救世の魔法使い

菅原

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20章 救世の魔法使い

星の行方 1

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 青空を覆い隠す巨大な四つの星。
町の全経とほぼ同程度の大きさを持つそれが、もし落ちてきたとしたら……スフィロニアだけでなく大陸が、この世界から消え去ってしまうだろう。
その衝撃に耐えうるために、彼の邪龍さえもが、守りに徹し繭に籠っている。

 空を仰げば、異常な威圧感を放ちながら落ちてくる星が見えた。
ルインはそれを、唯ぼうっと眺める。眺めているしか出来ない。
(こんなもの……一体どうしろっていうんだ……)
余りにも非現実的な現象に、呆れと諦めの感情が入り交じる。

 空を見上げ絶望するルイン。
だが、リエントは不敵に笑って見せた。
「ほっほっほ。悪しき存在が死に絶える?抵抗は無駄?そんな事、わしらにはなぁにも関係ないわ。人間は生きることに貪欲で、中でも抗う力を持っている魔法使いは、特に『生』に執着する。わしらがここで、ああだこうだと持論を述べても、町にいる者達にはなにも関係ない。この世界に生きる者達は皆、自ら考え、自ら行動することが出来るのだから」
 彼の言葉を裏付けるかのように、一つの赤い炎が天へと昇っていった。
それは星の進行を妨げるものでは無いが、確かに、迫る崩壊に抗おうとする意志である。

 遡る炎を目の当たりにした邪龍は、安全な繭の中で笑う。
『クハハハ!あのようなか細い火で、星の落下を止められるわけが無かろうに!大人しく逃げたほうが大分利口ではないか。尤も、あの星が落ちてしまえば、この世界に安全な場所は無くなってしまうがな』
邪龍が語る間も、天に上る魔法の光は数を増やし、絶え間なく続いている。
その光景は、邪龍にとってありえない光景であり、到底考えられないことだった。
『……何をしているのだ?あやつらは。あんなことをしても意味がないと、それすらも判断できぬ程混乱しているのか?』
「分からぬか?精霊を束ねる者よ」
リエントが繭を見つめる。


 邪龍からすれば、分からぬか、と問われれば、分からぬ、と答えるしかない。
町と同じ大きさの星に向かって唯の魔法を放つ行為は、到底理にかなった行動ではなく、死の恐怖から、半ば狂乱の中で魔法を放っているようにしか見えない。
 だがリエントからすれば、あれは希望の光。
生きることを諦めず、死という運命に抗おうとする、人々の心の強さが具現化したものだ。
例えその場は阿鼻叫喚に包まれていようとも、何もせず傍観することよりかは大分意義のある行為なのだから。
「貴様が不要だと言うた人間は、貴様に唯一出来ないことが出来るのだ。人々の心を繋ぎ、完璧だっただろうが、バラバラだった世界を一つにまとめ上げた。そうして、神の作り得ない新たな世界を作り出したのだ。その力が!あのような岩の塊になど負ける筈がないのだ!!」
リエントの叫びと共に、遡っていた魔法がほんの少し途絶え、邪龍にとって驚くべき光景が始まった。



 時は少し遡る。
サウススフィアの町を覆う星。
青空を遮るその星を、その場にいた防衛隊と騎士団員は呆然と見つめていた。
その中には、魔物相手に無双を誇っていたヴォルドの姿もあり、その相手である魔物も、空に気を取られていて今は止まっている。
(何よあれ……余りにも規模が違いすぎる!)
町一つを吹き飛ばすのでさえ、騎士団長の何人が可能なのだろうか。
少なくとも、完全な戦闘隊形となった今のヴォルドでも無理な話だ。

 歯向かえないのならば、後の選択肢は限られる。
ヴォルドは大声を張り上げて、周囲の兵士に檄を飛ばした。
「貴方達!皆を連れて早く町を出なさい!」
「そんな……無理です!逃げられるわけが……」
弱音を吐く獣人。
彼女の鋭い視線が獣人へとむけられる。
「諦めるな!少しでも多くの人が助かるために!遠くへ、可能な限り遠くへ!」
無駄なあがき。
そう分かっていても、何もしないわけにはいかない。
行動に起こさなくては、万が一も起きる筈が無いのだ。
一人でも助かる可能性を上げる為、騎士団員はヴォルドの指示に従い、避難区域へと走る。


