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29 グレイの帰還

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「ごちそうさまでした。女将さん料理凄い美味しかったです。」

「おなかパンパンなの。」

「それは良かったよ。」

 女将さんが僕たちとの約束を守ってくれて、豪華な夕食になった。メインのお肉は分厚くボリュームがあり、マオが食べきれるか不安だったが、残さず食べていた。マオも僕も大満足だ。

「口が汚れているから、じっとしててね。あっ、手で触ったらダメ。」

 食べるのに夢中だった為か、マオの口元が汚れていた。しかもマオが手で触り、頬っぺまで汚れてしまった。僕はハンカチを出して魔法で軽く濡らすと、マオの頬っぺを拭いていく。

「リョウは相変わらず、面白い魔法の使い方をするな。」

「グレイ兄さん。」
「グレイパパ。」

「ただいま。俺が留守の間は何も問題なかったか。色々話を聞きたいが、お腹が減っててな。まずはメ…ご飯を頼めるか。」

「ああ、すぐに用意するよ。」

 グレイが涼の隣に座ると、それを見たマオが自分の席を離れてグレイの膝にちょこんと座った。グレイはマオが膝から落ちないように、マオの体をを自分に寄せる。

「さて、俺がいない間に起きた問題を話せ。」

「僕が何か問題を起こした事が前提なの。」

「当然だろう。」

 僕ってそんなに信用ないかな。問題なんて起こしてないのに、酷いよ。これでも高校に通っていた時は、優等生で先生にもよく「僕が注意すると男子生徒がすぐに大人しくなるから助かる」と褒められていたんだぞ。

「グレイ兄さんが心配するような事は何もしてないよ。」

 女性たちが僕に髪を結ってくれと沢山来たけど、それはノーカウントでいいよね。僕が起こした問題じゃなくて、女性たちが起こした問題だもんね。

「はいお待ち。グレイさんの夕食だよ。りょうくんたちの夕食の材料が残っていたから、特別サービスだよ。」

「絶対に何か起こっただろう。昨日と今日の出来事を順番に話せ。」

 運ばれてきた豪華な夕食に、グレイは口をピクピクさせる。
 どうやらグレイの中では髪結い教室も、僕の起こした問題に入るようだ。僕は記憶を手繰りながら、昨日の出来事から話始めた。



「問題だらけじゃないか。…ここで話すのは不味いな。俺が食べ終わるまで待ってろ。部屋に戻ったら説教だ。」

 俺はリョウの問題行動の数々に頭を抱えた。元々別行動する時から覚悟はしていたが、予想以上だ。俺が森の調査をしている間、宿にから出ないように約束すれば良かったか。でもリョウは変な所で行動力あるからな。俺の話を聞かずモドキに乗り俺から勝手に離れたり、冒険者カードの発行の時も俺が先に折れた。と言うか、冒険者カードをリョウが受け取った時点で、俺が薬草採集の許可出したんだよな。発言するときは、注意しないとダメだな。
 



「薬草採集で冒険者の助けに入るまでは仕方ないとしても、人前で魔物と話すな。危険な魔物をなだめられる。なんて噂になれば、今後危険な依頼を指名する奴が現れるだろう。それからフルサヤ草は採集した所まではいい。だが、リョウはまだ低ランクだぞ。そんな大勢の人の前で大金を貰ったら、柄の悪い奴に絡まれるぞ。それにスキルで購入した物を売るのは止めろ。ヘアピンと髪ゴヌ?だったか。そんな物はこの世界にはない。リョウが地球から来た勇者だとバレるぞ。」

「すいませんでした。」

 グレイのお説教を聞いて、漸く僕が色々とやらかしていた事を知る。グレイの話は現実的にもあり得る事態だ。自分の考えの甘さに、落ち込んでしまう。

「まあ、そこまで問題は大きくならないから安心しろ。」

「どういうこと。」

「リョウの着ている服。俺のお下がりって事しか話して無かったが、その服はスキル付加が施されていて認識阻害の効果がある。だから間近でしっかりとリョウの顔を見ない限り、誰もリョウの顔を覚えてねえよ。」

