この恋は始まらない

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第六十九話・女の子の水着と、焼きそばと。そのに。

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前回のこの恋。

夏休みにクラスメート全員と二泊三日の旅行に来ていたハジメ達。
プライベートビーチで泳ぐ為に水着に着替えていると。

緊急事態が発生ー?!

ええっ!?
麗奈ちゃんが、怪我しちゃった。
あり、なし?
なし、あり??
生えてる、生えてない??
男の子はどっちが好きなの~??

この恋は始まらない。
第六十九話・陰キャオタクは、みんなパイ○ン好き。

……そんなんタイトルにしたら、アルファポリスにポリスされるわ。
作者は表現の自由を使って、チキンレースをするな。

またしても、何も知らないハジメ。
水着に着替えて、日除けのパラソルの準備をしながら、やりきった感出しつつ、アホな顔をしていた。
流石、主人公だ。
全ての悪意を彼にぶつけたとしても、彼ならば解決してくれるだろう。
そんな信頼感すらある。
男とは、不利益を被っても気にしないものだ。
何時如何なる場合でも笑顔でいるからこそ魅力的なのだ。
しかし、時と場合による。
野郎だけの空間なら、下ネタを好きなだけ話しても笑い話になるが、女の子が居る場面では絶対にしない。
失言しないように、口は開かない。
下ネタを言っていいのは男子だけ。
男に生まれた時から、みんな守っている暗黙の了解だ。
海のせいか、色々テンション上がっていても、男子のコテージ内までは悪ふざけはしない。
そう決めていた。

だから、沈黙が正解だ。
これ以上ハジメの性癖を追及すると主人公としての沽券に関わるだろう。
彼がパイ○ン好きなのかは、あえて語るまい。
メイド好きという特殊性癖を暴露しているこいつに、これ以上失うものがあるのかは分からないが……。
全ての出来事は、時と場合による。
それだけは言っておこう。
人それぞれ、魅力的な部分は違う。
みんな違って、みんないい。
それが人間だ。

「……え? なにこのモノローグ」

ハジメは一抹の不安を覚えていた。
自分がいない女子トークでは、毎回悪いことが起きていた。
女同士でしか話せないことがある。
彼女達が、自分の悪口を言っているのは明確だろう。
女の子はそういう話が好きだから。
そういう生き物だと理解はしていた。
しかし、ハジメは知らなかったのだ。
話していた内容が、超弩級のやばいことだったとは……。
男の子の下ネタなど可愛いものだ。

主人公不在の物語とは、何でもありなのである。
三人称や神視点だと、主人公やヒロイン以外の女の子にスポットライトを当てられる。
それが強味だ。
物語に深みを与え、サブキャラの心情を語ることも出来る。
麗奈のせいで、物語の本筋から外れた内容だったが、本筋という意味では本筋であった。
可愛く見られたい女の子は、男の子の前で女のいざこざをすることはない。
可愛いは努力だ。
女の子らしくするのは難しい。
女の子として幻滅されないようにして、よく見てもらう。
髪型を整え、リップを塗る。
たったそれだけでも、女の子からしたら気を遣っていたのだ。
男はアホで馬鹿でエロいのが好きな劣等生物だが、根は優しく性格はいい。
ハジメだって失言ばかりしていたが、馬鹿なだけだ。
頭の中身が空飛ぶのうみそをしていて、頭にはなにも入っていない。
……男なんてそんなものだ。


女子達は水着に着替えて、海辺にやってくる。
女の子の人数が多いため、全員が全員準備がすぐに終わるわけではない。
先陣切ってやってきたのは、三馬鹿であった。
この手のイベントでは、後になるほど、可愛い女の子に埋もれて不利になると悟っていたのだ。
褒めてもらうなら最初がいい。
三馬鹿は、可愛い水着姿でやってきた。
陸上部の元気娘こと橘さん。
「東山くん、ごめんなさい」
橘明日香は、ハジメと顔を合わせた開口一番にそう言って、謝るのであった。
水着姿の描写をすっ飛ばして、謝んな。

ハジメは悟った。
あ、これやばいやつや。
なんで謝った……?
水着姿になって何でそれなのか。
なにがあったの??
俺は何も知らぬ間に、殺されるのか??
物語の流れとして、普通に考えたら、一番最初に三馬鹿の水着姿を褒めるべきだろうに。
女の子が出てきた場合、状況に合わせた幾つものパターンを想定して、言葉選びを考えていた。
そんなハジメ達男子からしたら、橘さんの謝罪は予想外の出来事であった。
皆、思考停止していた。
最初から変なことをするな。
そう思いつつも、橘さんから変なことは絶対にしないので、深くは追及出来ない。
どうせ、中野や夢野が橘さんに余計なことを言ったのだろう。
あのアホ共。
クラスメートからは、信頼されていた。
「橘さん。なにがあったのかは知らないけれど、橘さんは悪くないだろうからさ。気にしないで」
「そうね。東山くん、ありがとう」
明日香は、何となくホッとしていた。
罪悪感が少し薄れた。
でも、これ以上、世話になっているハジメに迷惑を掛けるわけにはいかない。
自分だけはちゃんとしないと。
そう思っていた矢先。
佐藤が現れた。
「別に無くてもいいだろ」

あ、死んだわ。こいつ。

男子連中はどよめく。
佐藤は、橘さんが自分の小さな胸を悩んでいると思っていたのか。
女の子のおっぱいは、大きくないといけないわけではない。
直接的な表現はしなかったが、馬鹿だから普通に口にしてしまった。
「なくても好きなやつはいるだろ」
「そうよね。まあ、別に。世界ではスタンダードだし」
貧乳が???
世界ではスタンダードなの????
何で橘さんが喜んでいるのか、男子には分からなかった。
絶妙に噛み合っていないのは、佐藤が話しているからか。
というのか、橘さんはBカップくらいありそうだし、気にするほどではない。
陸上部の運動量を加味したら、自然と胸元も引き締まるはずだ。
スポーツ女子ってだけで、男性からの評価は高い。

「中野は何で黙っているんだ?」
「これ以上しゃべったら、晩ごはん抜きなのさ。あと殺される」
「そうか……」
こいつ、思っていた以上に馬鹿だな。
中野ひふみの馬鹿さ加減に、ハジメの瞳が曇っていた。
普通の人生を生きていたら、晩御飯抜きになるわけがないだろうに。
どうせ、秋月さんか萌花を怒らせて、厳重注意をされたのだろう。
この女は、放置安定。
中野の水着姿に誰も触れないあたり、これ以上馬鹿に喋らせないように配慮していた。
いや、別に女の子として可愛くないとか、興味がないとかではなく。
ひふみに触れると、飛び火するからだ。
最後の人、夢野ささらは語る。
「怖かった」
「ああ、そうか。お前も大変だな」
男子連中は直ぐに着替えて、仲良く浜辺で準備をしていただけだが、女子はそうじゃなかったらしい。
夢野の立場上、ハジメには詳しく話せないが、女子のコテージは怖かった。
生き地獄だ。
あの空気のまま夜になっていたら、殺人事件が起きていただろう。
血まみれのコテージになってしまう。
……中野ならよくね?
そういうマジレスをするのも可哀想なので、ハジメは空気を読んで黙るのだった。
「まあ、なんだ。……夢野。そんなに辛いなら、今日の夜は俺達のリビング使っていいからさ……」
あのハジメが、三馬鹿を宥める姿を見せるとは。
しかも、冗談でも男女一緒に就寝させようとは言わない人間が、そこまで言うのだから、本気の気遣いだったのだろう。
いつも、馬鹿だのアホだの言っていても、大切なクラスメートだし、本当につらい時は親身になって聞いてくれる。
ハジメちゃんは優しいのだ。
気分転換にと、冷たいお茶のペットボトルをささらに渡す。
「今日の東っち優しい」
ささらは、しゅんとしていた。
「いつも優しいでしょ」
ハジメもハジメで、調子に乗って自分で言わせるな。
ことの発端はハジメのせいだったが、本人は知るよしもない。
ささらが少し元気になったところで、本題を始めよう。

