反魂の傀儡使い

菅原

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20章 変質

裏会議

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 鉱脈の大広間に集められたのは、ローゼリエッタを除く革命軍の重鎮たち。
 エルフ族のカーシーン、ドワーフ族のマシリオン、セリオン族からは新族長となるライ。昼間に執り行われる通常の会議でも毎回見る顔ぶれだ。
 ジェシーが言った『裏会議』。それは、ローゼリエッタが自室に戻り、夜寝静まる頃に始まる会議である。
 
 拡声器により拡大されたジェシーの声が、広間に響き渡った。
「皆さま。唐突な呼びかけに良くお越しくださいました。本日は例の話が大きく進展いたしましたので、その報告をさせていただきます」
 騒めく会場内。その端では、ローゼリエッタが異常な空気に怯えながら周囲を見渡している。
 続けて、ジェシーの声が響く。
「今回初めて参加するお方がいらっしゃいますので、まずは現在の我々の状況を、カーシーン様に説明して頂きます」
 その言葉に応えて、カーシーンが席を立つ。
「先だっての大戦では、多くの命が失われました。まずはその魂に哀悼の念を捧げさせていただきます。……さて、まずは件の白龍について、ご説明致しましょう。彼の名は『アニム』。神が世界を作りし時、共に作られた一番最初の世界の管理者です。彼に寿命の概念はなく、彼は彼が持つ永遠の時を、世界の調停に費やす存在であるということをご理解いただきたい」
 カーシーンの言葉は淡々とローゼリエッタに語り掛けた。

 続けてカーシーンは、先の大戦の敵、黒い化け物について語り出す。
「続いて先の大戦で戦った黒い化け物についてです。あれは『病魔を狩る物』。先代たちはそれを『魔物』と呼んでおりました。実際姿を確認されたことはこの世界が作られてから一度もなく、先の大戦が初めてです。また戦闘中の動向、アニム様の言動から察するに、人間が世界から病魔と認定されてしまったようですな。他に情報は限りなく少なく、私から説明できることはこれだけです」
 カーシーンからの説明が終わると、引き続きジェシーが指揮を執る。
「これらを踏まえたうえで、私からご報告があります。……この度、魔物を数体捕獲することに成功しました。これにより、敵の生態を調査し、弱点を探り出すことが出来るかもしれません。つきましては……」
 ジェシーのこの報告で、会場内は騒然とした。

 上がる声は一つ、歓喜の声のみ。個々の思いこそ判別は出来ないが、その結果は誰もが望んだものであるという証拠だ。唯一人、俯く少女を除いては。
 恐ろしい報告に喜ぶ異常な会場で、ローゼリエッタは叫ばざるを得なかった。
「何で……何でそんな危険なことをしたんですか!!」
 机を叩き、勢い良く立ち上がる。
 聖女の一声は革命軍にとって存外に重い物であるようで、歓喜の声はぴたりと止んだ。
 一度静かになると、再びローゼリエッタの声が届けられた。
「あの化け物……魔物は、恐ろしい相手です。巨鎧兵の力をもってしても私たちは敗北しました。そんな恐ろしい相手を、捕まえるだなんて……何故そんな勝手なことをしたんですか!?」
 悲鳴ともとれる糾弾の声。その声にこたえるのはやはりジェシーであった。
「仮に……私たちが魔物を捕らえると提案したとして、貴女は許してくれたのかしら?」
「するはずがありません!」
「ええ、知っていたわ。だから納得させられる水準に達するまで、貴女に伝えずに作業を進めていたの」
「そんな……どうして……皆さんは、三月前の戦いを忘れたんですか!?」
 立ち上がったローゼリエッタは、静まり返る参加者を睨み付ける。

