反魂の傀儡使い

菅原

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20章 変質

一時の休息

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 空は青空……先ほどまでの凄惨たる景色は何処へやら。戦地から転送された革命軍の面々は、見慣れた場所へと戻ってきていた。
 何が起きたのか察せられる者は多くなく、誰もが武器を握り、悲壮感漂う表情のまま、必死に周囲の様子を探っている。
「なんだ……? 一体何が起こったんだ!!」
「ここは……まさかドワーフの……?」
「助かった! 俺たちは助かったんだ!!」
 いまだ気を引き締め周囲に気を配る剣士、安全な場所へ転移されたことを喜ぶ魔法使い、遠くに見える見覚えのある集落に、駆け出すエルフにセリオンたち。彼らを襲う黒い影は何処にもなく、戦士らは束の間の休息を得る。

 傷だらけの戦士たちは、直ぐにドワーフの集落にて治療が施された。また、ぼろぼろになったのは体だけでなく、身に着ける鎧や武器までもが、見るも無残な状態で修繕が必要だ。
 当初、負傷者を癒す治癒術師に武具を直す鍛冶師たちは、返ってきた一団を見て恐怖を覚えた。
 革命軍はかつて王国へ向けて、千の歩兵と、二百五十にも及ぶ巨鎧兵を引き連れていたはずだ。だというのに返ってきたものは、その半分にも満たない四百の歩兵と、八十の巨鎧兵のみ。中でも人間の数は大きく数を減らしていて、生き残りの大半はセリオンとエルフたちである。しかもその生き残った戦士も皆、例外なく憔悴しきっていて、出立するときの勇ましい姿は微塵も感じられないのだ。
 一体何が起こったのか。治癒術師が何の気なしにそう尋ねても、戦士たちは誰もが口を噤んでしまい、事の真相は明確にわからなかった。

 戦力を大きく減らした革命軍は、再び戦いの準備を始める。残り少ない資材をかき集め、各自情報を持ち寄っては、新たな敵に対する打開策を打ち立てていく。
 だが作業は難航した。なんせ今回の敵は、王国、つまり人間を相手にしていた時とは違い、身の毛もよだつ化け物の大群だ。唯一分かる情報は、時の経過と共に変化を続ける厄介な相手ということ。
 戦士が傷を癒しているこの間にも、敵は新たな力を手に入れているかもしれない。この難敵に打ち勝つことこそが、人間という種の存続を勝ち取ることに繋がるのだ。
 その準備の一環として、歯がゆくともまずは、負傷者の傷を癒し、戦えるものを増やさねばならない。


 ドワーフの集落の一角で、ガンフは一つの建物を見上げていた。他に比べやたら白く塗られた壁。大きさも相当なもので、空高く延びた四角い塔は、集落全土から見上げることができる程だ。塔の壁面には精巧な装飾がなされ、そこが神聖な建物であることが見て取れる。
 そこは、かつて礼拝堂のような役目を担う建物であった。
 中を覗けば、何列にもわたって並ぶ長椅子、牧師が立つ教壇と祭壇、更にその後ろには、陽の光を浴びてキラキラと輝くステンドグラスも見える。
 いつもはこの部屋に何人ものドワーフが集い、唯一神を崇め拝み倒しているのだが、今は悲痛なうめき声が木霊している。

 純白の建物の前にたたずむガンフは、一つ深いため息をつくと閉じている門を叩いた。
 中から聞こえるのは小さな承諾の声。それを聞いたガンフは、意を決して戸を開く。

 中には多くの傷ついた戦士と、治療に当たる治癒術師が奔走していた。
 特に戦士を見れば、片腕を無くした者や片足を無くした者、膝から先が明後日の方を向いていたりする重篤患者ばかりだ。
 現在の集落に置いて、その建物はそういった者達が集う治療所となっていた。