第一回・ドキドキ!? クラスの女の子水着ジャッジ~。

これは、ハンター✕ハンター選挙編でヒソカがハンター協会の人間達を点数付けしていたように、男子連中と三馬鹿により、内々で女の子の可愛さを評価しようの巻。

ハジメは真面目に返す。
「いや、女の子の見た目に点数付けするとか、時代の流れから逆行するなよ……」
ラブコメとはいえ、良識ある大人が見たら、普通に怒られる内容である。
「というのか、お前ら三人はいいのか? お前らも生物学上は女の子だろうに」
可愛いって言ってもらわなくていいのか。
ハジメはそう話すが。
「え~、やっぱアタシって可愛いもんね。東っちは、評価したいの?」
ちげえよ。
中野のことは、誰も褒めていない。
男子連中が言っていたのは、橘さんと夢野に対してだけである。
男子連中からしたら、三馬鹿は女友達の認識ではあるが、時たま見せる女の子の仕草とかは、可愛いものは可愛いと思っていた。
特に今回のように、水着姿で肌が露出し、女の子っぽさが強調されると、好きになってしまいそうになる。
男子は顔に出さなかったが、内心思っていた。
三馬鹿も女の子なんだな。
可愛い。
いつも馬鹿やっているのに、こんな時だけ可愛いのはしんどい。
運動しているからの、スタイルの良さ。
陸上部の短パン日焼けは、高校生の性癖を破壊する。
日焼けっ娘は、いいものだ。
発達した大腿四頭筋でしか得られない萌え成分がある。
エロい。
概ね高評価である。
点数にするなら、最初ということで辛口に採点しても80点近くを軽く叩き出していた。
中野ひふみは、見た目なら80点だが、中身で減点を受けて50点だな。

「なんでアタシだけ減点なのさ」

いや、そもそもお前は、橘さんや夢野と同じ点数になるわけがないんだよ。
それだけの業を積み重ねてきたはずだ。
てへぺろ。
無視。

三馬鹿含めてクラスには、よんいち組ばかりだけではなく、可愛い女の子は多い。
女の子の可愛さを数値化して比べるのは野暮なものだが、いいところはいっぱいあるのだ。
黒川さんや西野さんは普通に可愛いし、最近では本屋ちゃんの可愛さに気付き始めた男子は多い。
クラスメートとしての付き合いがあり、愛嬌があるかないか。
女の子の可愛さは、顔や見た目だけではない。
色々な要素が点数に加算されている。

しかし、クラスの看板娘。
よんいち組ほどヒロイン枠ともなれば、その可愛さは段違いだ。
男子の脳を震わせるほどの衝撃を与える。


そんなこんなで、小日向風夏が先陣を切って走ってくる。
「やーやー」
砂浜に到着したと同時に、読者モデルのポーズを取る。
「えっへん」
どやどや。
ハジメに可愛いと褒めてほしいのか。
自分のアピールを頑張る女の子だ。
……やっていることはどこを切り抜いても異常者だが、可愛いは正義だ。
世界一可愛い読者モデルが参戦しました。

一番手は、小日向風夏。
この時代を統べし者。
読者モデルの起源にして、頂点。
ファッション界の覇王。
覇竜アカムトルム。
其の口は血の海、二牙は三日月の如く、陽を喰らう。

悪ふざけはしているが、それほどに圧倒的な強者であった。
彼女の特徴である美しい黒髪。
高校生らしい控えめな胸元。
すらりと伸びた脚線美に、花柄の可愛いビキニが映える。
風夏ちゃんが飛び跳ねると、躍動感がある。
その笑顔や言動は、まだまだ子供っぽいが。
10億。
……いきなり百点満点を超えんな。
しかし、それも仕方ない。
世界一可愛い読者モデル。
俺達の砂浜に、ビーナスが誕生したのだ。
みんなの評価はこうだ。
同じ時代に生まれたことに感謝。
これから大人になって可愛い人や美人の人がいっぱい現れたとしても、小日向風夏ちゃんを超える者はいないだろう。
我々は、時の流れを見た。
嫉妬を通り越して、ハジメちゃんを本気で殺そうと思った。
こんなに可愛い女の子が隣に居て、理性を保つのは難しい。
モブ夫というちっぽけな人生に、素敵な思い出が出来た。
彼氏が一番無表情なの、イカれているやろ。
「どやっ、どやっ」
色々な評価を受け、ハジメちゃんに可愛いと言ってもらいたい風夏は、ハジメの目の前でポーズを取りまくる。
どの角度でも可愛い。
一瞬の隙すら存在しない可愛さだ。
頭のてっぺんから、爪先まで可愛い。
流石は、世界一可愛い読者モデルである。
数十万人のフォロワーが一目惚れしてしまう笑顔で、ハジメに可愛いを見せ付ける。
高校生最後の夏。
彼女は、太陽のように輝いていた。
「感想感想」
「はいはい。可愛い可愛い」
雑っ……。
だからなんでハジメちゃんは無表情なの。
恋人じゃないのか。
何故に、太陽を直視し過ぎて、網膜を焼かれたみたいなリアクションをしているのか。
「……いや、俺は小日向の水着姿は、何百回も見てきているから」
風夏は、仕事の撮影で新しい水着に着替える度に、ハジメに水着姿を見せつけていたのだ。
ハジメだって、小日向風夏と出逢ったばかりの頃は、優しかった。
風夏が喜びそうな言葉を選んで褒めてあげていたが。
数回、数十回、数百回、数千回と続けていく間に。
精神は磨り減っていく。
いつしか、可愛いの感覚器官がぶっ壊れていた。
……これは呪いだ。
祝福という名の呪いである。
未来永劫、好きな人に対して可愛いと言い続けなければならない。
今になっては、毎日のように母親を褒めている親父の辛さが分かるようになってきた。
好きだったものから、義務になる。
それが大人になるってことだ。
この身が死して朽ちるまで、この円環の理は続いていくであろう。
女の子はいつだって、可愛いと言われ続けたい。
大切な人への想いは尽きることはない。
純愛とは、こうも美しく、未来へと光指す道なのだ。
それが数十年間続く幸せと思うか、地獄と思うかは人それぞれだろう。
ハジメからしたら、半々か。
人を愛すことは、幸せと不幸の連続だ。
この世に完璧な人間などいないのだから。
ハジメの傍にいる人は、誰よりも優秀であり、誰よりも欠点ばかりだ。
褒めろ。
そして、甘やかせ。
風夏が如何に優れていても、そればかりは普通の女の子と変わらない。
小日向風夏が、世界一手間のかかる女の子なのは、ハジメが一番理解している。
それでも、小日向風夏が誰よりも輝けるならば、多少の労力は厭わないだろう。
「やっぱタンマ」
すまない。
これは多分違う。
……ぜったい違うよ。


二番手は、我が初台高校のお嬢様。
冬に咲く白き華。
ふゆお嬢様こと、白鷺冬華である。
冬華が現れたと同時に、その美しさは即座に示される。
点数、神。
人の身で、女神様に点数なんて付けられない。
人は本当の意味での芸術に出逢った時、頭を下げて崇めることしか出来ないのだ。
両手は少し隙間なく合わさり、祈りと共に掲げられる。
きもちわりぃな、こいつら。

冬華の水着姿は、日除けの帽子に、純白なビキニに腰に付けたロングスカート。
それが、冬華の肌の白さと高身長によって美しく映える。
冬華の胸は、クラスメートと比べてもかなり大きい。
クラスでも二番目くらいのボリュームである。
しかしながら、女の子としてのいやらしさを一切感じさせず、その凛とした佇まいは大人の女性の素晴らしさを物語っていた。
女の子が求めていた理想。
同性であっても憧れるほどの美しい肉体である。
称するならば、それは白く輝く雪の結晶の如く、自然が生み出した美しさである。
冬の華とは、すべからく黄金比だ。
自然の中でしか生まれない華。
人はその繊細な華を見て、美しいと思ってしまう。
生きていた道が清く正しいものであれば、女性とはこうも美しく在ることが出来るのだろうか。