 過熱するローゼリエッタに対し、ジェシーの態度は至って冷静だ。逆にローゼリエッタに冷たい言葉を浴びせかける。
「ではローゼリエッタさん。貴女は一体どうやって現状を乗り越えようというのですか?」
 ジェシーの声は余りにも冷たく、それに驚くローゼリエッタ。ぽつりと出た呟きは、静まり返った広間に木霊する。
「え……?」
「貴女はこれまで、危険だからという理由で、様子見、現状維持を訴え続けてきました。そのおかげかどうかは判りませんが、幸運にも今まで大事件は起きていません。でもそれは運が良かっただけ。今後どうなるかは分からないわ。さて貴女には、この現状を打開する具体的な案はありますか?」
「そ……それは……」
 言葉に詰まるローゼリエッタ。当然だ。そんな具体案、一つも考えていないのだから。少女のうちにある考えは、もう少しだけ時間が経ち、心が落ち着きを取り戻した時、自然と打開策が浮かぶであろうと、そんな短絡的な考えしかなかったのだ。勿論その時は、セリアやガンフ、そしてジェシーにも助言を乞うてだ。
 そんな甘い考えでいた少女は、突き付けられた質問に狼狽え始める。それをみたジェシーは、態とらしくため息をついた。
「はぁ……貴女は革命軍をここまで大きな軍に育てた立役者です。この場にいる誰もが、貴女の純粋な心に惹かれて寄り添って来たわ。時にはその優しい言葉に支えられ、助けられてきたわ……でもね聖女様。今の革命軍の中で貴女が救えるのは、牙の折れた獅子だけよ」
 その言葉は、自らの指導者に向けるには過ぎたものだ。だが存外同調する者は多い。
 周囲で見守る戦士だけではない。これまで何度もローゼリエッタの意見に与してきたガンフやシャルル。そして同胞であった筈の傀儡師たち、そしてセリアまでもが、ジェシーの声に頷いている。
 
 なおもジェシーは言葉を紡ぐ。
「貴女は、戦士の気高さを知らない。牙が折れ、心を病んだ者らには、貴女の声は心地よく聞こえることでしょう。でもね、今もなお牙を研ぎ続ける者に、貴女の言葉は届かないのよ。愛する者を失った、敬う物を失った……その怒りを、恨みを、悲しみを……晴らしたくても剣を握る腕がない。そんな人たちに戦いを忘れろなんて言っても、到底心には響かない」
「そ……そんなことは……」
「信じられない? じゃあ何で皆この会議に参加していると思うの? 貴女が参加しているお昼のお茶会にも、みんな参加はしている筈でしょう?」
 矢継ぎ早に飛び出す言葉の数々、中にはローゼリエッタであっても聞き逃せない言葉もある。
「お茶会ですって!?」
「あら違ったかしら。目の前にある脅威への具体的な対抗策を打ち立てるわけでもなく、ただただ有限な時間を垂れ流すだけの無意味な会合。会議とは名ばかりの、お茶を飲んで近況報告、世間話をはさんで最後には様子を見ましょうで終わるだけの、優雅なお茶会。そんなもので、一体誰がこの先に希望を持てるというの?」
 降りかかる言葉は鋭い刃物となって、ローゼリエッタの心に突き刺さる。多くの仲間を亡くし既に硝子細工となった少女の心にとってそれは、とても耐えられるものではない。
 ジェシーのあまりにも辛辣な言葉を受け、少女は周囲を見渡して助けを求めた。しかし……ガンフは目を瞑ったまま腕を組み、傀儡師たちは俯いたまま。セリアもそっぽを向き、こちらを見ようともしない。

