仲良さそうに見えるらしく、他のオタクの人達が笑っていた。
「この写真、可愛い」
「ああ、後で送るよ」
「えっとね。全部。全部」
全部送るから安心しろ。
そもそも数枚だけ送る方法とか分からんし。
「コミケって楽しいよね。色々な人達が楽しそうにしていて、こっちまで楽しくなる」
「そうだな」
「ね~! ルビィちゃんのコスプレが可愛いって言ってくれる人もいたし、読者モデルの私にも優しくしてくれたし」
アマネさん含め、メイドリストやカメラマンの人達も優しくしてくれていた。
小日向が可愛いから忖度したというわけではなく、純粋にコスプレを楽しんでもらおうと思ってくれていた。
小日向は嬉しい時は分かりやすい反応をしてくれるので、大人の皆さんは世話焼きしたくなるのかも知れない。
純粋な女の子は人気が出るものだ。
アマネさん達からしたら、白鷺同様に小日向も可愛い後輩だからな。
「そうか、良かったな。……来年はもっと色々やってみてもいいかもな」
「はいはい! 次は、プリンセスフォームやりたい! プリンセスフォームフルドレスもあるし、劇場版のプリンセスフォームアナザードレスも着たいなぁ!」
何回、ジェムプリのコスプレをやるんだよ。
ルビィちゃんへの愛が強い。
ジェムプリの衣裳を完全制覇するつもりであった。
他のアニメのコスプレしてもいいと思うんだが、不粋なので黙っておく。
それにコスプレはみんなで集まってするものだから、次も同じメンバーで撮影出来るかも知れない。
「じゃあ、次は早めに準備をしないとな」
「うん。次もよろしくね」
「……まあ、仕方ないか。幾らでも付き合ってやるよ」
「わぁ、ありがとう」
小日向が頑張りたいのであれば、どこまでだって応援する。
こいつなら、応援しただけ期待に応えてくれるだろうし、読者モデルの世界だけでなくコスプレの世界だって輝けるかも知れない。
瞳を輝かせているし。
好きにやらせるべきだ。
まあ、何というか。
小日向が見る景色は面白そうだし、俺だって見てみたいからな。
「……」
「どしたの?」
こちらが黙っているのに気付いてか、不安そうにしている。
少し悔しかった。
野郎が、読者モデルの女の子に嫉妬するのはおかしなものだが、俺がその才能とセンスを僅かでも持っていたらどれだけ良かったかと常々思う。
目玉を交換したら、見ている景色が変わるのだろうか。
たまにそう思うことだってある。
嫉妬してもしょうがないんだがな。
それに、小日向は小日向だから才能があるのだ。
俺には扱えないものだ。
「……まあ、休んだし他の場所を回るか」
端で話し合っていても仕方ない。
このままの雰囲気でいると、愚痴りそうだからな。
ただでさえ俺より忙しい小日向に迷惑かけるわけにはいかない。
一眼レフカメラを仕舞う。
「色んなところを回りたいな」
「そうだな。アクセサリー制作のサークル回って、他に回れるところは。……あ、私服に着替えないといけないから時間はあまりないか」
コミケ終わり際の更衣室は混むっていっていたから、ギリギリまでコミケを堪能するわけにはいかない。
大晦日だし、早めに帰るのがいいだろう。
「ふむふむ」
小日向はよく分かってなさそうだった。
小日向はオタクじゃないからコミケの勝手が分からないのと、無心で俺に着いていけばいいと思ってそうである。


夏コミと同じように、アクセサリー制作のサークルを回る。
夏みたいに暑くないのでビッグサイト内は快適だが、大晦日だからか仕事終わりの社会人が多くて、夏コミとは違う意味で動きにくい。
何度かぶつかりそうになる。
「小日向は大丈夫か?」
「何が??」
アホみたいな表情で平然としていた。
どんな時でも、緊張感がないやつだな。
なるほど。
理由が分かった。
ここはコミケであり、ジェムプリのルビィちゃんのコスプレした美人にぶつかるようなオタクはいない。
