反魂の傀儡使い

菅原

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23章 聖戦

黒竜の息吹

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 ローゼリエッタには、黒竜が放つ光の輝きに見覚えがあった。
 太陽の光のような自然的発光とはまるで違う、魔法の発動時に見られる光の明滅によく似た輝き。見たのはいつの事だったか。然程昔ではない、されどごく最近の話でもない。幾らもしないうちに、高速で回転する思考回路が一つの答えをはじき出した。
「まさか……魔導砲!?」
 その光はかつての魔法都市が作り上げた大量破壊兵器。魔導砲の放つ光と同じものであった。
 更に少女は思い出す。以前王国で起きた戦闘時に、城壁に並ぶ魔導砲を食らう巨人がいた事を。そして、その巨人の数体が魔導砲の力を取り込み、何度か使用していたことも。
 つまりアニムが呼び出した巨人は、その時に生き残った内の一体であり、魔導砲の力を有する特異な巨人だったのだ。そしてその巨人は、更に白龍の力を一部取り込むことで、人智を超えた存在へと昇華してしまった。

 その光の正体に気付いたのはローゼリエッタだけではない。
 アニムもまた、その光の正体に気付いていた。
(ううむ……あれ程の魔力の塊を受けては、ただの人間では一溜りもあるまい)
 黒竜の口はまっすぐ少女の方を向いている。このまま放てば少女は周辺の景色諸共跡形もなく消し飛んでしまうだろう。
 アニムは人知れず、悔しさに歯を噛みしめた。漸く、漸く人間が見つけた数少ない生き残る道だというのに、それすらも今閉ざされようとしていた。


 世界の管理者として、人間に冷徹な宣告を降したアニムだったが、それは彼の本意ではない。
 かつてエルフの族長カーシーンが叫んだように、同じ世界に住まう家族が滅ぶさまを見て、何も感じぬ程心が無いわけではないのだ。もし仮に、何も感じぬように作られているのだとしたら、百年もの間病魔を食らう物を封じ込めることも、人間の傍に仕え内情を探るなんて面倒なことも、一切する筈が無い。
 しかし、彼は世界の管理者として生み出され、世界を完璧に調整する使命を授かっていたのも事実。故に白龍は、最終的に世界の決定に従い人間を突き放したのだ。

 使命に従い実行したアニムだったが、それでも彼は、世界が許容する範囲内で、人間が可能な限り生き残る道を模索した。例え絶滅する運命は変えられないのだとしても、可能な限り余生を謳歌できる様な道を模索した。その結果が、自ら動くことをしない『傍観』という手段だったのだ。
 ただ傍観と言っても、中立という立場ではなかった。心はやはり同じ世界の住人である人間に傾きつつあり、本当の姿を曝した後も人間の話を良く聞き、出来る限り好意的に接してきた。それだけ人間はアニムにとって大事な存在であり、大事な家族でもあった。
 それだけ大事な家族の命が、今まさに失われようとしている。だというのにアニムは唯傍観するだけだ。それも仕方のない事。創造主たる神に与えられた使命は、それだけ重く尊重されなければならない事柄なのだから。


 黒竜の口からあふれる光は、遂に臨界点を超える。
 一瞬全ての景色を埋め尽くす白光が瞬き、天地を震わす衝撃と、耳を劈く轟音と共に魔導砲が放たれた。

 ローゼリエッタは魔導砲の進路にしっかりと納まっている。そして恐るべき速度で迫る魔力の塊からは、何をもっても避けることは叶わない。
 少女に残された選択肢はもはや一つしかなかった。
 パンドラは手に持っていた斧を放り捨てると、片方の手を胸に、もう片方の手を前方に突き出した。それからローゼリエッタの命令により、パンドラの体内に埋め込まれた魔法石は力を開放する。
「はぁぁぁあああ!!!」
 魔法合金糸を通して、ありったけの魔力がパンドラの内部に送り込まれる。すると埋め込まれた魔法石の内、守りに関する魔法石が反応し封じ込められた魔法を展開し始めた。
 迫る光の束に対し、現れるは巨大な二つの魔方陣。
 一つは魔法攻撃に対する防御魔法。もう一つは相手の魔法を弱める弱化魔法。これらを最大出力で運用することで、魔導砲を耐えきろうと考えたのだ。

 魔導砲が、一つの魔法陣に触れる。すると目に見えて変化が感じられた。僅かに光度が弱まり、光の束が少しだけ縮小する。騒音も若干だが収まったようにも思えた。だがそれでも、地形を抉り取る程の異常な威力を失うことはない。
 続いて二つ目の魔法陣に触れた瞬間、ばちばちと何かがはじける音が鳴り響き、魔力がぶつかり合う衝撃により辺りに暴風が吹き荒れた。
 ローゼリエッタは目を腕で守りながら衝撃に耐える。それから恐る恐る前方を見ると、パンドラの目の前には霧散する魔導砲の姿があった。

 感嘆の声を漏らしたのは傍から見ていたアニムだ。
『おお……何ということだ。人の身でありながらあれを止めて見せるのか』
 山を穿ち、海を裂く程の絶大な威力を持つ魔導砲。それを唯の人間の少女が止めて見せた。
 白龍であれば易々とやって熟せるかもしれないが、少なくとも魔導砲が生まれてからこれまでの間で、それが防がれたことは一度もない。唯一、エルフが束になって魔法を唱えた事で、辛うじて軌道をずらすことには成功したが、それでも完璧とは程遠い防御法であった。それを、一人の少女と一つの人形が止めて見せたのだ。これはつまり、事防御力に関しては数十のエルフより上質であるという証拠にもなる。
 思い通りになったことに、微笑みを湛えるローゼリエッタ。
 だが、そこまでの力を代償も無しに振るうことは、この世界では許されないらしい。


 ビシッ!!
 突如、パンドラの突き出した腕に亀裂が入る。魔導砲の力に耐えきれなかったのだ。
 その異変は糸を通して背後にいる少女にも伝わった。軋む体。歪む表情。十分な強度を誇っていた筈の身体が、尋常ではない衝撃に耐えきれず、どんどん崩壊を始める。
 突き出した腕が吹き飛んだ。荒風にさらわれ、瞬く間に光の中へと取り込まれる。それと同時に少女は、腕を司る糸の断裂を感じた。
「そんな……」
 続いて右の足が吹き飛び、次に左の胸部が吹き飛んだ。その断面からは、魔力が流れ光り輝く繭が見える。そして最後に、胸部に仕込まれた心臓部が衝撃と強風に煽られ、跡形もなく吹き飛んでしまった。
「……兄さん……兄さん!!」
 ローゼリエッタは目の前で起きていることが信じられずに、涙を流しながら兄へと呼びかけるのみ。
 やがて物言わぬ人形と傀儡師の繋がりは完全に断ち切られる。その証拠に、発動されていた二つの魔法陣も途絶え、魔導砲を抑える枷が失われた。

 後は唯、圧倒的な威力に蹂躙されるのみ。
 我楽多になったパンドラは無残にも魔力の波に飲み込まれる。
 精巧な作りも、耽美な容姿も、もはや何も関係ない。
 涙で滲んでしまった視界と、余りに激しい閃光を前に、少女は兄の姿を最後まで見ることが出来なかった。
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