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祐太くんは考える
しおりを挟む祐太くんは小太りで勉強が苦手です。
持久走や短距離走はいつも最後でした。
勉強も好きじゃありません。
ゲームは大好きです。
ゲームのことならずっとしゃべっていられます。
それ以外のことはそれほど興味がありません。
周りの男の子達はゲームも好きだけど、スポーツも大好きです。やはり、小学4年生は体を動かす事が何よりも好きみたいです。
かけっこ、鬼ごっこ、サッカー、野球、遠くの公園へ冒険ごっこ。興味が尽きません。
祐太くんも鬼ごっこはそれなりに好きでしたが、足が遅いためすぐ捕まってしまいます。
そのうち興味が無くなってきました。
それよりもゲームの方に興味が強くなっていきました。
ゲームなら脚の速い遅いも関係がない。テストの点数も関係ない。
そんなゲームの世界観に祐太くんはのめり込んでいきました。
でも、現実はゲームばかりしていられません。
学校に行き、授業を受け、体育や音楽、テストも受けなければなりません。
そんな毎日に祐太くんは疲れていきました。
そんなある日、一人で学校から帰ってくる途中幼稚園くらいの小さな女の子が泣いています。お母さんかお父さんからはぐれてしまったのかな?
祐太くんは周りを見渡しました。誰もいません。
そのうちお母さんかお父さんが迎えに来てくれるだろう、そう思って横を通り過ぎようとしました。
でもやはり気になってしまい、女の子に声をかけました。
「どうしたの?迷子になったの?お父さんやお母さんは?」
しゃがんで女の子の目線に顔を合わせて声をかけました。
知らない男の子が声をかけてきたせいかよけいに女の子は泣いてしまいました。
祐太くんは困ってしまいました。これじゃぼくが泣かせているみたいじゃないか。
面倒くさくなってしまいここから離れてしまおうか、そう思いました。
やっぱりかわいそうだ、そう思いしばらく女の子をなぐさめていました。
大丈夫だよ、とかお迎えすぐ来るよ、とか声をかけたり頭をなでたりしていました。
すると、
「あ!いた!ゆうね!」
突然声がかけられました。その子は同じクラスの日比谷なつきです。
「あんた!ゆうねをいじめたの?!」
いきなりすごい剣幕で怒鳴られました。
彼女はクラスの女子で1.2位を争うくらい足が速く、勉強も出来る子です。大人しい祐太くんとはクラス内でもあまり接点はありませんでした。
「違うよ、この子が一人で泣いているからお父さんかお母さんが迎えに来るまで一緒にいたんだよ」
祐太くんは弁解しました。
「そうなんだ、ごめん」
なつきは素直に謝りました。
「今日はお母さんが買い物に出かけるから妹の面倒見てって言われてたんだけど、学校から帰ったら妹がいないからあわてて探していたのよ」
「わたしも帰りが少し遅くなったから妹が心配して家を出ちゃったみたい」
「そうなんだ」
祐太くんはほっとしました。
「じゃ。ぼくは帰るね」
祐太くんは家に向かって歩き出しました。
「祐太ー、ありがとうー!」
祐太くんの背中に向けてなつきが声をかけてきました。
祐太くんは照れ臭くて後ろ姿のまま手を振りました。
そのことがあってからか、なつきは祐太くんに時々話しかけるようになりました。
と言っても女の子と男の子は仲良しのグループが違うので授業の班分けで時々一緒になった時や体育が終わって教室に帰るときのざわざわした混雑の時にちょっと話す程度でした。
そんな小さな変化もひとまず区切りがありました。
夏休みに入ったことです。
夏休みに入ると、男の子と女の子が一緒に遊ぶということはほとんど無くなり、それぞれ仲良しの友達と集まって遊ぶようになります。
祐太くんは、なつきと少しだけ話すことが嬉しくなっていたので夏休みに入って学校に行けなくなったことが少しだけさびしく感じました。
時折プールの開放がありました。なつきは運動が好きなのでプールに行けばなつきに会えるかも知れません。でも祐太くんは泳ぎが苦手なので行きませんでした。
こうして祐太くんの夏休みはゲームとテレビ、ときどきお家のお手伝いと宿題をやってお盆には田舎のおじいちゃんのところに泊まりに行き花火をやって夏休みが終わりました。
夏休みが終わり二学期最初の日、祐太くんは教室でちらりとなつきの姿を見ました。何やら様子が変なように思いました。
友達とお話しているとき、いつも溌溂とした顔をしているのに、今日は暗く沈んでいるような顔をして元気が無さそうです。
友達もなつきの様子が変だと思いいろいろと聞いていましたが、なつきはそっぽを向くばかりで話になりません。
それから担任の先生が入ってきて朝のホームルームが始まりました。
その時、先生はこう言いました。
「みんな、聞いてくれ、日比谷のことだがな、お家の事情で名字が斉藤に変わったからこれからは日比谷さんじゃなく斉藤さんと呼ぶようにするからみんなもそうしてくれ」
それからいつものように今日の予定や今週の目標、夏休みの宿題のことなどを話してホームルームは終わりました。
休み時間になると、先生の言葉の意味を知りにクラスの子達がなつきにいろいろと質問攻めをしてきます。
どうして名字が変わったのか?お家の事情って何なのか?