誰一人として、冬華を妬まず、性的な意味で見ることはなかった。
この娘を護らねばならない。
ふゆお嬢様親衛隊である。
「東山、どうだろうか?」
「ああ、白鷺らしくて、とても似合っていると思うぞ」
ハジメは、少し自信なさそうにしているふゆお嬢様を安心させる為か、嬉しそうにそう言った。
「ありがとう」
「感謝するのはこちらの方だよ。白鷺の可愛い姿を見れて、俺は嬉しいよ」
それを風夏ちゃんの時にも言ってやれよと思いながらも、口にしている回数は圧倒的に少ないのだ。
同じよんいち組とはいえ、差が生じるのは仕方ないだろう。
嫉妬心からか、風夏ちゃんに肩パンされていたけれど。
風夏ちゃんに殴られても、ハジメは意に介さない。
いつも五月蝿いガキよりも、お嬢様の方がみんな好きなのだ。


秋月麗奈の場合。
「みんなお待たせ」
シコい。
彼女を見た瞬間。
はえ~。
……みんなの思考が、麗奈のエロさに全て持っていかれた。
俺達は何て愚かなのか。
女の子に対してシコいなんて、使ってはいけない言葉である。
しかし、それはどうしようもない。
視覚から脳に直接送られてくる情報が、センシティブな内容過ぎたのだ。
頭がバグり、即座に出力されてしまった。
実際問題として、秋月麗奈の肉体は、えろ過ぎた。
天が与えた肉体美。
女性らしい肉付きのいい身体。
ゼットンみたいな豊満なおっぱいに、水着からはみ出そうなくらいにむちむちな太ももとお尻。
それでいて、胸からお尻までのラインはグラビアアイドルのように、適度に引き締まっていた。
毎日、ハジメママとヨガのポーズをして、夏休みまでに身体を引き締め、体幹を鍛えただけある。
スラリとした肉体のラインは、美しい。
女の子の努力の成果が、エロに極振りされていた。
……シコりみが深い。
麗奈からしたら、風夏や冬華にスタイルの細さで勝てる自信はなかったが、女性らしい肉体美では優位は取れていると思っていた。
ひふみは、ハジメに耳打ちする。
「……あんなシコい女の子と同じ家にずっといるとか、シコってるでしょ」
「殺すぞ……」
中野死ね。
ハジメの本音が漏れていた。
こいつは馬鹿だから、ヤバい内容でも軽々しく口にする。
男女で話すようなものではない。

麗奈ちゃんは元々可愛かったが、その可愛さや凄さは、性的な意味での魅力が高く、男性受けがいいところであった。
彼女にしたい。
そう思えるくらいに、魅力的なのだ。
麗奈の凄まじさは、女の子ですら怯んでいた。
ビキニだからこそ分かるような、むちむちな身体。
マシュマロおっぱい。
第二回メガニケ杯にエントリー出来るほどの安産型のお尻。
尻を叩きたくなる。
そして、その肉付きのいい太ももに挟まれて、ヘッドロックを決められたい。
どれを取ってしてみても、高校生では持ち合わせていない最高の武器であった。
ある意味、天賦の才だ。
んなぁ~。
人妻みてえな身体してんなあ。
メスの匂いがするぜえ。
これで十七歳とか、末恐ろしい女の子である。
水着姿を褒めてほしい女の子を、シコいと思ってしまった連中の評価は全く間違っていないのだ。
エロゲに出てくるヒロインだって、もっと清楚である。
違いなど、乳首を出していないだけ。
この娘は、出てくる作品を間違えているのか。
全身そのものが女の子の武器。
そう、武器人間だ。
こんなん、点数∞である。
「……私の時だけ評価がおかしくない?」
存在そのものがバグなので仕方がない。
この恋のエロ担当。
初台高校のドスケベtear1さんだ。
正直、麗奈に関しては正当な評価である。
どっからどう見ても性欲の権化だし、エロ同人みたいな展開を容易にやりそうである。
ハジメをいつも狙っている。
赤目の狩人だ。
本人には多少の羞恥心はあるだろうが、人間としてのモラルが欠けていた。
現に、パイ○ンのくせに平然とハジメと楽しそうに会話をしている異常性である。
「いつも可愛いですよ」
「うん。ありがと」
ハジメに褒められ、女の子らしく照れている。
麗奈の裏事情を知っている女子からすれば、それが異常過ぎて、三馬鹿と萌花達は引いていた。
こいつ、パイ○ンだぞ。
狂ってるのか。


最後のトリは、萌花である。
「いや、そういうのいらんから」
容赦なく拒否る。
この流れだぞ。
褒められることを好まない女の子からしたら、嫌がらせでしかない。
女の子の可愛さを男性目線で評価しようなんて、日本じゃなかったら炎上している。
「……俺が、萌花を、褒めたいんだ!」
泣くな。
男を見せるな。
男が命を賭けて発した言葉であった。
彼女の可愛い姿が見たかった。
この為だけに生き、全ての仕事を片付けて、旅行に挑んだ男の嘆きである。
彼女のことを誰よりも可愛いと言いたい。
褒めたいのが男心である。


それを知っていた。
だから、クラスメートは、萌花に対して点数を付けることはなかった。
萌花のことだけは触れたらあかん。
下手に評価をしたら、ハジメがブチ切れるかも知れない。

お前ごときが、萌花の可愛さを語るな。

いや、だから、お前のテンションがおかしいんだよ。
クラス一同の見解は一致していた。
ハジメは、萌花の為なら、無限にリソース生み出す化物だ。
恋は盲目。
愛は偉大と人は言う。
それは本当なのだろう。
好きな人の為に生きる人間は、自分にはないはずのものでさえ、得ることが出来る。
魂の限界を超え、別次元から力を引き出すことさえ可能だ。

超超超超超可愛いくて、超超超超超素敵で、超超超超超超萌花はNo.1

カンタムロボネタやめろや。
可愛い。
超可愛い。
その可愛さは観測不能であった。
……もえぴの時だけ頭が壊れやすい。
ハジメはいつもは冷静なのに、……いや、そうでもないか。
ずっと馬鹿だった。
麗奈は、呆れながらも言うのだった。
「東山くんはともかく、萌花もせっかく可愛い格好をしているんだから、少しくらいはいいじゃないの」
普段の萌花は、生意気なところばかり悪目立ちしているが、口を閉ざして黙っていれば、可愛いお人形さんみたいである。
全てが可愛い。
背の低い女の子に対して、男の子は庇護欲求が芽生えるものだ。
砂浜の効果か、いつもより可愛く見えて、テンションが上がるのは仕方なし。
ハジメの評価が異常なのではなく、萌花はちゃんと可愛かった。
今日の萌花は髪留めを外しており、サラサラなセミロングが綺麗だった。
白く透き通るような柔肌。
女の子らしい華奢な身体。
すらりとした胸元とお尻。
小さいなら小さいなりに、今時な子が好みそうな、ピンク色のフリルが付いた可愛いフレアビキニがとても似合うのだ。
フリルの効果で、胸元も大きく見える。
かわよ。
さすもえ。
口では色々言っているものの、ちゃんと女の子していて可愛い。
女子からの評価ばかりが集まっていた。
萌花には、風夏や冬華みたいな抜群のスタイルを活かした絶対的な可愛さはないし、麗奈みたいなエロさもない。
ただただ、小さくて可愛い。
この雰囲気が好きな男の子は多いだろう。
ロリコンと間違われるくらいに、ハジメが熱愛するのも頷ける。
見た目の幼さの中に、大人の魅力がある。
そこが愛おしいのだ。
「おい、お前ら。人のことで遊ぶな」
女の子から見ても、萌花は可愛いから仕方ない。
風夏や冬華にも好評だ。
「え~、照れている萌花。めっちゃ可愛いと思うよ~」
「流石、萌花だけあり、可愛いものだな」
なでなで。
風夏や冬華が萌花の頭を撫でて可愛がる分には、無抵抗であった。
他のやつが同じ事をしたら、容赦なくぶん殴っているけど。


