あなたに至る罰ゲーム

蛇苺 史潔

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私が腐っているのではなく、お前らが輝いているのだ

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 草野風子。花も恥じらう高校一年生。
 実は最近、気になる人ができた。
 隣の席の熊谷薫くんだ。
 薫くんはクラスで一番背が高く、所属しているバスケ部では、一年生ながら主力選手の一人であるらしい。癖っ毛のある黒髪がふわふわと愛らしいが、切れ長一重の瞳は武士のように鋭く、近寄りがたい雰囲気だ。女子が苦手らしいが、女子も薫くんが苦手だったりする。
 けれど実際は壁のように人畜無害な人だ。
 今も気怠そうに頬杖をついて、一点を見詰めている。
 黒板に書かれた内容をノートに写しながら、先程からピクリともしない薫くんをチラリと見やり、胸が熱くなる。思わず力が入り、シャーペンの芯が折れた。 
 だめだ、叫びたい。
 だって、いつもは死んだ魚みたいに澱んだ瞳が、今は甘くとろけている。口元も心なしか笑みを浮かべ、こちらまで満たされる幸せそうな顔。
 この顔を見るために学校に行っていると言ったらすこし過言だが、家で思い出しては一人でニヤつくくらいには価値がある。
 では、この甘い視線を一身に浴びているのは誰かと言えば、当然風子ではない。
 猫宮恵。風子の前の席に座る、薫くんと同じバスケ部の子だ。こちらも一年にしてスタメンに選ばれるほどの実力らしい。さらさらの髪の毛にはキューティクルで艶めく天使の輪っか。大きな瞳はビー玉みたいに綺麗な、明るくて優しい、クラスの人気者の男の子。
ーーーー男の子、なのだ。
 キエェェェッと発作的に奇声をあげそうになるのを、舌を噛んで誤魔化す。
 そう、無気力無関心無感動を体現したような薫くんを虜にしている相手は、なんと男の子で、その事実が風子をこんなにも狂わせている。
(この気持ちは何かしら)
(まさか、これが恋?)
(私、薫くんに恋してる?)
「次、猫宮」
「はい」
 担任の福田に指名された恵くんが立ち上がり、透き通った声で呪文のような教科書を読み上げる。
「『しのぶれど 色に出りけり 我が恋は ものや思ふと 人の問ふまで』」
「よし、意味は?」
「心に秘めていた恋心であったが、表情に出ていたようだ。恋煩いですかと、人に聞かれるまでになってしまった」
「よし、座っていいぞ」
 言われた恵くんが椅子を引いて座りながら、わずかに後ろに顔を向ける。そして、イタズラっぽく笑った。
 薫くんに向かって。
「っぐふっ!?」
「草野、どうした?」
「す、みません、くしゃみです」
 オッサンみたいなくしゃみだなと、オッサンの福田が呆れた声をあげ、クラスが笑いに包まれる。
 だから独身なんだよ、クソジャージが。
 と、体育教師でもないくせに芋臭いジャージ姿の福田が禿げるように呪いつつ、抑えられない胸の高鳴りに奥歯を噛み締める。
(これ、これこそ恋では!?)
(私は恵くんが好きなのかしら!?)
 と、わずか数秒前に同じことを考えていたことを思い出す。
 待って欲しい、これでは、単なるふしだらな女ではないか。二人の男に興奮するなど、まさに淫獣! 処女のくせに淫乱とは、大福なのに中身はメンチカツのように意味不明ではないか!
 頭を掻きむしりたい衝動に駆られ、誤魔化すように髪の毛を引っ張っていると、ふいに隣の席が目に入る。
「…………っ」
 薫くんが、耳まで真っ赤にしながら、両手で顔を覆っていた。
 ひゅっと変な音が喉から出る。
 照れている。薫くんが照れている。
 さっきの恵くんの小悪魔スマイルがブッ刺さって、悶えている。
 幼女が手を振ってもガン無視しそうなデカい男が。
 自然とニヤつきそうになる頬を、内側から噛み締める。きっと今、世にも奇妙な顔面をしているが、抑えられない耐えられない我慢できない。叫びたいほどの激情が身体の中で踊り狂っている。
 と、野生の本能がむき出しになった風子は、不穏な気配を感じた。
 福田が、薫くんを見ている。
 まずい、薫くんは先程のピンクビーム(?)によるダメージから回復しておらず、未だあの愛らしさに浸っている。今当てられたら、腑抜け顔の薫くんがクラスのみんなに晒されてしまう! 
(私が、守る)
「先生」
 ゆらりと立ち上がり、福田を睨みつける。
「ど、どうした草野」
「……トイレ行きたいです」
ーーーーマジで漏れちゃう五秒前、みたいな、酷い顔をしていたと、友人に言われた。


 




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