 この服にそんな効果が。普通の服と同じようにしか見えないよ。地球にこの服があれば、ストーカー対策とかに役立ちそうだな。

「別の目的でリョウに渡したが、役に立って良かったよ。」

「別の目的って?」

 グレイは咄嗟にリョウから目を反らす。リョウのことを女の子と勘違いする連中から守る為とは、口が裂けても言えない。

「対人関係のトラブル解消のためだ。」

 ウソは言ってない。リョウが男にナンパされて、切れたリョウが暴れるのを阻止する目的があった。と、詳しい説明を省いただけだ。

「そうなんだ。グレイ兄さんの方は森の調査はどうだったの?」

 リョウが話題を変えて俺に質問する。チラリとマオを見ると、疲れていたのかベットで寝ている。マオが寝ている内にリョウ達にはモドキのことを話そう。

「話す前にガネットを呼んでくれ。一応ガネットにも知っていてほしい。」

「分かった。召喚ガネット。」

『お呼びですか。』

「グレイ兄さんが僕たちに話があるんだって。」

 リョウが呼ぶとガネットが現れた。

「これから話すのはマオには秘密にしてほしい。実はモドキの遺体が発見された。これはその証拠だ。」

『貸してください。ここに少し溶けた跡があります。宝石グマの宝石はかなりの温度でないと絶対に溶けません。犯人は人間ではなく魔人ですね。』

「モドキが魔人に…。」

 ガネットは宝石に詳しいようだ。宝石を見ただけでは、犯人が魔人だと断定するのは中々できることではない。この宝石をギルドに提出して宝石に詳しい者に見てもらい「犯人が魔人だ」と言われれば、ギルドは必ず動く。

「俺も犯人は魔人だと思っている。その証拠に森の異変が無くなり、魔物が住みかに戻っていた。明日の報告で俺の依頼は一応終了だ。今度はたぶんギルドは魔人の目的の調査を依頼するはずだ。」

 魔人が犯人だと断定されれば、ギルドは魔人の情報を集めだす。性別は女。胸は大きめ。そんな断片的ではない。髪の長さから目の色、身長や服装などを纏めて、絵に描いて注意を呼び掛けるはずだ。 

「俺はもう少しこの町に滞在した方がいいと考えている。魔人の目的はたぶんマオだ。マオが洞窟にいないのが分かり、魔人は国に帰ったんだろう。次に魔人が来たときに、すぐに対応できるように、魔人の目撃者の多いこの町を離れる訳にはいかない。」

 マオを守るには敵を知り、迎え撃つ必要がある。だが、リョウとガネットの顔は暗い。

「僕はこの町から離れた方がいいと思う。魔人が洞窟の近くのこの町にマオを探しに来る危険があるもん。」

『幸いマオ様の顔は魔人には知られていません。それに魔人の目撃情報を集めたとしても、別の魔人がマオ様を襲う危険があります。』

 …俺はまた選択を間違えたのか。もっと弱い人間の気持ちを理解しろ。マスターに言われた言葉が頭の中で木霊こだまする。

「でもそう考えると僕たちって結構良いパーティーに慣れそうだよね。」

『ご主人様は主にこの世界の常識について、グレイ様は他人の気持ちを理解するのが苦手です。お互いの弱点を補うという意味では、確かに良いパーティーですね。』

「今は僕がグレイ兄さんに助けてもらう方が多いけど、いつかグレイ兄さんみたいにカッコいい男になるから、もう少し待っててね。」

「仕方ないな。待っててやるよ。」

 リョウ達になら俺の過去を受け入れてくれるかもしれない。そんな期待に俺は心の底から笑うのだった。









「絶対に許さない。」

 町にある食堂で食事を楽しんでいた一人の女性は、とある男の噂を耳にして怒りで震えていた。

「グレイ待っていなさい。あなたは絶対に私がーー。」

 運ばれてきたお酒を一気に飲み干すと、女はお金を払い食堂を後にする。

『緑の戦乙女』

 髪の色と男を蹴散らす実力から名付けられた彼女の通り名だ。彼女はグレイへの思いを胸に闇夜に消えた。

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