探求の槍使い

菅原

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真実の姿

英雄の子

 若葉色の髪を靡かせる少年は、左の手に弓を、背に矢筒を携え、魔法の木の枝の上に立っていた。
 堂々としたその姿。ラインハルトの霞む眼には、その姿があの像と重なる。
「……巨人殺し……!」
 ぽつりと、呟きが木霊した。

 巨人殺し。それは、かつて人間と魔族の間で起きた大戦争にて、魔族側の軍に現れた巨大な魔物、『巨人族タイタニア』を射殺した弓使いに与えられた称号だ。
 皇国の半ばにある広間の中央に、英雄を象った像が三つあるが、その内の一つにも彼の姿は象られており、現在の平和時代の象徴ともいえる存在である。
 その英雄の像と、木の上の少年が瓜二つであると、ラインハルトは感じたのだ。

 ラインハルトの呟きに反応を見せたのは、直ぐ近くに立つスィックルだ。彼も皆と同じく、魔法の木の上に陣取る少年を見上げている。
「巨人殺しだと? あれはもう十年以上も前の話だ! 彼の御仁はもう二十をとうに超えていて……!」
 そう言い放ちながらも、スィックルははっと気付いた。
 巨人殺しと瓜二つの姿をし、巨人殺しと同じく弓を扱う少年。その大戦から約十年が過ぎ去っており、今この場に現れた少年は、丁度十才を超えたあたりに見える。これらの符合が意味するのは……
「父さんを知っているなら話は早いね。胸に羽のバッジをつけている人たち。無駄な抵抗はやめた方がいいよ」
 英雄の血を引く弓使いは、矢を一つ抜き取ると、弓に番え引きしぼった。


 思いもよらぬ乱入者の登場に、スィックルは言葉を失った。
 まず頭の中を占領したのは、何故彼がここにいるのか、だ。現在の皇国は軍の総帥が実権を握っている。これにより今の皇国は、情報統制が成されているような状態であり、英雄の卵といった、総帥に限りなく近い兵士しか、犯罪の隠蔽の事実を知らない。
 これは今回の件でも同様で、ジン・ホムエルシンが処刑されるという事実こそ、一般階級兵にも公開されていたが、全ての真実は皇国軍総帥と、この場にいる英雄の卵にしか知られていない。それ以外の皇国軍に属する兵士たちは、ただ大まかに『賊を逃した罪』で処刑されるのだと聞かされ、『国民にいらぬ混乱を与える可能性があるから公言してはならない』と聞かされているのだ。

 総じて、皇国軍側の当初の予定では、情報統制、情報改竄が順調になされ、全てが闇に葬られる筈であった。それだけに飽き足らず、強かな皇国軍は、更に盗賊軍を一網打尽にする策を弄する。そしてその策は九割方成功し、今まさにあらゆる不安要素を取り除けるはずだった。……たった一つの不確定要素が現れなければ。
 全ての策を水泡に帰すかのような存在の登場に、これが単なる偶然であると、誰が納得できようか。

 次に彼の頭を埋め尽くした疑問は、この少年は、本当に英雄の子供なのだろうか、という点だ。
 確かに容姿は英雄の弓使いを象った像とよく似ている。だが容姿が似通った人間など、この世には五万といることも彼らは知っていた。そして厳密にいえば、彼らにとっては少年の父親が本当に英雄であるかどうかは、然程重要なことではなかった。彼らが真に気に掛けていたことは、少年が彼の英雄と同質の力を身に着けているかどうか、である。
 つまり、ここで重要な点は二つ。一つは『あの少年が、皇国の内情を何処で聞きいたのか』という点。もう一つは『武力行使を持って、この少年を打ち負かすことが出来るのか』という点である。


 弓を構えた少年は、鋭い眼光を放ちながら英雄の卵らの反応を待った。
 ざあと、どこからか入った風で木々が揺れる。その最中、スィックルらは顔を伏せながらも破顔して見せた。
 彼らには自身があったのだ。たかだか弓使い一人で、英雄と並ぶ実力を持つと言われる戦士八人を、一体どうしようというのか。結局のところはラインハルト同様、多少の時間稼ぎにしかならないのではないか、そう信じて疑わなかった。
 そうした気持ちを代弁するかのように、スィックルが代表して語り始めた。
「どうやら貴方様は、先の大戦にて多大な功績を遺した英雄、‶ネイノート”様の嫡子様であらせられるようですね。……お名前は何と言われるのでしょうか?」
 言葉遣いは至極丁寧だが、その態度は余り良くない。傅くでもなく、首を垂れるでもなく、ましてや剣を収めることもせずに、うすら笑いを浮かべながら見上げている。
 それに対し少年は、気を悪くすることもせずに律義に名乗って見せた。
「……‶カイネル”」
「カイネル様。貴方様は勘違いを成さっておいでです。我々は何も弱い者いじめをしているわけではありません。彼らが悪行を重ねる罪人だからこそ、こうして捉えようとしているのですよ? このことは、軍を指揮する総帥様に聞いていただければ、真実であると分かる筈です」
 スィックルは突然の乱入者に大しても冷静に対応して見せた。自身らに非はないと語り、大義名分を持って事に当たっているのだと語ったのだ。
 だがそれは、カイネルには意味のない言葉であった。
「……その総帥様って、あの人の事?」
 カイネルは弓矢を構えたまま、庭と城内を繋ぐ通路に視線を向けた。
 少年の視線に誘われるかのように、スィックルが視線の先へと振り向く。すると……何時からそこにいたのか。大きな狼が一匹、静かに佇んでいた。

 狼の存在に気付いた兵士らは、視線が釘付けとなった。
 血のように真っ赤な体毛。大きく鋭い爪と牙。体も大きく、野生の狼の二倍はあるだろうか。その常軌を逸した姿に明らかな脅威を感じた兵士らは、引きつった表情を浮かべながら後退りをした。

 その狼は、『ブラッドウルフ』という魔物の一種であった。皇国周辺での目撃情報は一切ない。だがその力の程は、噂となってこの地にも轟いている。曰く、三百三十三の人間を食らった悪魔。曰く、獲物の血を浴び喜ぶ赤狼、等々。
 その噂を知る一般階級兵たちは恐怖に震えあがり、特異階級兵たちは慌てて身構える。そしてその噂を知らぬ者達は、ブラッドウルフの近くに横たわる人影を見て驚愕した。
「そ、総帥様!?」
 スィックルが叫び声を上げた。
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