レイヤーさんと分かっていたら、コスプレ衣裳に自分の鞄を引っ掛けないように距離を取るのが普通である。
そもそもオタクは、可愛い女の子の半径五メートルに近付けないものだ。
世界一可愛い読者モデル。
もうそのキャッチフレーズはいいっす。
豪語しているだけあってか。
こいつ、クソほど目立つしな。
水分補給して休憩したせいか、読者モデルのオーラを全開にしているので、人の流れが小日向を中心に避けていく。
だから、隣にいる俺の回りに人が突っ込んでくる。
流石に小日向だと気付いているファンはいないが、遠巻きに見ている人達は居た。
「あれ? 私、浮いてる?」
「あ~、企業ブースのモデルだと思われてるんじゃないか?」
「なにそれ」
「まあ、コスプレ専門のモデルだな」
「漫画の雑誌でよくやってるやつ!」
それは知らんが、小日向のモデル仲間はコスプレしている人もいたか。
雑談しつつ、サークルスペースを回る。
夏コミの時にアクセサリーを購入したサークルさんに挨拶をして、仲良さそうに会話をする。
購入した際に貰っていた名刺を使って、SNS経由で連絡していたらしく、友達になっていた。
うぇーい。
もう、親友やん。
年上のお姉さん達とフレンドリーに話すとか、コミュ力おばけかよ。
可愛い可愛い言いながら、アクセサリーを手に取る。
毎度のことながら、女子同士のやり取りの最中は蚊帳の外である。
暇なので、小日向に似合いそうなものを物色したり、漫画に活かせそうなデザインのものがあったら覚えておく。
おみやげに何か買っていってもいいかも知れないな。
女の子にアクセサリーをプレゼントするのはどうかと思うが、似合いそうだからな。
「小日向、せっかくだし、何かプレゼントするよ。選びな」
「ま?」
反応の仕方が、可愛くない。
別に可愛い反応が返ってきてほしいとは思わないけどさ。
「なにがいいかなぁ」
サークルの売り子さんと話ながら、何にしようか悩む小日向であった。
ピアスや髪飾りは性格に合わないし、指輪などは学校に付けていくわけにはいかない。
そうなると、チャームなどの小さなワンポイントの方がいい。
「ハートにしようかなぁ」
チェーンを付けたらネックレスとして着飾ることが出来て、シンプルながらハートの可愛いかたちが魅力的である。
キラキラと揺れるハートが印象的だった。
「ハートにするのか?」
「いいでしょ! 可愛いよね」
「まあ、可愛いとは思うが」
学生からしたらハートのネックレスはださい風潮があるので、それでいいのかと悩んだが、小日向が気に入っているからいいのか……。
ファッションセンスがあるから、難なく使いこなすとは思う。
なら、チョイスとしてはアリなのか。
「ハートはダサくない」
「え?」
「ハートはいいぞ」
売り子さんもハートを勧めてくる。
ダサいと言われがちなデザインだが、それを芸術に昇華させて可愛いと言わせるのがデザイナーだ。
シンプルイズベスト。
彼女達は、小さなチャームを作るにしても情熱を持っているのだ。
可愛い女の子の手元に渡り、ずっと愛されるようなデザイン。
不変的なシンプルなハート柄だとしても、繊細な美しさを持つアクセサリーを作り出している。
ハートのネックレスはダサくない。
今川焼きのようなものである。
それは、有名店のショートケーキほどの華やかさや美味しさは持ち合わせていないが、毎日のように、いつ食べても飽きないのは今川焼きだ。
売り子さんは熱く語る。
せめてそこは、たい焼きにしてやってくれ。
今川焼きは呼び名に地域性があるから、普通の人はわかりづらいわ。
「うんうん」
小日向は頷いていた。
お前には、今川焼きの例えが分かるんかい。
コミケとはいえど、全国から集まるレベルの最高峰のクリエイターなんだから、ちゃんとしてください。
「風夏ちゃんならこれが似合うと思うわ」
「え~、可愛い可愛い」
可愛いしか言ってなくね?
