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21章 画策
館の攻防
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ドワーフの集落を飛び出して十日経つ頃、ローゼリエッタは漸く持家である人形の館に辿り着いた。
住んでいた当初よりも多少草臥れて見えるが、何処か壊れた様子もなく、今もひっそりと森の中に佇んでいる。
「よかった、家は無事みたい!」
少女の気力はもはや限界で、玄関を開け放つと靴についた泥も落とさず中へと駆けこむ。その間も荷物を持ったパンドラを操ることは欠かさない。
ローゼリエッタは自室に駆け込むと、自慢の寝台に飛び込んだ。
疲れ切った体が、柔らかな毛布にくるまれる。
少々埃っぽいが、それでも自室である安心感が勝り、野営の比ではない心地よさを感じた。
「んー……疲れたぁ」
寝台の上で大きく背伸びをする少女は、幾らもしないうちにすやすやと寝息を立て始める。
人形の館に到着したのが昼過ぎ。それからたっぷりの時間を休息に当て、ローゼリエッタが目を覚ましたのは陽も沈み夜が始まる頃だった。
「ふぁ……あれ、私寝ちゃって……って、え!? もう夜!? いけない!」
寝台のすぐ近くにある窓から見える景色を見て、辺りが真っ暗なことに気付く。それと同時に、寝台のすぐ傍で文句の一つも言うことなく立ち尽くす人形にも気付く。
「ごめんなさい兄さん! 私ばっかり休んでしまって」
指についたままの糸を手繰り、パンドラを操る。するとパンドラは、手に持っていた荷物を床に置くと、壁際まで歩み寄り静かに腰を下ろした。
それからローゼリエッタは、パンドラが下した荷物袋を漁り、夜を明かす準備を始める。
まずは食事だ。
旅の最中は専ら味気ない保存食が続いた。時折ドリアードからの差し入れを口にしてはいたが、それでもやはり満足のいく食事とは言い難い。
淡い期待を抱き、ローゼリエッタは台所へ行くと何か食材は置いてないか漁り出す。だが見つかったのは、やはり保存に適したものばかりだ。中には腐ってしまっていて異臭を放つ何かも見つかった。そういったものを見つける度に、ローゼリエッタの足から力が抜けていく。
「結局こういうのになるのね……で、でも! 水を汲んでくれば温かいスープが飲めるわ!」
人形の館を飛び出して早数か月。
四苦八苦しながらも、少女は一晩夜を明かす。
結局ローゼリエッタは、夕食を取った後湯あみをして、パンドラの整備をしている最中に眠りに落ちてしまった。
硬い床で横たわっては、折角の柔らかな寝台も意味をなさず、結局野営に近い形で余り疲れも取れない。
「んん……あ……私、作業中に寝ちゃったんだ」
寝ぼけ眼で見えるパンドラは、胸部が外され中の心臓部が露わになったままだ。
そのまま作業を続けるのも不安に思ったローゼリエッタは、眠気覚ましに顔を洗おうと部屋を出る。
ちょうどその頃。屋敷の戸を叩く音が、玄関から聞こえてきた。
ローゼリエッタは思わず身構えた。
現在、自身が人形の館にいることは誰にも伝えていない。だというのに玄関から聞こえる音は、絶えず居住者を呼び続ける。
また、時折切迫した声も飛び出した。
「すみません! どなたかいらっしゃいませんか!? すみません!!」
若い女の声。
その声は、少女を動かすのに十分な力を持っていた。
パンドラは整備中なため、ローゼリエッタは道具袋から石膏で作られた仮面を取り出し玄関に急ぐ。
「きゃあああ!」
合間に聞こえる悲鳴。
少女は更に足を速め、閉じた玄関の戸を勢いよく開け放ち飛び出した。
開け放たれた視界。日はもう高く昇っていて、鬱蒼と茂る木々の隙間から屋敷の周囲を照らし出している。
少女の目が捉えた影は三つ。一つは薄手の茶色い衣服を着た女。金色の髪が良く目立つ。
もう一つは鎧を着こんだ戦士風の男。女を庇うように立つ彼は、何かに向けて剣を抜き放ち戦闘態勢を取っている。
その視線の先に、最後の一つの影があった。
そこには、真っ赤な体毛を持つ狼が一匹、唸り声を上げながら赤く光る瞳で周囲を見渡している。
「くそっ、間に合わなかったか……君! 直ぐに屋敷に戻るんだ!」
男は焦りを孕んだ表情で、真っ赤な狼を睨みつけながら叫んだ。
ローゼリエッタは、慌てることなく状況を確認する。
