臆病者の弓使い

菅原

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17章 最終戦争

終戦

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 タイロンは黒い虎の姿から、人の姿へと変わる。
彼に起きた変化は魔王軍全ての兵士に現れた。
逃げ惑うゴブリンは初老の男に。
剣を振るオーガは屈強な女に。
中には変わらず魔物の姿の者もいたが、その瞳に狂気はなく、大人しくその場で佇む。
 魔王軍の変化を受け、王国軍、魔物軍は皆武器を収めた。
魔物の血の暴走から立ち直った者達、そしてタイロンも周囲を見渡し悟る。
魔王軍の敗北を……

 サラシャがタイロンに近寄り声をかけた。
「兄さん……大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ」
タイロンは頷き、サラシャの黒髪を撫でた。
少しの会話の後、彼は空を舞うクリスタルホークを見る。
彼はウィンを通して、遠くにいる弓使いへと語り掛けた。
「王国軍の英雄よ。どうか私の願いを聞いて欲しい。君の放つその矢で、私の心臓を射抜いてくれ」
それは犯してしまった罪から逃れる為、また、罪を償う為の心からの嘆願。
彼の言葉がネイノートに向けてだと気づいたウィンは、少し遅れて少年へと声を通した。
 これだけの大騒動を起こした張本人である。
当の本人は勿論、妹のサラシャですら、タイロンの死を覚悟した。

 タイロンは、自分を罰してくれる人の返事を黙って待つ。いや、返事などいらない。
黙って心臓を射抜かれるその瞬間を唯只管待つ。
だが返ってきたのは少年の怒鳴り声だった。
「ふざけるなよ!お前はどこまで父親の思いを無駄にする気なんだ!!」
 もし獅子王が、魔族の命を差し出す気であれば、暴走を直すような先導はしなかった筈だ。
神の奇跡を使い、魔族の命を奪うことだって出来たのだから。
それをしなかったということはつまり、獅子王は息子に、生きて罪を償え、と言いたかったのだろう。
なのにタイロンは、自ら命を捨てるような発言をした。
息子を思っての父の行動を無碍にする彼の選択に、ネイノートは怒りを禁じ得ない。
 だが復讐に囚われていた幼き心は、自分の犯してしまった事に耐えきれ無かった。
「では……では、どうしろというのだ!これだけのことを起こしたのだぞ!?すまなかった、では済まされないだろう!ならば……ならば、この命を差し出すしか……」
ウィンの眼を通して見えるタイロンの顔は、今にも泣き出しそうな程崩れている。
そしてその言動は、今にも自ら首を掻き切るのでは、と思わせる位に切羽詰まっていた。

 喚くタイロンを止めたのは人の王の言葉だ。
「魔王よ」
魔法の力で拡散されたその一言で、タイロンは叫ぶのを止め城壁を見つめる。
距離はあっても二人の視線は絡み合う。
人の王は、前魔王の意志を汲み、まだ未熟な魔族の指導者へと声を送る。
「もし犯した罪を正したいのであれば、生きて償うことだ。魔族を束ね、立派な国を作って見せよ」
タイロンは国王の言葉を反芻する。
 国王が求めた償いは、立派な魔族の国家を創ること。
そして……
「それが出来たら、共に助け合い……共に生きていこうではないか」
口にした言葉は、前魔王が求めた夢物語。
いつかまた、人間と手を取り合い、争いのない平和な世界を作れたら……
その理想への第一歩。
「俺達も協力させてもらうぞ」
タイロンの前に現れたのは、魔物の軍を率いていたオーガキング。
更に戦場にいた剣星、賢者もその場に駆け付けた。
皆俯くタイロンを優しい笑顔で見つめている。

 タイロンは確かに、してはならない事をした。
多くの血が流れ、多くの命が亡くなった。
だが、悪かったのはタイロンだけだったのだろうか。
 人間を軽んじ、勝手に侵攻した魔王の配下。
配下の暴走を認知出来ず、制御しきれなかった魔王。
魔王を絶対悪とし、異世界から勇者を呼び寄せてまで魔王を殺した人間。
父を殺された怒りに身を任せ、取り返しのつかないことをした幼子。
 誰かが他者を理解することが出来ていれば、この悲劇は防げたかもしれない。
ならば……遅いかもしれないが、これから共に歩んでみよう。
悲劇は、悲劇のままで終わらせてはならない。
「もう一度言う。死ぬことは許さぬ。生きて償え」
再びかけられた声に、タイロンは憑き物が落ちたように顔を明るくする。
周囲に集まった者を見回し、遠くにいる国王を見つめ、彼は口を開いた。

「約束しよう、人の王よ。これからは、皆の繁栄の為に……」

 こうして魔王軍との戦争は幕を閉じる。
雨を降らせていた雲はどこかへ消え、太陽の光が皆を照らした。










「駄目じゃあないか、タイロン」

 響いたのは軽い声。
誰が言ったのかは分からない。
ただ……タイロンの胸から、白い刀身が突き出していた。

タイロンの後ろで、仮面の男が笑う。
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