アクセに浮かれる嬉々としたルビィちゃんが跳び跳ねているから、目立つんだが。
キャラ崩壊が著しい。
「ハジメさんもそう思うでしょう?」
「あ、はい……」
そして当然の如く俺の名前もバレていた。
俺は知らないのに、色々と把握されているの怖いわ。
「じゃあ、これにしようかな」
銀色のシンプルなハートを受け取り、サークルスペースの鏡を見ながら首もとで合わせる。
ウキウキだ。
「どう? 似合う??」
「ああ、小日向に似合っていて、可愛いと思うぞ」
「本当!? じゃあこれにしよっ!」
財布からお金を出して支払う。
売り子さんと軽く雑談してから、サークルスペースを後にする。
他も回っていると、小日向のことを知っている人ばかりだった。
読者モデルで顔が可愛いからとかではなく、純粋にみんなに愛されているのだろう。
裏表なく誰とでも仲良くなれるやつだからな。
そういう人間は好かれるものだ。
小日向は、色々なサークルを見ながら、アクセをベタ褒めしていた。
数万円使う勢いでめちゃくちゃ買っているし、自分の作品を可愛い可愛いと褒めてくれたら、誰だって小日向のことを好きになるのかも知れない。
夏コミ以上に、欲しいものが買えたらしく、ご機嫌である。
「ほれ、買ったやつは預かるぞ」
小日向の荷物は俺が預かっていた。
ルビィちゃんのコスプレをしているので、小日向の派手なバッグは俺が持つわけだ。
「コミケって楽しいね」
「そりゃ良かったわ」
ストレスなさそうな満面の笑みだ。
息抜きになって何よりである。
金の使い過ぎだが、ファッションで稼いだ金額をファッションに費やすのは小日向らしいだろう。
一通り見終わったので、着替える為に更衣室に向かい出した。
五時に近付くと、帰る準備をしている人達も増えてきていて、コミケの終わりを感じてしまう。
大晦日だからか、早めに帰るのだろう。
横目で見ながら、色々なオタクの人達とすれ違う。
「ねえ」
「ん? どうした?」
不意に小日向は話す。
「ハジメちゃん、来年もよろしくね」
何だよ。急に。
ビッグサイトで辛気臭い空気感を出されても困るんだが。
でもまあ、駅前とか別れ際で言われるよりかはマシか。
「……ああ、こちらこそよろしくな」
素っ気なく返した。
それに目くじら立てる小日向でもない。
陽キャと陰キャの物語なのだ。
面白いことは言えない。
「私ね、来年は色々やりたいことがあるんだ。私が知らない新しい仕事をもっとしてみたいし、いっぱいいっぱい動画とか写真とか上げて、もっとファンのみんなに喜んでもらいたいの」
「へぇ」
「む~、反応うすいよ」
「仕方ないだろうに。そう言われても、小日向が何をやりたいのか分からんし」
すまない。
やりたいことはちゃんと箇条書きしてくれ。
いきなり言われても分からないわ。
イメージ出来ないぞ。
今後の予定などの重要な話は、お茶しながらでも、じっくり話すべきだろうに。
私服に着替え終えて、駅に向かう。
その間もやりたいことを熱く語る小日向であった。
おしゃべりクソバードだ。
弾倉知らずのマシンガントークである。
聞いている俺からしたら、左耳から貫通して右耳を通り抜けていきそうだった。
来年もこいつの話を死ぬほど聞かないといけないのか。
ちょっと後悔してきた。
でも、その日々が愛おしい時だってある。
詰まらない話をずっとしていたい。


今年一年が終わっていく。
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