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ある医師のおはなし
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「先生。ありがとうございました。すっかり元気になりました」
今日も患者さんが来ました。
大学病院で医師として一日に何十人もの患者さんを診ていると、いろいろな人に会います。一度きりということはほとんどなく、同じ患者さんとは何度も会うことが多いものです。
やっとのことで病気が治った患者さんの中には、診療時間外でも訪ねてくることがあります。謝礼と菓子折りを持参することが多いのです。ちょっと前は、一週間に一度くらいのペースでしたが、この一カ月間は毎日誰かが訪ねてきます。
わたしは、困っているのです。
それはなぜかというと、謝礼と菓子折りを受け取るのが嫌だということではなく、現実的ではないからです。あってはならないことを認めるわけにはいかないのです。
ルールがありますから。
夜の九時以降にドアがノックされると、ドアを開けて入ってくることはなく、いつもわたしがドアを開けます。ドアを開けると、患者さんは笑顔ですが、わたしはちょっと複雑な表情になってしまうのです。なぜかというと、膝から下の足の部分がないからです。丁寧にあいさつをするので、追い返すこともできず、つい招き入れてしまいます。それがいけなかったのでしょう。ずるずると対応してしまいました。
でも、やめることにしました。
患者さんのためにも、はっきり伝えないと成仏できないと考えたからです。
きっと、今日も来るでしょう。そろそろ九時になります。
《トントン》
やっぱり来ました。
わたしは、いつものように招き入れましたが、今回はソファーに座ってもらいました。それは患者さんにとっての真実を、じっくり伝えたいからです。
《トントン》
ところが、わたしが患者さんに伝えようと思ったとき、再びノック音が聞こえました。
なんとドアを開けると、別の患者さんが立っていて笑っていました。
それからさらに同じことが四度あり、患者さんは全員で六人になりました。
「みなさん。どうしたのですか」
わたしは、つくり笑いを浮かべながらも、丁寧に説明しなくてはと思い、全員をソファーに座らせました。みんな笑顔でわたしを見ています。
わたしは、気が重かったのですが真実を伝えました。わたしは目をつむり、その間に去って行かれることを願いました。
しばらくして、わたしは目を開けました。しかし、六人は座ったままです。さらに笑っているように見えました。
「どうしたのですか。わたしの説明が足りなかったのですか」
「そんなことはありません。先生のお話は十分理解できましたよ。今日お伺いしたのは、先生をお迎えする準備が整ったことを、お伝えするためです」
一同の視線の先は、私の足元にありました。
わたしは、自分の足を見ました。
膝から下がありませんでした。
追伸
翌日、この医師は外来診療を終えた後、スタッフの一人ひとりに丁寧に挨拶をしました。
あまりにも丁寧だったので、戸惑った方もいましたが、多くの方は笑顔を返していました。
医師はロッカーで私服(スーツ)に着替え、病院のメインエントランスから出てきました。一歩、二歩、三歩……九歩目を踏み出したとき、その場に座り込むように倒れました。
心筋梗塞でした。
たまたまその様子を見ていた病院のスタッフが
「心筋梗塞と聞いてビックリしました。先生は立ち止まって、ゆっくりしゃがみながら膝をつきました。ひざまずくという感じです。それに、苦しそうな表情ではありません。穏やかな笑顔でした。孫に語りかけるおじいさんのような表情をしていました」
今日も患者さんが来ました。
大学病院で医師として一日に何十人もの患者さんを診ていると、いろいろな人に会います。一度きりということはほとんどなく、同じ患者さんとは何度も会うことが多いものです。
やっとのことで病気が治った患者さんの中には、診療時間外でも訪ねてくることがあります。謝礼と菓子折りを持参することが多いのです。ちょっと前は、一週間に一度くらいのペースでしたが、この一カ月間は毎日誰かが訪ねてきます。
わたしは、困っているのです。
それはなぜかというと、謝礼と菓子折りを受け取るのが嫌だということではなく、現実的ではないからです。あってはならないことを認めるわけにはいかないのです。
ルールがありますから。
夜の九時以降にドアがノックされると、ドアを開けて入ってくることはなく、いつもわたしがドアを開けます。ドアを開けると、患者さんは笑顔ですが、わたしはちょっと複雑な表情になってしまうのです。なぜかというと、膝から下の足の部分がないからです。丁寧にあいさつをするので、追い返すこともできず、つい招き入れてしまいます。それがいけなかったのでしょう。ずるずると対応してしまいました。
でも、やめることにしました。
患者さんのためにも、はっきり伝えないと成仏できないと考えたからです。
きっと、今日も来るでしょう。そろそろ九時になります。
《トントン》
やっぱり来ました。
わたしは、いつものように招き入れましたが、今回はソファーに座ってもらいました。それは患者さんにとっての真実を、じっくり伝えたいからです。
《トントン》
ところが、わたしが患者さんに伝えようと思ったとき、再びノック音が聞こえました。
なんとドアを開けると、別の患者さんが立っていて笑っていました。
それからさらに同じことが四度あり、患者さんは全員で六人になりました。
「みなさん。どうしたのですか」
わたしは、つくり笑いを浮かべながらも、丁寧に説明しなくてはと思い、全員をソファーに座らせました。みんな笑顔でわたしを見ています。
わたしは、気が重かったのですが真実を伝えました。わたしは目をつむり、その間に去って行かれることを願いました。
しばらくして、わたしは目を開けました。しかし、六人は座ったままです。さらに笑っているように見えました。
「どうしたのですか。わたしの説明が足りなかったのですか」
「そんなことはありません。先生のお話は十分理解できましたよ。今日お伺いしたのは、先生をお迎えする準備が整ったことを、お伝えするためです」
一同の視線の先は、私の足元にありました。
わたしは、自分の足を見ました。
膝から下がありませんでした。
追伸
翌日、この医師は外来診療を終えた後、スタッフの一人ひとりに丁寧に挨拶をしました。
あまりにも丁寧だったので、戸惑った方もいましたが、多くの方は笑顔を返していました。
医師はロッカーで私服(スーツ)に着替え、病院のメインエントランスから出てきました。一歩、二歩、三歩……九歩目を踏み出したとき、その場に座り込むように倒れました。
心筋梗塞でした。
たまたまその様子を見ていた病院のスタッフが
「心筋梗塞と聞いてビックリしました。先生は立ち止まって、ゆっくりしゃがみながら膝をつきました。ひざまずくという感じです。それに、苦しそうな表情ではありません。穏やかな笑顔でした。孫に語りかけるおじいさんのような表情をしていました」
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