そんなこんなで、よんいち組の水着姿を評価し終わり、最後に準備組と本屋ちゃんがコテージから出てきた。
みんな一緒に来るんかい。
よく分からない状況に、不思議そうにしていた。
西野さんは問いかける。
「みんな集まって、なにしているの?」
「第一回・ドキドキ!? クラスの女の子水着ジャッジ~」
この瞬間、ひふみの晩御飯は抜きになった。
馬鹿である。

準備組の評価は、みんな高かった。
点数表記していたが、ハジメのせいで崩壊していたので割愛する。

黒川さんは、美術部の平凡な女の子であり、真面目な見た目に合わせ、水着姿もワンピースで手堅く纏められていた。
萌花に似て背が低い方だから、それが可愛い。
普通に可愛いという評価は、全然ありなのである。
地味な女の子は、可愛い。
美術部の女の子が水着姿なのは、それだけで貴重なのだ。
黒川さんは慣れていないからか、可愛く照れていた。
一条死ね。
嫉妬心からではなく、本当にそう思われていた。
みんなの纏め役をしてくれている分、男子連中から黒川さんへの信頼は厚い。
一条に任せるのは、正直不服なくらいなのだ。

隣にいる白石さんは、まあ。
元々、よく分からない生態をしているので、可愛いとかに捕らわれていない。
天然ちゃんだ。
女の子の可愛さなど興味がない。
浮き輪とシュノーケルで完全武装していた。
海を本気で楽しもうとしている。
それはそれで正しい。
イカれているけれども、クラスメートと仲良しこよししている白石さんは見たくないのが本音である。
我が道を往く。
男の子はみんな、天然系の女の子が大好きだ。
自然由来である。
ジェネリック系天然女子ではない。
男子に見向きもしない。
それが素敵なのだ。
「わぁ、バナナボートだ」
よく分からん人だが、男子が頑張って空気を入れてくれたバナナボートに興味を示していた。
「あとでこれ乗りたい」
白石が嬉しそうにしゃがんだその時に、見せる小さなお尻が、男心に火をつけた。
うん、この日の為に頑張ってバナナボートを持ってきてよかったと。
炎天下の中で、空気を入れた時間は無駄じゃなかったと。
バナナボートに乗る女の子ってなんかいいな。

こいつら馬鹿だろ……。
女子達は、そう思っていた。
いや、男の子なんてそんなものだ。


準備組最後は西野さんだ。
「え、私もやるの?」
西野さんは、水着の上からTシャツを着ていた。
だが、それがいい。
男心を分かっている。
Tシャツに水着こそ、男の子が大好きなシチュエーションなのである。
白いシャツから見え隠れする水着のライン。
股下から太もも。
可愛いを詰め込んだおもちゃ箱である。
西野さんは、水着姿が恥ずかしいからシャツを着ていたのだろうが、それが男子からの評価を稼ぐ結果になっていた。
見えないところに趣を置く。
日本人の心だから出来る、詫び錆びである。
……全員捕まればいいのに。
脳内評価だからまだいいが、口にしていたら、全員殺されているレベルのセクハラであった。
西野さんのスペックは、正直風夏ちゃんと同等かそれ以上だ。
本人に生物としての覇気がないため、クラスで目立つことはないけれども、滅茶苦茶可愛いし、スタイルもいい。
西野さんが笑う機会がもっとあれば、みんなからの人気がもっと出たはずである。
おっぱいに関してだって、西野さんの方が風夏ちゃんよりも大きいからな。

「は?」

風夏ちゃんキレる。
いや、世界一可愛いのは風夏ちゃんである。
女の子はみんな可愛い。
だから、女性の魅力を胸で比べるのは間違っている。
とはいえ、そういう趣旨で水着姿を紹介しているのだから許してほしい。
彼女達の可愛さに敬意を持っている。
他意があるわけではない。
優等生である西野さんを汚すわけにもいかないというのが、男子の評価であった。
西野さんはとても可愛いし、優等生な女の子が彼女だったら幸せだろう。
お近づきしたい男子はいっぱいいる。
しかし、これ以上はいけない。
同級生をえっちな目で見るのは不敬である。
世話になっている人だ。
西野さんは、大切なクラスメートである。
……男としての礼節を弁えていた。


「は? 私は??」

秋月麗奈は、自分に対する態度に不服であった。

……本当に申し訳ない。
男子連中は、心の底から謝っていた。
別に秋月さんをディスっているわけではない。
物語の表現として、それが最も適切な表現だったから仕方がないのだ。
そう、クラスの女の子でシコいと言えるのは、秋月さんだけだ。
男の子からしたら、それだって特別なのだ。
全身から漂うオーラが可愛い女の子というよりメスな人だから、そうとしか表現出来ない。
麗奈のことをよく知っている人からしたら、女性としての隙は全くないのだが、ガードが緩そうな雰囲気。
ゆるふわな髪型から、今時な女の子っぽいエロさがあるのだった。
大学に入ったばかりの一年生みたいなものだ。
クラスで一番可愛い女の子が風夏ちゃんであり、クラスで一番綺麗な女の子はふゆお嬢様。
それは全員一致していた。
この世界において、顔が可愛いからとか、顔が綺麗だから彼女達が可愛くて特別というわけではない。
外見や内面。雰囲気を含めて、人は評価をするのだ。
クラスの顔となるには、教養の高さや、育ちの良さ。
品格があるかどうかも重要である。
顔が可愛いから好きになるわけではないし、恋人にしたいわけじゃない。
人は思っている以上の要因を含めて、人を見ているのだ。
西野さんはエロい目で見れないけど、秋月さんだと仕方がないのだ。
そういう役割である。


西野さんに続いて、真島の番が来る。
「いえーい。おニューの水着だよ」
ありがとう。
普通の真島さんを見たら、男子のテンションが正常に戻る。
いや、やっぱりエロよりも、普通が一番だ。
居酒屋に行ったら、とりあえず生ビール頼むようなものだ。
サイゼリアのドリンクバーで、最初にコーラを飲むようなもの。
普通の女の子の可愛さがいい。
まあ、クラスの一般モブみたいな男子からしたら、超絶美少女の風夏ちゃん達を見るより、地に足が付いた中野や真島を見ていた方が冷静になれるのだ。
「おい、お前ら。まっしーは可愛いじゃん」
中野はそう言う。
真島さんはな。
ただし中野、おめーは駄目だ。
クラスの中では普通とはいえ、真島のレベルは高い。
顔は可愛いし、愛嬌もある。
真島はどちらかと言えば、キャラが三馬鹿寄りだが、オタクに優しい女の子だ。
話しやすい性格。
男子含めて友好関係が横に広い分、風夏や冬華達よりも男子は評価がしやすい。
まあ、可愛いって言っても、普通なのだ。
クラスメートに、10億や神。
∞や測定不能がいる中で、普通に可愛い90点では太刀打ち出来ない。
インフレが進んだソシャゲみたいな状況なのだ。
クラスメートの可愛さが、なろう系過ぎるのだ。
まあ、真島は、小学校から西野さんの親友をやっている人間だから、他人の評価などまったく気にしない。
可愛く微笑むのだった。
……うん。
普通に可愛い。
よく漫画やゲームの話をしたり、馬鹿騒ぎする女の子だから、水着姿が可愛くてもシコれないけれど、だがそれがいい。
中野にはない可愛さがある。
中野は騒音。
中野は、中野家の面汚しだ。

「てめぇら、殺すぞ」
「あー、やめだやめやめ」
「こんな企画やってられっかー!!」
中野ひふみがキレるのだった。
砂浜の地べたで暴れまわる。
こうなったら、アタシを評価しなかった男子連中を根絶やしにしてやる。
何でだよ。
お前が始めた企画だろうが。
野郎なんて、全員ゴミカスだ。
女のダークサイドに落ちるな。


最後のトリを飾るのは、本屋ちゃん。
田中ミナさんである。
ソシャゲの基本に漏れず、新キャラの方が基本性能は高い。
本人は手芸が好きな地味なオタクだけれども、おっぱいの大きさはクラスで一二を争うお方だ。
ぽっちゃり系のおっぱいは正義だ。
可愛いの半分は、おっぱいである。
本屋ちゃんのおっぱいに勝てる者は、麗奈くらいだろう。
「ええ、みんな。水着姿が恥ずかしくないんですか?」
……本屋ちゃんは、ラッシュガードを着ていた。
彼女が着ていたのは、水を弾く黒い長袖のパーカーである。

は?
おっぱいは??