 騎士団員が避難区域へと向かう中、逆方向へ走る影があった。
「騎士団長様!俺たちが時間を稼ぎます!」
居てもたっても居られずに飛び出したのは、数名の魔法使い達だ。
かつて魔法人形創作研究団ゴーレムクリエイトサークルにて、サンディオの素体を作ったウェルシュ。治癒の魔法薬で大分傷が癒えたスェラ。彼女を気遣って共に来たユイエンの姿もある。他、彼らに同調したエルフの騎士団員が四名。
彼らは、少しでも星の衝突を遅らせるために、この場に留まると決めたのだった。
 ヴォルドとしては、早々に避難命令を出すべきだっただろう。
魔法使いが数人集まったところで、この状況を打開出来る筈も無い。
だが、彼らのその瞳が、決死の覚悟であることを告げている。
「……分かったわ。私も残る。少しでも町の人たちが助かるように、それが騎士団の役目だもの」
その場にいる八人は、揃って頷いた。

 ウェルシュの案は然程複雑ではない。
これまで作った魔法人形をありったけ召喚し、あの巨大な星を受け止めさせようというのだ。
 人に出来ぬ事を魔法人形にさせようというのは、至極真っ当な案である。
だが、魔法人形の一体目が召喚された時点で、それが無駄なあがきであると皆が悟った。
町を覆い隠す星に対し、大きくても二階建ての家屋と同程度の魔法人形しかいない。
この程度の人形を幾ら召喚しようと、とてもではないが受けとめるなんてことは不可能だろう。

 ウェルシュが魔法人形を召喚し続ける間、他の者は、星に向かって只管魔法を放っていた。
大きな炎が天を上り、巨大な岩にかき消される。
大きな水流が坂巻き、巨大な岩にかき消される。
延々と続くその作業は、相当精神に悪影響を与え、いざ意気込んで集まっていながらも、皆その恐怖に涙を流し始めた。
「くそう!ちっともおそくなりゃしない!ウェルシュさん!まだですか!?」
「今やってる!……召喚!巨木の魔法人形ウッデン・ゴーレム!!」
魔法学校にある一番大きな魔法人形も呼び出した……が、やはり星の大きさには霞んでしまう。

 迫る星は既に視界いっぱいに広がっている。
その速度は到底落ちることは無く、今更逃げ出したところで助かる筈も無い。
 ユイエンはスェラをそっと引き寄せた。
ウェルシュは只管次の魔法人形を召喚している。
ヴォルドと他の魔法使い達は、必死に魔法を放ち続けた。


 ある時を境に、全員が手を止めた。
落ちてくる星を見上げては呆然と眺める。
空気に触れた表面は赤く変色し、風の唸る音が聞こえた。
それはまるで、魂を狩る死神の声のようだ。
 もう助かりはしない。
あとほんの少しでサウススフィアは……いや、この大陸は海の底に沈んでしまうのだろう。
流れる涙を拭いもせずに、ユイエンとスェラは互いを抱きしめた。
せめて最後は愛しい人と。
そう願いながら目を閉じる……その時。
「え……?」
スェラの耳に誰かの声が届いた。

 スェラは弾かれたように動き出し、ウェルシュに向かって叫ぶ。
「”地”を”空”へ!”集へ”を”集い給え”に!」
彼女の要望は詠唱の変更。
頭に響いた声に従い、ウェルシュの召喚文言に手を加える。
その訂正された詠唱を最後に唱えた時、町全体の地面が光り輝いた。



 魔法学校から見える星は、山で欠けていて、既に下が地面についていてもなんら不思議ではない。
だがその星は、それ以上落ちることはなった。
 星の真下から、白い布に包まれた巨大な腕が突き出したのだ。
その大きさは……星を握りつぶせる程と言ったら分かるだろうか。
一直線に空へと延びるその手は、徐に開くと、落ちる星をつかみ取る。
驚愕する邪龍とルイン。
ただリエントだけは、こうなることが判っていたかのように微笑んでいた。

 星を掴んだ手が力を籠めると、星はあっけなく砕け散った。
ばらばらと、大小数えきれない程の岩塊が落下する。
それは山に遮られ見えはしないが、確かに、星の落下よりも被害は少ないだろう。

 星の崩壊を見た邪龍は、驚愕の声を上げた。
『なんだと!?あれは……神の手ではないか!神が何故人間に手を貸す!?世界を破滅へと誘う悪しき存在に、何故!?』
「邪龍よ。貴様は神ではない。そして神の意志は、神にしかわからぬ。今起きていることの結果もな……だが、結果を知らぬ我らには、抗うことしか出来ぬのだ。それが例え、神に抗う行為だとしても」
 サウススフィアの空から、星が消え去った。
続いて、ノーススフィアの上空が瞬く。
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