二人ともここまで必死の思いで逃げてきたのだろう。衣服は泥だらけで、所々傷も負っている。女の足首からは多少の流血が見られ、立ち上がって逃げることは難しそうだ。彼我の状態から、戦士の力量は狼に劣っているらしい。それでも男は、諦めじと女の前に立っては勇敢に剣を構えている。
ローゼリエッタは駆け出した。そのまま手に持った仮面を顔に着け、自らの身体を操り始めた。
これに驚いたのはその場にいる全員だ。とても戦闘に似合わぬ背格好の少女が、狼目掛けて駆け出したのだ。
当然、狼の敵意はローゼリエッタに向かう事になる。
『グルルル……ガァァ!!』
真っ赤な狼も、驚異的な速度で地を駆けた。その速度は、戦いなれた戦士であっても反応できない程高速だ。
見守っている男に女は、それにただただ驚くことしか出来ない。
だが、それ程の速度をもってしても、ローゼリエッタには通用しなかった。
狼の前足が振りかぶられる。足の先には鋭い爪。その爪は鉄の剣よりも固く研ぎ澄まされ、鈍らな剣等忽ち断ち切られるだろう。
続いて襲い掛かるは狼の牙だ。その牙は顎の力と合わせて、分厚いプレートをも容易く穿つ。
一介の戦士からすればこの狼は、戦闘を避けるに値する存在だろう。
そんな狼を、ローゼリエッタ……仮面の舞闘士は翻弄して見せた。
飛び上がった狼の爪が空を切る。ひゅんと風を切る音だけが響き、狼が標的を見失う。
着地した狼を襲うは掌打。それは狼の側面から腹部を打ち抜く一撃。鈍い音と共に狼は吹き飛び、数度地面を跳ねた。
ぼたりと地面を撃つ鈍い音。そして苦しそうな息遣いが聞こえる。
『ガフッ……ガフッ……』
よろよろと立ち上がる狼。口から多量の血を吐き、今にもそのまま倒れてしまいそうだ。
相手が悪いと感じたのか、狼は背を向けるとその場からの離脱を試みる。だがその先に、これまで見ているしかできなかった戦士が立ち塞がった。
「はあああ!!」
力のこもった掛け声とともに、振りかぶる剣は真っ赤な狼を断ち切る。脳天から真二つに断ち切る技は素晴らしいの一言に尽きる。もしくは、手にする剣が相当の業物なのだろう。
『グギャアアア』
断末魔と共に絶命する狼。それを見て安心したのか、気を失う女。それを気遣う戦士に、反動で苦しむローゼリエッタ。
降りかかった危機を脱しておきながら、その場は暫し騒然とした。
住んでいた当初よりも多少草臥れて見えるが、何処か壊れた様子もなく、今もひっそりと森の中に佇んでいる。
「よかった、家は無事みたい!」
少女の気力はもはや限界で、玄関を開け放つと靴についた泥も落とさず中へと駆けこむ。その間も荷物を持ったパンドラを操ることは欠かさない。
ローゼリエッタは自室に駆け込むと、自慢の寝台に飛び込んだ。
疲れ切った体が、柔らかな毛布にくるまれる。
少々埃っぽいが、それでも自室である安心感が勝り、野営の比ではない心地よさを感じた。
「んー……疲れたぁ」
寝台の上で大きく背伸びをする少女は、幾らもしないうちにすやすやと寝息を立て始める。
人形の館に到着したのが昼過ぎ。それからたっぷりの時間を休息に当て、ローゼリエッタが目を覚ましたのは陽も沈み夜が始まる頃だった。
「ふぁ……あれ、私寝ちゃって……って、え!? もう夜!? いけない!」
寝台のすぐ近くにある窓から見える景色を見て、辺りが真っ暗なことに気付く。それと同時に、寝台のすぐ傍で文句の一つも言うことなく立ち尽くす人形にも気付く。
「ごめんなさい兄さん! 私ばっかり休んでしまって」
指についたままの糸を手繰り、パンドラを操る。するとパンドラは、手に持っていた荷物を床に置くと、壁際まで歩み寄り静かに腰を下ろした。
それからローゼリエッタは、パンドラが下した荷物袋を漁り、夜を明かす準備を始める。
まずは食事だ。
旅の最中は専ら味気ない保存食が続いた。時折ドリアードからの差し入れを口にしてはいたが、それでもやはり満足のいく食事とは言い難い。
淡い期待を抱き、ローゼリエッタは台所へ行くと何か食材は置いてないか漁り出す。だが見つかったのは、やはり保存に適したものばかりだ。中には腐ってしまっていて異臭を放つ何かも見つかった。そういったものを見つける度に、ローゼリエッタの足から力が抜けていく。
「結局こういうのになるのね……で、でも! 水を汲んでくれば温かいスープが飲めるわ!」