男子は絶句する。
地味な女の子のおっぱい。
いや、本屋ちゃんの可愛い水着姿を楽しみにしていた。
そんな中で急遽ラッシュガード姿で現れた本屋ちゃんに、落胆の表情を浮かべる男子連中。
それを見て、殺意を覚える女子達であった。
お前ら、ハジメに感化されてか、素直な感情を顔に出すなよ。
麗奈でシコるのは許せても、本屋ちゃんのおっぱいに興味を示すのは大罪である。
こんなに可愛い本屋ちゃんの水着姿を楽しみにするな。
「本屋ちん、恥ずかしがっていないでラッシュガード脱ぎなよ」
中野、ナイス!
お前だけは男子側の思考回路をしていて、助かる。
中野ひふみは持っていたのだ。
おっぱいにかける情熱を。
エロガキであった。

男子は、心の中でガッツポーズをしていた。
誰だって、女の子の可愛い水着姿が見たいんだよ。
「そうは言っても……」
「ほら、こんな明日香だって水着姿だし。恥ずかしがるとか、おっぱいちっちゃい子が馬鹿みたいじゃん」
橘さんの胸元を指差しする。
やめろ、その攻撃は他の奴等にも影響する。
基本的にはハジメ以外にはキレない風夏ちゃんが、凄い剣幕で見ていた。
こいつ馬鹿だ。
一気に敵を作っていた。
「らあっ!?」
中野は、橘さんから凄まじいラリアットを喰らうのだった。
死とは、全ての人間に等しく訪れる。
一瞬である。
人間の身体が半回転して、地面に叩き付けられた。
な、中野……?!
お前、勇者だよ。
お前の死は無駄にはしない。
中野の死を嘆いていると、平然とした表情で立ち上がる。
「足元が砂浜じゃなかったら、確実に死んでいた。アンタ、すげぇよ」
グラップラー刃牙かよ。
どうしてあの勢いで叩き付けられて、生きているのだ。
まあ、その程度で死んでいたら、中野は中野じゃない。

「まあ、どのみち泳ぐ時に、脱がなきゃいけないもんね……」
本屋ちゃんは、首もとのジッパーを下ろして、胸を露にさせるのであった。
俺達は知らなかったのだ。
本当のおっぱいの驚異を。
貧乳と微乳ばかり見てきていたから気付かなかった。
まっこと、偉大な巨乳。
何故、人はおっぱいに母性を感じるのか。
芸術家が何故に裸婦を描き、おっぱいに恋い焦がれていたのか。
俺達は忘れていたのだ。
高校生三年生。
十七年生きてきて、初めて自分達が男だと実感した。
本屋ちゃんのおっぱいは、ラッシュガードでさえ抑えきれなかった。
全ての勢いをそのままに。
たわわなおっぱいは、下げられたジッパーと共に勢いよく飛び出す。
刹那。
全ての人間の思考を釘付けにし。
彼女は、時の支配者になった。
おっぱいは偉大だ。
赤子が初めて口にするのがおっぱいだからこそ、こんなにも好きなのか。
そのおっぱいはとても柔らかそうに、立体的に震える。
人にはどうして二つもおっぱいが付いているのか。
女の子の胸元が魅力的に感じてしまい、恋い焦がれるのか。
スパロボで何で毎回おっぱい揺らす必要があるのか。
その理由が少し分かった気がした。

おっふ。

男子は口にしてしまったのだ。
この場で唯一の禁句を。
馬鹿な連中とて、クラスメートの水着姿を見続けている間は、ずっと気を張り続けていた。
クラスメートの水着姿を勝手に評価し、どんなに可愛いと思い、シコいと思っていても、一度も口にしなかった。
口にしたら全てが終わる。
心の中だけで行う遊びだからこそ、遊びであり、捕まらないのだ。
しかし、緊張と緩和。
ラッシュガードを着て、水着姿ではない本屋ちゃんが突如、拘束具を脱いだことによる一瞬の油断。
はぜたのはおっぱいだけではない。
意識を全て集中してしまった。
その、まばたき一つの隙。
生死を別つ戦場において、それは命取りであった。
いつからこの世界が安全だと錯覚していたのだ。

その瞬間、黒閃が走る。

黒閃とは、打撃との誤差なく呪力が衝突することで空間が歪み、呪力は黒く光る現象のことだ。
自分の限界を超えた瞬間。
稲妻の如く黒く光る一撃は、本来発揮出来る2.5乗の威力を繰り出す拳となる。

「何で呪術廻戦……」
ハジメは、黒閃を直に受けて、砂浜に打ち付けられ、脳を揺らす。
一撃で再起不能にさせた。
それほどの想いの強さ。
愛とは、この世で最も美しい祝福であり、最も逃れることの出来ない呪いである。
愛を知り、愛の価値が分かる彼女達が、その真逆である呪力を使えぬわけがない。
……サラッと呪力を使うな。
愛の反転術式である。
女の子はね、愛の為なら鬼にだってなれるのよ。
いや、意味不明。

それは、意識外からの攻撃だった。
ハジメを殴り飛ばした犯人が誰かは、誰も分からない。
皆、本屋ちゃんのおっぱいに気を取られていたのだ。
本屋ちゃんの胸元の凄さが、眼球から脳に情報が送られ、脳で理解するまで。
脊髄反射でおっふした、刹那の出来事だ。
瞬きする間もなく、ハジメは殴り飛ばされた。
ーーッ、なんと言う完全犯罪だ。
人間の人体の隙を付いた。
脳内シナプスの動きより早く、殺人をやってのけたのだ。
名探偵、ひふみ。
「東山ハジメの殺人!? なるほど、犯人はよんいち組の誰かね!!」
「……白鷺だけは違うやろ」
他の女と一緒にするな。

「いいえ、それは違うわ。ハジメちゃんの今までの行いからして、殺す殺人動機はみんなある。……だから、全員が犯人かも知れないわ。駄目だ、被害者を殺した凶器を見付けないと犯人が分からないわ……」
みんな、殺人動機があるんかい。
ハジメは、真面目に人を愛し、真っ当な人生を歩んできたはずなのに、そう思っていたのは本人だけだったみたいだ。
あと、拳を見ろ、拳を。
凶器は拳だ。
ハジメを襲った拳は、顔面すら打ち砕く粉砕機のような一撃だったのだ。
圧倒的な殺意で構成されていた。
まるで四発の拳を一つに束ねたかのような威力。
それだけの攻撃ならば、犯人の拳は血に濡れているはずだ。

「見て! 全員の拳が赤くなっているわ!!」
「……じゃあ全員やろ」
四発繰り出されたかのような衝撃がそのせいなら、そうなんやろ。



ハジメサイド。
よく分からんクラスの流れが終わり、各々は勝手に海を楽しみ出す。
海に入って涼むだけだったり、バナナボートやビーチバレーしたり。
砂浜でお城を作っている奴らもいた。
俺は顔面を負傷したので、海では泳がずにみんなが事故に合ったり、溺れないように監督をしていた。
他人が存在しないプライベートビーチはいいものだが、他人が居ないということは、溺れた場合に対処出来るプロがいないということだ。
みんなには、腰より上の水位のところで遊ばないように言っておいた。
泳げない連中は、安全も兼ねて浮き輪を付けている。
「本屋ちゃんに、浮き輪は反則やろ……」
中野、また俺が殴り飛ばされるから、そう言う発言はやめろ。
次はない。
元気な子に産んで貰ったことを感謝しろ。
だからお前は生きているのだ。
結果的に、母親の愛に守られたのであった。
いや、知らんけど。
おっぱいの話題は、これ以上はやめようか。
「中野、それ以上は深いから戻ってこいや。殺すぞ」
「え~、分かったよ。てか何で泳いじゃ駄目なのさ。理由を言え、理由を」
なんでこいつは喧嘩腰なんだよ。
中野は誰よりも泳げるタイプだから、腰くらいの深さで遊ぶのは楽しくないらしい。
「お前が溺れたらどうするんだよ」
「は? そもそも溺れないし、溺れたら東っちが助けてくれるでしょ」
その為の見張りだ。
みんなを見ていて、何時如何なる時にも事故が起きないようにしている。
だからこそ、中野は平気だろうと判断したのだ。

