救世の魔法使い

菅原

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12章 新たな学校生活

今後の予定

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 休日は荷物の移動と生活時間の修正でつぶれた。
その為窓の外から街並みを見ることはしても、実際に繰り出すことは出来なかった。
日付も変わり、既にこの日はコルトナでの授業が始まる日だ。
 まだ本調子ではないルインは、寝台の上で惰眠を貪る。
スフィロニアに比べて、学校が始まるまで時間に余裕があるからこそできることだろう。
同室のユイエンも同様で、まだ寝台に籠っているようだ。
不意にサンディオの声が響いた。
『おいルイン。そろそろ起きないとやばいんじゃないか?』
「んん……大丈夫。こっちは学校が近いから、まだ大丈夫……」
昨日仮眠を取り過ぎたせいだろうか。慣れない環境というのも在り得る。
いつもより強い睡魔に、ルインは打ち負け夢の中に落ちていく。


 授業が始まると指定された教室には、何人かの生徒が集まっていた。
そこは座学に使う教室の様で、何時もの大きな木の板が設置されている。
席に座る生徒の中にルインの姿は見えず、案の定寝坊してしまったようだ。
アネシアルテは姿の見えない相方に呆れ、一つため息をついた。
 生徒が半分しか集まらない状態で授業を行うわけにもいかない。
既に予定は組まれているし、生徒だけに限らず講師にも都合がある為、別途その機会を設けるわけにもいかなかった。
幸いなことにこうなることを予想していた学校側は、この日の授業を比較的簡単な内容にしていたので、このまま全員が揃うまで待つことになる。

 仲の良い生徒が遅刻した生徒を呼ぶ形で、二学年の全生徒が揃った。
本来は午前の授業として座学が充てられるはずなのだが、何故か今は実技担当の講師が教室の中にいる。
 ハイフォンは教壇の前で大きくため息をつくと、遅刻した生徒達を窘めた。
「あのなぁ……唐突な生活環境の変化や、慣れない部屋で満足な休憩が取れなかったのかもしれないが、遅刻せずに集まっている生徒がいるかぎり、遅れたのは気のゆるみから来る失態としかいえん。これからお前たちは、厳しい環境に送られることになるのだから、こんな調子ではいかんぞ」
ルインは申し訳なく頭を垂れた。
 叱咤の言葉もほどほどに、ハイフォンは今後の授業の予定と、今後ルインたちに待っている試練の説明を始める。
「本日は座学の講師、グレゴスの爺様が所用で学園に来られないので、丸一日通して実技の授業を行うことになった。内容は勿論集団戦闘術の習得だ。ところで、何故ここまで集団戦闘術に拘るかというと……」
彼は体に似合わない小さな木炭をつまみあげては、木の板にミミズの張ったような字を書いていく。
「先生字きったないなぁ」
「うるさいぞ。冒険者の時は必要なかったんだ」
ユイエンの指摘に教室が僅かににぎわう。


 ハイフォンはもともと、東の大国ウェルムにある冒険者ギルドのメンバーだった。
識字能力がほとんど無く、腕っぷしだけが取柄だった彼にとって、ギルドの仕事は天職と言えた。
字が読めなくとも、字が書けなくとも、剣を振ことさえできれば生きていられたからだ。
しかも討伐の対象が、強敵であれば強敵である程に多額の金がもらえる。
彼は生きるために、唯我武者羅に剣を振り続けた結果、それなりに名の知れた戦士となった。
 だがハイフォンは、命知らずの戦闘狂でなければ、誇り高き騎士でもない。
強敵と戦えることに喜びをとか、死を恐れるなという精神がどうしても理解できず、日々生活を重ねるたびに危機感を募らせていった。
そんなある日のことだ。
魔法学校の学校長から、冒険者ギルドに講師募集の申し入れがあったのだ。
これを聞いたハイフォンは、然程悩まずに手を上げた。
元々冒険者にこだわりは無く、このままギルドにいるよりかは安全で、生活も安定するだろうと思ったのだ。
しかし他の冒険者は良い顔をしなかった。
「戦いから逃げた臆病者」
「夢を捨て安定を選んだ根性無し」
そんな声が遠くから聞こえてくる。
だがそれも昔の話。
今ではハイフォンも、成長する生徒の姿を見ては喜びを覚える立派な教師となった。
 魔法学校が彼に求めた仕事は、剣術を始めとした武術の指南。加えて一対多数、多数対多数の戦術指南だ。
そこに読み書きをする能力は必要は無い。
必要は無いが……
(人にものを教えるならせめて、簡単な読み書きは出来ないとまずいよなぁ)
そう思った彼は、魔法学校に来て初めて、他人に教えを乞うた。


 ハイフォンは大きな木の板に、『騎士団への一時入隊』と書いた。
その下に五つの騎士団の名前を書いていく。
炎神の剣、水神の盾、風神の槍、地神の鎧、雷神の槌。
全てを羅列した後、ハイフォンは生徒達に向き直り教壇を両手で叩いた。
「お前達にはもう暫く戦術を学んだあと、この町……というかこの国にある騎士団に一時その身を預けて貰う。騎士団とは、ウェルム国にある冒険者ギルドのようなものだ。既に相手方には話をつけてあることだから覚悟しろ。入隊先はこちらで決める。決まりごとに煩いところだから、今日みたいに遅刻してみろ。飯抜きどころじゃ済まんからな!」
新たな授業に新たな環境。
そして新たな課題が課せられ、生徒たちは気持ち新たに大きな声を上げた。

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