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爽から鈴となずなへ

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 ただただ、良かった……しか出て来ない。


 楓禾姫と湖紗若の母としての表情にて、再会の喜びを噛みしめていらした楓菜の方様。

 今は、楓希の方様と、大殿様の娘として……

 楓希の方様にしがみつき号泣している楓菜の方様を、優しく抱きしめて同じく号泣されている楓希の方様。更に、お二人を包み込むように静かに涙されている大殿様。

 少し離れた場所にて、楓禾姫と湖紗若はお三方を見つめている。湖紗若がヒックヒックとしゃくりあげているのを、楓禾姫が優しく声を掛けながら、頬に伝う涙を襟元から取り出した、四角く縫った綺麗な布にて拭ってあげていて。楓禾姫も涙している。

 その様子に私も、涙溢れて。それは、母上も、なずなも、稜弥に詠史、早月殿も同じ。

 お父上は告白された後に、先に涙した為か。今は、涙は見えないけど……泣いておられる母上の背中をさすりながら、楓菜の方様達の様子を見つめておられる。

 しばらくして。

「鈴、なずな。少し話がしたい。良いか?」

 と、お父上が申されて。私達は客間に移動して話す事に。

 稜弥と詠史は『 家族の時間を大切にして頂きたい』と。

 稜弥は『浜辺の散策をしたり、本を読む事にします』。と。詠史は釣り竿があると聞くと『海にて釣りをしたいです』と言い、 二人それぞれ 出掛ける事にしたようだ。

 母上と早月殿は、楓希の方様達のお傍にて見守る。と、居間に残られた。


 さて、 客間にて、上座にお父上。下座に私となずなが座ったのだが……私の左隣に座るなずなの、更に左隣に湖紗若が座っているのはどういう事だろう? 


 お父上は、苦笑しつつ何も言わないし。なずなは湖紗若の右手を取り繋いでいるし。


(なずな大好き若君よ。監視の為に付いて来られたな)

 本当に侮れないお方だ……


「鈴よ。特に六年前からは時に私に、憤りを感じた事もあったであろう?」

 
 湖紗若がいる事で、 どこか、和やかだった空気が引き締まって……


(お父上は直球で来られた……)

「そうですね」

 だから私も直球で答える事にした。

「凛実の方に、政岡家が苦しい立場に立っている時に、私が不在にする事が増えたからな」

「はい。母上様を守っては下さらないのか? と憤りを覚えた日もありました。しかし、母上は『お父上様は、鈴を守って下さっているのですよ。感謝せねばなりませんよ』いつもおっしゃられるのです」

「凛実の方らしい……自分の事より鈴……か」

「はい。幼き時より、楓禾姫と同じように『勉学だけでなく、稜禾詠ノ国の者として生きる心得や必要な事をお教え下さっている』と。勇と基史が『殿が、体術や剣術などを学ばせるのは、お母上に楓禾姫様や湖紗若様を守るという、目的以外に。自分自身。鈴様を守る為なのですよ』と教えてくれました。ですから、自分の立場も状況も客観的に見つめる事が出来るようになりました」


「そうか……本当に凛実の方や勇には感謝しても仕切れないな。基史にも……」

 そう言って涙ぐまれたお父上。

 今日は、何回涙されるお父上を見ているだろう? この歳まで受けて来たご恩を。これからは私が…… 親孝行して返していかねばと強く思ったんだ。

「なずな」

「は、はい」

 急に、お父上に声を掛けられたなずなは、可哀相に……固まってしまって。私は、なずなの右手を取り『大丈夫』というように握ってやる。

「 すまない。驚かせて。なずなの名前の由来はあるのか?」

(父上?)

「はい。ございます『心優しく人に愛を与え人に愛されるような人』になるようにと、 両親が名付けてくれました」

 はっきりとした口調にて、答えたなずな。 一見、穏やかで、儚げななずな。けど、いざという時の肝の座り方は……敵に背負い投げ仕掛けた時といい……


(さすがだな)

 さすが私のなずな。 やにさがった表情をしていたのかもしれない。

 なずなは、 緊張して気付いてないようだけど……湖紗若からの……隣になずなが居るのに。 それを通り越して、こちらを射抜いてくる視線を感じるんだけど……


「なずなは、その通りに育ったんだな。鈴の名前の由来は『純粋で綺麗な心』『人に愛され心優しき人』でね。 二人ならこれからの稜禾詠ノ国を託せる。 二人で力を合わせ、優しき心を失わずに、稜禾詠ノ国の民に愛を捧げ、愛される領主になって欲しい。頼みます」


 お父上の想いを、しっかりと受け止めて頑張ろうと思った。なずなを受け入れて下さった事が嬉しかった。

「どうかな? 湖紗若。鈴は、なずなに相応しい男かな?」


 一転、砕けた口調で湖紗若に問いかけた、お父上に。


「はい。リン あにうえさま なら なずなを たいせつに  すると しんじてます」


 大真面目も大真面目の表情の湖紗若…… なんだけど

 面白すぎて笑いが止まらなくなってしまって。お父上は、 遠慮なしに大笑いしているし。

「湖紗若様。ありがとうございます。 いざという時は湖紗若様が、 駆けつけて下さるのですよね?」

 あの手紙の文言を引用して、なずなは言ったのだろう。その表情はどこか嬉しそうで。

「はい。なずな リン あにうえ と しあわせに なってね」

 一瞬驚いた表情して。

「はい。 鈴様と幸せになります。湖紗若様」

 涙に、瞳を潤ませたなずな。

「湖紗若。誓います。なずなを幸せにします」

 私も真剣に、心からの誓いを、湖紗若とお父上の前にて約束したんだ。

 それにしても、ふと、湖紗若の言葉と、態度を思い出してしまって……


「ふふふふ」

 後はなし崩し。お父上も、なずなも。湖紗若まで、 面白くなってしまったのか。


「アハハハハハ!」


 皆で、大団円に。 大笑いで、話し合いを終える事が出来たんだ。


  

















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