人形の館を飛び出して早数か月。
四苦八苦しながらも、少女は一晩夜を明かす。
結局ローゼリエッタは、夕食を取った後湯あみをして、パンドラの整備をしている最中に眠りに落ちてしまった。
硬い床で横たわっては、折角の柔らかな寝台も意味をなさず、結局野営に近い形で余り疲れも取れない。
「んん……あ……私、作業中に寝ちゃったんだ」
寝ぼけ眼で見えるパンドラは、胸部が外され中の心臓部が露わになったままだ。
そのまま作業を続けるのも不安に思ったローゼリエッタは、眠気覚ましに顔を洗おうと部屋を出る。
ちょうどその頃。屋敷の戸を叩く音が、玄関から聞こえてきた。
ローゼリエッタは思わず身構えた。
現在、自身が人形の館にいることは誰にも伝えていない。だというのに玄関から聞こえる音は、絶えず居住者を呼び続ける。
また、時折切迫した声も飛び出した。
「すみません! どなたかいらっしゃいませんか!? すみません!!」
若い女の声。
その声は、少女を動かすのに十分な力を持っていた。
パンドラは整備中なため、ローゼリエッタは道具袋から石膏で作られた仮面を取り出し玄関に急ぐ。
「きゃあああ!」
合間に聞こえる悲鳴。
少女は更に足を速め、閉じた玄関の戸を勢いよく開け放ち飛び出した。
開け放たれた視界。日はもう高く昇っていて、鬱蒼と茂る木々の隙間から屋敷の周囲を照らし出している。
少女の目が捉えた影は三つ。一つは薄手の茶色い衣服を着た女。金色の髪が良く目立つ。
もう一つは鎧を着こんだ戦士風の男。女を庇うように立つ彼は、何かに向けて剣を抜き放ち戦闘態勢を取っている。
その視線の先に、最後の一つの影があった。
そこには、真っ赤な体毛を持つ狼が一匹、唸り声を上げながら赤く光る瞳で周囲を見渡している。
「くそっ、間に合わなかったか……君! 直ぐに屋敷に戻るんだ!」
男は焦りを孕んだ表情で、真っ赤な狼を睨みつけながら叫んだ。
ローゼリエッタは、慌てることなく状況を確認する。
二人ともここまで必死の思いで逃げてきたのだろう。衣服は泥だらけで、所々傷も負っている。女の足首からは多少の流血が見られ、立ち上がって逃げることは難しそうだ。彼我の状態から、戦士の力量は狼に劣っているらしい。それでも男は、諦めじと女の前に立っては勇敢に剣を構えている。
ローゼリエッタは駆け出した。そのまま手に持った仮面を顔に着け、自らの身体を操り始めた。
これに驚いたのはその場にいる全員だ。とても戦闘に似合わぬ背格好の少女が、狼目掛けて駆け出したのだ。
当然、狼の敵意はローゼリエッタに向かう事になる。
『グルルル……ガァァ!!』
真っ赤な狼も、驚異的な速度で地を駆けた。その速度は、戦いなれた戦士であっても反応できない程高速だ。
見守っている男に女は、それにただただ驚くことしか出来ない。
だが、それ程の速度をもってしても、ローゼリエッタには通用しなかった。
狼の前足が振りかぶられる。足の先には鋭い爪。その爪は鉄の剣よりも固く研ぎ澄まされ、鈍らな剣等忽ち断ち切られるだろう。
続いて襲い掛かるは狼の牙だ。その牙は顎の力と合わせて、分厚いプレートをも容易く穿つ。
一介の戦士からすればこの狼は、戦闘を避けるに値する存在だろう。
そんな狼を、ローゼリエッタ……仮面の舞闘士は翻弄して見せた。
飛び上がった狼の爪が空を切る。ひゅんと風を切る音だけが響き、狼が標的を見失う。
着地した狼を襲うは掌打。それは狼の側面から腹部を打ち抜く一撃。鈍い音と共に狼は吹き飛び、数度地面を跳ねた。
ぼたりと地面を撃つ鈍い音。そして苦しそうな息遣いが聞こえる。
『ガフッ……ガフッ……』
よろよろと立ち上がる狼。口から多量の血を吐き、今にもそのまま倒れてしまいそうだ。
相手が悪いと感じたのか、狼は背を向けるとその場からの離脱を試みる。だがその先に、これまで見ているしかできなかった戦士が立ち塞がった。
「はあああ!!」
力のこもった掛け声とともに、振りかぶる剣は真っ赤な狼を断ち切る。脳天から真二つに断ち切る技は素晴らしいの一言に尽きる。もしくは、手にする剣が相当の業物なのだろう。
『グギャアアア』
断末魔と共に絶命する狼。それを見て安心したのか、気を失う女。それを気遣う戦士に、反動で苦しむローゼリエッタ。
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