救世の魔法使い

菅原

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15章 種族の仕来り

乱入

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 ルインらはそのまま喫茶店にて昼食を取る。
飲み物が主だった店でありながら、品ぞろえは豊富で、そこらの食堂に引けを取らない。
三人の好物も置いてあり、それぞれ思い思いの品を頼んだ。

 暫くして、料理は三人に届けられた。
ユイエンとカインドの反応を見るに、調理師の腕は確からしい。
だが、今のルインにそこを気にする余裕はない。
いつもは小躍りするような料理であっても、今は味気なく感じてしまう。
それでも取り合えず、空腹を紛らわすために詰め込んでいく。

 食休めの葉茶を啜りながら、再び問答が繰り返される。
「それじゃあ、フロウさんはこれまで何人も力尽くで?」
「ああ、聞いた話だけでも二十は下るまい。なんでも、かつての高貴なエルフの血を取り戻すとかで、力あるエルフの女は片っ端にらしい」
詳細を聞いた今でも何とも解せない。
 そもそもアネシアルテは、エルフ族ではないのだ。
他種族と混じり合い、血が薄れる事を恐れるのならば、なぜ人間をめとろうなどと考えるのか。
ルインのその疑問は、そのまま口から突ついて出る。
「アネシアはエルフじゃなくて人間です。なんでそれで結婚なんて……」
「俺に言われても分からん。本人に聞いてみない事にはな」
カインドの言うことは尤もだった。事の真相は当人のみにしかわからない。
 何は兎も角、夕刻の結婚式に全てがわかるだろう。
それまでの短い時間、ルインは居たたまれない気持ちでいっぱいだった。


 時間が迫り、辺りには疎らに人が集まりだす。
いつの間にか看板まで取り払われ、何人もの黒服の男たちの手によって、結婚式の会場が作られ始めた。
そして、辺りが真っ赤に染まる頃。
結婚式は開かれる。

 大通りから広間に向けて、新郎新婦が歩く花道が設けられている。
その上を歩く人影が二つ。
 一つはきっちりとした黒の礼服に身を包む初老の男。
もう一つは対照的な白のドレスを着こんだ麗しの令嬢。
前者は風神の槍騎士団長フロウで、後者はアネシアルテ・セイムセインだ。
 練り歩く二人の様子も対照的で、フロウは笑顔を湛え、周囲の声に答えながら愛想を振りまいている。
ところがアネシアルテは俯いたまま、黙って隣を歩くだけ。

 やがて、広場に特設された高台へと上がると、フロウが演説を始めた。
「この度は、私たち夫婦の為に集まって頂き、感謝の限りです。少しばかりの料理と宴の用意をしましたので、存分に楽しんでいってください」
言葉尻は丁寧なもので、明らかに場慣れしている様子だ。
 周囲の客は内情を知ってか知らずか、無料で飯にありつけると喜び、盛大な拍手が巻き起こる。
それに無性に腹が立ち、ルインはカインドへと問いかけた。
「このままじゃ、自他ともに夫婦だと認められてしまいますよ!一体どうしたら!」
カインドは顎に手を当てて首をひねる。
 問いかけより少しして、彼はルインを見ると嫌な笑みを浮かべた。
「伴侶は力尽くで……それがエルフの流儀ならば、やる事なんて一つだけだろ?」
言うや否や、カインドはその身体能力に任せ、ルインを持ち上げると高台目掛けて放り投げた。

 宙に放り投げられたルインは、必死に足を地につけようともがく。
蹈鞴を踏みながらもうまく着地をすると、文句の一言でも行ってやろうとカインドへと向き直り……
「なんだ貴様は」
背後からかけられた冷たい一言で、ルインの血の気が一気に引いていく。


 高台と人垣の間にある空間に、一人立つルイン。
今彼は、その場にいる全員の注目を一身に浴びていた。
壇上にいるアネシアルテは驚愕に眼を見開き、隣にいるフロウは怒りに顔を歪ませている。
(もう引き返せない!)
意を決してルインは口を開いた。

 地に膝をつき、手を胸に当てて頭を下げる。
「風神の槍騎士団長フロウ様。同騎士団員アネシアルテ様。此度のご結婚、心より祝福いたします」
開口は祝福の言葉。これを受けてフロウの顔が僅かに穏やかになった。
「おお、祝詞であるか。何とも熱烈な……うむ。感謝するぞ」
隣に佇むアネシアルテが、悲痛な表情を浮かべるのを見て、ルインの心が痛むが、それも一時の我慢だ。
「フロウ様。不躾ながら、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「うむ、何でも申せ」
フロウの機嫌は、先の一言で取れたらしく対応は明るい。
だが、それも一瞬の事。
「この婚約は……双方合意の上なのでしょうか?」
ルインの一言で、彼は再び悪鬼の面をかぶる。