興味本位でいろいろと聞いてくる人は女子だけでなく男子も混じってきました。
なつきは下を向いてぐっとこらえていました。それから
「うるさい!」
と大きな声をあげてみんなをびっくりさせました。
あまりの剣幕にみんなが驚いていると、なつきは教室から足早に出ていきました。顔を見られないようにしながら。
祐太くんはみんながなつきのことを質問攻めしている間、夏休みぼけでぼーっとしていましたが、なつきの大声でびくっと体をふるわせてしまいました。
しばらくして、授業開始のチャイムが鳴り始めた頃なつきは教室に戻ってきました。みんなに顔を合わせないようにしながら。
そんなことがあってから、最初は興味本位で質問していたクラスの子達もだんだん遠慮がちになっていきました。なつきの以前からの友達も最初は心配して声をかけていましたが、なつきの態度が変わらず落ち込んでいて以前のように戻らないため次第によそよそしくなっていきました。
祐太くんはそんな様子を見ていました。でも、祐太くんは何も出来ないでいました。また、何をどうすればいいのかもわかりませんでした。
周りのうわさを聞いたところによると、なつきのお父さんとお母さんがりこんした、ということでした。
りこんって何だろう。祐太くんは考えました。
お家に帰って、晩御飯を食べているときに祐太くんはお母さんにたずねました。
「お母さん、りこんって何?」
お母さんは飲んでいたお茶を吹き出しそうになりました。
「どうしたんだい、祐太そんなこと聞いてきて」
「いや、クラスの子の親がりこんしたってうわさになってたから」
「あら、日比谷さんのところのことかねぇ」
「知ってるの?お母さん」
「まあ、お母さんも噂でしか聞いてないよ」
「りこんって何なの?」
「りこんってのはね、お父さんとお母さんが離れて暮らすことだよ」
「もう会えないの?」
「会えるかどうかはその人達のおうちの事情によるねえ」
「何で離れて暮らすんだろ?」
「まあ、いろいろあるのよ」
「お母さんはお父さんとりこんしたいと思ったことある?」
お母さんは苦笑いを浮かべた。
「うーん、どうだろうねえ」
「これからもりこんしない?お父さんとお母さんが一緒にいないのは嫌だよ」
祐太くんは泣きそうになりながらお母さんに言いました。
「あんたがいるからりこんしないよ、大丈夫」
お母さんはにこりと祐太くんを見て笑いました。
「よかった」
祐太くんもほっとしてにっこりしました。
でも、彼女はどういう気持ちだろう、当たり前のようにいると思ってたお父さんお母さんが離れてしまうのは。ぼくはすごく嫌だ、とても悲しい、たぶんなつきちゃんもすごく悲しいのだと思う。だからあんな暗い顔をしているんだろう。
祐太くんは考えました。どうしたらなつきが元気になってくれるかを。
夏休みも終わり、ようやく日常的な学校生活になじむ頃なつきの周りには友達がいなくなっていました。
夏休み明け、なつきが大声を出して教室を飛び出してからだんだんみんながなつきのことを遠ざけるようになっていました。
仲のよかった友達も少しづつ離れていき、今なつきは休み時間は教室の机でぼーっと外を見ていたり、机の上でうつぶせに下を向いているようになりました。
そんな姿を見て祐太くんは心が痛んできました。でも、何をしていいかどんな言葉をかければいいか分かりません。
そんなふうに祐太くんが悩んでいる最中、なつきの転校が発表されました。
「みんな、斎藤が来週引っ越すことになって、違う小学校に通うことになる、今度の金曜日の最後の授業でお別れ会を開くぞ、各班で出し物を考えておくように」
担任の先生は月曜日の朝のホームルームでそう宣言しました。
なつきは暗い顔でそれを聞いていました。
ホームルームが終わると各班で出し物のアイデアを話し合っていました。お別れ会といってもみんなが楽しめる出し物を発表するというのは子供達にとってすてきなイベントでした。