萌ちゃん。
一人では目が足りないからと、俺と同じく泳がずにみんなの遊んでいる姿を見ていた。
「こいつ運動神経ゴミカスだぞ。お前の助けに入ったら、真っ先に死ぬぞ」

「そうだぞ」
萌花は正しい。

「東っち、運動会ではゴミカスだったもんね。もえぴに従順なのは何でよ」
運動会の話はやめろ。
今年も見せ場が一切なかったから、語りたくないんだよ。
中野の野郎、尻に敷かれている俺を見て、呆れるんじゃない。
俺にだって色々あるんだよ。
尺の都合上、語られない物語があるのだ。
お隣の天使様にいつの間にか駄目人間にされていた件。
「名作を汚すな」
「すみません……」
そもそもお前は最初から駄目人間。
女の子を駄目にする側だ。
主人公の質に圧倒的な差がある。
声が汚い。
いやはや、手厳しいお言葉で。
萌花は、怒っている顔も可愛いなぁ。
俺にとっての天使様は萌花だけである。
「何でこいつ無敵なんだよ」
「海だからね~」
「頭パリピかよ。……ひふみん。とりあえず、他のやつも溺れたら危ないから、言っておいて。無茶するなら容赦なく泳ぐの禁止だからな」
「かしこまりんぐ! そうだ、もえぴは泳がないの?」
「そういう歳でもないからな」
精神年齢が高い系女子。
あらやだ、萌花ちゃん大人っぽい。
「何でお前が言うんだよ」
「え? 一人称だからかな?」
萌花は、蔑んだ目で俺を見てくる。
やめてよね。
そんな表情も可愛いのだ。

「ソイヤ、東っち。こっちに来る前に海の家あったよね? なんか泳いでたらお腹空いてきたし、食べ物買ってこようかな」
何でこの馬鹿は、昼飯食べた後に間食をしようとするのか。
中野がそんなことを言うから、小日向が反応してしまう。
「海の家! いいなぁ!!」
めんどくさい。
「焼きそば、フランクフルト。ガパオライスにフォー。みんな美味しい~」
海の家のうた。
こいつのチョイスの偏りが凄まじいな。
売っていそうで売っていない。
そんな絶妙なところを注文してくる。
パクチー増し増し。
いや、小日向よ、それが美味いのか俺には分からないわ。
俺はお腹空いていないし、片道二十分かけてまで海の家に行って、食べ物を買いに行くパワーはない。
「流石に行くのは駄目だからな」
色々な大人から任せられている以上、女子だけで行かせるわけにはいかない。
特に小日向が海の家に行けば、大騒ぎになるだろう。
これ以上問題事を抱えたくはない。
ただでさえ大人数で大変なのだ。
バラバラに行動されて、何かあったら困る。
「じゃあ、ハジメちゃん。男子だけで買ってきてよ」
小日向よ、笑顔で頼むな。
何で最近、こいつの方が畜生なんだよ。
よく考えてないから、天然なんだろうが、炎天下に片道二十分かけて買いに行くような男子なんていない。
可愛い彼女の為であっても嫌だわ。
萌花は言う。
「ほら、一条連れていっていいから」
「え? なんで……?」
一条が怯えていた。
……なんだかなぁ。
人選に悪意を感じる。
他の男子は楽しそうに海で遊んでいる間に、俺と一条はパシりにされるのだった。
鞄と財布を持ち、水着姿のまま歩く嵌めに合う。
「東山、俺達嫌われているの?」
「そうか? 萌花が他のやつに任せないあたり、信頼されていると思うが?」
「……何でいつもポジティブなの」
何回殴られても立ち上がる。
七転八起。
起き上がりこぼしである。


二十分後。
海の家に着くと、若い人から親子連れのファミリー層まで色々な人がいた。
ひと夏のアバンチュール。
若い子達はそれを求めている。
イケメンだけを殺す機械だ。
そんな奴らばかりの海だからこそ、一条が悪目立ちしていた。
流石、イケメンだ。
数十メートル離れていても分かるレベルの端正な顔立ち。
サッカー部の引き締まった身体。
割れた腹筋。
一条が砂浜を歩くだけで、虜になる女の子は多い。
……虜、とりこ。
トリコ。
ーーッ、トリコ!?
「ハジメちゃんじゃん!」
なんてこったぁ、野生の小松達が駆け付けてくれたぜ。
グルメ界のマミューかよ。
お前ら、クソゲーレベルでエンカウントするのは何なんだよ。
突如現れたのは、白ギャルと黒ギャルの高校生だ。
色ちがいのポケモンかよ。
二つセットの販売商法するな。
光と闇のギャルとか、絶対に相容れない存在だろ。
「地球の半分は女の子だし?」
「色がちがうだけでギャルはギャルだし?」
頼む。
休ませてくれ。
「風夏ちゃんは?」
「いや、普通に別行動だよ。流石に此処には連れて来れないからな」
かい摘まんで説明する。
二人とも、本当にガチのファンだったようで、SNSで俺達の動向は知っていた。
同じ海に来ていたとは、思わなかったらしいが。
「そうだ。ハジメちゃん、サインちょうだい」
「それは構わないが、流石に色紙は持ってきていないぞ?」
鞄には財布しか入っていない。
一応、サインペンはいつも入れているが。
「ま! あーしの水着に描いてちょ」
真っ白なブラに描け。
そう言いたげに胸を差し出す。
俺を殺すつもりかよ。
さっさとタオルかシャツでも売店で買ってこいや。
このアホ共、自分の胸を寄せて谷間を作るな。
嬉しそうにするな。
クラスメートならまだしも、他人のおっぱいは嬉しくないんだよ。
おっぱいの価値は、その人によって異なるのだ。

