探求の槍使い

菅原

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英雄

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 ネイノートはラインハルトの態度を見てため息をついた。
 これまで多くの戦場を経験したネイノートは、仲間の存在がどれだけ大切かを知っている。しかし幼き頃に父母を亡くして以来、殆どの時間を一人、もしくはジンと二人で過ごしてきたラインハルトには、その辺りがよく分からなかった。
 また、二人の間に剣呑とした空気が漂うのは、二人の価値観に相違が生じているせいでもある。

 ラインハルトにとっての英雄像とは、まさに武力の象徴であった。その称号を冠するものが戦場に現れれば、味方の士気は忽ち上がり、敵は恐怖に慄く。何故ならその力は、そこかしこにいる一介の戦士とは比べようもなく強大であり、人知を絶するものであるからだ。彼自身英雄と呼ばれる人物を見るのはネイノートが初めてだったが……少なくとも、物語に綴られている英雄とはそういう存在だった。

 一方でネイノートの中にある英雄像はそこまで大それたものではない。そもそも英雄と讃えられる彼自身が、自らの力を強大だとは微塵も思っていない。そして自身の代わりは誰にでも務まるとまで考えている。偶々……偶々時代の変わり目に自身がいて、偶々自身が英雄として宛がわれただけのこと。その程度の認識でしかなかった。


 確かに力を誇示し物事を決していた前時代においては、ラインハルトの思うように武力を持つものが英雄と讃えられることが殆どだった。しかし戦場がなくなった昨今においては、智謀を駆使し偉業を成し遂げた者もまた、英雄と呼ばれることがある。例えそれが、どれだけ小さな集団の中であってもだ。例えば……農夫の中から奇抜な案を持って農業に改革を起こした者がいたとすれば、周りの農夫らはその発案者を英雄と讃えるだろう。それは国や大陸の視点からすればほんの些細な出来事かもしれないが、当事者らにとっては紛うことなき英雄なのだ。

 
 同じ英雄という言葉にこれだけ認識の違いがあれば、両者の意見が食い違うのも無理はないことかもしれない。
 要すれば、ネイノートは圧倒的な力を持って名声をかき集めることで英雄と呼ばれるようになった、とラインハルトは思っていたのだ。だからラインハルトにとって、先のネイノートの台詞はどうしても捨て置けない。なにせ村を容易く滅ぼすことができる巨人を殺めることができる程の力を持っているというのに、当人は仲間のおかげだ、と宣っているのだ。それはもう謙虚などという言葉で済ませられるものではない。
(見てくれは優男だが、何と嫌な性格の持ち主だ。まだ高飛車な方が健全であろうに)
(全く気が強い奴だ……友人や仲間の存在が、生きていくうえでどれだけ大切かとんとわかっていないらしい)
 二人は互いにそんなことを思いながら、酒の入ったカップを傾けた。

 それから会話もないまま時間は過ぎ、宴も終わりを迎える時間となる。
 ネイノートはカップに残った酒を飲み干すと、椅子から立ち上がってラインハルトに背を向けた。
「君はきっと、僕が凄い人間だと思っているんだろうけど……残念ながらそんなことはないよ」
「では吟遊詩人が歌う物語は嘘だと?」
「……期待に沿えなくて申し訳ないがね」
 ネイノートは背を向けたまま片手を上げると、お休み、と告げ寝台へと向かった。その背中を見送るラインハルトも、半分くらい残っているカップの酒を飲み干すと、しかめっ面のまま椅子から立ち上がる。

 小屋に設けられた三つの寝台のうち、カイネルがカノンカと共に寝ることで空いた一つがラインハルトの寝床となっていた。
 木製の寝台に獣の毛皮を何枚か重ねただけの寝床は、お世辞にも快適とはいいがたい。しかし野宿と比べれば頗る快適だ。旨い飯に酒が入ったのもあって、ラインハルトはすぐに眠りにつくことができた。


 翌朝、ラインハルトが目を覚ますと、小屋の中は既に無人だった。昨晩宴が開かれていた机の上には、一人分の皿とカップが置かれている。皿の上にはパンと昨夜の宴のあまりもの。ラインハルトはそのうちのパンだけをつかみ取ると、壁際に置かれた槍を携え小屋を出た。
 ぎいと戸が軋む音に気付き、外にいたネイノートが振り返る。
「やぁ、おはよう。よく眠れたかい?」
 顔も洗わぬ眠そうな顔を見て、ネイノートは笑った。続いて近くで体を動かすカイネルが振り向く。
「おはよう、寝坊助兄さん」
「こら、カイネル! ラインさんでしょ!」
 近くで様子を見ていたカノンカは、カイネルの頭に拳骨を落とす。

 手に持っていたパンを完食するころ、カイネルばかり見ていたネイノートがラインハルトへと近寄ってきた。
「昨日君と話してみて思ったんだけど、一度手合わせしてみてもいいかな」
 思いもよらぬ提案にラインハルトは驚いた。
「昨日とは打って変わっての対応だな」
「まぁ……ね、ちょっといろいろ思うところがあって……」
 昨晩の会話がどれだけ影響を与えたのか、ラインハルトにはわからない。だが遅ればせながら幸運にも彼の思い通りの状況に好転したようだ。
「俺からすれば願ってもない話だ。是非宜しく頼みたい」
 手に持っていた槍を数度回転させ、ネイノート相手にゆっくりと槍を構える。
 すると、微笑みを讃えたままのネイノートが纏う空気が一変した。まるで数十もの鋭い針で貫かれるような錯覚を覚える。その感覚は、ラインハルトが生きてきたこれまでの人生の中で、何度か経験したことのあるものだ。彼の経験則によればこれは、強者から受ける敵意、殺気。
 思わずラインハルトは後ろに飛びのいた。そこは意図せずして絶妙な位置となる。
 槍使いにとっては僅かに遠く……弓使いにとっては僅かに近い。
(ふふふ……やはりこうでなくては)
 ピリピリと緊迫した空気が漂う中、ラインハルトの槍を握る手に力が籠る。気づけば彼の顔も薄っすらと笑みを湛えていた。
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