なつきはいたたまれない面持ちで教室からふい、と出ていきました。この頃なつきはすこし落ち着いてきましたが、それでもこういう騒がしい場は苦手なようでした。出て行くことでみんなが気を遣わなくてよくなる、そんな気遣いができるようになっていました。ただ、相変わらず以前のような笑顔は戻ってきていませんでした。
金曜日になり、なつきのお別れ会が始まりました。各班がそれぞれ考えた出し物を披露してみんなの笑い声を作り出しました。なつきもそんなみんなの気持ちを気づかいほんの少し笑うようにしていました。
みんなもなつきが笑顔を取り戻したと思い喜んでいました。出し物はテレビのお笑い芸人の物真似やドラマの物真似などでした。
祐太くんは不思議な気持ちでいました。悲しい気持ちでいる人の前で無理やり笑わせるのは本当に良いことなのかなと。
祐太くんはもやもやした気持ちのままなつきのお別れ会は終わりました。
そして、うちに帰ってからも祐太くんはずっと考えていました。お父さんとお母さんが離れ離れになってしまうなつきにどういうなぐさめが必要なのか。どういう優しさが必要なのか。
生まれて初めてここまで一心に考えたことはなかったくらい祐太くんはどうしたら以前のようななつきに戻れるのかを考えていました。
お父さんとお母さんが離れてしまう、お父さんがいなくなって、なつきはお母さんの方で一緒に暮らすようになるってうわさしていたな。
祐太くんは閃きました。
そして、その閃きを引越しの前日になる明日の土曜日に伝えに行こうと思いました。
土曜日になりました。祐太くんは午前10時になつきの家の前に来ました。
ピンポーン、と門のチャイムを鳴らしました。
5秒後くらいに
「はーい」
と声が聞こえてきました。なつきの声でした。
「祐太だけど」
「え?祐太?どうしたの珍しいね」
「いや、ちょっと、、、」
祐太くんは口ごもりました。
「わかった、今出るから」
程なくしてドアががちゃりと鳴って開きました。
「どうしたの?」
なつきは不思議な顔で祐太くんを見ています。夏休み明けからまったく話していなかったからちょっと緊張をしています。
「あのさ、」
祐太くんは勇気をふりしぼりました。
「お父さんと離れて住むんだよね」
「うん、」
なつきは暗い顔になりました。もうみんな分かっている事なんだろうけど改めて言われるとやっぱり辛い。
「ぼくがもう少し、いやもっと大きくなったらさ」
祐太くんは顔を赤らめてなつきの目を見て言いました。
「ぼくがお父さんになるから、さびしくて悲しい気持ちにならないように」
「だから、元気出して」
なつきは驚いて祐太くんを見ました。
少ししてから、ぷっと吹き出しました。やがてそれはおおきな笑い声に変わっていきました。
祐太くんはどうして笑っているのか分かりません、でもなつきが以前のような笑い方になっていて少し嬉しく思いました。
「馬鹿ねぇ、うちら同い年でしょ、あんたが大きくなったってわたしも同じくらい大きくなってるでしょ」
なつきは笑いすぎて涙目になりながら言いました。
「そうかな、」
祐太くんは少し恥ずかしくなって頭をかきました。
「そうよ、本当馬鹿ねぇ」
なつきはそう言いながらも祐太くんを馬鹿にしたような感じには言ってませんでした。
「でも、ありがとう、少し元気出たよ」
なつきは夏休み前のような笑顔で祐太くんに言いました。
「よかった」
祐太くんも笑いました。よかった、元気になってくれて、心底祐太くんはそう思いました。
「転校しても遊んでくれる?」
なつきが祐太くんにたずねました。
「もちろん」
「手紙書くから住所教えて」
「うん」
「今度会う時はもっと元気になってると思うから、それまで少し痩せておきなよ」
なつきが軽口を叩いた。
「まあ、頑張るよ」
「じゃ、まだ引越しの準備終わってないから」
そう言ってなつきは玄関に戻っていきました。
ドアを閉める前に祐太くんの方に振り向いて
「またね」
そう言ってなつきはドアを閉めました。
祐太くんもドアに向かって
「またね」
と言って家に帰ろうと門を出ました。
了
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