一条は空気にならずに、俺を助けてくれ。
一条なんでや。
ワッワッ……。
ちいかわみたいに震えていた。
な、泣いちゃったッ!?
そうか、そういえばこいつは、女の子苦手だったか。
イケメンサッカー部のやつは、ギャル特効キャラだと思っていたわ。
大人の女性とか同級生とは平然と話せるのだが、名前も知らない他人となるときつい。
コミュ力が働かなくなる。
まあ、それは俺も一緒である。
「お前ら、そういう冗談はいいから、何か描くもの持ってこいや」
「あーしらのダチが焼きそば作ってんだよね。ハジメちゃんも食べてってよ」
話題をサラッと変えんなよ。
ギャルに脈絡を求めるな。
それは、俺が読者モデルをして学んだ最初のことだ。
一条に確認を取る。
まあ、焼きそばは買っていくつもりだったから構わないが、お金をそんなに持ってきていない。
「あーしが奢ったるけん」
「なんで方言……」
ギャル語より、そっちの方が可愛いと思うぞ。
とはいえ、ファンに飯を奢ってもらう気はない。
俺だって、ちゃんと稼いでいるからな。
屋台の飯を食べるくらいには財布に入っている。
焼きそば八百円。
たけぇな……。
海の家価格であった。
「一条、財布に金入っているか?」
「え? 数千円しかないけど」
食べるお金を使ったら、買って帰る資金がなくなる。
こんなことなら、小日向から先にお金をもらっておけばよかった。
「なあ、海の家にATMってあるかな?」
「海にそんなものがあったら、潮で錆びちゃうよ」
一条、天才かよ。
頼みの綱のSuicaも使えないだろうし、クレカも使えない。
現金決算しか出来ないとか、田舎の海って不便である。
「いや、東山。東京出たら、それが普通だから……」
貴様の常識を語るな。
ともかく、俺達には圧倒的にお金が足りない。
「ねーねー、食べてほしいのこっちなんだから、別におごられたらいーじゃん」
ファンの小松達はそう言ってくれるけれど。
「いや、気持ちは嬉しいが、男としての分別を弁えないといけないからな。食べ物はちゃんとお金を払わないと食べちゃいけないって言われているんだ」
東山家、家訓。
食べ物はお金よりも大事である。
「堅物やん~。まあ、奢られる気満々の野郎よりかはマシかぁ……」
「ちょむ子が焼きそば作ってるから、とりまいくべ」
ちょむ子って誰だよ。
白ギャルと黒ギャルの次は、ヤマンバか?
二人に連れられて、俺と一条は焼きそばを買いに行く。
「ちょむ子~、焼きそば買いにきたべ」
「おめえら、どういう了見で毎回ちゃかしに来てんだよ! 殺すぞ!!」
本人、滅茶苦茶切れているけど?
何回邪魔したら、人をあそこまで怒らせることが出来るんだよ。
ちょむ子本人は、頑張って焼きそばを作っていた。
それを邪魔しに来た俺達の構図だ。
焼きそばのヘラで人殺しそうな奴が、ちょむ子ってあだ名ってやばいやろ。
黒髪ロングの白い肌で優等生みたいな清楚系女子だったが、その中身は潜在的ギャルである。
シャツまで汗だくになりながら、真夏の鉄板の上で焼きそば作っていて大変なのに、親友に煽られたらキレるのは当たり前だ。

焼きそばのヘラは、二つある。
奇しくも、二人を殺すのに適していた。
投擲斧の要領で、焼きそばのヘラを攻撃に使うのであった。
いや、何から何まで頭イカれてんだろ。

二人は二人で、慣れた様子で投擲を回避するな。
そのままヘラを投げ返す。
空中で受け取んなよ。
「ほらほら。ちょむ子の好きな人連れて来たんだから、攻撃するなよ」
「あーしらに感謝しろよなー」
うぇいうぇい。
「は? てめぇらに感謝する瞬間なんて今生にあるわけないやろ。寝言は寝て言え」
地味に、語彙力高い。
田舎のギャル怖いんですけど。
俺達と同じ高校生とは思えないわ。
よく分からないけれど、帰っていいかな。
ちょむ子と目が合う。
「はじ……はじ……ハジメちゃん!?」
「チャス」
「あ、あーし。いえ、私の名前は綾瀬千代子です」
ちょむ子のむは、何のむだよ。
「ちょむ子のむは、無限の無」
千代インフィニティー子やめろや。
「私、ずっとハジメちゃんのファンです。会いに行く機会がなくて、観る専だったけど、ずっと恋い焦がれていました」
身を乗り出して挨拶する。
いやいやいや、焼きそばの鉄板に手を付くな。
痛みも熱さも、推しへの憧れの前には何も感じないのだった。
そんなわけないわ!
痛みを感じないのは、アドレナリンのせいだ。
馬鹿か。この女。
手をどけろ!!

ちょむ子を落ち着かせる為に、焼きそばを作る手を止めさせる。
嬉しいのかテンションマックスで勢い任せにヘラを扱うから、自分の指まで持っていきそうだった。
「私、ずっと読者モデルになりたくて、バイトして上京するお金を貯めていたんです。ほら、この黒髪だって凄く好きだったから真似たんですよ」
ちょむ子の黒髪は艶やかであり、黒髪ギャルという新概念を引っ提げてはいたが、小日向のように努力を重ねた綺麗さであった。
憧れは、憧れすらも凌駕する。
焼きそばを作る仕事をしながら、自分の夢のためにお金を貯めるなんて、本気の夢じゃなければ出来るわけがない。
人間には限界はない。
生きている限り、無限の可能性がある。
そうだ。
ちょむ子の無は、無限の無だ。
そっから離れろよ。
嬉しそうにしていた。
「そうか。俺からも、ありがとうとしか言えないわ」
小日向の代わりになれるか分からないが、俺でよければ、何度でも感謝しよう。
「ハジメちゃんみたいな黒髪美人になりたいんです」
「は……? 俺??」
黒髪ロングは小日向だろうが。
いや、しかし。
俺は一つ重大な事実を見逃していた。
ちょむ子のネイルカラーは、小日向のように真っ赤なものではなかった。
黒と白。
それは、メイドの証。
彼女は、ロイヤルメイド部のサークルマークのつけ爪を付けていたのだ。
……なんで??
「SNSの推し友に教えてもらい、ハジメちゃんのロイヤルメイド部のロゴを複写して、ネイルに落とし込みました♪」
今、ネットでは推し友同士での交流が流行っている。
風夏ちゃんファンやふゆお嬢様のファン。ハジメちゃんのファンでよく交流会をしているらしい。
推しの恋人のファンなら、色々話せる。
プライベートでは出来ないような、煮詰めた話が出来る。
より多くの情報交換したり、推しグッズを見せ合ったり。
ファン同士で蟲毒すんな。
曰く、推し活とは、イベントを追っかけたり、グッズを集めたりするだけではなく、推しを生活の一部にするかどうかで大きく変わってくる。
特に指先は女の子にとっては毎日見るものだからこそ、妥協は許されない。
ふとした瞬間に、推しを感じていたい。
その指先、ソースの香りがするけどいいのか?
「熊もハチミツ塗るっしょ!」
隣から意味不明なツッコミをありがとう。
多分お前らとは一生対話出来ないわ。
「あ、そうです。焼きそばですよね。めっちゃ、美味しいので食べていってください。一番美味しいの出しますね」
ちょむ子は、そういいながら、焼きそばをパックに詰めてくれる。
三つほど詰め終わると、それをテーブルの隅に置く。
「じゃあ、今から愛情込めて作りますね❤️」
「今から作るのかよ!? それ出せよ!!」
何で最初から焼きそば作りを始めようとしているんだよ。
こちとら、二つくらいしか買わないのだから、全然足りているんだよ。
「推しに振る舞う焼きそばですよ!? こんな機会なんて、ファン人生の中で、一生に一度あるかないか。いえ、誰よりも恵まれているんです!! せめて、愛情を込めないと、私の心が納得しないんです!!」
女の子にとっての料理は、食べる以上の価値がある。
愛情のない料理に何の価値がある。
冷えきった心で作った料理を、推しに食べさせるわけにはいかない。
好きな人には本気の焼きそばを提供したい。
いや、愛情一つでそこまで味は変わらんやろ。
……身内を想像する。
それを言ったら絶対に殴り殺されるから、彼女が正しい。
俺の経験がそう判断した。
ギャル二人は、はしゃいでいるちょむ子を見て、嬉しそうにしていた。
「ちょむ子はアホだけど、焼きそばだけは得意だから期待しといてよ」
「あーしらのお墨付きっしょ」
まあ、いい奴ら何だな。
ちょむ子が焼きそばのヘラを巧みに扱い、頑張っている間に、俺達は他のお店のオススメを聞いていた。
海の家としては色々出店しているらしく、今流行りの韓国風スイーツとか、インスタ女子映えの料理が多数あるらしい。
「田舎だから、そういうの買う人は観光客くらいなんだけどね~」
「じもてぃバイト代めん安だから、夏ちょテンあげでも気軽にスイれなくてやばすぎ」
「だねぇ~」
「一条分かるか?」
「いや……ちょっと」
……俺と一条に分かるように会話してくれ。
ギャル特有の造語なんだろうが、男の俺達には分かるわけがない。
ついでに、地元のオススメスポットを聞いておく。
俺達のクラスにはカフェ好きも多いし、ネットでは色々と調べてあるが、生の声を聞いておきたい。
ぴよぴよぴよぴよ。
あ、こいつら小日向寄りだわ。
会話しても内容が理解出来ない。
「店の名前教えてくれ」
「ま? ならねぇ。ハジメちゃん、LINE教えるよ~」
……まあ、いいか。
ギャル相手だから、言葉で聞くより、文字で見た方がいいやろ。
そう思っていた自分を恥じる。
「……URLで送れ」
分かるか。
カフェの場所の説明に、小日向構文を使うな。
何で文字より絵文字が多いんだよ。

