探求の槍使い

菅原

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皇国の日常

平和への道のり

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 翌日。
 ラインハルトは朝日と共に目を覚ますと、そそくさと外出の準備を始めた。
 集団演習に参加した兵士らには、訓練で溜まった疲労を癒す『休息日』が一日設けられ、演習の翌日には丸一日自由な時間が与えられるのだ。
 彼は比較的自由な性格であり、訓練も適度に怠けていた為、丸一日休みというのも珍しくない。だが公的に与えられた『堂々と休める一日』は、怠け癖のある彼の気持ちすらも高揚させる。

 窓から差し込む日差しは明るく、雲が僅かに浮かぶばかりの青空が広がっていた。鳥は歌を奏でながら気持ちよさそうに空を舞い、爽やかな風が草木を揺らしている。
「今日も天気いいな……さて、何処へ行こうか」
 何処に行こうか、などと呟くが、実際彼が訪れる場所に選択肢は余りない。
 何せ彼は、酒は飲まず、女に興味はなく、博打にも手を出さない。兵士だけに限らず、一般的な成人男性が夢中になるようなものに、一切興味を示さないのだ。
 そうなると自ずと、彼が出向く場所の傾向が浮かび上がってくる。例えば……武具を売る店、薬を売る店、魔法の研究をする施設や、鍛冶師の工房。ラインハルトに自由な時間を与えても、そういった武に関する物しか思い浮かばなかった。
 この日も彼は、何の気なしに部屋を飛び出すと、良く行く武具店へ向けて歩き出した。


 ラインハルトが暮らす皇国は、皇城を中心とした箱型の形態をとる国であった。城は真南を向いており、その城から真正面に向かって国一番の『大通り』が伸びる。また、大通りに次ぐ大きさを持つ『二番通り』が、東西に向かって国の中心を分断していた。
 兵士が寝泊まりする宿舎は、二番通りに面した、城にほど近い位置にあり、東西に一つずつ、計二か所に設けられている。このうちの東側にある宿舎が、ラインハルトの暮らす一般兵宿舎であった。

 宿舎は二番通りに面している為、一歩外に出るだけで賑やかな町の空気を感じることが出来た。買い物中の主婦、仕事中の職人、警邏する兵士。誰もかれもが幸せそうに談笑し、笑顔を湛えている。
 その平和な光景を見て、ラインハルトは僅かに表情を曇らせると、小さく呟いた。
「平和か……いい事なんだろうけど……」
 ラインハルトにとって、国民の幸福そうな笑顔は、何とも耐えがたい物に感じられたのだ。


 ラインハルトがこの世界に生まれ落ちてから早二十年が経つ。生まれた当初はまだあちこちで紛争が起き、凶暴な『魔物』と呼ばれる生物が跋扈する危険な世界だった。日常的に人の命が奪われ、仕方なしとそれを諦める住民たち。彼の父と母も、彼を生んだのち魔物の手によってこの世を去った。また、危険なのは魔物だけに留まらない。本来は仲間である筈の人間でさえもが、同じ人間を食い物にする事も日常茶飯事であった。

 彼が生まれる少し前、世界を揺るがす一つの大きな出来事が起きた。それは、魔物の力と人間の知恵を持つ種『魔族』と、人間との間に起きた異種間戦争だ。これにより人間が済む領域は、甚大な被害を被ることになる。幾つもの村が焼け、幾つもの国が滅び、何十万という人間がこの世を去った。
 この戦いに奮起したのが、当時とある国を収めていた一人の王であった。彼の王は魔族の軍に対抗すべく、人間の軍を立ち上げ抗って見せる。だが、圧倒的な身体能力を有しながらも、強大な魔力を操る魔族の力は凄まじく、戦況は徐々に不利な方向へと向かっていく。やがて長き戦いで兵は疲弊し、世界は瞬く間に傷つけられていった。
 度重なる敗戦を経て、彼の王は、散々悩んだ末禁断の秘術に手を伸ばす。それは、この世界ではない別の世界から強き者を召喚する『異界召喚術』と呼ばれるものだった。結果として王の策は成功し、この世界に一人の勇者が現れる。その勇者の功績があって、何年と続いた長き戦いは、人間の勝利で幕を閉じた。


 魔族による大規模な侵略を防ぎ、人間は一抹の平和を手に入れた。
 だがそれから約十年後。再び魔族の軍による大規模な侵略が起きる。首謀者は先の戦いを引き起こした、魔族の王の嫡子。父である魔王を殺されたことを恨み、人間を滅ぼそうと試みたのだ。
 戦場はここより北東にある王国周辺。この戦いに魔族側は、全魔族の三分の二以上に及ぶ大群を率いて、人間国に攻め入る。対する人間側も、各国より援軍を呼び寄せこれに応戦。結果、一人の弓使いの多大な功績により、人間は二度目の勝利を手にすることが出来た。

 二度の大戦を経て、世界は急速に平和の道を歩み始めることになる。魔族は新たな王として心優しき女性を選び、悪戯に命を奪い続けた魔物の中からも、知恵のある王が選ばれた。それに人間の王を加えた三者により『三か国協定』なるものが結ばれ、世界は新たな平和を手に入れたのだ。

 様々な艱難辛苦を乗り越え手に入れた平和な時間。危険で荒廃した世界に辟易としていた世界の住民は、この平和の訪れに感涙した。
 だが……一部の住民にとっては、地獄のような時間の始まりでもあったのだ。
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