 ガンフは、近くを忙しなく駆け回るエルフの女に声をかける。
「忙しい所をすまない。……皆の様子はどうだろうか?」
 すると女は、両手で抱える程大きな薬箱を抱えたまま、ガンフを見ると笑顔を作って見せた。
「ああ、ガンフ様! 心配ありませんよ。皆元気で……とは言えませんが、概ね落ち着きましたので」
「そうか。それは良かった」
 周囲から湧き上がるうめき声は絶えないが、エルフの治癒術師のその言葉に、ガンフは酷く安堵した。

 彼が向かう先は、その広間の一角。周囲に比べ清潔で、一際手厚い看護が要されているそこは、革命軍の中枢を担う戦士の治療場だ。
 ガンフはその一角に座る数名の中から、一人の少年に声をかけた。
「……大丈夫か? 命に別状はないと聞いたが……」
 彼が声をかけたのは、左の腕を無くした魔法使いの少年、リエントだった。
 少年は巨鎧兵が倒れたあの時、鎧の隙間から侵入する化け物から、放心するシャルルを庇って傷を負ったのだ。既に治療は施され、今でこそ笑顔を作れるほどに回復したが、いまだに滲み出る真っ赤な染みが、当時の凄惨さを呼び覚ます。
 
 ガンフの優し気な声を聞き、リエントは微笑んで答えた。
「ああガンフさん。ええ、大丈夫ですよ。まだ痛みは引きませんが、片腕あれば何とか魔法は打てますから」
 気丈に振舞う、うら若き少年を見て、ガンフは参ってしまった。
 先の戦いより今までの中で、戦士として熟成したガンフであっても、またあの戦いの中に身を投じようなどと思いもしなかったのだ。せめて少しの間だけでも休息を。そう願ってしまうのは、誰も攻められることではない。
 だというのにリエントは、片腕を無くしていながらもまだ抗おうとしている。リエントのその姿は、その声は、ガンフの心を奮い立たせるのに十分な力を持っていた。
「……そうだな。確かに、弱気になっている場合では無かった」
「え? なんですか?」
 余りにも小さな呟きで、リエントはガンフの呟きを聞き逃してしまう。だがガンフにとってはその方が良かった。
「いや、何でもない。それよりもリエントよ。今は暫く戦いの事を忘れ休むといい。しっかり体を休めるのも戦士の務めだからな」
 革命軍の中で、ガンフの立場はとても重要な位置にある。戦士としても上位に位置し、彼を慕う配下も多い。そんな彼が、いつまでも弱気でいては、周囲に与える影響も計り知れない。
 だから彼は努めて優しく、リエントを宥めて見せた。

 それから暫く二人は談笑を始める。内容は他愛もない事。可能な限り戦いから離れる話題を選ぶ。
 その会話の中で、一人の女が割って入って来た。
「あら、お二人とも盛り上がってますわね」
 長い黒髪を靡かせ、白いローブを身にまとう彼女は、革命軍唯一の錬金術師であるジェシーだ。
 思いもよらぬ人物の登場に、ガンフは意表を突かれたが、努めて冷静に声を返した。
「おお、ジェシー殿。すまないな。錬金術師の貴女に薬師の真似事を任せてしまって」
「気にしないで頂戴。魔法薬の生成に関しては本職だもの。……それより、貴方に折り入って相談があるのだけれど……」
 社交辞令のようなやり取りを経て、後に続く神妙な声音。ジェシーの態度から大事な話であると察したガンフは、少しだけ顔を顰める。
「む? ……ふむ、どうやら難しい話のようだ。リエント。すまないが席を外させてもらうぞ」
「ええ。お気になさらずに」
 全くできた少年だ、と、ガンフは感心せずにいられない。それと共に幾らかの危うさも感じられた。
(……明らかに無理をしている。仕方ないか。まだ若いというのに片腕を無くしてしまったのだからな)
 ガンフは少年の頭を一つ撫でると、また後で顔を出すと約束し、ジェシーと共に礼拝堂を後にした。
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