血塗れダンジョン攻略

甘党羊

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強敵

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 一層立派な甲冑に包まれた氷武者の姿が爆炎が晴れると共に現れた。
 出現したてが家来レベルだとすれば、今は大将レベルくらいの違いがあった。氷のクセして爆風を防ぎきる甲冑とか何の冗談だと思う。
 爆風に煽られて変な方向に変な体勢で飛ばされながら、腹いせで追加の炎球を数球放り投げて墜落していった。着弾の瞬間は見れなかったが爆音はちゃんと聞こえていた。

「いってェ......」

 いくら痛みに慣れているとはいえ結構な勢いで墜落するのは流石に痛かった。スタミナの減りが異様に早まるような身を切る寒さもその一因となっていた。
 と、そこで思い出す。こんな事をしている場合じゃないと。

「アイツは......どうなった――ッ!!」

 氷武者髑髏へ意識を向けようとした瞬間、強烈な怖気が匠を襲った。これは喰らったらヤバいという直感に従ってその場から即座に横に転がる様に逃げた。直後、匠が先程まで居た場所に氷の大太刀が振り下ろされる。

「っっぶねぇ」

 喰らっていれば完全に縦に二つになっていた攻撃に冷や汗が止まらない。情けなく地面を転がりながら、跳ねる心臓を落ち着け冷静になる事に注力していた。

『SHHAAAAAAAAAAAAAAAH』

「嘘だろッッッ」

 手応えが無く、転がっていく匠を確認した氷武者髑髏は素早く手首を返して刃を横向きに変え、そのまま片手を離し一本の腕で真横に薙いできたのだ。
 これには匠もびっくり。人間ならば関節や筋を犠牲にする覚悟が無ければ出来ない技を軽々と行ったのだから。相手がモンスターだとわかっていても想定していなかった。

 ここから急いで回避行動をとっても刃は匠を追尾して斬る、そう予感がしていた。それならば自分が今取るべき行動は何か......そう考えた時には既に身体は勝手に動き出していた。

「......あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁっ!!!」

 死中に活を見出す!!

 あろう事か匠は刃に向かって動いた。
 脚に力を込めて駆けだし、やや前傾姿勢のまま迫り来る刃に肉薄した。

 ――タイミングを間違えれば斬られる。予備はあるけど新しく買った服が即ダメになるのは許せない。

 ミスれば上下に分断。死にはしない。
 だが買ったばかりの服がダメになるのは許せない。
 身体の心配よりも服の心配が先に出てくるのは、全裸戦闘や腰布のみスタイルに慣れるしかなかった序盤~ごく最近までの苦悩から来るモノか......
 そしてその異常なまでの服への執着は、過去最大級の集中力の発揮へと尽力した。

「上げておいてよかった、敏捷」

 極まった集中によってスローになる世界、その中で自分だけ早く動ける訳でも無いが自然と身体は最適な動きをしている。

 空気を斬り裂きながら迫って来る刃は半透明な氷の刀なのに本当に綺麗だった。刃紋の一つ一つまでよく見える。
 途方もない程のプレッシャーと殺意がビシビシ肌に突き刺さって正直落ち着かないが、何故か集中力は極まっていくのがわかる。愉しい......

「ア ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ」

 声が遅れて聴こえる。

「ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ」

 超スピードで振るわれる刃に自分から迫っていくなんて正気の沙汰じゃない。背筋のゾクゾクが止まらない。肌が粟立つのが止まらない。

 迫る刃も止まってくれない。

「ハ ハ  ハ  ハ  ハ  ハ   ハ    ハ     ハ     ハ     ハ     ハ     ッ」

 ――今ッッッ!!

 空間把握で感じ取ったこれ以上はヤバいラインに来た所で全身に込めていた力を全て無くした。前にやった縮地法と同じ事。失敗していれば上手く倒れこめずに変な姿勢のまま刀が身体に吸い込まれていくリスクがあったが、身体はキチンと脱力してくれたので前のめりに倒れていった。

 後頭部スレスレを刃が通過していったのがわかった。少し遅れてタマヒュンしそうな凶悪な風切り音が聞こえたので肝を冷やした。成功して、よかった。

 匠はそのまま大股で一歩脚を踏み込んで体勢を立て直し、一気に伸びきった腕の肘らしき部位に金砕棒を叩き込んだ。

 ――ギィィィィィィンッ!! ビギィッ!!

 凡そ氷に金属がぶつかったとは思えない音が鳴り響き、手に痺れが押し寄せる。それでも更に力を込めて金砕棒を押し込むと、漸くダメージを与えられたような音が聞こえた。そこまでやってもダメージは微々たるモノだったが、大きな一歩だった。

「炎でダメージ通らなくても、打撃だったら一応攻撃は通るのか......よしっ!! あ、そういえばコイツも一応多分アンデッドだし混沌も塗ってみよう」

 では早速......と、腕から混沌をひり出すように力を込めると混沌が滲み出てくる。それをダメージを与えた場所に塗ろうと手を伸ばした所で......