上手に出来ました!
「焼きそばお上がりよ!」
ちょむ子特製の焼きそばが出来上がった。
何で十人前くらい作ったんだよ。
金ないって言ったよな?
「これは私の気持ちです。人の愛とは偉大ですね」
やりきった風に言うな。
普通に無駄になるんだよ。
財布の中身で買える分は買っておくけどさ。
お使いに行って、焼きそばだけ買って帰ったらクラスで暴動が起きる。
「ハジメちゃん。あーしらに奢られたらいーじゃん」
「だから、そういう生き方してないって言ってんだろ」
財布以外には何も持ってきていないし、金目のものはない。
シャツを着ているだけだ。
「その手があるじゃん」
……お前ら、マジかよ。
俺の着ているシャツと焼きそばを交換するとか、気でも狂っているのか。
しかも、暑過ぎて汗かいているから、気持ち悪い。
「それって、風夏ちゃんプロデュースのTシャツじゃないですか。それ買えなかったんですよ」
「好きピのTシャツ着てるとか、尊すぎてマジメンブレしそう。超羽ばたいてるやつ!」
「風夏ちゃんも好きちょの洋服よく着てるし、モデルの好き好きみつよい」
分かるように話せ。
風夏ちゃん大好きみたいな風潮やめろよ。
ジュリねえにより、洋服のセンスねぇんだから、せめてこれでも着て事務所の宣伝をしろと言われているだけだ。
そうじゃなければ、好き好んで可愛いデザインが描かれたシャツは着ないわ。
そんなTシャツでも、ファンからしたら、かなりの価値がある。
数千円払っても欲しい。
数万円でも払う。
人を殺してでも奪う。
……いや、だから、グッズ欲しいからって推しの命を奪うなよ。
渋谷まで来て買え。
死ぬほど在庫あるわ。
「そうまでして欲しいのか?」
うんうんうん。
めっちゃ頷いていた。
……まあ、シャツはたくさんもらっているし、事務所にお金を払えばいいか。
「じゃあ、それで。シャツの定価以下で計算するから、焼きそば全部はもらえない。半分だけにしてくれ」
「神……」
俺のファンが変人ばかりなのなんだよ。
普通の憧れにしてくれ。
シャツを脱いで、サインして渡す。
他のやつにもタオルにサインしとく。
汗を吸ったシャツを抱き締めるな。
「推しの裸が、センシティブ過ぎて尊い」
野郎の裸を見て、興奮するな。 
何でお前ら女ってやつは、男の身体が好きなのか。
野郎でモテるのは、イケメンで運動している一条みたいなやつだけでいいやろ。
そもそも、俺は毎日筋トレしているような運動部の人間じゃないから、腹筋が割れていない。
そんなやつの身体を見て嬉しいのか。
ギャルならもっと、クラスメートとか彼氏とか色々いるだろうに。
「イケメンは三日で飽きるっしょ」
「それにさあ、都会行けばイケメンなんていっぱいいるんじゃないの? 地元でイキッているやつよりいい人居そうだし、今に拘る必要ないかなぁって」
「雄の魅力がないとちょっと……」
こっち見るなよ。
だから俺のどこに男の魅力があるのだよ。
全身隈無く見ても、なにもない。
いや、野郎の乳首を凝視するな。
なにもないからな。
やめるんだ。

最近、作者の寵愛を感じる。


それから俺達は、作りたての焼きそばを食べながら、ちょむ子の話を聞いていた。
三人は幼稚園からの親友らしく、長い月日のせいで見た目はギャル化したが、昔からの仲良し。
見た目が変わろうともそれだけは変わらない。
ずっと変わらない。
どんなことがあっても親友なのだ。
いや、今さっき焼きそばのヘラ投げ飛ばされていたじゃん。
サラッと語るが、仲悪いだろうに。
「ちょむ子は、前からネイル好きなん。んでんで、東京の専門行きながらファッションの仕事したいんやって」
ちょむ子は、その為に毎日バイトして頑張っている。
へえ。
真面目な子である。
「やめてよね! ……それでも勉強はすっごく苦手だし、東京の専門学校もギリギリ合格出来るかなってところなんだけどね~。お金も時間もないし、夢を追うって大変……」
ちょむ子は、ちょむ子なりに考えていた。
自分に出来ることに精一杯向き合っていた。
ネイルやファッション。
俺や一条からしたら、女の子の夢や、女の子の世界はよく分からないけれど、頑張る気持ちは分かる。
「まあ、それでも一歩ずつ頑張っているんだろう? 偉いと思うぞ。……俺達に出来ることがあったら聞いてくれよ。ネイルの世界は分からんが、小日向とかなら知り合いに居るかも知れないしな」
不安になるのは分かる。
高校を卒業したら、今までのメンツとは離れて、自分一人でやっていかないといけない。
俺からしたら、よんいち組がいない状況で一人暮らしをするようなものだ。
毎日会える環境がなくなる。
それがどれほど大変であり、今まであった日常が喪失していく恐怖。
ふぇぇ、孤独死する。
「大丈夫だって。あーしら、ちょむ子の家に遊びに行くからさ」
「土日はバイト空けとけよ~」
「二人とも……魂友だからね」
ソウルメイト。
生まれながらの親友なのだろう。
「あ、でも。ちょむ子、焼きそば以外料理下手だから色々覚えといてよね。ちょむ子の不味い飯食いたくないし」
「東京まで遊びに行って、レトルト食べたくなーい」
「……お前ら、遊びに来たら金出せよ」
ただ飯喰らいの恥知らずだ。
えっ?
親友から金取るの??
不思議そうな顔をしていたギャル達であった。
いや、電車で乗り継いで遊びに行くにしても、友達ん家に泊まるならば金は払えよ。
常識だぞ。

俺と一条は焼きそばを食べ終えて、帰り支度をする。
「ハジメちゃん、帰るの早くない?」
「……まあ、俺達も一緒に居たい人がいるからな」
三人を見ていると、やっぱり自分達の場所に戻りたくなる。
「そっかぁ。来年、また遊びに来てよね」
「来年は三人一緒に居ないんだろう? だから、次は俺達の地元に遊びに来てくれないか? 不祥ながら俺が案内するからさ」
「ま?」
「ハジメちゃん、マジ雄としてのキャパがエグち過ぎてキャパいわぁ」
「ぽえーん」
一人、どせいさんいたぞ。
ちょむ子の感情が昂り過ぎていた。
面白いな、こいつら。

俺達のLINEは教えてあるし、そこらへんの話はまた今度しよう。
夢のことや勉強で、つらいことがあったなら、全然連絡してくれても構わない。
俺は優し過ぎると人は言うが。
みんなにしてもらってきたことを、他の誰かに返しているだけだ。
俺が特別なのではない。
みんなが特別なのだ。
優しくしてもらったから、優しくしているだけだ。
人として当たり前の生き方をしているだけ。
ついでに事務所の名刺を渡す。
「そうだ。東京に来たら、渋谷にある事務所に顔出ししてくれよな。俺達に出来ることがあるかは分からないが、歓迎するよ」
「好きです! 一生推します!! 生涯の想い出にします!! 子孫にも語り継がせます!!」
それはやめてくれ。
俺は普通の人間なんだよ。
変なことに巻き込むな。
最後に写真でも。
ちょむ子達三人と一緒に写真を撮る。
「ああ、俺が写真撮るね」
一条あんまり喋らんくせに、率先してカメラマンをしてくれていた。
あ、こいつギャル苦手で入りたくないだけだわ。
三人はテンションあげあげで掛け声をする。

「あーしら流の掛け声」
「君は完璧で究極の」
「ギャルピでいくよー!!」

……いや、なによそれ。
こんなん物語のオチにしないでよ。

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