 沈黙したのはフロウだけではない。
この会場にいる全ての人らが、冷や水を浴びたかのように全身を震わせた。
これまでエルフ族の仕来りに、他種族が口を挟んだことは無いのだ。
だが、この少年の一言は、明らかにこの婚約に異を唱える物言いだった。

 フロウは顔を顰めながら声を吐き出す。
「それは……どういう意味だ?」
表情と同様、言葉にも怒気を孕んでいる。
だがルインは下がらない。
「エルフ族の仕来りは知っています。より強き子孫を残す為、力のある者が力のある者を娶る。そこに異論はありません。ですが、彼女は人間です。エルフ族の仕来りを、人間に押し付けないでいただきたい」
 当初は穏便に、なんて考えをして口を開いたルインだったが、言葉を進めるたびに無性に腹が立ち、語気が強くなっていく。
だがそれも仕方ないだろう。
姿を現してからこれまで、フロウの隣にいるアネシアルテは、一つとして笑っていないのだから。
それはつまり、強要させられている絶対的な証拠に他ならない。

 フロウはアネシアルテを壇上に残し、単身ルインへと近づく。
「成程成程、貴様がアネシアの言っていた思い人だな?人間の……しかも未熟故に自傷行為にまで走った弱き魔法使い。その蛆虫にも似た身分で、よく私に口答えが出来るものだ」
先までの好印象だった態度は何処へ行ったのか。
フロウの顔は醜く歪み、口から洩れる言葉にも明らかな侮蔑が含まれる。
「人間に押し付けるなというがな。アネシアは既に人間ではないぞ?あの耳を見てみるといい」
彼は自身の耳を指さし、アネシアルテの耳も見るように促す。
 ルインは視線を移し、漸く気付いた。
長く青い髪に隠れていた彼女の耳が、細くとがっていることに。


 それはエルフ族の証。
似通った外見の中で、人間とエルフを見分ける確実な特徴。
「な……なんで……」
「何もおかしなことは無い。あの娘の先祖にエルフ族がいただけだ。通常は薄まる一方なのだが、稀に色濃く受け継ぐものがいるのだよ。それが私の力と呼応したのか、はたまた時期が来ただけなのか……それは私にも判らんが、今あの娘はハーフエルフとして覚醒したのだ」
アネシアルテは慌てて自身の耳を手で覆い隠す。
それから注視するルインから隠れるように、顔を逸らした。

 ルインの主張の全てを覆す出来事。
それに対抗する手段は余りに少なく、ルインはその手段に気が付いていない。
アネシアルテが人間では無くなってしまった今、先の文言を貫くのはいささか苦しいものがあるだろう。
それを理解しているフロウは、ルインに更なる追い打ちをかける。
「人間に押し付けるなと言ったが、こちらこそエルフ族の問題に口を出すなと言ってやろう。さっさと下がるが良い。指でも咥えて眺めているんだな」
フロウは勝ち誇った顔でルインを一蹴した。

 二人のこのやり取りの間、アネシアルテは一言も口を挟まなかった。
その事にもルインは納得できない。
(なんで……なんで何も言ってくれないんだ!)
もう忘れてしまったのか、もう諦めてしまったのか、もう話す気もないということか。
そんなことが頭の中をぐるぐると駆け巡る。


 芯を失った者は酷く脆い。
まるで操り人形のように、ルインが踵を返そうとする。
だがその時、それを制する別の声が上がった。
「何してるんだルイン!俺が許す!あいつをぶちのめしてしまえ!」
声はアネシアルテの兄、クロスネシアの物だった。
妹をいいように使われて、逆上しているのだろう。
冷静であれば叫ばないような言葉でも、怒りに我を忘れた今の彼には当てはまらない。
ルインがこの場で身を引けば、代わりに彼が出てくるだろうことは容易に想像がつく。
 そうしても良かったのだが……クロスネシアの言葉を別の意味で受け取ったフロウは、にたりと口角を吊り上げた。
「ほほう、成程な。つまりは、エルフ族の仕来りに則ろうというわけか。……よかろう、相手になろうではないか」
フロウは徐に杖を抜き放ち、ルインへと突きつける。
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