 ローゼリエッタは今の今まで、思いは皆一緒であると信じていたのだ。
 ところが事実は残酷で、皆の心は既に少女の下を離れ、憎しみを晴らす為に戦いを求めていた。無論人類の絶滅を防ぐためという理由もあるが、そちらが大義名分であることは、皆の言動からみても明らかであった。
「じ、じゃあジェシーさんは、もし魔物の捕獲に失敗し戦士が死んだとしても、仕方ないというのですか?」
 味方がいないという孤独感。そして突きつけられた現実に耐えきれず、少女の声が震えだす。
 だがそれに賛同する者は無く返る声は凛と立った鈴の声。
「仕方ないわ。でなければ私たちが死ぬもの。これまででも分かったでしょう? 魔物たちは人間を滅ぼそうと襲い掛かってくる。だというのに手をこまねいていては、皆死ぬのよ。貴女も……私も……少しの犠牲を怖がっている場合じゃないわ。もう既に、理想論じゃ救えない領域に来ているのよ」
「そ、そんな事って……セリアさん!」
 少女が最後に縋ったのは、一番仲の良い友人。だがセリアからも暖かい声がかかることはなかった。
「ごめんなさいロゼ。私には、ウルカテの死を黙って受け入れることなんてできないの」
 セリアは顔を逸らし、ローゼリエッタの方を見ようとはしない。ただその綺麗な手が硬く強く握りしめられていることは少女にも分かった。

 ローゼリエッタの守護者であったアルストロイがそうであったように、セリアの守護者であったウルカテもまた、セリアに迫る凶弾からセリアを庇い、その命を失っていたのだ。その名は集落の南西にある墓地にも刻まれていて、彼を慕う多くの戦士が涙を流した。勿論セリアも。
 だがセリアがどれだけ涙を流そうと、その怒りの炎が消えることはなかったのだ。その炎がセリアの内で燻っている間に、ジェシーの案が耳に届いた。その結果が今の彼女である。

 知らぬ間に皆が離れていたという真実は余りにも重く、混乱した頭では皆を説得する言葉を探すことすらできない。いや、説得することなど出来ないのだ。ジェシーの語ることは尤もで、ローゼリエッタの言うことに習っていては現状を打開するに至らない。仮にローゼリエッタに対し彼女らが持つ打開策を打ち出しても、拒否されるのは目に見えている。皆それを察したからこそローゼリエッタの下を離れたのだ。
 言葉を失くしたローゼリエッタは、小さくなって佇むのみ。その様子を見たジェシーは、はっと我に返り、直ぐに声を宥めた。
「……ごめんなさい、ロゼ。貴女を攻めるつもりはないのよ。これまで皆、貴女に引っ張って来て貰ったんだもの。だから今度は私たちに任せて欲しいのよ。お願い」
 言葉を失くすローゼリエッタに向かって、ジェシーは一転優しい言葉で頭を撫でた。

 傍から見れば微笑ましくも見えるだろうが、ローゼリエッタは針の筵状態だ。周囲から突き刺さる視線。その目はローゼリエッタからすれば、いつもの優しいものではなく、どこか攻め立てるような眼をしている風に感じるのだ。
「……っ!!」
 ローゼリエッタは逃げ出した。逃げ出すしかなかった。説得する言葉は見つからず、共に歩んでくれる仲間もいない。だから少女は涙を流し、歯を噛みしめて走り出すしかなかった。部屋を飛び出し、自室がある宿へ向かって。
「ロゼ!? っ! ちょっと、ジェシー!!」
 ローゼリエッタは呼び止めるセリアの声にも応えない。するとセリアは攻めるような眼でジェシーを睨んだ。
「ごめんなさいねセリア。ちょっと熱くなりすぎちゃったわ。でも私が言ったことは間違っていない。そうでしょう? 大丈夫……あの子は賢い子よ。いずれきっとわかってくれる」
 まるで自分に言い聞かせるかのように、自分で呟き自分で頷く。それからすぐに会議は再開された。
「さぁ、続きを始めましょう。今後、革命軍は一国の王であったガンフさんに一任します。反対意見のある方はいませんか?」
 ジェシーは冷静さを取り戻すと、再び落ち着いた様子でガンフを革命軍の新たな指揮者に指名した。その案に誰も異議を呈すものはなく、ガンフは席を立つと声を張り上げる。
「その任、謹んでお受けしよう」
 部屋は拍手喝采に包まれる。この日、革命軍は新たな指導者を得た。
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