反魂の傀儡使い

菅原

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12章 世界の法則

それぞれの役割 3

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 アルストロイの置かれる状況は絶体絶命だ。
周囲には、存在を確認し、敵意をむき出しに立ちふさがる兵士たち。
振るった剣は標的に届く直前で、バルドリンガの猛将パシウスに防がれてしまった。
狙われていたハルクエルは、剣を振るった体勢で硬直するアルストロイを睨みつけている。
「貴様は……そうかそうか。この異常な現象に乗じて、ここまで乗り込んできたというわけか。だがな……貴様の愛する妹は既にこの世にはいない。見ろ、あの山を。跡形も無く消え去ってしまったぞ?」
睨みつける目は次第に別方へとずれ、終いには嫌らしい笑みを浮かべ返ってくる。
その姿は無性に、アルストロイの気を逆撫でした。


 アルストロイは、剣を引きもう一度振り払う。当に体力は限界で、気を抜けば剣を落としてしまいそうだ。
だがここで止まるわけにはいかない。
せめて……せめて一太刀だけでも。決して高望みではない少年のその思いは、無残にも打ち砕かれる。

ガギン!!

 再び金属音が鳴った。
続いて周囲の兵から罵倒が上がる。アルストロイを円形に取り囲み、剣を振り上げ槍を握り、今にも襲い掛かってきそうな程身を乗り出している。
アルストロイは覚悟を決め、周囲に睨みを利かせると、意外な人物から制止の声が上がった。
「よさんか!大勢で取り囲んで嬲り殺すなど、戦士のすることではない!」
受け止めた剣を弾いたパシウスが、そう咆える。

 アルストロイは勿論のこと、バルドリンガの兵士、果てはハルクエルに至るまで、誰もパシウスの行動が理解できなかった。
自国の王に刃を向けた不届きものである。嬲り殺しにされて当たり前ではないか。
そんな感情が、心の内で膨れ上がる。
 困惑の中にある兵士らに背を向けると、パシウスはハルクエルに向かって頭を下げた。
「王よ。申し訳ありませんが、ここは私に任せて頂けませんか?」
周囲は静まり返り、雨音だけが響いている。
誰もが、王の答えに注目していた。
 暫く顔を顰めていたハルクエルは、漸く頷くと、兵士の群れの中へと歩いていった。
その間も頭を下げ続けていたパシウスは、足音が雨の音で完全に消え去った事を確認すると、頭を持ち上げアルストロイを見る。
周囲を警戒していたアルストロイもまた、パシウスの目をまっすぐに見つめた。


 兵士は降りしきる雨に打たれながらも、唯武器を握り立ち尽くす二人の戦士を見続けた。
王が去ってからどれだけの時間そうしていただろうか。
豪雨は更に激しさを増し、水の入った桶を引っ繰り返したように身体を打つ。足元にできた水たまりが、バチバチと音を立てている。
 緊張のあまりアルストロイが唾を飲み込むと、パシウスの声が聞こえてきた。
「以前、君の仲間と戦った時に、少し話を聞いた。守護者というそうだな。人形を操る者を守る、一つの盾であると。……私は、信念を持って戦う者と、他者の命を、自らの命を懸けて守る者に尊敬の念を抱くようにしている。それが例え敵であってもだ。君は、逃げることも出来た筈なのに、この場に来た。……立派な戦士と見受ける。是非手合わせ願いたい」
その言葉は雨音に隠れ、周囲の兵には大して届かない。それでも、兵士たちはパシウスの次にとった行動を見て驚愕した。
 彼はなんと、敵であるアルストロイに対して頭を下げたのだ。
一体どういった理由があればそこに帰結するのか、周囲で見ているだけの者らにはわからない。
だがアルストロイだけは、この提案に心から感謝していた。
「有難い申し出だ。是非とも宜しく願う」
痛む左手を無理矢理に持ち上げ、剣を両手でつかむと正中に構える。
その返事と仕草を見て、パシウスも剣を構えた。

 降りしきる雨が、心を埋めつく手していた恐怖を洗い流していく。
この瞬間、アルストロイには次の瞬間起きるであろうことが、手に取るように分かった。
構える姿勢からして、到底太刀打ちできる相手ではない。例えどれだけ素晴らしい剣撃を浴びせたとしても、目の前にいる男は完璧に捌き切り、返す刃で命を奪ってくるだろう。
 一向に動く気配のないパシウスを見て、アルストロイは更に心の中で感謝を告げた。
(有難い。俺が覚悟を決める時を待ってくれている)
雨が心にある恐怖を全て流し終えると、彼は駆け出した。
体はすっかり冷え切り、もはや左腕に感覚はない。
足からも力が抜け、転ばぬようにするのが精いっぱいだ。
アルストロイは、黙って様子を見守るパシウスの目の前まで行くと、剣を振るった。

 三度目の金属音。
手から剣が吹き飛び、衝撃で体が流れる。
アルストロイの目は自然と、飛んでいった剣を追う。そして……目の前の男が悲痛な表情をしているのが見えた。
突如、視界がぐるりと一回転する。視点は高く高く舞い上がり、やがて自身の身体だったものを下に見つけた。
「盾は盾のまま居ればよかったのだ。剣の真似事をなどしなければ……」
そこから先の声は、アルストロイに届かない。


 不届きものの頭が、固い地面に叩きつけられる。
数度跳ね、数回転がり、漸く止まった頭に一人の兵士が手を伸ばした。
だがその時、豪雨を降らす雨雲が、遂に雷を伴う。
 眩い発光。轟く雷鳴。
雨すらも初めての体験だったバルドリンガ兵たちは、頭上から降り注ぐその音に、再び空を見上げる。
「空が……一体何が始まるんだ!」
「ひぃっ!せ、世界の終わりだぁあ!」
黒く染まった雲が、二度三度と発光する。
やがて、一際高い雷鳴と共に、巨大な雷が降り注いだ。

 一つの雷が巨鎧兵を撃つ。
鉄が液状となる温度の、何倍もの熱を持つ一撃だ。鉄の塊である巨鎧兵が到底耐えきれるものではない。
更に雷は、水を通り、金属を通り、周囲の人間にも襲い掛かる。
この落雷こそが、エルフたちが時間をかけて完成させた儀式魔法であった。
 一つ落ちるごとに、十や二十では効かない数の命が奪われていく。
そしてその一撃は、魔導砲同様、光と同じ速度で襲い掛かって来るのだ。
見たことも無い現象。圧倒的な殲滅力。回避も、見ることでさえも不可能なその魔法に、バルドリンガ兵は恐怖する。

 雷鳴に恐怖を覚えたのは、何も兵士だけではない。
降り注ぐ雨から身を守る為に、一人車へと戻っていたハルクエルもまた、誰も居ない車内で恐怖に怯えていた。
「ひぃっ!?くそっ!なんなんだここは!空が泣き始めたかと思ったら、次は咆哮を上げている!……ええい!一時退却だ!さっさと車を出せ!」
耳を塞ぎ、目を瞑り、腰を引いては体勢引くく、地を這いずり回る。
何とも不格好な姿ではあるが、その場にいる誰もが、その姿を笑うことは出来なかった。
 下された命令は一時退却。
その報せは直ぐに全体に広がり、バルドリンガ軍は脱兎のごとく、その場から逃げだした。
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