反魂の傀儡使い

菅原

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2章 吹き込まれる魂

至福の演舞

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 ローゼリエッタとアリスは、スカートをつまみ上げ頭を下げたまま、曲の始まりを待つ。
片や黒のドレス、片や白のドレス、髪も対照的で、只制止しているだけだというのに何と絵になることか。
やがて鳴り出した楽曲は、巷で人気がある曲の一つ。陽気な調子で歌われる蛮勇歌だ。
奏でるはハッタ―が用意した楽団。遂にその、最初の一音が産声を上げる。


 舞台の上で、舞い踊る二つの影。
一つは人で、一つは人形。しかし観客にはその見分けがつかない程に、二人の舞は調和し人間味に溢れていた。
 観客はまず、舞台で佇む人形の、その美しさに囚われた。
遠目から見える姿はまさに人間であり、言われねば人形だと思いもしないだろう。
そして始まる楽団の曲。それだけでも、金をとって見世物に出来るような上等な物だ。
だというのに……今回はそれが、おまけだというではないか。

 制止の状態から、動き出した演者は、一糸乱れぬ動きでスカートの裾を離し、右手を前にゆっくりと持ち上げた。
それから二回、くるりと回ると足を鳴らす。
時には揃って動き、時にはそれぞれが違う振り付けで、壇上を所狭しと舞い踊る。

 壇上に咲く、鮮やかな赤と青の髪。そして白と黒のドレスの中に時折見える、艶やかな瞳が人々を魅了する。
一つ体を動かす度に、スカートが揺れ、髪が靡いた。美しくも妖艶なその姿が、見つめる者の心を掴んで離さない。
ローゼリエッタの指から伸びる傀儡糸も、日の光を浴びて輝き、幻想的な演出に一役買っていた。

 二人の踊りを一瞬でも垣間見た者は皆、次の瞬間から、瞬きすることを忘れ、口も半開きに少女らの姿を必死に目で追った。
その踊りは、本職である踊り子から言わせればとても拙い物だっただろう。
それでも観客らは、二人の踊りに心を奪われた。

 空高く響く蛮勇歌。
勇ましく幻想的なその曲に合わせて、戦いとは無縁であろう美しい女が舞う。
決して長い時間では無かった。
だがこの時ばかりは、貴族も平民も、大人も小人も、老人も若人も、あの国王でさえもが、関係なく没頭した。
 歓声は上がらない。
それをしては、この素晴らしい劇が台無しになってしまうから。
観客は皆、時が経つのも忘れその舞に見惚れる。


 遂に楽曲は終わりを迎え、息も絶え絶えにローゼリエッタは動きを止める。
開始当初と同じ、スカートをつまみ上げお辞儀をする体勢を取って。
実際に舞っていた時間は、曲一つ分という短い時間であった。
しかしその満足感たるや……言葉に出来ない至福の時間と言えよう。
 たっぷりの時間を経て、彼女らが頭を上げると、観客から盛大な拍手と歓声が沸き上がった。
終わりを告げるハッタ―の声が掻き消える程の歓声。
会場内は暫し、混乱の渦に包まれる。

 劇を見た者は、湧き上がる感動に声を、手を止めることが出来ない。
それでもこの感情を表現しきれぬと、近くの者と感動を共有しようとする。
「おいお前……今の見てたか?本当に人形かよあれ!」
「見てたに決まってるだろ!見ろよ……まだ鳥肌が立ってやがる」
そういって何度も、壇上に佇む人形を見つめた。
 その一連の行動は、あらゆる芸術品を目にしてきたであろう国王にも見られた。
まるで子供の様にはしゃぎながら、賞賛の言葉を連ねる。
「素晴らしい!実に素晴らしい!ここまで心を打たれた演劇は始めてだ!はははは!」
無邪気に笑うその顔は、心からの感情だと分かる。
町に響き渡る彼らの歓声は、暫くの間収まることが無かった。


 ローゼリエッタが労じた策は、見事成功を収めた。
どの場面を切り取ってみても、そういわざるを得ないだろう。
演劇が始まる前も、演劇の最中も、演劇を終えてからも、一人の少女とその傀儡人形は、多くの観客の心を魅了し続けた。
 改めて報じられたハッタ―の終演の言葉が終わってからも、興奮冷めやらぬ観客らは、それぞれ近くの者と語り合う。
中には、ローゼリエッタに一言、感謝を述べたいと声を上げる者もいた。
だがその数は余りにも膨大で、とてもではないが、体力を消耗した少女に捌ける数ではない。
 ハッタ―はその事を察し、丁重に断りを入れていく。
「申し訳ありません。演者は体力を消耗しております故、お気持ちだけ頂戴いたします。誠に申し訳ありません」
それを真似て、アルストロイも迫る人波を対応し続けた。


 出番が終わり、祭りも終いとなった後、ハッタ―の計らいによって、ローゼリエッタとアルストロイは、自身の店へと戻って来ていた。
観客の予想以上の反応に、いまだ胸の高鳴りは消えない。
「はぁ……疲れたぁ」
「お疲れ様。格好よかったぞ、ロゼ」
アルストロイは紅茶の入ったカップを差し出す。それを受け取ったローゼリエッタは、すぐさま喉を潤した。
カップを傾ける妹の隣には、一緒に舞を躍ったアリスの姿もあり、変わらず美しい姿で佇んでいる。

 ついさっきまで、人間のように舞を躍っていた傀儡人形。
アルストロイは、今にも一人でに動き出しそうなアリスを思わず見つめた。
長い睫毛、薄い唇、開閉式ではない為瞼は上がったままだが、その美しい瞳が露わになっている。
だが、どれだけ容姿が人間に近づこうが、所詮彼女は人形に過ぎない。
当然、人形である彼女は佇むだけだ。

 妹は、感動を分かち合おうと兄へと語りかける。
「ねぇ兄さん。私たち上手にできたよね?皆に人形が素敵だってこと、少しは伝えられたよね?」
そんなもの答える必要もない、とアルストロイは笑った。
「あれだけ盛り上がっておきながら、明日客がいなかったら、僕は何かの陰謀だと思うね」
ローゼリエッタもそれに同調し、二人で笑い合う。


 暫くすると、ローゼリエッタは気が抜けたのか、静かな寝息を立てだした。
アルストロイはすやすやと眠る妹に、薄手の布をかけてやり、気持ちを引き締めると、後片付けをしているであろうハッタ―の下へと向かう。
寝息を立てる少女を見守るのは、一体の物言わぬ人形だけだ。
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