「ゲフッ!?」

 唐突に背面から強い衝撃に見舞われて吹っ飛んだ。
 苦痛に顔を歪めながら衝撃があった方向を見ると大太刀を握っていた手では無い方の腕が振り切られていた所だった。

 クソッ、やられた......
 幸い悪魔さんの掛けてくれていた付与の効力で服は多少傷付いた程度で済んでいた。しかしその布の内側にある本体はその衝撃で激しく損壊していた。もしいつも通りの蛮族スタイルだったらバラバラになって飛び散っていた事だろう。

「長い腕と巨体って本当に狡いなぁ......ははっ」

 地面の上なのに何故か水切りするように吹き飛ばされていく情けないザマに苦笑いしかでない。これだけ派手に吹き飛んでも裂けない服が頼もしい。
 漸く勢いが死んできた頃、ぐじゅぐじゅになった中身も再生を始めていた。しかし勢いが死んだ事で匠に追いついた氷武者髑髏の追撃も差し迫っていた。

「動けるな、ならまだ平気だ」

 追いかけてくる勢いそのまま片手で振るわれた袈裟斬り。どうせまた追尾してくるだろうそれをそのまま軌道上から逸れる事で躱しながら炎球をぶん投げ、そしたら直ぐにその場から退避を繰り返した。
 避ける方向は強引な動きをしないと追尾しに行けない方向へ。滑らかな動きでの追尾は絶対にさせない。先程痛めつけた腕をあまり使おうとしていないのを見ればこのまま隙ができるのを待てばもう片方の腕も破壊出来るという事。

「ちょっと慣れたきた......よし、今のうちに......」

 暫く塩い攻防を繰り返すこと十分強、上下左右だけでなく突きもある長尺の刀の動きと氷武者髑髏の技量に慣れて余裕が出てきた。そこでSPが結構溜まっていたのを思い出した匠は、足りない決定力を補う為にステータスを弄り始めた。
 思っていたよりも多めに溜まっていたSPをガッツリ使い敏捷に60、物攻に50、序でに運へ20振った。敏捷で素早さと反射速度を上げて物攻も上がれば磐石になると信じた結果だった。

「うぉっ......とと」

 大幅に上がった影響か、これまで通りの心算で動いた結果......過剰な回避になり氷武者髑髏からだいぶ距離をとってしまった。

「わぁお......」

 今まで適切に動いていた心算だったが、これまで通りに動いたら無駄に余計な力が入っていたのがわかったのは収穫だった。だが、今すぐその動きと力加減をアジャストするのは難しい。
 急に上がった身体能力に振り回されないよう、慣れる事から始めていった。丁度お誂え向きな相手が殺気を振り撒きながら攻撃してくれるのを利用していく。



 それからは約十五分間、匠は回避に重きを置いて行動し続けた。反撃は最低限、苛立たせる程度に留めていた。

「......滑らかに、動きは最小限、それでいて相手からしたらヌルヌルと動いるかのように......」

 脱力を意識しながら雨霰のように飛んでくる斬撃の隙間を縫うように、一子相伝の暗殺拳一族の次男の動きをお手本にして匠は動き続けた。


「......お!」

 そして漸く、歯車が噛み合う時が来た。
 思い描いていた動きと身体の動きが一致した結果、匠と氷武者髑髏両方が同時に驚いた表情を見せた。
 抜群の手応えを感じて驚いた匠、漸く捉えたと思って振り抜いた大太刀が空振っただけでなく投げられた氷武者髑髏......地面に打ちつけられた甲冑は所々砕け、受け止めた地面には放射状に罅が入っていた。
 両者ともにしたリアクションは同じだが、片方は歓喜、片方は衝撃と極端な違いがあった。

「アハァ♪」

 これで、大分苦戦させられたコイツにも勝つ算段がついた。大型な氷武者髑髏はまさか己が矮小な生物に転がされるとは夢にも思っていなかっただろう。

「シィッ!!」

 転がされて起き上がろうと藻掻く氷武者髑髏の腕を慎重に避けながら隙だらけのその側頭部に、匠は今現在持ち得る全ての技量を込めた崩打を放った。その効果は劇的であった。

『GYAAAAAAAAAAAAH』

 外傷を与える事よりも内部破壊を目的としたその殴打が側頭部に突き刺さると、一拍置いてから撃ち込んだ方とは逆にある兜が弾けた。
 気持ちが入りすぎたのか思った以上に衝撃が突き抜けてしまったのは失敗だが、金砕棒でも炎魔法でも破壊出来なかった防具を意図も容易く破壊できた。それだけでなく氷武者髑髏は目と耳から液体を出し、立ち上がる事を中断して苦しんでいたのだ。

「アハハハハハハハハハハハハ」

 これが笑わずにいられるだろうか。己の十数倍もあろう大きさの敵を素手で転がして一方的に攻撃出来る現状を。

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ......」

 高揚は直ぐに落ち着いてしまった。
 ずっと戦っていられると思える相手だった。でもそれも、もう終わりと悟った。

「......お疲れ様」

 せめて、この好敵手は技の練習台などにせず一思いに殺そうと思った。
 クソ理不尽でクソみたいなファンタジー攻撃は無く、磨き上げた剣技のみで戦ったコイツは今までのように死体蹴りするのは無粋だと思ってしまったのだ。

「......重っ」

 作法や礼儀はよくわからないが、武者らしく殺そうと落としていた大太刀を拾って上段に持っていき振り下ろした。人が持てるサイズでは無かったのでただ持ち上げて傾けただけだったが......
 それでも重力に引かれて勢いついた大太刀は鋭い切れ味と重さによって氷武者髑髏を断ち斬った。

『レベルが6上がりました』
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感想 10

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